第136話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-レジェリクエside①」
「こんにちわぁ、セフィナ。もうすぐ午後一時だけれどぉ、お昼ご飯は食べたかしらぁ?」
天窮空母の管制室に入るなり目についたセフィナへ、レジェリクエが問いかけた。
どんな時でも……、いや、どれだけの窮地でも姉のリリンサは食事を自ら抜くことはなかった。
そうなれば当然、妹のセフィナもそうだと判断し――、「サンドイッチを食べました!」という想定通りの答えに笑みを返す。
「片手間で食べられて美味しいものねぇ。余にも頂けるかしら?後から来るカミナたちの分と合わせて4人前お願いね」
「はい!ゴモラ、厨房に貰いに行くよっ!!」
よしよし、従順で嬉しいわぁ。
アホの子の最も簡単なコントロール方法は、食事に関する仕事を申し付けておくこと。
あー、なんて分かりやすくてチョロい姉妹なのかしら。
ワルトナやテトラもこれくらい能天気だったら扱いやすいのにぃ。
とりあえず心の中で暴言を吐き散らして安寧を得つつ、この場で最も身分が高い功労者へ歩み寄る。
そして、管制モニターを真剣に見つめるホロメタシスへ妖艶な笑みで礼を述べた。
「ホロメタシス陛下、これだけの規模の徴兵に最上の感謝を捧げるわ」
「いえいえ、我が国の軍は常に皇種や眷皇種への備えをしております。通常業務とさほど変わりありませんよ」
その言葉が見栄であることを、レジェリクエは見抜いている。
どこの世界に、130匹の皇種襲来を想定した軍を作る国があるというのか。
そんなのはもう、人知を超えたタヌキの領域。
だからこそ、人間の可愛いショタであるホロメタシスが震えていても、見て見ぬ振りをする。
「戦況はどうかしら?率直な意見を教えて」
「よく……ありません。戦死者こそ出てはいませんが、大破寸前の機体が10機。残りの機体も中破、軽微破損状態が殆どであり、戦線維持がやっとです」
「確か、軍にはタヌキが混じっていると言っていたわね。それでも有利を取れなかったのかしら?」
「相性が非常に悪いのです。あの鳥が纏う黒い靄の正体は磁気を帯びた鉄と炭素結晶の混合物。ダイヤモンドが混じった砂鉄のようなものだと」
「電気系統を狂わせる効果付きの、流体やすりかぁ。機械にとって相性最悪って訳ね」
帝王枢機には、ダークマターを除く世界で最も固い神製金属が使用されている。
そのあらゆる攻撃を跳ね返す金属を加工する最もメジャーな方法、それは圧力を掛けた研磨剤等を吹き付けるサンドブラスト方式の成型だ。
そして、魔導枢機エゼキエル軍が接近すら成し得ていないのは、高速で吹き荒れている砂鉄の霧があるから。
不用意に近づいたエゼキエル二機の四肢が削ぎ落されて以降、状況確認と対策の検討を行っていたのだ。
「流石は皇の知識を植え付けられた眷皇種ね、過去の知識からエゼキエル対策をしてくるとかやるわね」
「カミナ?遅かったじゃない」
「ラボラトリー・ムーに寄って来たのよ」
白衣を棚引かせて現れたカミナ、その手には大きなアタッシュケースが握られている。
それを細めた目で眺めつつ、レジェリクエはその後ろにいる人物にも声を掛ける。
「メルテッサも一緒にかしら?」
「そうだね。なにせ僕の半身を預けたままだ、そりゃぁもう、気になって気になって」
「なるほど納得ぅ。さてと……、タヌキに手柄を取られる前に、ホロメタシスに良い所を見せなくちゃねぇ」
魔導枢機軍が消極的戦線維持を演じているのは、それが手堅い勝利法であるためだ。
軍にはタヌキが混じっており、いずれは悪食=イーターにより完全攻略される。
ましてや、真理究明を持つソドムが参戦すれば、一瞬で決着が付くのだ。
「ちなみに、ムーは何て言ってたかしら?」
「僕は忙しいからパス。神・蟲・キツネに触るべからず~だそうよ」
「それだけぇ?」
「エゼキエルリリーズぶっ壊したら絶許案件」
「くす、タヌキ達の力関係が見えて面白いわねぇ」
おい、ムー様の機嫌がMAXに悪いぞ。まーた何かやらかしたのか、ソドムさん。
なんか超忙しいらしい?そんな時にエゼキエルをぶっ壊しでもしたら……?
カナンもエルドラド様に怒られて涙目、防波堤がいねぇぞ、どうすんだ?
無傷での生還が最低条件だろうなぁ。ルドワール隊を使って様子見しようぜ!
そんな裏でのやり取りがあったんだろうと予測し、タヌキ応援の期待値を下げる。
そして、脳内で組み上げていた戦略を履行する。
「まずは、温泉郷の補強。メルテッサ、ナインアリアと軍団将に無線機を繋げて。《支配声域》」
「はいさ」
「こちらレジェリクエぇ、軍団将に告げるわぁ、あなた達程度の実力じゃ即死するから、結界の外に出ない様に」
『んな!?』
「相手は冥王竜よりも超超超超遥かに格上の高位竜、魂の支配者。見えない即死攻撃を当たり前に使用する化け物よ。神殺し、もしくは高位竜の加護を持たないと話にならないわ」
説明しているレジェリクエ自身、木星竜が魂への直接攻撃をしてくる可能性は低いと思っている。
背中の生命を吸収する際に、体を動かして圧殺するという効率の悪い手段を取っているからだ。
だが、しない=できない ではない。
何らかのデメリットがあり、それよりも体を動かす方が容易だと判断した可能性も考慮しなければならない。
「レジェンダリアから人を呼び寄せて災害復興をなさい。それと、プロジア博士から協力要請があった場合は、コスト度外視で叶えなさい。いいわね」
『仰せのままに』
「それとナインアリア、あなたは天窮空母に来なさい。余と一緒にお出かけしましょぉ」
『んな!?』
『即死するでありますよ!?』
「魔導感知が必要なのぉ。あとねぇ……、テトラフィーアとセブンジードを余は殺したわ」
『はっ!?今度はテトラフィーア様が!?』
『……怒るのは、話を聞いてからであります』
「人狼狐は温泉郷のイベントじゃないわ、大陸間戦争なんてお遊びに感じる世界規模の危機。それをテトラが主導していたの、キツネに騙されてね」
『そのキツネというのは、サチナちゃんじゃないでありますね?』
「違うわぁ。心置きなく殴れるわよぉ」
『行くであります。転移の魔道具は……、これでありますね』
木星竜への即死と同じ脅威度に、金鳳花の洗脳がある。
ある程度の耐性をホロビノと黒塊竜がしている命の権能と違い、時の権能への対処法は少ない。
レジェリクエがコントロールできる人物でそれが出来るのはナインアリアのみだ。
「来たであります。それで、テトラちゃんは……ッ!?!?」
「ちゃんとレーヴァテインで斬ったから問題ないわぁ。それよりも」
「何でありますか、この、魔力……、うぷっ」
「あら、食事の用意は3人前で良かったかしらね?」
全身を覆う悪寒に撃ち抜かれ、ナインアリアが床にへたり込む。
優しく背中をさすりながら口にハンカチを当てるレジェリクエ、そこには酔い止めと吐き止めの薬品が染みこまされている。
「はぁっ、はぁっ、即死するって、本当だったでありますね……」
「立てるかしら?」
「んっ、いけ……る、であります」
これで余に不足している防御面の補強もクリア。
あとは、この不愉快な気持ちをそのまま相手にぶつければ良いだけ。
おあつらえ向きに、巨大な的もいる事だしぃ。
「カミナ、メルテッサ、ナインアリア。余はね、テトラフィーアを友人だと思っているわ。今もね」
「自分もであります」
「だから……、全部をきれいさっぱり片づけた上で、とっーても叱るわぁ。手伝ってくれるぅ?」
「もちろんであります。裏切りは、自分、大嫌いでありますので!」




