第134話「御神楽幸七・久遠竜鬼-こおりおに-サチナ side②」
「背中の上の材料が尽きるまで、木星竜は殺せない? はっ、上等、ですっっ!!」
白銀比は自身の子に時の権能に関する知識の全てを与え、そして、身の丈以上に扱えない様に封印している。
……そんな封印など、サチナの中には残っていない。
「……ホープとサチナか」
蠢いている木星竜の巨大な頭蓋が、亜音速で飛ぶ白い竜を睨みつけた。
その背に乗っている末の妹も、種族こそ違えど、美しい白い毛並みを持っている。
それは、白い花や木の幹などという偽物でない、不可思議竜の力を色濃く受け継いだ証。
あぁ……、なんと白ける光景だ。
お前らが生まれていなければ、この木星竜は……。
木星竜の頭蓋の表面に、ギョロリと光る赤い宝玉が一斉に花開く。
ザクロのような不揃いの粒、その中に入っているものに心当たりがあるホロビノは、小さく鳴いて妹に警告を飛ばした。
「きゅあら!」
「手数勝負?受けて立つ、です!!」
輪廻を宿す木星竜が作り出す種子には、様々な効果がある。
一つ、生物の命に根を張って寄生し、その一生を観察する目となる。
二つ、無色の悪意を効率よく植え付ける媒体。
三つ、種子を持つ生物が木星竜の背の上で死亡した場合、その魂を接収。
さらに肉体の栄養を吸いあげて発芽、瞬く間に樹木へと成長し、木星竜の背を飾る森の一本となる。
そうして全長100km以上にも肥大した輪廻を宿す木星竜、その真価はここからだ。
コレクションしている魂から最適な戦力を選び、樹木に蓄えた栄養素を抜き取って赤い宝玉に注ぐ。
その中で出来上がったのは、意識以外を完璧に再誕させた生命。
飛翔することに長けた様々な種族の皇種・眷皇種が合計120匹。
だが、それが持つ魂は、木星竜の意識を分け与えられている疑似的なものだ。
「《御神楽幸七・遊び歌!》」
ホロビノから警告を受けずとも、サチナは木星竜の危険性を十分に理解している。
だからこそ、普段は心掛けている加減を解除し、全身全霊を掛けた本気の技で迎え撃つ。
古くから親しまれる遊びの中には、音楽に合わせて手拍子をするものが数多く存在する。
様々な歌やルールによって細分化されていくそれら遊びの共通点、それは決まったリズムに合わせてリアクションを起こすという縛りがあることだ。
だが、サチナがイメージした遊びは、それから遥かに進歩した遊び。
それは、この世界ではまだ発明されていない、未来の遊戯。『音ゲー』。
夢の中で祖父と一緒に遊んだ電子ゲームを想像し、サチナは自身の前に光で出来たレーンを作り出す。
「……光の線?この小細工は貴様の仕業か、ホープ?」
「きゅあらぁん?」
忌々しいと思う程に、弟妹たちは才能に溢れている。
それを知っているからこそ木星竜も油断や傲りをせず、確実に殺せるであろう戦力を惜しげもなく投入していた。
そしてそれには当然、対処を困難にするフェイクや罠が大量に仕込まれている。
……だが、それらは緻密に組み上げられた戦略の上で成り立つもの。
光るレーンの中を規則正しく移動するしかできないとなれば、一気に破綻する。
「びじゅある・びーすと、デビュー曲『夏の日祭り』、いっくぞーなのですっ!!」
光のレーンはホロビノの上に立つサチナに向かって収束するようになっている。
互いが重なりすぎない様に調整された混雑の中を進む木星竜の疑似生命、その先端を走っていた黒い豹に向かってサチナが繰り出したのは、力を込めた掌底だ。
金枝玉葉が神に願い手に入れた時の権能、それを一言で表すのならば、『強制的なルール付与による、アンチバッファ』。
遊びとはルールや制限の中で競うものであり、『ルール無用の乱闘』などという最も嫌われる野蛮な行いを許すなど、絶対にありえない。
「 生まれおちて、ふぉーりん、愛されて~~ !
ずっとずっと、ふぉーりん、愛してて~~ !!」
「なんだこの歌は。これは……、強制的な誘導か」
歌を口ずさみ始めたサチナの動きに合わせ、疑似生命が突撃していく。
制限されているのは、移動領域と速度のみ。
『リズムに乗って迫る脅威を撃ち落とす』という遊びだからこそ、それぞれの疑似生命はサチナ達を殺す為に思考し、最善の攻撃を放っている。
それは長き時を生きた木星竜の戦闘経験に基づく、高い精度の未来予測を含むものだ。
だが、全ての攻撃は空振り、そして、疑似生命の全ての急所が叩き潰された。
サチナが仕込んだ記憶植え付けにより、疑似生命の未来予測が誤動作。
間違った予測を元に考えられた最善手……、さらに、それを読み取ったサチナは最も無防備な部位へ、フィジカルに任せた絶死の掌底を射ち放ったのだ。
「ボボボボボ、ボボ、ボボボ〜!ボボボボボ、ボボボ、ボボボボ〜!!」
サチナが奏でたリズムに合わせ、爆ぜて絶命した生物がクリスタルとなって大地に降り注ぐ。
その多くは木星竜の背中の上に還るも……、再利用されることはない。
「 世界を超えて、ふぉーりん……、 愛して、欲しい~~!!……フルコンボ、なのですっ!!」
隙を突いたとはいえ、身長130cm程しかない少女が超越者の肉体を破壊するのは至難の業だ。
当然、それができるのには理由がある。
『サチナに喧嘩売るとか、新手の自殺にしかならねーゾ!!』
圧倒的フィジカルモンスター・ベアトリクスが恐れ慄く理由、それは、自分が得意な肉弾戦で完膚なきまでに叩きのめされたからだ。
竜の能力である命の権能を、キツネであるサチナは、まだ完全には使いこなせない。
時の権能の完全制限解除すら行われたばかりであり、魂の操作を練習する機会など無かったからだ。
だが、以前より練習していた分野がある。
最もポピュラーな命の権能の使い方、望む肉体への転生。
それをホロビノから教えて貰っていたサチナの身体は、ベアトリクスをベースにカスタマイズした超・圧倒的フィジカルモンスターと化している。
「あの背中の木、一本一本がさっきの命の残機……。気が遠くなる数、です」
「きゅあら~」
「だから一気に潰す、ですっ!!」
無数と呼んで差し支えない命を背負っていようとも、限りはある。
ましてや、サチナやホロビノに通用する生物種となれば、生成コストも桁違いに多い。
そんな理由から無駄玉を嫌った木星竜は、遠距離攻撃ができる超越者の上半身のみを生成。
樹木を変化させた集中砲火砲台を生成し、その切っ先をサチナ達へ向けた。
「ホロビノ、回避しながら木星竜の上空に行くですっ!!」
「きゅあらららら~~!!」
竜の咆哮を中心とする、様々な種族の魔法攻撃が空を埋め尽くした。
だが、その中を器用な翼操作で飛ぶホロビノに触れることは叶わず。
そして、昼の空に咲いた大輪の花を見下ろし、サチナが飛び降りる。
「きゅあん!?!?」
「ド突いてくるですっ!!」
ホロビノにダメージを与えない様に足に入れる力を加減しつつ、眼下の木星竜に向かって跳躍。
流星の如く落ちていくサチナ、その可愛らしい口が、あらかじめ決めていた別の遊びを宣言する。
「《御神楽幸七・手鞠歌!》」
『御神楽幸七』
時の権能と命の権能を混ぜ合わせた、サチナのオリジナル権能。
設定した遊びに必要な準備過程を省略し、さらに、互いの肉体をルールに適応するものへと改変する。
本来の時の権能は、相手の意識や思考にしか制限を掛けない。
時間の流れに干渉できるのは、その対象を世界に指定することで、物理法則を誘導し、望む結果を作り出しているからだ。
それは高い汎用性がある一方……、相手の肉体への影響は世界を経由しなければならず、即効性が無いという致命的な弱点がある。
だが、御神楽幸七にはその弱点が無い。
現在登録されている七つの遊びに必要な手順は知識として保存され、瞬時に構築可能。
竜の転生は自身の魔力等を用いて行うものであり、ルールに適応させる肉体の改変も相手のエネルギーを消費して行われる。
その為、サチナの肉体にかかる負担は非常に軽く……、彼女の時の権能は、超越者に通用する戦闘技術へと昇華している。
「あんたがた、どこさっ!!竜さ、竜が峰さっっ!!」
童歌を口にするサチナが空中で華麗なステップを踏んで加速、その後、くるりと一回転。
振り下ろされた平手打ちが、起き上がろうとする木星竜の背中に突き刺さる。
「ゴっ……!?!?」
その瞬間、全長100kmを超える巨体が大地へ叩き返され……、弾む。
『手鞠歌』
よく跳ねるボールを叩き、地面に跳ね返らせて、また叩く。
それを歌に乗せて繰り返すというシンプルな遊び、だが、それがボールではなく『よく跳ねる生物』で行われたとしたら?
高い反発性を持つ体に改変された木星竜へ向かい、容赦のないサチナの平手打ちが降り注ぐ。
最初は部分的にしか跳ねなかった木星竜の身体も、自身の重量による慣性に引っ張られることで大きく波打つ。
そうして、完璧なリズムで追加される衝撃は増幅し、やがて、背負う『森』への深刻なダメージが発生する。
「尾骨山にはゲロ鳥おってさ、そーれをクーマが魔法で撃ってさ! 煮てさ! 焼いてさ!」
「がっ、ごっ、ぼっ……」
「見ていたタヌキがっっ、ちょいと盗む~、ですっ!!」
「がぼっ……」
童歌に合わせて行われる、文字通りの意味での大地を揺らす激震連撃。
この世界で最も巨大な生物である木星竜は、他者からの攻撃で揺らぐという未曽有の危機に陥るも、抗うことができない。
「次は、《御神楽幸七・蹴鞠歌!》」
そして、サチナの連撃は終わっていない。
ボールを叩いて弾ませる『手鞠』と対を成すは、ボールを蹴り上げて地面に落とさせない『蹴鞠』。
自ら動くことのない無機物を外的要因によって空中に滞在させる遊び……、その為のルールは、自らの意志による肉体操作の禁止だ。
「子ぎつね、こんこん、森の中、森の中~!!」
「草実つぶして、木を倒し~!」
「風舞う枯れ葉、冬の山~!」
弾み上げられた木星竜の下に潜り込んだサチナが、上に向かって垂直蹴りを放つ。
リズムに合わせて行われてゆく、岩盤直下からの大激震。
上から横へ走っていた衝撃の真逆からのエネルギーによって、木星竜が背負う命が粉々に砕かれて。
――、逝く。




