第125話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑧ ビショップとルーク③」
「……にゃはは、この英雄ローレライをドン引きさせるとか、中々できる事じゃないよ」
にゃるほど、確かにレジィが言っていた通り、性欲を煽られている……ように見える。
だけど、なんか違和感があるね。
琴線だっていう”あの子”って言葉が出てないのが、いかにも嘘くさい。
馬鹿で可愛い義弟を慰める時のように、ローレライは薄く笑った。
子供の嘘を見破った大人のような社交辞令を混ぜた皮肉で牽制しつつ、素知らぬふりして核心をつつく。
「ユニくんが老いてゆく日常を神様がご所望なんだ?へぇー、物好きだね」
「知らないのかい?引退した英雄が日常をゆるーく過ごすスローライフ小説が今のトレンドだよ」
「何年前の話かな?強制スローライフを押し付けられていたおねーさんに小説の流行を語らせたら、文字通り日付が変わってしまうよ」
「へぇー羨ましいねぇ、恨めしいねぇ。僕が求めているエピローグはまさしくそういう感じなんだよね」
ユニクルフィンとのスローライフ。
そんな夢を語ったワルトナの表情は認識阻害の仮面で隠されている。
だが、類まれなる観察眼持つローレライは、ほんの僅かな仕草の変化から、その言葉が本音であると読み取った。
「さて、そろそろ良いかい?君らの後も控えているんでね」
「にゃはは、余裕ぶってるじゃん。レベルじゃおねーさんの方が高いと思うけど?」
「こんな数字に何の意味があるんだい?レベルとは経験、そして経験とは記憶だ。特別な神の因子を持たない、この僕『ワルトナ』がいかにして英雄に上り詰めたか。その答えは、素敵な狐さんから経験を貰っているからに他ならない」
接近は一瞬。
ワルトナの呼吸の隙間を狙って走り出したローレライは既に、あらゆるバッファを発動済み。
軽々と亜光速を超えた、決死の一文字斬り。
真横から水平に振り抜けれた赤黒い刃が穿ったのは……、空間から発射された10を超える矢の先端。
「ひゅう、やるね」
「戦いにズルいも汚いもないってのが僕の信条。とはいえ、話している最中に奇襲するのはマナー違反じゃないかい?」
「どの口が言うのかな?奇襲を仕掛けるつもりだったのはそっちも同じでしょ」
弓兵は先手を打ち続けるからこそ、価値がある。
弓という武器は攻撃に入るまでが剣や拳に比べて格段に遅く、音速以上の攻撃が飛び交う超越者の戦いでは役に立たないことが多い。
だが、超越者以上の存在である神を討つために建造されたシェキナには、デメリットを帳消しにする機能が備わっている。
神栄虚空・シェキナ=神憧への櫛風沐雨
副武装・『空想像のマスカレイド』。
ワルトナが付けているおもちゃのようなチープな仮面こそ、シェキナの覚醒時に作り出した、神をも見下げる、失望のシェードゴーグル。
その目は、未知に期待しワクワクする神とは正反対の、想像された未来を覗き見る望遠鏡。
『想像』とは、個人レベルの未来予知だ。
その個体が知っている経験を元に、これからの未来を思い描いて予測する。
それは本来ならば使用者の経歴と共に精度が上がっていくものだ。
だが……、ワルトナの中には、金鳳花が授けた過去の英雄とシェキナの経験が根付いている。
時には英雄の友として、時には悪人の相棒として、時にはタヌキの玩具――、そんな経験から導き出される未来視は、そのままの意味で神を超えている。
「ローレライの目は確か、絶対視束だったけ。世界を覗き見る神の目だ、かなりの優れものなんだろうけど……、所詮は、神程度」
「にゃは、大きく出たね」
「人と、神自身が望んだ想定外製造機・神殺し。この目に映っている光景は、キミよりも先を見ている」
父親代わりだった英雄、姉と兄代わりだった友達。
その関係性を無くして絶望したワルトナの前に立ったのは、ゴルディニアスと名乗る男装の麗人だった。
「知恵を貸してあげよう。そして、君が望む幸せを取り戻せたなら、その時に恩を返して欲しい。どうかな?」
ワルトナは欲した。
友達を。一緒に過ごした暖かな日常を。
そして、ワルトナは、ワルトナになった。
世界に蔓延る悪意を受け止める存在という人生を、受け入れたのだ。
「おっと、このぼく、メルテッサちゃんを忘れて貰っちゃ困るよ、あくらっ……!?」
メルテッサの役割は後方支援だ。
亜光速で戦うローレライとワルトナの戦いに関与するには、距離という時間的猶予が必要不可欠だからだ。
だが、戦闘に貢献できない訳ではない。
温泉郷に存在する魔道具の掌握を終えている今、援護射撃性能はセブンジード達の遥か上を行く。
24時間以内の視界をいつでも確認できるローレライとは抜群に相性が良く、メルテッサを介して魔道具の操作を行うことで彼女の手数を何倍にも引き上げることが出来る。
メルテッサが居ることで第四魔法次元層と同じ利便性を得ているからこそ、レジェリクエに貸すことが出来たのだ。
「馬鹿なのかな、悪性。世絶の神の因子よりも神殺しの方が優れているって話、理解してる?」
「んな、滅茶苦茶なっ……」
「ホーライ様の話を聞いたのに何をいまさら。造物主とか言う割に一から作り出せない欠陥品とシェキナを比べないで欲しいものだよ」
神栄虚空・シェキナ=神憧への櫛風沐雨
主武装・『開創造のライアー』。
ワルトナが片腕で抱いている、小型のハープの様に8本の弦が張られた弓に細い指が這う。
ドレミファソラシド……、音の基礎音階に対応するそれは、この世界の構成要素を揺らがせ、物質を直接的に創造する。
それは、酸素+水素=水といった化学式すら無視する、空想錬金術といえる代物だ。
「見えた未来を元に、より優れた未来を想像して創造する。神の殺害を立案する兵器なんだ、これくらいできて当然でしょ」
ローレライ自身から「強襲はたぶん失敗する」と、メルテッサは警告されていた。
ならば自分が引導を渡してやろうと最大火力を秘かに準備、その中にはチェルブクリーブの主砲の性能をインストールした大型の魔導砲すら忍ばせていた。
だが、魔道具が弾丸を放った直後、完全に同じ形状の魔道具が目の前に出現。
鏡写しとなった光景、それが引き起こしたのは、メルテッサが一方的に損をする相打ち。
「……にゃは、不味いかも。見えなかった」
神栄虚空・シェキナ。
神の栄光を消去し、世界を虚空へと返す転換の弓。
神殺しは、世絶の神の因子を持つ神に対抗するために作られた武器だ。
故に、シェキナの認識阻害は世絶の神の因子では観測できない。
例えローレライが神の目を持とうとも……、否、神の目を持っているからこそ、シェキナの矢を視認することが出来ないのだ。
「なるほど、こりゃ悪辣という他ない。嘘や感情を聞き取るテトラフィーアを騙していたのも、その弓だった訳だ」
「アレは耳に頼りすぎてたからねぇ。音に騙されるという認識が初めから欠落していた。それを指摘しなかったレジェに感謝を。チーン」
「もしかしなくても、テトラフィーアは嫌いかい?」
「そりゃそうだろ。倒すべき恋のライバルがよりにもよって大国のお姫様。それを知った時の僕の気持ちが君に分かるかい?」
ワルトナがシェキナの適正があると判断されたのは、リリンサと旅を始める前だ。
生来的に神殺しを覚醒させられる可能性を認められたからこそ、大聖母ノウィンは二人の愛娘を預ける判断をした。
そして時が経ち、シェキナを覚醒させるに至ったワルトナが願ったのは、恋敵への対抗手段。
すくすくと成長して行くリリンサ、心無き魔人達の統括者の敵として立ったテトラフィーア、他にも一芸に秀でた者たちに比べて劣る自覚があったからこそ、ワルトナはそれらを出し抜く力を欲したのだ。
「テトラフィーアの耳を欺けたのは、声を出す代わりにシェキナで演奏して会話していたから。相手に意味を取り違えさせる、嘘でも真実でもないどっちつかずの心理誘導が得意なのはご存じだろう?」
「その言葉に幾つの嘘が仕込まれているのか。まったく、これだから指導聖母は」
「降参したらどうだい?最低限の保証は考慮するよ」
「何の、保証なのかという説明と、考慮、した後にぼくらの得になるという確約が足りていない」
「そりゃあ……、君らの代わりに僕が幸せになるという保証だよ」
再び動き出したローレライ、今度は速度を音速に抑え、放った声と同じスピードで接近する。
ギラリと輝く眼光にも魔法陣を宿して。
「《五十重奏魔法連・原審を下せし戦陣王》」
声に出した詠唱と、瞳の中に宿した別の魔法十典範。
2種類の魔法と共に進んだローレライは赤黒い剣を振り上げる。
「舐めているねぇ」
息をつく間もない魔法連撃の渦中で、ワルトナが呟いた。
仮面越しに見つめているのは、ローレライが持っている剣。
禍々しいオーラと、赤黒い刀身――、それは犯神懐疑レーヴァテインの試作機。
澪騎士ゼットゼロの切り札、徹頭尾を刈する凶剣。
「神殺しの下位互換でしかないキミらが、対抗手段を捨てた状態で挑みに来る。こんなもの、新種の自殺と呼ぶべきものだ」
振りかざされた剣の動きに合わせ、無数の矢の迎撃が想像され、創造された。
絶対必中を想像された矢は必ず刀身に当たり、その威力を確実に削ぐ。
吹き荒れる魔法も同様、ワルトナに接触するよりも早く魔法は矢に撃ち抜かれ、ただの『虚空』へと創造し直される。
「僕はリリンの護衛になるべく、そりゃあもう、厳しい訓練を積んできた」
「戦闘は防御主体、暴れまわるアホの子の尻拭いばっかりしていたせいで、若干の攻撃力不足は否定できない」
「こんな風に、二人連携ばかりしてきたんだ」
「リリンがいない時を想像して、代わりを創造するのは当然だろう?」
「……。にゃはぁ、2対2になっちゃったかぁ」
「……。おい、タヌキ嫌いって設定はどうした?お前まで分裂すんな」
ワルトナが未来を想像できようとも、手数には限りがある。
ローレライの剣技+魔法+メルテッサの援護射撃。
それらを同時に行う飽和攻撃という安直な考えを射抜いたのは、近くの屋根に立っている二人目のワルトナ。




