第124話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑨ ビショップとルーク②」
「特に、深い関わりを持つおねーさんと、露骨なメルテッサちゃんは絶対に始末したいんだろうね。……ほら、準備万端で待ち構えてる」
「おーおー、公園のベンチでくつろいじゃってまぁ。デートの待ち合わせでもあるまいし」
「にゃはは。言わなくても分かってるよね」
「当然。友達の期待に応えて見せるとも」
噴水がある開けた広場のベンチに、一人の少女が座っている。
真っ白なロングコートで身を飾り、どこか落ち着かないような素振りで周囲をキョロキョロ。
そんな、想い人を待っているような乙女、その唯一の欠点を上げるとしたら……、
その女は、仮面を被っている。
目元だけを覆う舞踏会に使われるような、貴族の仮面。
絢爛豪華な衣装と宝石が散りばめられていない、おもちゃのようなチープなデザインだ。
それこそが、ワルトナ・バレンシアが初めて手に入れた仮面。
無垢な幼子だった彼女にユニクルフィンから贈られた、縁日の思い出。
「おや、君たちもデートかい?レジェから寝取るなんてやるじゃないか、悪性」
「ねと……。あの夜、ぼくがレジェリクエに何をされたか知ってて言うのか。悪辣」
「だからでしょ。レジェに女の悦びを教えて貰ったくせに。良くないとは思わないかい?二股なんて」
見えている口元を弓のようにしならせ、ワルトナが笑う。
友達に向けるような軽い口調の冗談、だが、それこそがメルテッサとローレライの心を揺らす言葉であることを理解してやっている。
二人にとってレジェリクエとの関係は、替えが効かない大切なもの。
だが、ローレライとレジェリクエの間には、互いに打ち明けていない8年間分の溝がある。
そして、それを第三者が突けば、どのような形で炎上するか分からない。
「にゃははははー。確かにおねーさんんは潔癖症の気があるけどさ。レジィが幸せならそれでいいじゃん?」
「おや?ローレライは男嫌いだって聞いたけどね」
「聞いた?誰に?」
「冒険者の方々。もともと、ローレライという存在は不安定機構の人間という認識しかしていなかった。ユニの村で暮らすギャラリーがホーライ様の直弟子とはね。恐れ入ったよ」
「なるほどねぇ。ユニくんがおねーさんと仲良しなもんだから、妬いちゃったんだ?」
「そりゃね。僕を迎えに来ずに、他の女と楽しく暮らしているとかさぁ」
ワルトナがローレライを調べたように、ローレライもワルトナを調べている。
ユニクルフィンが村を出たことにより、ホーライが演出していた村は役割を終えた。
その日の内に解散が宣言され、現在は、残された建物にタヌキが住み着いているカツテアッタ廃村となっている。
そうして解き放たれたローレライは、『リリンサ・リンサベル』という情報だけを頼りに調査を開始。
朧気に察していた情報――、大聖母のノウィンの実子であること、大陸を沸かしている心無き魔人達の統括者であること、そして、そのメンバーにレジェリクエがいる事を再認識。
レジェリクエから打ち明けられていなくとも、心無き魔人達の統括者の実態を理解している。
「おねーさんは大した功績を残していないと思うけど。どうやって英雄だって調べたのかなー?」
「小銭を稼ぐために、それなりな依頼を受けてたでしょ。その達成時間がどうにも不自然でね」
「時間?」
「君の依頼には不測の事態というものが存在しない。まるで、僕が、このくらいでいいでしょ。って調整した時みたいに」
ワルトナは不安定機構の支部をいくつも支配している。
支部長、もしくは、支部長の弱みを握る権力者としての立場を買いあさり、この大陸の冒険者の行動を掌握するに至った。
それは、ユニクラブカードを所持している人間を効率よく操作する為、そして、金鳳花の経済支配をより盤石にするためだ。
「指導聖母・悪才には、ぼくも友好を申し込んでいる。ブルファム王国に付いたと思ったんだが……。万が一、ぼくらブルファムが心無き魔人達の統括者に勝っちゃったときの保険ってことかな?」
「いや、確実に負けさせる為の仕組みだよ」
「なに?」
「ブルファム王国には大した戦力が無い。それこそ、シルバーフォックス社が最強となるくらいには。なんでだと思う?」
「お前とテトラフィーアが削いだんだな?」
「ご明察。レジェにお願いされているという大義面分もあったし、実にやりやすい仕事だった。残念だよ。神の介入が無ければ、君は僕と友達になれたろうに」
言外に、無色の悪意を植え付けられていたと告げられたメルテッサは、静かに奥歯を噛む。
勝ち馬に乗れなかったことによる口惜しさ……、ではない。
自分が無色の悪意から解放されたことによって、代わりに誰がその席に座らされたのか。
それを理解しているが故の、怒りだ。
「ぼくには、無色の悪意を植え付けられている感覚も、悪才に操られているという認識も無かった。ヴェルとシャトーもそうだろう?」
「僕以外に金鳳花の目的を理解している人はいないよ。テトラフィーアですら、いくつも勘違いをしているくらいさ」
「悪辣、お前の目的は時間稼ぎだろう。せっかくだし、どういう筋書きか教えてくれるかな?」
「サチナを殺す人狼狐の開催は変わらない。ただし、リリンとサチナは心無き魔人達の統括者の全員を相手にすることになる。親しい友人の裏切りこそ、人狼の醍醐味だろう?」
「パワーバランスがおかしい。ゲームや物語として成立するとは思えないね」
「いや、サチナが願えば力を貸す者は大勢いる。ホロビノ、ベアトリクス、アヴァロン、他にもわんぱく触れ合いコーナーで仲良くなった珍獣とかね」
「サチナを殺すメリットはなんだ?」
「殺すこと自体が目的じゃないさ。金鳳花とサチナの一度きりの人生ゲーム。そんな遊びだよ」
「ゲームの駒だっていうのか?ぼくも、お前も」
「そうだよ。だけど僕は取られることが前提の駒じゃない。金鳳花によって作り出された『王』、決して盤面から消えることはない」
チェスにおけるキングは、絶対に取られることがない。
チェックメイトと宣言されたプレイヤーは起死回生の手が無ければ投了し、ゲームそのものが終了する。
故に、斃されれば消えてしまう駒とは違う異質な存在だ。
「君の頑張りのおかげで、レジェは死に、君も死んだ。ユニもタヌキによって暴発、大損害だ。ここで金鳳花はコマの配置換えを決めた」
「どうりで。テトラフィーアの行動に準備不足感が出る訳だ」
「急に感情を沸きたてられたにもかかわらず、こんな大掛かりな舞台を用意するセンスを見習いたいものだよ。僕がやったんじゃ、せいぜい鬼ごっこが限界だ」
「鬼ごっこ?かくれんぼの間違いだろ」
ワルトナが言う鬼ごっこが、どんなストーリーだったのかをメルテッサは想像するしかない。
サチナの暗殺は簡単だ。
だが、サチナVS金鳳花というゲームを成立させるには、悪意と敵意を向けられていることを認識させる必要がある。
正体不明の何かが、温泉郷を襲撃。
それに激怒したサチナが友達に助けを求め、その中に潜んでいる悪意に気が付くかというゲームとなるのだ。
「ま、与太話はこれくらいにしよう。たらればの机上論なんて指導聖母に相応しくない」
「じゃあ、おねーさんからいいかなー?ユニくんの事を好きなんでしょ?素直に言えばいいじゃん」
「言ったところで何になるというんだい?リリンがいる限り、蟲量大数との戦いは避けられない。これは元々、ヴィクティムを表舞台に引きずり出す為に金鳳花が用意していた物語でね。リリンとタヌキ VS ヴィクトリアと蟲という滅亡の大罪期を経て、那由他VS蟲量大数への発展を狙ったものだ」
「天命根樹の件かな?」
「あの子を治せる唯一の存在としてヴィクトリアの名を上げ、関係を持たせる。そして失敗すれば、ノウィン様はヴィクトリアとホーライを憎むようになる」
「なるほど、大聖母は神との対談役、つまり、傍観者。だから無色の悪意を植え付けて駒にすることはしない訳だ」
「そういうこと。我が子が出演しているドラマを熱心に見ない母親がいると思うかい?ちょっとした演出さ」
「悪趣味だね。それで、ワルトナちゃんはどう言う風に捻じ曲げたいのかな?」
「ヤジリは邪神だからね、楽しければなんだっていい。ということで、ここで余興を用意して楽しませつつ、蟲量大数に対抗する戦力を失ったことを理由に時間を稼ぐつもりなのさ」
「へぇ、言っちゃっていいの?それ。神様が見てるんでしょ」
「キャラクターの動機が不明のままじゃ、盛り上がりに欠けるでしょ。それに、神はリアリティを求めている」
「リアリティ?」
「様々なものを失ったユニクルフィンは、長い間、戦いから遠ざかるだろう。かつてのホーライがそうであったように」
「しょぼくれた老爺になるまで隠居すると?」
「させるんだよ。簡単さ。僕と子供を作って、リリンに似た名前でも付ければいい。きっと世界一愛してくれるよ。戦いなんか忘れるくらいに」
「……にゃはは、この英雄ローレライをドン引きさせるとか、中々できる事じゃないよ」




