第126話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑨ ビショップとルーク④」
「……。おい、タヌキ嫌いって設定はどうした?お前まで分裂すんな」
ワルトナが未来を想像できようとも、手数には限りがある。
ローレライの剣技+魔法+メルテッサの援護射撃。
それらを同時に行う飽和攻撃という安直な考えを射抜いたのは、近くの屋根に立っている二人目のワルトナ。
「一応、タヌキが僕の前で分裂する前から使ってた戦略なんだが?」
「被らせてきた上に我が物顔でキャラ立てに使用してくるとか……、ホント、僕とタヌキの相性は良くないねぇ」
「そりゃ狐だからね。しょうがないねぇ、性根が腐ってるねぇ」
ワルトナの口調を真似た煽りを発しつつ、メルテッサは別の視覚に意識を向ける。
目の前にいる脅威が2倍になったとは思えない愚行、だが、それこそが勝利に必要な最低条件だと気が付いているのだ。
お前らの心無き魔人達の統括者の戦闘スタイルは調べてある。
その中には当然、戦略破綻の情報だって含まれているのさ。
無尽灰塵の陰に隠れている戦略破綻には欺瞞情報が多い。
別の戦場に姿を現したとか、何もない所から現れ忽然と消えたとか、届くはずのない距離から魔法を放ったとか、とにかく胡散臭い。
だが、結果として敵側に甚大な被害が出ているのは事実でであり、何らかの手段を持っているのは確実。
それを前提に考察した結果……、戦略破綻は2人いる可能性をぼくは疑っていた。
そして、その疑問はレジェリクエに聞いたことで解決済み。
三つ仕掛けの杖とかいう、怪しげな魔道具で分裂すると聞いた時には愕然とした。
魔法で作り出した分身が魔法を詠唱するって、『声紋による魔法行使』は人間に与えられた特性、それを魔法が行使するなんてのは、理に反する神への冒涜に他ならない。
故に、お前は日常的にシェキナを使っていた。
三つ仕掛けの杖に似せて――、いや、そもそも存在するかすら疑わしいが、とにかく、その熟練度は他の追随を許さないだろう。
レジェリクエは言っていた。『ワルトナが出せる分身体は2人。だからこそのトリニティ』。
世絶の神の因子を持つ者は、その能力に応じて認識力や思考能力が強化される。
だが、神殺しにはそれがない。
その人間に合わせた能力で覚醒体が生成されるからだ。
悪典との戦いで窮地に陥った時にも2人以上出していないことから、できないのか、それともやった所で戦力が落ちるのか。
一人で温泉郷を全滅させるという途方もない戦略で舐めプはしないことも考慮すれば……、ここにいない3人目のお前が本体だ。
「さて、数も同数になったことだし……、強襲戦争と洒落こもうじゃないか。悪性」
『強襲戦争』、その宣言は特別な意味を持つ。
それは、これからの戦いを神に捧げるという意思表示だからだ。
いうならばこれは、神の御前試合。
手抜きなどもっての外の……、本気の殺し合い。
「めるっ……!」
「分かってる!!」
ワザとらしくワルトナが弓を引いた時には既に、矢が放たれた後だった。
カミナやタヌキと提携したことでメルテッサが使用するカメラの性能は帝王枢機基準。
そして、神の目を持つローレライと共に観測しているのは、周囲の変化だ。
神殺しの攻撃そのものは見えなくとも、それが引き起こす周囲への影響は隠しきれない。
そんな理論でワルトナの攻撃を読み取ったメルテッサ達は左右の物陰に飛び込み、それぞれの方法で疾走を始める。
「おやおや、狙撃手と相対しているのに距離を取るとはねぇ。お姫様とサビた英雄は兵法というものをご存じないらしい」
物陰を移動しつつ、定期的に姿を見せることで二人のワルトナを牽制。
その度に強力な殺意と共に攻撃を仕掛けているのは、メルテッサ達の狙いを悟らせないためだ。
余裕をぶっこいてるその表情、やっぱりお前は本物じゃないようだね。
大方、ユニクルフィンを監視しながら、サチナを殺すタイミングを見計らっているんだろう。
お前が用意したっていう130の獣は、全ての皇種、もしくは疑似皇種というとんでもない戦力だった。
そんなものが襲来したら、どう考えたってぼくらの詰みだ。
甘ちゃんなリリンサやユニクルフィンは、不特定多数の犠牲者を見捨てることは出来ず、結果、後手に回ってぐちゃぐちゃにされるだろう。
なんか、リリンサがほぼ全滅させたとかいうカツテナイ報告もあったが……、安心なんて出来るはずがない。
白銀比とヴィクトリアの立ち位置が読めない。
もしも、彼女たちすらも操り戦力として扱えるのなら、ぼくらの優位は覆される。
娘を殺されて怒り狂う時の支配者、そして、たったの一匹ですら滅亡の大罪期を引き起こす蟲を複数誕生させ、そして、500年も育てている世界最凶の姫。
蟲量大数との決戦回避を狙うからこそ、ここで蟲を呼び寄せて疑似決戦を演出する……、ってのは大いにありうる話だ。
その為には、サチナを殺して結界を解除する必要がある。
昼の12時……、あと40分でお前を見つけて殺す。
この強襲戦争はそういうルールだろう?
「天使の星凱布っ!!」
ワルトナの攻撃は光速、帝王枢機に搭載された感覚ブーストが無ければ反応すらできない速度だ。
だが、メルテッサは自身が着ている服に天使・魔王シリーズの機能をインストール済み。
魔王の自律防御と天使の貫通無効や魔力変換の効果により――、血を吐き吹き飛ばされても、致命傷は避けられている。
「魔王シリーズの方は良く知っているんだけどねぇ……。もう少し時間があったら、カミナから天使装備の情報も聞き出せた。そうすればキミも痛い思いをしなくて済んだろうに。って、そっか。痛いのが好きなドMにされたんだったね」
ワルトナが放った矢にはいくつもの魔法効果が付与されている。
ローレライはそれを切り落として回避しているが、メルテッサは魔道具の性能に頼った防御しかできない。
天使シリーズの効果で即時的に肉体は回復していく、それでもダメージは蓄積し動きを鈍らせる。
「おっと」
「にゃはは。良い感してるじゃん」
「もはやタヌキの化身としか思えないノウィン様との訓練のおかげさ」
矢を腹に受けてぐらついたメルテッサ、そんな気の緩む瞬間を狙い、ローレライが刃を差し込む。
『徹頭尾を刈する凶剣』
その能力は互いの回復力完全無効、そして、戦闘中の死の停止だ。
徹頭尾を刈する凶剣は、使用者と敵対者の両方が備えている回復力を奪い取り糧とする。
備わっていない神の情報端末の代わりにする為のエネルギーを強制的に接収し、剣としての能力を向上させるのだ。
そして……。
交戦状態にある者の死を、戦闘終了まで停止する。
徹頭尾を刈する凶剣の使用者の魔力が停止した時、自動的に死が履行されるのだ。
「リリンは驚いていたようだが……、その剣をミオさんが持っているのは知っていた。だってそれ、ノウィン様の命令を受けた僕が横流ししたものだし」
「!!」
「当然、調べてあるとも。それがレーヴァテインの劣化でしかないことも」
互いの回復力の停止、そして、致命傷を負っている状態での継戦と、その解除。
この機能により、死んでいる状態が維持されていた敵は時間逆行による回復魔法の適応と蘇生が難しくなる。
それは、肉体と魂が切り離されている時間が長くなるにつれ、元に戻らなくなるためだ。
だが、その効果は傷を負わせなければ意味が無い。
今のように、差し込んだ剣が矢で縫い留められてしまっては、ただの剣でしかないのだ。
「にゃは……、一撃離脱以外の戦法が無いとはいえ、走り回るのって疲れるー」
「痩せな。」
「……。あー、それは流石のおねーさんも。ピキッってきたよ」
相手を動揺させ、戦略を破綻させるのはワルトナの基本戦術。
時々リリンサが呟く一言の破壊力を知っているからこそ、ワルトナはそれを武器として鍛えている。
「遺言はそれでいいんだよね」
「まさか。かわいい子や孫に遺産を託して死ぬのが将来の夢でね」
ゆらり。っとローレライの姿がぶれる。
明らかな魔法行使による認識阻害、それが何なのかメルテッサには理解できず――、二人の戦いの余波を観測するしかできない。
「ははっ、何なんだこの戦い。ぼくやレジェリクエ、それ所か、ユニクルフィンを比べても……」
格段に速い。
それが、メルテッサが抱いた感想だ。
ローレライは速度に重点を置いた軽量剣士だ。
一撃の威力はランク9の魔法程度、通常の生物が食らえば消し飛ぶ威力ではあるが、超越者相手では致命傷に届かないことも多い。
それは、破壊力を持たない代わりに魔法サポート能力の高いレーヴァテインを主軸にする戦い方を極めているからだ。
そんな光速にも匹敵する攻撃を、ワルトナは全て撃ち落としている。
弓という後手回れば弱い武器も、高い精度の未来予知があれば問題ないとでもいうように。
「ローレライ、キミは過保護が過ぎるよ」
「なんの、話かな?」
「レーヴァテインなんて与えなくとも、レジェはテトラフィーアなんかに負けないさ」
「楽に勝てるならそれに越したことないじゃん」
ピン。っと音が弾けた。
それはワルトナがシェキナの弦に指を這わせた音。
戦いの変調……、攻守交替の合図。
「まずっ……」
「《鎮魂の雨奏》」




