第143話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-タヌキside①」
「皆様わかっていますね?汚名に汚泥を塗りたくるような無様な真似は許しません。良いですね?」
「「「YES。全てはエルドラド様の為に!」」」
コクピット内に、美しいショートカットの黒髪を持つ女性の声が響く。
魔導枢機霊王国の美凛刀と称される、帝王騎士団の筆頭パイロット、カナンだ。
ソドムがこよなく愛するバナナ農園が、アンガタツェーに乗っ取られていた。
それは、とあるタヌキの一団にとっては亡国の危機に匹敵する大失態。
国王であるソドム直轄領地の侵害――、自体はどうでも良い。
だが、それを知ったエルドラドに軽蔑されるのは、絶対に阻止しなければならない地獄の苦しみだ。
帝王騎士団・第一騎士団の筆頭パイロットであるカナンは、タヌキ大将軍の肩書を持つエリートタヌキだ。
秀でた魔法の才能に加え、精確な帝王枢機の操縦技術を持つ彼女は、下位のタヌキ帝王と遜色のない実力を持っている。
そんなカナンが昇格しない理由、それは……、心から敬愛するエルドラドがタヌキ将軍を名乗っているからに他ならない。
『帝王として偉ぶるよりも、将軍のままでわちゃわちゃ騒ぐ方が好きやねん』
そんなエルドラドの言葉があったからこそ、カナンは……、いや、カナン率いる第一騎士団、別名エルドラド親衛隊に在籍するものは、ただの一匹すら昇進を望まないのだ。
「それにしても、海背皇魚・コズモムートですか」
「何か思う所があるのでしょうか?カナン様」
「エルドラド様、料理したら食べてくれるかなっ……って」
「カルパッチョかマリネにしません?赤ワインにぴったりですよ」
カナンはそこら辺にいた普通のタヌキだった。
しいて言うなら魔導枢機霊王国産――、皇種が支配する過酷な生態系で120000匹を超える巨大な群れを従えていただけのタヌキ将軍だ。
そんな彼女とエルドラドの出会いは、これまた普通。
群れを壊滅させた王蟲兵・カナケラテンから救い出され、そのままムーのねぐらで保護。
初めて与えられた頑張らなくても良い生活、そこから見たエルドラドの余裕のある笑顔に心を打ち抜かれ、信奉するようになったのだ。
高飛車な性格だったカナンは敬われることはあれど、か弱いメス扱いされることはなかった。
気まぐれで『できません』と嘘を言おうものなら、配下のタヌキ達は絶望し、この世の終わりだと鳴き喚く。
カナケラテンが縄張りに侵入した時も逃げると言える雰囲気ではなく、無謀な戦いを挑むこととなった。
だが、エルドラドはカナンをメス扱いする。
うっとおしい母親を反面教師にしているせいで子供こそ作らないものの、恋人のような甘い関係を楽しむことも少なくない。
そんなタヌキの毒牙に掛かった女は、人間とタヌキに限らず数知れず……、その中で帝王枢機を扱う能力に長けた者たちの集まり、それがこのエルドラド親衛隊だ。
「カナン様、コズモムートって結局、何の魚なんですか?危険動物図鑑だとクジラになってますけど?」
「それは擬態。本体はヒラメですよ」
「ヒラメ!?マジですか!?!?」
「自然態の権能という、周囲と同調する能力を持っています。空の中に魚がいるのはおかしいですが、空の中に空があるのは普通でしょう?飛んでいるのはそういうこと、驚くことではないです」
「いえ、ヒラメのカルパッチョとか最高だなって!」
カナンが持っている悪食=イーターは、真理究明をベース能力にしている。
それは、エルドラドの横にいるクソタヌキのポジションを狙っているからだ。
「ちなみに、雲の中を泳いでいるデカい魚影って、明らかにヒラメじゃないですけど?」
「空気の方を魚族に寄せているんでしょう。栄養にならないですが、ちゃんと美味しいですよ」
「食べたことあるんですか!?」
「完全擬態=肉体の再現=魚の味なん?ってエルドラド様に聞かれて狩りに。ちゃんとマグロの味でしたよ」
くつろぐエルドラドの呟きをしっかり聞いていたカナンは、後日、有志タヌキ達と一緒に漁へ。
素知らぬふりしてコズモムートの海の中に侵入し、それっぽい奴を乱獲。
そんなカツテナイ密漁で入手した豪華海鮮づくしを餌にしてエルドラドを釣り、カナン達は酒池肉林を味わった。
「アンガタツェーの件で、エルドラド様は明らかに失望なさっていました。どうやら、バナナ農園の設立に関わっていたようでして」
「そうなんですか?でも、おばあちゃんに聞いたら昔からあるって」
「フィルピナの祖母……、あぁ、レシアの若い頃よりも、もっともっと昔です。十世代溯っても足りません」
「へー。流石カナン様、先祖返りって本当に羨ましいです!」
カナンの側近であるフィルピナは人間でありながら、タヌキに比肩する操縦技術を持つトップパイロットの一人。
20台前半の彼女もまた、エルドラドの毒牙に掛かったメスだ。
魔導枢機霊王国には、『先祖返り』と呼ばれる特殊な人間がいる。
それは、死んだ人間の記憶を持って生まれたことにより、0歳から16歳までの基礎教育を無視し、自身の能力向上に当てることが出来た賢者に与えられる称号だ。
その正体は当然のように、タヌキ。
レベルの高いタヌキ将軍は寿命を克服しており、人間時の姿を変化させることで老いを演じている。
そして、ある程度まで高齢になったら死んだふり。
しれっと別人に転生……、その時に、過去の人物の記憶を持っている理由付けとして上記のような称号がでっち上げられた。
「コズモムートの調理法を説明します。まずは各自、送付した資料に目を通してください」
『海背皇魚・コズモムート』
種族 ダイオウカルマカレイ
年齢 1000歳以上
性別 オス
称号 海背皇魚
レベル 999999
危険度 大陸滅亡の危機
『基礎情報』
ダイオウカルマカレイは深海底に生息する、巨大な平べったい魚。
高い水圧で押さえつけられて横にしか成長できない為、全長500mを超える個体も珍しくない。
この種族の特徴は、体表全体が捕食機関になっていることだ。
地面と勘違いした生物が体表に触れた瞬間に触手を伸ばして絡め取り、そのまま自分の体に癒着させて同化する。
そんな生物的特徴が強化されているコズモムートは、『自然態の権能』を持つ。
これは、3種類に分類される。
生物→生物
生物→自然環境
自然環境→生物
なお、これは生物を擬態させるものであり、海→森のような環境の変換は出来ない。
それっぽい事をしていても出来ない。
出来るように見せているだけ。
カレイの擬態能力がベースとなっているからである。
『戦闘能力』
擬態とは相手の認識を欺くために、周囲を利用する能力である。
コズモムートは周囲の空気を『海水を背負っている自分』に擬態させた上で、『海水を背負っている自分』を『空気』に擬態させるという、権能の二重発動をしている。
これにより、コズモムートと海水に擬態した空気は、世界の空気と一体化し、不可視状態を維持する。
そして、擬態させている海水空気は権能の影響下にあり、以下の性質を持つ。
・通常の海水と遜色のない、生物の生存環境。
・自分及び、魚族を別の存在へ擬態させるための依り代。
例えば、
配下のメダカへ権能を適用
↓
周囲の環境をメダカと融合、別の存在『マグロ』に擬態。
このように、資源環境(物質や太陽光などのエネルギー)を利用する為、擬態先には質量的制約がない。
生命体を内包してさえいればいいので、生まれたての稚魚をコズモムートにすることすら可能。 この時、権能などの特殊能力は再現されないものの、基礎身体能力は同じとなる。
「……メダカがコズモムートに変身して、めっちゃ群れるって書いてありますけど、これどうやって倒すんですか?」
「全滅させれば死にますよ」
「一網打尽ってやつですね?」
「ですが、一つ問題点があります。近くに木星竜と狐が居るせいで、メダカが不死身」
「じゃあコズモムートも不死身ですよね!?」
「だからこその調理方法。死んでも生き返るなら、殺さなければいいんです。各自、《氷終王の槍刑》を装備。不死身を刺身にして、活け造りにして、シメ殺します」




