第139話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-レジェリクエside④」
「女王陛下の嘲笑だ!!臆することなかれ、我らの勝利は約束された!!」
「全軍突撃だに!!ルドワとミディの活路を切り開けぇ!!」
レジェリクエから下賜された炎の剣『倶利伽羅剣』を携え、三機一組に分かれたエゼキエル小隊が飛ぶ。
それぞれの操縦者が顔を紅潮させ、額に汗をかいているのは雰囲気に飲まれているから……、だけではない。
使い慣れない炎の魔法の弊害で、物理的に室温が上がっているのだ。
『炎系統の魔法は、使い勝手が悪い』
それは、魔導枢機霊王国における常識だ。
高い身体能力を持つレベルの高い生物は動きが速く、攻撃の応酬も高速化している。
だが、炎によるダメージは熱伝導による物質破壊が中心であり、どうしても時間が掛かってしまう。
ライターの火に一瞬触れただけでは致命的な火傷にならない様に、大したダメージを与えられずに魔力だけが消費される結果となるのだ。
そんな理由から、帝王騎士団が使用する魔法は氷系統が主流。
接触しただけで凍結麻痺を起こせる上に、空気中の水分を取り込んで再凝結するなど、継続力に優れているからだ。
「指示書は呼んだに?黒い霧に機体を接触させんように、剣先だけでぶっかき回せい!!」
「了解!」
「了解!」
全長500mもの巨体を持つケライノーの左右に展開されたスリーマンセルの最先端で、中隊長ドゥニームが叫ぶ。
炎?知らない魔法?不慣れ?関係ない。
なぜなら彼は、好んで昇進しない戦闘狂。
タヌキを除く魔導枢機国軍の中で10本の指に入る操縦技術を持ってなお大隊長に昇進しないのは、最前線で戦うのが楽しいから。
そして何より……、カッコいい所を見せて若い女の子にチヤホヤされたいからである。
「どっせーーい!」
「焼き固まれ!!」
「鉄鍋みてぇによー!!」
レジェリクエの指示に従い飛行する最中、エゼキエルの液晶ユニットに詳細な戦略指示書が表示された。
それは、倶利伽羅剣の詳細な効果と、これから行う大規模戦略魔法の説明だ。
ランク9・大規模殲滅魔法、『倶利伽羅剣』
炎属性でありながら土属性を併せ持つこの魔法は、継続した熱伝導ダメージを効率よく行うように開発された。
接触した物体に燃焼性物質――、硫黄を付着させ、強制的に超時間の激しい燃焼を引き起こさせる。
言わずと知れた歴史に名だたるクソタヌキの得意技、『天撃つ硫黄の火』を模倣した魔法だ。
そして、硫黄は鉄と熱を加えると激しく燃焼する。
温度は瞬間的に1000度~1500度に達し、磁界の発生限界温度である800度を優に超える。
さらに化学反応により硫化鉄と化し、大きな結晶体へと変化。
これにより、粒体の強みであった不定形さが失われ――、ケライノーを閉じ込める大規模戦略魔法への布石となる。
『タヌキにちなんで名づけたのぉ。大規模戦略魔法・文武駆火釜。一気に仕上げてしまいなさぁい!』
ケライノーが纏っている黒い霧、および、全長500mの巨体の殆どが、砂鉄で作り出した偽りの身体だ。
それを見抜いたレジェリクエが立てた作戦は、相手の身体を利用して作った火釜に閉じ込めて熱し続けるという、ある意味で見慣れたもの。
鋼鉄の釜に鶏を丸ごと放り込んで焼き上げる料理、北京ダック。
タヌキと共にサンドイッチを配っている少女が目を輝かせて凝視する液晶モニタの先で、全長500mの巨大な火釜が完成する。
「ルドワ、ミディ、行くだに!!」
「そちら側にも穴はあるか、ミディ」
「あります!」
「飛び込むぞ!!」
「ですよね!?いいですよ、やりますよ、見合った報酬が約束されているのならっ!!」
エリートであるルドワール隊にとって、エゼキエルを思い通りに操縦するなど造作も無い。
美しい曲線で成形された赤銅の火釜、その左右に開いた空気口の前にルドワールとミディが到着。
噴出している1000度を超える熱波を諸共せず、エゼキエル=デモンブラッシュとエゼキエル=エジルリコリスが左右同時に突入する。
「ほう?思っていたよりも明るいな。眩しいくらいだ」
「全方向燃えてますからね。この中でまともなのは……、あの鳥くらいです」
赤銅色に輝く世界の中心で鎮座する、全長20m弱の暗黒鳥像。
幾重にも折り重なった翼の隙間から覗く眼光、それに灯っているのは――、怒り。
「排除の前に降伏勧告ですよ、ルドワ様」
「るど……、分かっている。私の名前はルドワール、可能ならば争いは避けたい小心者だ。ケライノー、端的に言おう。降伏する気はあるかね?」
予言のケライノー。
彼女は皇種ヴァジュラコックのメスとして種族を支え……たい、常に物事を強気で進める革新的な考え方を持つ存在だった。
高い知能を持ち、情報の整理が得意な彼女は、長期的な未来を言い当てるのが得意なのだ。
~~の皇種が ××の皇種に戦いを挑む。
森の東側の勢力図が変わり、△△の種が繁栄する。
そんな予測に追加される、『先手を打って滅ぼしてしまった方が、よろしくてよ』。
ケライノーの言葉を鵜吞みにするヴァジュラコックのぶち上ったテンションで、多くの種族が参加する乱世が何度も発生。
制空権を押さえるヴァジュラコックの襲撃は、未来を担う幼子の命を大量に奪う厄介さを秘めている。
種族にとって致命的なダメージを発生させる以上、絶対に無視できないものだ。
だが、彼女中心に巡っている生態系も、ヴァジュラコックが斃されたことにより停止した。
同じく側近であり高い知能を持つアヴァートジグザーは、相手種族に警告をしてしまう程の穏健派。
いくつも小言を貰うケライノーとは壊滅的に考えが合わず、主戦派を誘導して群れから追い出してしまったほどだ。
「降伏……、ですっテ?冗談じゃないワ」
そんな理由から、ルドワールの降伏勧告はケライノーの琴線に触れた。
無色の悪意によって強化されている支配欲にとって、戦わずに降伏するなど、どうあっても受け入れられない行いだ。




