第127話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑩ ビショップとルーク⑤」
「まずっ……」
「《鎮魂の雨奏》」
超至近距離で交わされている、剣と弓の応酬。
そんな最中に言葉での意識誘導まで差し込んだワルトナが、爪弾いたシェキナに魔法の矢を宿す。
『鎮魂の雨奏』
それは、亡き友との別離を悼む矢。
沈黙で静まり返る黙祷のように、喉に受けた矢をローレライが引き抜かない限り、声を発することが出来ない。
「ッ!?」
「お喋りは僕ら聖母の専売特許。名すら馳せられぬ英雄は、そのまま黙って消えるといい」
驚愕の声すら上げることが出来ないローレライは、想定を上回る厄介さに舌を打つしかできなかった。
現在のローレライには、数えるのが面倒になる数のバッファ・防御魔法が掛かっている。
それは、レーヴァテインをレジェリクエに貸したことによる弊害。
グラムによって受けた傷を補強する進化の鎧は無く、その為に様々な魔法的手段を行使し、無理やり動ける状態にしているのだ。
そして……、シェキナの矢はそれら全てを貫通し、ローレライの喉に刺さった。
攻撃を防ぐはずの魔法が反応しなかったのは、この矢が『攻撃ではない』から。
ワルトナが想像した効果は、回復魔法を中心とした肉体に良い作用を起こすものばかり。
害性を一切持たせないことで防御魔法を素通りさせたのだ。
ローレライは癒着した矢によって喉を震わせられず、まともに呼吸すらできない。
神経を巻き込まれたせいで左半身は完全に麻痺し、右手にも異常が出ている。
さらに、無理やり引き抜けば声帯が摘出されるばかりか、太い血管が裂けて大量出血を起こす可能性が非常に高い。
そして、その動作を起こした場合は自傷扱いとされ、事前に掛けている防御魔法や回復魔法は反応せず――、決定的な隙を作るだけの結果となる。
「……!」
「おっと、流石はレジェの育ての親。素晴らしい機転の速さだ」
ローレライは首から突き出した矢の根元に刃を通し、邪魔な部分を削ぎ落す。
さらに、瞳の中で作った魔法陣で氷塊を生成し、それを指の先に乗せたまま、矢の切断面に思いっきり押し当てる。
そして、喉に押し込んだ氷塊へ魔力を通し、その反動でシェキナの矢を体外へと弾き飛ばした。
「がふっ!」
「……が、僕も君と同じ時間を過ごしている。ごめんねぇ、呆けるほどボケてなくて。《虚空陽光矢》」
飽和する光が、ローレライを包み込む。
大気中の僅かな水分が瞬時に昇華する熱量の集中、そこにあった人影は瞬きの間に溶け消え――。
「げほっ、はぁ、……あんがと」
「礼なら後で聞こう。ローレライ様のフルーツタルトでも食べながらね」
メルテッサの横に立つローレライ。
その足元にあるのは、召喚魔法陣が描かれた魔道具『拾得物用簡易転移陣』。
「へぇ……。なるほど、仕掛けは靴の裏かな?」
感心するワルトナが見ているのは、地面に落ちている燃え尽きた札。
ローレライは緊急手段の一つとして、書きかけの魔法陣を靴裏に張り付けていた。
今使ったような緊急回避、蹴りを放った際の追撃、移動時の急加速……、求める性能を後からインストールすることで、確実にいい結果を出す仕込みだ。
「何度も使える手段じゃなさそうとはいえ……、今ので殺し切れなかったのは痛恨のミスだねぇ。ローレライ、君にとっても」
「にゃはー、ねー、そっちも黙ってくれる?今、おねーさんは腰が痛くてイライラしてるからさ」
喉に氷魔法を差し込むことで『攻撃』判定を起こし、回復魔法を強制発動。
胴体の接合に回していた回復力を喉に集中させ、どうにか、継戦能力を得る。
「ん!!」
「うわ!!」
「おっと、流石はタヌキ印の天使シリーズ。もうひと工夫するべきだったようだ」
ワルトナとローレライの会話を遮り、メルテッサの横に浮遊していた五本の磔を指にした魔道具が大地に突き刺さる。
刹那、割り込んだ魔道具の先で轟音と爆炎が吹き上がり、彼女らの距離を遠ざけた。
「ごめんごめん、神殺しを持つ相手を想定して仕込んだ矢だったものでね。魔道具感知対策の想像が甘かったようだ」
「……ローレライ様。時間が」
「丁度いいね。おねーさんも今、見破ったとこ」
その言葉をローレライが言い切る前に、急変を知らせる警鐘が響いた。
それは、広場の会場に設置された時計塔の時報。
ゴーン……、ゴーン……、と時を刻む時針は、正午12時を差している。
「馬鹿な!?まだ、そんな時間じゃな――」
その音に驚き視線を上げたワルトナ、その目が捕らえたのは、荘厳に鳴る12時の時計塔。
そして、それが『終わりの知らせ』だと認識して。
「おやおや、どうしたのかな悪辣ぅ?デートに遅刻したような顔して」
「確か、人狼狐は12時までだったよね?これって、おねーさん達の勝ちって事で良いのかなー?」
今回の人狼狐の勝敗は、正午12時時点でのサチナの生死によって決まる。
時報と共にサチナを処刑することで人狼狐を終了、同時に縄張り結界も消滅し、130の皇による蹂躙が開始されるのだ。
だが、金鳳花の時の権能を使って設定したルールでは、時報が鳴り終える前にサチナを処刑できなければ……、人狼側の敗北となる。
「鐘の間隔は3秒に1回。ほら、あと20秒もないよ、にゃはははははー」
チャリ。っと地面に剣を接触させながら、ローレライが走り出す。
その神の目が捕らえているのは、無言で矢を引くワルトナの姿。
「させないよ」
「ちぃ――!!」
ワルトナが構えた弓の先にあるのは、磔られているサチナの頭。
光輝の矢を番えて撃ち放った進路、それを遮るようにローレライが剣を差し込む。
だが……。
「――なんてね。焦る訳ないだろ。こんなバレバレの作戦」
射線を塞がれたワルトナが零したのは、勝ち誇った笑みだった。
小説が予想どおりの展開になった時の様な優越感を隠しもせず、そして、隠れていた3人目が姿を現し。
「んっ!?」
「《疑心闇技》」
その剣閃は嘘を吐く。
斬ったという事象が、斬るという動作が、斬ろうとする意志が、そして、その剣そのものが、嘘だった。
剣を振りかぶっている体勢で転移してきたローレライが、勝ち誇り油断を零したワルトナへ肉薄。
漆黒に煌めかせた剣に触れた矢は1秒前の位置の戻されるも――、運動エネルギーの変化により、サチナに当たることなく遠ざかる。
「にゃーはぁー」
「ほん、ものの……!」
全てはこの一瞬の為に。
ここでワルトナを殺し切る為に、ローレライとメルテッサは秘密裏に策謀を進めていた。
『温泉郷の全ての時計を10分進ませ、狐側の想定をずらす』
舞台時間の操作という悪性極まる策謀をメルテッサが立案し、ローレライが賛同。
そして、決定的な隙を作る装置を最も効果的なタイミングで起動する為に、二人は常にワルトナが優勢になる様に立ち回っていた。
無駄な会話を重ねて時間を稼ぎ、探りを入れている様に振舞う。
ワザと偽装したレーヴァテインを見せ、神殺しの譲渡を印象付ける。
タイムアップを自演し、焦った所を強襲する。
そんな雑な計画は、すべて、ワルトナに『時計の操作』がバレる前提で組んだ、罠。
ローレライとメルテッサの術中を見破ったワルトナが勝ち誇って姿を現すことを読み切った――、運命掌握・レジェリクエの戦術。
「レーヴァテ――っ!!」
レジェリクエが第四魔法次元層で戦っていた理由、それは、レーヴァテインの所有者を偽装する為だ。
神殺しの真なる覚醒体は、使用者の能力に応じた形態で生成されるものだ。
形状は一つしか保存できず、レジェリクエが新たにレーヴァテインを覚醒させた場合、ローレライの覚醒体は失われる。
その回避に必要な覚醒レーヴァテインの維持の為に、ローレライの魔力で構築された魔法次元が必要だったのだ。
そして、魔法次元はローレライが作った緊急隔離スペース。
出入りを一瞬で行えるように調整されており、その行き先の条件はローレライの目に映っている場所。
24時間以内の視点のどこへでも、呪文詠唱すら必要とせずに移動できる。
「《疑神代名詞・”新たな遊びを生み出そう”》」




