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第122話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑧ 二つのクイーン④」

「無いものねだりをしても仕方がないしぃ……、創意工夫で乗り切ろうかしらね?」



 レジェリクエは『ロゥ姉様』を愛し、彼女こそが人類の頂点だと信じている。

 美しい剣技、見惚れるような魔法技術、驚嘆するべき見識。

 どれか一つが秀でているのではない、全ての才能が他の才能を補正し合い、別次元の才能となっている。

 そんなローレライの戦い方こそが、この世界で最も模倣するべき人類の頂点だと、心の底から信じているのだ。


 事実、それは神によって肯定されている。

 現時点で神が終生を行う時に使用する肉体はローレライの複製品。

 それは、全知・全能である蟲量大数や那由他を凌駕する才能があるという裏付けとなる。


 だが……、レジェリクエはロゥ姉様への憧れを隠し、後衛魔導師として振舞って来た。

 憧れ=最善ではない、と。

 感情を理性で押さえつけながら、自分にとっての最善を探って来たのだ。



「狐の入れ知恵で此処まで強くなるとはね。リリンにも言える事だけれどぉ、知識チートって本当に厄介だわぁ」

「お言葉ですが……、知識は得るまでが大変ではございません。どう使うかが重要ですわ」


「この戦闘スタイルは自分で考えたって言いたいのかしらぁ?わぁー、すごいすごぉいー」



 あまりにも安い、雑過ぎる挑発。

 支配声域を全力で使って仕掛けた心情操作、その効果は微々たるものでしかない。


 姫や大臣として遠回しな物言いの世界で生きているテトラフィーアにとって、直接的な暴言は馴染みが薄い。

 絶対音階によって心理や陰口を耳にしている以上、尚更だ。


 万が一、真正面から暴言を叩きつけられたら思考停止しかねない。

 そうさせない為に日常的に小馬鹿にしてきたのは失敗だったかと、レジェリクエが苦笑いを零す。



「……《五十重奏魔法連(クァ)死海王の遺産(チュラ)》」

「!!」



 僅かに激高していたテトラフィーアの心へ目掛け、レジェリクエは想定外の魔法を放つ。

 ホーライによって語られた過去の中でゴモラが使用していた、略された魔法行使。

 これこそが、テトラフィーア攻略の鍵だとレジェリクエは判断した。



 現在のテトラは、余が出したあらゆる音を後出しで支配することができる。

 唱えた魔法を不発させる……どころか、別の魔法に書き換えすら可能なはず。

 炎を放つつもりが水が出て来て溺死なんて、洒落にならないわぁ。

 まだそれをやられていないのは、決定的なタイミングを見計らっているからでしょうね。


 音は世界の仕組みの一つであり、取り除くことは出来ない。

 ランク1の生活魔法ですら、心臓の鼓動を使って発動されれば死ぬ。

 ハッキリ言って、滅茶苦茶ね。

『2秒以上』を致命傷に変換する能力なんて、余たちよりも魔王してるわよぉ。


 余の詠唱や鼓動をテトラが聞き取るまで1秒、反撃の音が余に届くまで1秒、2秒のタイムラグがある。

 おそらく、テトラは詠唱の一音目を聞いた段階で何の魔法か判断できる。

 五十重奏魔法連クィンゲテットマジック死海王の遺産ネプチューントライデントとかの唱えるだけで2秒以上かかる魔法は、危なっかしくて使えたもんじゃないと判断する……、って思っているでしょうねぇ。


 ということで、知識チートには知識タヌキチートをぶつけるわぁ。

 支配声域による補正に、こんな便利さがあったなんてねぇ。

 詠唱一音目から最終音を唱え終える時間を短くすればするほど妨害されにくく、魔法が進む距離も稼ぐことが出来るわ。



「無駄でしてよ」

「おっとぉ」


「私が奏でている旋律は、魔法十典範に近くなるほど共鳴する仕組みですわ。自動で相殺ーー」

「それって意味があるのかしら?」



 レジェリクエが横一文字に並べて放った50本の水の槍が、次々に霧散。

 ”全て同時に”ではなく、バラバラに消えた結果を見て、レジェリクエは妖艶な声で嗤った。



「共鳴というシステムである以上、10種類ある魔法系統を順番にしか無効化できない。タイムラグという致命的な欠陥は解決されていないわよぉ?」



 テトラフィーアが支配しているのは、『音の組み合わせ』だ。

 そこには法則があり、どんな魔法も一方的に無効にできる都合のいいものではない。



「《火山噴煙ボルム》」



 足元で誘爆させた火山成分を含む蒸気を隠れ蓑に、レジェリクエはいくつかの魔法を使って加速。

 この手段が有効であると判断し、一気に勝負を決めに行く。



 テトラの音は、空気中を進む前提で調律されているわ。

 だから、音の伝導率が違う噴煙をまき散らした場合、それに対応する音に変更しなければならない。

 音の反響を聞き取って演奏を是正するまでの無防備な3秒間、無事でいられるかしらね?



「「詰めが甘いですわっ!!」」


「なっ」

「って言うと思っていたわよぉ。余がどれだけの時間、貴女と過ごしたと思っているのぉ」



 テトラフィーアは戦況を正しく読み取れる頭脳を持っている。

 噴煙による演奏妨害も想定内であり、だからこそ、レジェリクエを近づけさせない様に立ち回っていた。

 そしてもう一つ警戒していたのが、支配声域を使った通信機越しの魔法行使。

 それらしい魔道具が仕掛けられていないか音響探知で調べつつ、自身の移動を制限して安全を確保している。


 実にテトラフィーアらしい用意周到さ。

 だからこそ読みやすいと、レジェリクエは思った。



 ロゥ姉様の部屋には、もともと、音によって魔法を発動させる仕組みがある。

 詠唱と、神聖幾何学魔導アルカナソーサリィ、そして、レーヴァティンを振って出す音の三種類の魔法行使手段を備えているわ。


 その仕組みに気づいていたとしても、テトラフィーアにはどの音が何の魔法を誘発させるか分からない。

 だけど、一度使えば理解され、その後、簡単に支配されてしまうでしょう。

 それを向こうも分かっているからこそ、音をまき散らして妨害をして奪い取る算段を考えていたんでしょうね。



「ーーっ!?」

「想定できたかしら?最初から自分の声が鍵に設定されているなんてぇ」



『詰めが甘いですわ』

 それは、テトラフィーアの口癖。

 部下を叱責するときに良く使う、相手を見下すときの癖だ。


 テトラフィーアを中心に描かれた、直径500mもの巨大な魔法陣。

 魔法十典範を全て内蔵し、その効果をぶつけあうことでエネルギーを混ぜ合わせて取り出すという、もはや魔法と呼べない何か。

 飽和する光がテトラフィーアを飲み込み――。



「《童謡の詠唱・かごめかごめ》」

「!!」



 テトラフィーアの歌唱が、全てを飲み込み抑え込んだ。

 響き渡る美しい歌は、彼女本来の声色ではない。

 それは、金鳳花の記憶から取り出された、白銀比の歌声だった。



「ここでキツネが出張って来るとぉ。余と相性の悪さじゃ、タヌキよりも上かもしれないわねぇ」

「どんな音だったかの記憶があれば、真似るなど容易いことでしてよ」


「やっぱり攻略されちゃったかぁ。んー、どうしようかしらね?」

「……やっぱり?」



 やっぱりと言いましたか?

 いいえ、それはブラフの筈ですわ。

 いくら陛下でも、奥の手の失敗を前提に出来るはずが……、


 不安を抱いてしまったのは、レジェリクエの声が信用できないから。

 現に、テトラフィーアが聞き取っている感情は、圧倒的な優越感を含んだ嘲笑。



「くすくすくす……、万策尽きたしぃ、お終いにしようと思うのだけれどぉ、いいかしら?」

「降参ならば受け付けておりましてよ。もっとも、身の保証は致しませんが」


「あら優しいぃ。余は降参すら許すつもりなんてないのにぃ」



 噴煙の中から現れたレジェリクエは悠々と歩き、両手に持っている剣で地面を引っ掻いている。

 だが、その時間を稼ぐためのマーキングは無意味だとテトラフィーアは思った。



「何を馬鹿なことを。今の私は白銀比様の権能すら奏でられます。陛下が得意な時間逆行ですら戦略に組み込めましてよ」

「終生を決めた神が行使する世絶の神の因子、始原の皇種が持つ権能、そのどちらも人間にとっては同じ脅威よね」


「存じておりますわよ。その為に、神殺しが……」



 くす。

 たった一回だけの嘲笑で、テトラフィーアは悟った。

 すでに、戦いは終わっていたのだと。



「なぜ……、ですの」

「言ったじゃなぁい、腹を割って話がしたいって」


「陛下は、とても意地悪ですわ」

「やる気がないとはいえ、王だからねぇ。咎人の話でも、聞くくらいはするべきじゃないかしら?」



 レジェリクエが持っている左手の双剣が、かちゃりと音を立てた。

 短針剣の柄に付けられているそれは、小さくて目立たない長針剣。


 レジェリクエは一切業の染め伏す戒具の覚醒時の形状変化を利用し、二本を一本に偽装していた。

 そして、余った右腕で持っているのは、レジェンダリアの国宝。



「《覚醒せよ、犯神懐疑・レーヴァティン=悠情を償うもの(フレンドリリアン)》」



 第四魔法次元層に蹴落とす直前に、レジェリクエはテトラフィーアの首へ二連撃を放っている。

 左右から真っすぐ、二度、首の上で刃を交差させて。

 その時に切り裂いていたのは、テトラフィーアの首に巻かれていた首輪と――、命。



「……だって、友達だもの」



 止めていた時間を懐疑し、物言わぬ死体へ戻したテトラフィーアには目もくれず、レーヴァティンの刀身を撫でる。

 流石のテトラフィーアも、もう声を聞き取ることは出来ない。

 そう思ったからこそ、レジェリクエは心の底からの本心を呟いた。


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