第3話「悪魔会談・地下の研究室」
「ふはー!この町の不安定機構は賑わってたなー」
「うん。この街「オファニルート」の周囲は特殊な生態系の森があってそこで次々と新種の生物などが発見されている。だから、依頼なんかもとても多い」
「ま。一番多かったの『ゲロ鳥の捕獲依頼』だったけどな。どんだけ逃げてんだよ!」
「レジェなら、鳶色鳥に特殊な訓練を施していても不思議じゃない。檻ぐらいならこじ開けるのかも」
うわぁ、ゲロ鳥、マジ、ぐるぐるげっげー!
俺達はこの街オファニルートを探索しながら、食事をしたり不安定機構に寄ったりと、街を満喫してきた。
そろそろ、約束の6時も近づいてきたし病院に戻り、カミナさんを待とうと思う。
時間は只今5時30分。無事に一階受付に到着。
ん、カミナさんはまだ居ないようだな。
予定どうり手術が終わってくれると良いんだけど。
「………あれ?あの人は」
「さっき私にちょっかいを掛けてきたカミナのパシリ。ちょうどいい、仕返ししよう」
「やめい!ていうか、ずいぶん疲れてそうだな。あのー!大丈夫ですか?」
「………やっと来ましたか。健康なのにウスノロなんですね」
「え?」
「はぁ………。カミナ先生がお待ちです。こちらへどうぞ」
うわぁ、まったく元気がない!
足取りはふらついているし、顔は少しやつれている。
あ、杖をついたヨボヨボのじいさんにすら大丈夫かって心配されてるし!
この半日で何があった!?
「どうしたんだろうな?リリン。看護師さんヘロヘロだぞ?」
「たぶんカミナのせい。まぁ、手術事態は終わっているみたいなので問題ない」
そういや、カミナさんはもう待っているって言ってたな。
約束の6時までまだ30分もあるんだが。
もしかして、何らかのトラブルで手術が中止とかになった?
「えぇと、看護師さん。カミナさんの手術は無事に終わったんですか?」
「………えぇ。終りました。終わりましたとも。手術8件全て、完璧に、迅速に、一切の不安もなく終わりましたとも、ええ」
「8件………?増えてない?」
「緊急手術が入りました。体の3割近くを熱傷してしまった患者さんも、無事に生還を果たしています」
「それは、なんとも大変だったでしょうね」
「………。あーもー!意味わかんないんですよ!!手術8件で5時間も掛からないってどういうことです!?肝臓丸ごと取り出して切っていじって戻すなんて、人体模型じゃないんですよぉぉぉぉ!?!!!!」
肝臓、取り出したんだ………。
想像するとヤバそうだから、聞き流しておこう。
憔悴しきっていた看護師さんは変なスイッチが入ってしまったのか、すごい剣幕で騒ぎだしている。
回りの患者さんは、ぎょっ!とした目付きで見ているが、スタッフの人は無関心みたいだ。
なんとなく、見慣れてるんだろうなって思う。
「なぁ、リリン。この看護師さんの豹変はカミナさんが原因なのか?」
「話を聞いている限り、そう。カミナの手術は先進的過ぎて周りが理解するまで時間が掛かる。見ていた人は大体こんな感じ」
「………そっか。被害者は俺だけじゃないんだな」
「?」
あぁ、よかった。
心無き魔人達の統括者の被害者が俺以外にいたなんて。
もちろん、普通の被害者は大量にいるだろうが、無自覚の暴力に晒されている仲間がいるというのは心強い。
いざとなったら、彼女に身代わりになってもらおう。
「ほら、早く昇降機に乗ってください!あなた方が鈍いと私の休憩時間が減るんです!さぁ!さぁ!」
初対面でもあれ?と思ったが、この看護師さん、態度悪いなぁ………。
完全に悪魔の使い魔と化しているし。
俺達は促され、昇降機に3人ともが乗り込んだ。
看護師さんは、乱雑に『B3』のボタンを連打。
そんなに押しても速度は変わらないと思う。
ほどなくして、昇降機は『B3』、地下3階についた。
だが、看護師さんは降りようとはしない。
開いたドアの先には一枚のドア以外なにもない殺風景。
俺は不思議に思い、看護師さんに問いかけた。
「この階がカミナさんの研究室?」
「違いますよ。ここは霊安室です」
「れ、霊安室ッ!?」
「そうですよ。その奥には常時50体以上の仏様が休まれています。………どうです?仮眠だけでも?」
「一緒に寝ろってかッ!?断るッ!!」
「ち。じゃ、静かにしててください」
あぁ、どんどん毒舌度が上がっていくな。
流石の俺もイラッと来たし、リリンに至っては、「あなたが寝ててくれば良い。寝かせてあげよう」とご立腹だ。
これから行われるのは、悪魔会談。
だが、始まる前にもうカオス。
先が思いやられる。俺は生き残れるのだろうか。
※※※※※※※※※※
霊安室に到着してた後、看護師さんはぶつぶつ言いながら、階層のボタンをいくつか押していた。
遂に、行くとこまで行ってしまったのかと心配になった俺を他所に、昇降機の表示盤が『カミナ研究室』と表示し、再び動き出す。
ほどなくして開かれたドアの先、そこはだだっ広いワンフロア。
いくつか小部屋が有るみたいだが、もれなく全てに立ち入り禁止の看板が立っている。
危険な香りがする。近寄らないようにしよう。
「お!リリン待ってたよー!ミナちーもお疲れさま、奥で休んでて良いよ。リリンとユニクルフィンくんはこっち!」
ブンブンと手を降ってくるカミナさん。
………超元気だな。
手下の看護師さんはヘロヘロだっていうのに、手術の執刀医が元気っておかしくない?
だが、傍らのリリンに視線をずらすと特に気にしていない様子。
なるほど、慣れてるのか。
流石、心無き魔人達の統括者。
疲れを感じる心すら無いらしい。
「あの看護師さん、すっげぇ疲れてるみたいですけど、何かあったんですか?」
「あぁ、ミナちーはね、本当は医師免許を持った医者なんだけどね………」
そう言いながら俺はズルズルとゾンビのような看護師さんが小部屋に入っていくのを見送った。
何となく聞いてしまったが、どうやら看護師さんは色々訳ありらしい。
カミナさんが言うには、他病院でトラブルがあったそうだ。
「ミナちーはそれはそれは、才能の有る子でね、医師会からは超有能の新人医師として持て囃されてきたみたいなの。だけど、持ってるのは医療知識ばかり。社会人としての常識とかモラルとか少し足りなくてね。ウチの病院で預かる事になったんだけど………」
「だけど?」
「患者さんと殴りあいの喧嘩になっちゃった!」
「看護師が殴っちゃダメだろ!」
「まー患者さんも悪いっちゃ悪いのよね。腰の捻挫で入院してた格闘家なんだけど、試合に出られないのがストレスだったらしくて………看護師たちに散々嫌がらせを」
「あー。例えばどんなのを?」
「卑猥な発言が大半ね。『俺のカテーテルを優しく握って欲しい』とか、『飯が不味い。口直しに唇を貸せ』とか」
「うわぁー変態の類いか。殴られてもしょうがなくない?」
「一応ダメよ。どんな人でも患者様だもの。でも、ミナちーはヤっちゃったわ」
「で、どうなったんですか?」
「もちろん、患者様に危害を加えたミナちーは医師免許停止。患者様の方は、特別担当医として、私が出向いたわ」
「カミナさんが、直接、出向く………」
それは、色んな意味で大丈夫だったのか?
カミナさんの外見はまさに、汚れなき天使。
それを、俗物の塊みたいな人の担当にするなんて。
そして、だ。
彼女は、悪魔だ。
心無き魔人達の統括者なのだ。
その患者は闇に葬られ、今も霊安室に安置されているとか、なってないよな?
「それで、その患者は………?」
「うふ。やっぱり私にもセクハラしてきたから、とことんまで付き合ってあげたわ」
「えっッ!?」
ななな、なんだとッッ!?
そんな俗物の欲望のままに付き合った!?!?
なにそれッ!?羨ましいんですけどッ!?
「それはどういう………」
「誘いにのって、たっぷりと触診してあげたのよ」
「触診ッ!?」
「そ。定規で計って、太さ調べて、重さや写真も。そして、墨を塗って転写しようとしたら泣き出したわ」
「………………………………えっぐい!そりゃ、心も折れるわ!!」
墨を塗って転写って………。
要はあれだろ、魚拓。
それだけでも屈辱的だが、一緒に言葉攻めでもしたに違いない。
魚拓も部屋に飾ると脅したのかも。
………なんて恐ろしい。
一瞬でも羨ましく思った俺が馬鹿だった。
俺も魚拓にされないよう、気を付けないと!
「それ以来ミナちーも悔い改めて、患者様と向き合おうとしてるんだけど、なかなか噛み合わなくて………今日の手術も見たいって言うからスタッフとして入れたけど、ちょっと頑張り屋さんすぎるかなぁ」
「あぁ。何となく分かります」
たぶん、看護師さんのミナちーさんはカミナさんに追い付きたいんだと思う。
分かるよ、その気持ち。
早くリリンに追い付きたいという焦りと不安は、俺にだってあるからな。
だが、下方修正することも大事。
事あるごとに嫌がらせをしてくるホロビノ。アイツに一泡吹かせてやるのが、とりあえず現在の俺の目標だ。
さて、いよいよ悪魔会談が始まろうとしている。
俺は細心の注意を払いつつ、椅子に座り直し気合いを入れた。
絶対に無事に生き残ってみせる!
魚拓も嫌だッ!!