第146話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-ローレライside①」
「エグラ的にどうなん?この状況」
「……状況とは?」
「木星竜と仲良いんでしょ?考えているであろう狙いとか、サチナちゃんとどっちが有利かとか、そういうの全部ひっくるめた話」
月希光を覆う黒塊竜の背に乗って、ローレライが空を翔ける。
前方斜め上で繰り広げられているのは、物理的も精神的にも大規模過ぎる兄妹喧嘩。
右側には巨大な火釜が建造され、左側では巨大なマグロが解体されている。
そんな、理解不能の渦中をドン引きしながら通り抜けつつ、自分に課せられた目標へ視線を向ける。
「おねーさんの狙いはエデンな訳だけどさ、ちょっと違和感があってね。大きな見落としがあるような気がしてならない」
「それはそうだ。木星竜がまともな戦い方をするはずがない。エデンはあからさまに用意されたエサだと思うぞ」
「エサかぁ。にゃーるほどねぇ」
黒塊竜はこの戦いに消極的だ。
理由は単純……、『メリットがない』。
故に、当たり障りのない雑談程度にしか受け答えをせず、隙があれば逃げ出そうとすら思っている。
黒塊竜は英雄に覚醒したアサイシスによってレーヴァテインに封印され、ローレライによってこの世に舞い戻った。
だがそれは自由とは程遠い、仮釈放。
『懐疑して取り消した事実を、再び懐疑して否定する』
そんな裏技を発見したローレライによって黒塊竜は任意のタイミングで再封印され、必要な時だけレーヴァテインから呼び出される便利な使いドラゴン化。
現在は釈放時間を伸ばすべく好感度を稼いでいる最中だ。
「駒じゃなくエサなのは、洗脳や意識改変がほとんど掛かってないから?」
「それもあるが……、エデンと因縁がある者は多い。その場にいるだけで厄介ごとを呼び寄せるのだ。今まさに、お前がちょっかいを掛けようとしているようにな」
好戦的な性格のエデンは、他種族の皇種から恨みを買っている。
戦いを楽しみたい彼女は、まず、相手のレベルに合わせた攻撃で様子を見る。
言ってしまえば完全な舐めプ……、そんな侮辱塗れの戦闘情報は次代の皇種へと引き継がれ、ギリギリの所で負けた敵として誤認。
彼女の狙い通りに、『エデンへの復讐』の布石となるのだ。
「あれが居ることで、金鳳花が準備をしていない所でも物語が進むようになる。その最たる者が蟲量大数だ」
「ん、関係性が見えない」
「蟲量大数が動くとき、真っ先にエデンが殺されるのという噂がある。ホープも何度か言っていた。エデンはエサだと」
エデンのレベルは9999阿僧祇。
那由他まであと1に迫る、世界第4位の実力者。
だが、そこに何らかの意図があるとしたら?
「にゃはは、お師匠の話じゃ、蟲量大数には金鳳花の洗脳は効きづらいって事になってたな……。どういう風に引っ張って来るのかって思ってたけど、エデンがキーワードな訳ね」
蟲量大数、不可思議竜、那由他。
始原の皇種たる彼らは不戦の盟約を交わし、自主的な戦闘自粛を守っている。
そして、その均衡を崩す鍵こそがエデンーー、そんな物騒な存在は封印してしまうに限ると、ローレライは目を細めた。
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「いい歳して何やっとんねん、クソババア!!」
「エルの方こそ、いい加減、反抗期を止めなさい!!3000年くらい経ちますよ、もう!!」
「3000年クソ親ムーブかまし続けてるからやろ、ボケェ!!」
覚醒させた神縛不動・ヴァジュラを搭載した長剣を振り抜きながら、濃紫色のエルヴィティスが叫ぶ。
そして、それを迎え撃つは、全身白一色の女性。
無骨なガントレットが握る双剣で受け止め、力に任せて弾き飛ばす。
エルドラドはエデンを心の底からうざったいと思っている。
タヌキ真帝王としての実力は認めているし、事実、忖度なしの殺し合いをすれば敗北するだろう。
格上だと十分に理解している、その上でうざったがっているのは、数千年の時が経っても『反抗期』……、子供扱いされているからだ。
「いつまで親子いうてんねん!!隣みてみぃ、バビロンもトウゲンキョウもインティマヤも、とっくに子離れしてるやろが!!」
「よそはよそ、ウチはウチです」
「あーもう、ホンマそういうとこが……」
タヌキにも親子の情はある。
だが、二代続けて生き残れる実力があるかは別問題……、そんな理由から、エルドラドと同格のタヌキ帝王で存命している親子は他にいない。
そんな事実が嫌……、なのではなく、それを見た周囲の空気が悪くなるのが嫌なのだ。
例えば、ソドムは野次って来るし、ゴモラも生暖かい目で見てくる。
バビロンは爆笑、カナンに至っては露骨に媚びを売っている始末。
そういうのが全部ひっくるめてうざい。本当にうざいのだ。
そんな積もり積もった感情は――。
「マジでぶち殺したろかな」
「こら、親に向かってなんて口を叩くんですか!!」
――くっくっく、別に良いじゃねぇかよぉ、親のおっぱい吸ってもよー。
――ほんのり甘い思い出の味?まぁ、齧れるスネがあるのは良いこと。
――ぐははははは!ぐは!!ぐははははははっ!!
――あ、こちら魔導枢機霊王国で流行ってるお菓子です、よ、よろしかったらどうぞっっ!!
ざわつく。
心が。
心の底に根付いた声が――、そして。
――無色の悪意が、発芽する。




