第128話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑪ ビショップとルーク⑥」
「《疑神代名詞・”新たな遊びを生み出そう”》」
小型のハープの様なシェキナに指を掛けた状態で、ワルトナは硬直している。
最後の最後に、自分の快楽を優先させたが故の隙に、煌めく刃が添えられて。
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「神殺しを持つワルトナちゃんを殺すには、同じく神殺しを使う方が手っ取り早い。武器の地力差はどうしても埋めがたいからね」
狐を吊る為の話し合いでローレライが上げた議題は、『レーヴァテインをどう使うか』だ。
その用途は同じく神殺しである対シェキナに使うべき、その持論に全員が賛同するも……、それだけでは足りないとレジェリクエが意見を返す。
「用意周到なワルトナだものぉ、強固な対レーヴァテインの戦略を立てているはず。あの子の願いを叶える為には、英雄ローレライは邪魔でしかないわ」
「準備時間があった分、相手の方が有利だろうね。どうする?」
「その対レーヴァテイン戦略を使わせなければいい。そうね、余がテトラフィーア相手にレーヴァテインを使って見せるのはどうかしら?」
「にゃるほど?」
「真なる覚醒体は一つしか保存できない。それは神殺しの所有者であるワルトナなら百も承知でしょぉ。だから、それっぽい嘘の覚醒をわざと使って見せるのぉ」
「にゃはー、面白いじゃん。で、対レーヴァテイン戦略から切り替えさせた所で、ズドン」
レジェリクエは語った。
ワルトナは凡人であり、立てた戦略が綻ぶ事はそれなりにある。
だからこそ、立て直しも早い。
どれだけ巧妙な奇襲を仕掛けるのか、それと、立て直しをする前にどれだけ早く勝負を決めるか、それがあの子を止める為の前提条件よ。
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そうして決まった作戦は、完璧な形で行使された。
レーヴァテインは刃が命に届いた瞬間、覆しようのない封印を確定させる。
後はほとぼりが冷めた頃に、圧倒的な戦力で囲んだ状態でレーヴァテインから解放して屈服させればいい。
そんな友のあっけない結末を姉の背中越しに見ながら、レジェリクエはこれからへ意識を向け――。
「!!」
――ワルトナと目があった。
今まさにローレライが首筋に刃を食いこませた相手ではない。
その背後……、いや、右も左も前も後ろも、レジェリクエとローレライの神の目の殆どに、ワルトナが映り込んでいる。
「驚くことでもないだろうに」
「僕の名前はワルトナ。この世に蔓延る悪であれと、金鳳花にそう名付けられた」
「君らを騙す」
「世界を騙す」
「その為だけに、裏切るために、生きて来たんだ」
誰が3人だけだと言ったんだい。
そんな、僕以外の誰かが勝手に付けたステイタスに、戦略に、何の価値があるのかな?
ワルトナは笑う。
目元を隠した仮面で、心までも隠し通せたから。
裏切る為に友達になった、その配役を全うし、出し抜くことが出来たから。
……勝てたから。
勝ち誇って、笑った。
「君たちの戦略は破綻した。ここからは、僕のターンだ」
レーヴァテインによって刈り取られたワルトナの首が、妖艶に笑う。
ぐるりと回った衝撃で外れた仮面、その下にあったのは……、何かの魔法陣。
「見るなレジィ!!」
「……!」
神の目を持っていても背筋が粟立つ、強烈な嫌悪感。
直視すれば精神を破壊される、そんな効果を宿した魔法陣へレーヴァテインを差し込み、魔法の存在そのものを懐疑する。
そうして魔法陣は停止し、ワルトナが掛けていた全ての嘘が正される。
「レジェ、上だ!!」
テトラフィーアを攻略したレジェリクエの次の役割は、レーヴァテインを受け渡すまでの待機。
この場にレーヴァテインが無い事が重要な戦略だからこそ、その時が来るまで待機せざるを得なかった。
それ故に、ローレライの意図を汲んた的確な対応が出来る。
「《支配声域ッ!!足を止めて、空に注目なさぁい!!》」
ローレライが切り捨てた魔法陣には二つの効果があった。
一つ、見た者の精神を狂わせるほどの、強烈な認識錯誤。
それともう一つ、この温泉郷の上空を覆っていた偽物の空も、この魔法陣が作り出していたものだ。
隠蔽用の空が割れると同時、磔られていたサチナの姿が消える。
バラバラと散っていく魔力結晶、その幻想的な光景の先には……、鎖で縛られた本物のサチナ。
レジェリクエは自身の声を聴いた者すべてに、サチナへ注目するように指示を飛ばした。
メルテッサのアシストによる魔道具で声を拡散し、町にいた全ての視線がサチナへ集まる。
「流石レジェ。だがね……、僕もまた、キミの能力と性格をよく理解している。《火車軸の雨》」
割れて出現した空が、暗雲色に染め上げられた。
人工的に作られた夜、そこには星が瞬く銀河のような矢が無数に準備されていて。
ワルトナが隠していた矢は、街中に仕掛けたものだけではない。
むしろ、空に隠した矢こそが本命。
高層建築物が並ぶ街であっても、空から垂直方向に振り下ろされる攻撃は防ぐことが出来ない。
ましてや現在は、全ての人間が足を止めてしまっている。
「勝負を決めなくちゃいけないこの一瞬、どんな動きをするか分からない観光客は邪魔にしかならない。キミならそう考えると思ったよ、レジェ」
「ワ、ル、トナァッ!!」
「無意味だ。神殺しを持つ僕に、世絶の神の因子を使った威嚇は効かない」
レジェリクエの咆哮を鼻で笑ったワルトナ達が、一斉に矢を引き、弓を構える。
それに呼応した銀河の矢に灼熱の炎が宿り――、堕つ。
「終わらすとしよう、僕らの関係……、茶番を荼毘に付すことで」
それは正真正銘、神へ捧ぐ裁き。
生命を殺め、肉体を荼毘に付し、魂を世界へ還元する。
時の権能ですら巻き戻せない絶対死を想像し、創造した終わりの炎矢が――。
「聞きてぇことがいっぱいありすぎて、どれから手を付けたら良いか分からねぇけどな、ワルト」
「それは大変だね、あぁ、僕の意見は変わっちゃいないよ。逃げ出すのがおススメさ」
「お前を止めなくちゃ話になんねぇ。それだけは、分かっちまったんだ《単位系破壊・熱量》」
空に駆け上った英雄が、思いっきり大剣を薙ぐ。
剣先を世界に突き刺し、ありったけの力を叩き込み――、ワルトナが用意した炎矢の銀河を破壊した。
「あん畜生のタヌキ共が揃いも揃って時間稼ぎをしてくるからおかしいと思ったら……、なんだこれは?どうしてお前が町を襲っている」
「どうもこうもない。君が聞いたであろう音声通信が真実だってだけさ」
この戦いはユニクルフィンをどちらの陣営が手に入れるか、そういうゲームでもあった。
先に手中に収めたのはワルトナ、そして、それをそのままにしておくはずもなく。
レジェリクエがテトラフィーアと会話をしていた理由、それは、真実をユニクルフィンに聞かせる為。
盗聴器を通して得た音声をユニクルフィンの携帯電魔に強制的に送り付けることで、テトラフィーア自身に自供させたのだ。
「そうかよ。お前とテトラフィーアは狐、そういうことで良いんだな?」
「そうだよ。こんこん」
「一つ言わせてくれ。……俺のッ!! 恋人にッ!! ケダモノしかいねぇーーッ!!!!」
恋人が三人もいるんだ、一人くらい獣属性が混じってても良いさ。
その一人の妹も同じ獣属性な上に、飼ってる本物の害獣は嬉々として分裂しやがるが……、まぁ、ケダモノ率50:50なら許容範囲内だ。
……って、秘かに諦めと達観していたのに、全員がケダモノじゃねーかッ!?
どんな嫌がらせだよッ!?
タヌキッ!?
キツネッ!?
タヌキッ!?
キツネッ!?
心の支えは、ぐるぐるきんぐぅーーッ!!
「いくらなんでも酷すぎる、酷すぎるぜ、金鳳花……!!」
「半分は関係ない。人のせいにすんな。リリンにタヌキパジャマを着せたどこぞの変態の自爆だし」
「くっ……!」
「っと、あぁ、なんて僕は不幸なんだ。せっかくの恋人との語らいなのに、すぐに時間が来てしまうなんて」
ワルトナは持っていたハープの様な弓を、大型の弩に変化させた。
そしてそのまま引き絞る。
その一連の動作は全てのワルトナに同期され、ヤジリの切っ先をサチナへ向けた。
「現在の時刻、11時59分48秒。ゲーム終了まで……、10、9、8」
「……俺はサチナを守るぞ。矢を引くなら」
「はぁー、別の女を守るだってぇ?そんな言葉を恋人に投げかけて、タダで済むと思っているのかい?《雨露霜雪》」
温泉郷全体から放たれた、白亜の集中線。
その中心点にいるのはサチナ、だが、彼女の柔肌が凍てつくことはない。
目の前に立ったユニクルフィンがいる限り。
「《単位系破壊・磁束》」
環境の磁束を破壊し、目の前に物質を引き寄せる渦を形成。
集中点をサチナから自分へ変更、そのまま全ての矢を破壊し……。
「ッ!!」
「舐めて貰っちゃ困る。だって僕も、ずっと憧れていたんだよ。誰よりも強いキミに、僕の強さを認めて貰う瞬間を!!」
殺意の集中豪雨はブラフ。
その中に混ぜ込んだ一本、それこそがワルトナが恋焦がれ、想像し、想像した、ユニクルフィンの心臓を打ち抜く一矢。
「ちっ!!《単位系破壊・力!!》」
その矢がどんな物質なのかが、ユニクルフィンには分からなかった。
だからこそ、力任せに剣を振るい、エネルギーの相殺を狙う。
真正面から拮抗するエネルギーは互いを消し去ろうと食らい合い、そして、ほんの僅かにバランスを崩した瞬間、凄まじい勢いで右に反れた。
ユニクルフィンとワルトナは互いに無傷。
魔力を大量に込めた弊害で体から蒸気が登っているものの、疲弊という程ではない。
「こんな状況じゃなければベタ褒めする技だったぜ、ワルト」
「えへへ、嬉しいねぇ、憂いだねぇ」
「だが、さっきから30秒は経った。人狼狐は終了、俺達の勝ちだ」
ユニクルフィンが聞いていた通信には、ワルトナとローレライの会話も含まれていた。
だからこそ、人狼狐が12時までという事も理解している。
「んー。仕方がないね。潔く負けを認めようじゃないか」
「……。じゃあ、その弓を下ろせ」
「そう、戦いはおしまいさ。これから始まるのは130の皇による蹂躙だからね。ありがとう、ユニ。君の協力のおかげで、サチナを殺さなくても次のステージに進むことが出来る」
「な、に……?」
「流石のサチナの結界も、神殺しの二乗攻撃には耐えられないようだね。ほら見てごらん、結界に穴が開いているよ」
サチナの結界は、もともと透明であり視認できない。
だが、グラムとシェキナによって破壊された結界はひび割れたガラスのように白く変色。
そして、エネルギーの着弾部には20mもある巨大な穴が穿たれている。
「結界の外にいるのは、皇種の記憶と権能を持った130種の超越者。観光客では絶対に太刀打ちできない、死の権化」
「……おう」
「レジェやローレライでも苦戦は必至だ。なにせこれは皇の資格を持つ者同士の争い。故に、ダメージを与える権利そのものが存在しない」
「……あぁ、確かに俺の手には負えない。マジでカツテネェ」
「ん?随分と往生際がいいね、ユニ。キミなら『関係ねー!!』とか言って突っ込むと思ったのに」
「……いや、なんていうか、その」
む”ぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう~~~~。
む”ぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう~~~~。
「……。」
「……。」
「む”ぅぅうううううう~~。ワルトナ。ユニク。む”ぅぅ~。む”ぅ”ぅ”~~ッ!!」
けたたましい炸裂音と共に、サチナの結界が爆ぜた。
それは、怒り狂う魔王が振るった尻尾による暴虐。
ギリリ。と歯を噛み鳴らし、のけ者にされたリリンサがゆっくりと結界内に侵入する。
「……これが修羅場って奴か」
「正妻に浮気現場を押さえられた不倫カップルって、こんな気分なんだろうね」
「……。終わったな」
「……うん。終わったねぇ」
む”ぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう~~~~ッ!!
む”ぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう~~~~ッ!!




