第152話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-ローレライside⑦」
「《神壊法則・絶対神星破壊》!!」
「《破修羅・神首を砕く杵拳!!》」
上と右から、重なり合って十字に走ろうとするエデンの剣軌の中心を、エルヴィティスの拳が打ち抜いた。
互いに完璧に計算された攻撃、それが衝突したエネルギーは、木星竜の動乱を超える衝撃を生み出し、そのままの意味で世界を揺らしている。
「エル、この攻撃は接触した物質の理を破戒し、存在したという証拠ごと消し去ります」
「何度言うねん分かっとるわ。ワイの方はな」
「えぇ、驚きましたよ。まさか、グラムを本気で振るっても破戒できない理があるなんて……っ!!」
エデンが願った破戒は、組み立てられた家具からボルトや接着剤を引き抜くような行いだ。
それは破戒にして、破壊にあらず。
物質を元の形状に戻す時間逆行の方が性質は近い、世界を終焉に導けるほど強化された神の器を効果的に壊す第四の手順、神壊戦刃・グラム。
だからこそ、物質に対しては絶対的な優位性を持っている……、筈だった。
グラム=ギニョルで接触してなお砕けないばかりか、逆に、殴られた衝撃で刀身に亀裂を入るなど、想定外も甚だしい。
「……ダメですね、これでは負けますッ!!」
レベル9999阿僧祇に到達したエデンの経験、その殆どが戦闘によるものだ。
ソドムやゴモラのように大聖母の横で国を運営している訳でもなければ、ムーのように没頭している趣味も無い。
だからこそ、戦闘中の思考能力は他の追随を許さない程に研ぎ澄まされている。
グラムの破戒を悪食=イーターでサポートしているのが仇になっていますね。
効率を上げる為に最適化された手順、ですが、悪食=イーターに記録されていない未知の存在を相手にする場合は機能不全に陥る様です。
仕方がありません。
少々手痛いですが……、肉を切らせて、骨を断つとしましょうか!!
交錯していた剣の片方の進路を変え、その切っ先を僅かにずらす。
一気に崩れるバランス、拳に押し込まれたエデンの右腕はグラムごと砕け、そのまま胸に突き刺さる。
「ちぃ、しくったで!!」
「あらあら、もしかして恋しいんですか?私の胸が」
エルヴィティスが穿ったのは、柔らかなエデンの膨らみ……ではない。
首からぶら下げていた白黒の悪食=イーター。
絶対破壊……、神に願いし捕食器官、その歯に触れた者が辿る末路など、たった一つに決まっている。
「へぇ、意外と香ばしい。噛みしめた時の歯触りも大変に心地良い」
カリっ、コリっ……とエデンの口に中ではじける、エルヴィティスの外装。
神製金属であったはずのそれは、まるでクッキーのように咀嚼され、嚥下され、そして、新たな知識と化す。
「なるほど、これは新触感。紛れもない未知のグルメ」
「追加やッ!!ありったけ来いや=クリフォトシリーズ!!」
腕一本程度でエデンを倒せないことなど、エルドラドは百も承知だ。
だからこそ、一回しか訪れないチャンスで押し切れるように、秘かに残りのクリフォトシリーズを召喚待機状態にしていた。
三本の腕には既に、それぞれ武器を持っている。
故にその装備は無理やりのこじつけ――、腕や肩、背中や腰に後ろから突き刺して武装を纏い、ゴリ押しの推進力で機体を加速。
機体の至る所から刃が飛び出すその姿は、悪鬼と呼ぶにふさわしい。
「ド突くで!!ホンマッ!!」
「また考えなくてはなりませんね。誰にも見せることのない……、奥の手」
顔は上気し、頬を赤らめ、口元はにやける。
目の前にいるのが息子でなかったら……、血の繋がらないオスだったのなら、抱かれても良いと思えるほどにエデンは興奮している。
もしも、那由他が敗北し、蟲量大数を制御する楔が失われたとしたら?
その時は、この世界で最も美味であろう食事を味わいたい。
世界最強を殺した後に摂る食事は、きっと世界最強の美味。
その為に用意した刃を息子に向けることが、息子を世界最強と同等と認められることが、エデンは嬉しくて、誇らしくて。
「《神蟲召上・グラム=エンド=ゼ……!!》」
それは、武器であり、防具であり、攻撃。
自身の肉体と、纏っている武装、そして攻撃という概念、それらを破戒して解き放つ、究極の絶対破壊。
その攻撃速度は神経速を超えた、認知不能・不可避の一撃。
一瞬の輝き、理があるという概念そのものを破戒し、文字通り、神が手を加える前の物質へ戻す技。
それはすなわち、世界からの追放破壊。
「……にゃは」
だが、そんなエデンの攻撃は成立しなかった。
エデンの胸から突き出るレーヴァテインの切っ先、そこに付着しているのは、魂の残り香。
赤く血塗られた刀身から立ち上るのは、エデンの心臓から吹き出る鮮血の湯気。
「……そらないやろ」
背後から一突きされたエデンの亡骸を見つめ、エルドラドが唸った。
状況を完璧に認識しているからこそ、動きを止めて、呆然とするしかない。
エルドラドの目に映ったそれは、レーヴァテインの奥義だった。
認識を偽り、存在を否定し、やがては世界からも懐疑される。
究極の認識阻害にして、神をこの世界から抹消する最後の一太刀。
第十の手順、犯神懐疑・レーヴァテイン。
エデンの心臓を破ったのは、そんな、抗いようのない理。
なぜなら、レーヴァテインの真の能力を彼女は知らない。
その情報は、世界最高の知識、那由多によって秘匿されている。
「何、くだらん奇襲受けてんねん。ようやくワイにも本気を見せてくれるんちゃうんか?ボケ」
「まぁ、しょうもないって思ってるよ、おねーさんも」
エデンとエルヴィティスの戦いの余波ですら、既に、手に負えるものではない。
そう見抜いたローレライ、だが、この場で引く訳にはいかないと判断した。
エデンの理の破戒は、サチナのルールにも干渉できる。
それどころか、金鳳花の思惑すら捻じ曲げ、ルールのない殺戮と化す可能性すらあったからだ。
「レーヴァテインとサチナちゃんのルールなら、こっちの方が上みたいだね。遺体は結晶化せず、ルールによる蘇生も出来ない。そういう意味じゃ、おねーさんの懸念も当たってた訳だ」
神殺し 〉 サチナのルール であることを証明し、その危険度を再認識。
そうしてローレライは、ユニクルフィン、そして、神栄虚空・シェキナを持つワルトナの重要度を引き上げる。
「レジィ、エデンの排除は終わったよ。やっぱ、ワルトナちゃんに対する保険は必要だと思う。おねーさんは温泉郷の中に戻った方が良いか――!」
「なに呑気にくっちゃべってるねん」
「にゃは!!」
「あかん、ずっとクソムーブ押し付けられてたせいか、『親』って認識が強くてかなわんわ」
エルドラドはエデンのことを嫌っていた。
だが、それはエデンが『クソ親』であるが為。
――肉親を目の前で殺されて、怒らない子が居るだろうか。
「ん?一回見逃して貰ったからね、ちゃんと借りは返すよん。そこまでして、一勝一敗だし」
決定的だったのは、認識の差だ。
ローレライは、ソドムがレーヴァテインの過去の所有者だった話をホーライから聞いている。
だからこそ、エデンの死は取り消せると、エルドラドも認識していると思っていた。
だが、その知識は那由他によって封印されている。
神殺しは那由他の牙、その情報を金鳳花や蟲量大数、不可思議竜に奪われる可能性がある以上、タヌキ帝王にも安易に伝えることはない。
知っているのは、万が一のバックアップであるムー、それと、曖昧なままで考察を止めて、ぼんやりと認識しているソドムだけだ。
「なに笑ろてんねん。腹立つ……!?」
この場にソドムが居たのならば、エルドラドを落ち着かせることもできただろう。
だが、悪食=イーターを用いての情報収集にはタイムラグがある。
たったの数秒、そんな短い時間であっても、生物の思考は100回以上も切り替わり、その中にあった『欲求』が、無色の悪意によって増幅する。
「なんや、これ……」
エルドラドの手が、操縦桿に癒着していた。
すでに握っているという感覚は無く、どこまでが自分の腕なのかも認識できない。
機械の理を破戒し、限りなく生命体に近づいたエルヴィティス。
だが、そこには意思が無い。
魂無き機械は真の生命体たりえず、そして、余剰な魂など、この世界には存在しない。
……はずだった。
「おかしいな、なんや、無性に腹が立つ?まるで、心が二つあ――」
全身から刃が飛び出したエルヴィティスが、力なく首を垂れる。
直立不動の彫像めいた停止、だが、僅かに揺れているのは……、息吹いているから。
「……にゃは?」
それは、偶然の中で起こった必然。
そこには揃っていたのだ。
神が生命体を作り出した最初の理が。
この世界のどんな生物とも一致しない、未知なる肉体。
無色の悪意という名の、魂の種。
そして、それを結びつける命の権能、その情報は悪食=イーターに保管されていて。
エルドラドの持つ吸収分解の悪食=イーターは、その名の通り、物質の吸収に特化した能力だ。
そして、エルドラドの中に芽吹いた悪意の種は、それを理解していた。
自身を悪食=イーターに送り付け、そして、そこにあった膨大な知識を吸収。
意識とは、経験から生まれるもの。
それだけでは魂とは呼べない、だが、そこには魂を納める器たる肉体と、魂を運ぶ血潮となるヴァジュラが存在していて。
この瞬間、エルヴィティスという名の新しい生命種が誕生した。
その心臓となったのは、ヴァジュラと悪食=イーター。
神殺しと、皇種の権能。
「……にゃはは――?」
エルヴィティスは産声を上げなかった。
その代わりに抱いたのは、純粋なる破壊衝動。




