第2話「悪魔の所業」
うん。おかしい。
何度見てもおかしい。
目の前の白衣の天使が、あの有名な心無き魔人達の統括者だというのか。
いや、俺の目がおかしくなってなければ、この人は医者だ。
どう見たって白衣を着ているし、そのやわらかな表情は、愛くるしさを振りまいている。
抽象的に表現するなら『博愛の大天使』とでもいったほうがしっくりくる。
だが、リリンはこの人をカミナと呼び、仲間だとしている。
状況的には仲間で間違いないんだが、何度見ても、白衣の天使だ。
……まさか、天使と悪魔は表裏一体だとでもいうのか!?。
いや、少し落ち着け、俺。
まずは現状確認だ。リリンにも言われたばかりじゃないか。
レベルの確認は危機管理の観点からいっても、必須事項だと。
見てみればわかる。
ほら、レベルなんて、大した事……
―レベル70214―
ほぎゃぁぁぁぁぁッッ!!
「あれ、ユニクルフィンさーん?……この瞳孔の動き、軽い錯乱状態だね……リリン、彼はどうしたのかな?」
「……たまにこうなる。そういう時はこう、ナナメ45度からこんな風に、こずく!」
ポカッ!
いて!
……待て、今はそんな事はどうでもいい。
目の前の彼女が、疑いようのないくらいに悪魔だという事はよーく分かった。
なにせ、レベルがおかしい。
国を滅ぼしていると本人が言っているリリンでさえ、レベル48471。
殺人のたぐいは行っていないという事だが、それ以外なら何でもやっているような気配がたっぷりある。
それなのに……それなのに……。
何がどうなって彼女はこんなレベルになったのだろうか。
だって彼女のレベルは70214。
……7万。レベルが7万。リリンの擬装用のレベルよりも2万8千レベルも高い。
なんだったらホロビノのレベルを……
はッ!!それじゃ、このカミナさんは一人で『リリンとホロビノ。お手軽・壊滅セット!』と渡り合えるッ!!?
え、なにそれ怖いッ!!
「効果ないみたいだね、リリン」
「おかしい。普段なら意識が回復するはずなのに……」
「要はショック療法でしょ?私がやってみるね?《迸る栄光の打手》」
「カミナ、それ、ちょっと強力すぎない?」
「ん。大丈夫。少し痛いけどね。ほい」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
なんぞこれぇぇぇぇぇッ!!
痛ぇぇぇぇぇッッ!!
「ユニク、大丈夫?」
「……。あぁ。物凄く痛かったが、今はもう平気みたいだ。……つーか、何しやがった!?」
「リリンからショック療法が有効だと聞いたので試してみました。意識は回復したみたいですね」
まさかの再生輪廻さんからの攻撃だったッ!?
良く生き残ったな、俺!
「なんていうか、考え事していた俺も悪いが、こういうのは吃驚するからやめてくれ!」
「ほんと、見ているこっちもヒヤヒヤする。ユニクの頭が吹き飛んでしまうかと思った」
「頭が吹き飛ぶってなに!?聞き捨てならねぇんだけどッ!?」
「……カミナの殴打とか、それだけでランク7の魔法に匹敵する。連鎖猪も三頭熊もそろって爆散!」
「いや、そんな出力で叩く訳ないでしょ。私をなんだと思ってるの!?」
「「悪魔。」」
「もう!!二人とも酷い!」
こうして、俺は再生輪廻さんからの先制攻撃を貰い、無事に生き残った。
まさに、九死に一生だったと個人的に思う。
さて、冗談はこのくらいにして本題に入ろうか。
「とりあえず自己紹介を軽く済ませましたが、俺達はカミナさんに用事があって来たんですよ」
「そう。彼、ユニクと無事に出会えたことの報告と、私達に近寄っている不審者とか、話しをしたい事がいっぱいある。あ、魔道具の改造もお願いしたい!」
「うーん。OK。今日の夕方6時から明日の午前3時までなら時間がとれるから、そこでゆっくりお話をしよう」
「えっ!?ちょっと待って下さい!カミナ先生!!今日の午後から手術が7件ですよ!?午後6時になんて絶対に終わらないじゃないですか!」
俺達が本題に入ろうと話を切り出すと、カミナさんは時間の変更を申し出てきた。
今日の夕方からなら時間がとれるらしく、その申し出にリリンが頷く。
俺はその魔人会談でカミナさんの人となりを見極めようと心に決めた。
だが、俺達の話を窺っていた悪魔に弄ばれていた看護師さんが話に割って入ってくる。
どうやら、カミナさんは忙しいらしい。
まぁ、受付でも面会は2年後とか言われたもんな。
「大丈夫だよ、今回の手術は簡単モノばかりだし、スタッフも充実してるし」
「簡単!?臓器移植が2件に進行性腫瘍の摘出が1件ですよ!?しかも、カンファレンスの人がいっぱい見てて、ちょっとの失敗も許されないんですよっ!?」
「ミナちー。こういった手術は手段が確立されているから容易なものよ。考えなくていいもの。それに、ちょっとでも失敗できないのはいつでも一緒。私達は完璧じゃなければいけないの」
「っ!それでも時間が足りません!普通の医師なら日をまたいでも終わらないような大手術ばかりですよ?」
「だから、今回は『見せぷ』はしないわ。カンファレンスの人には話を通しておいてもらえるかな?」
……おい。
さっきまで物凄くまともな事を言っているなと思いかけていたのに、最後で台無しになったんだが?
手術、しかも難易度が高そうな大手術らしいのに『見せぷ』ってなんだよ。
もしかして、この再生輪廻さんは人の命を弄んでいるのだろうか。
流石は心無き魔人達の統括者。マジ、えげつない。
「なぁ、リリン。カミナさんって、手術に見せぷとかする人なのか?」
「そう、そして全てはお金の為。これによりカミナは莫大な富を得ている」
「ちょっと!変な事をユニクルフィンさんに吹き込むのはやめてくれるかな!?」
「え、違うんですか?」
「ん?何かおかしいこと私が言った?」
「おかしいも何も風評が悪すぎるのよ!それじゃ私、悪徳医師みたいじゃない!」
え、悪徳医師じゃないの?
患者を食い物にする超天才医師。
その手腕と高い知識によって行われる医療は、通常の治療の域を軽々と越えるという。
彼女の名前はカミナ・ガンデ。
しかし、闇の業界ではこう呼ばれている。
心無き魔人達の統括者・再生輪廻・カミナ・ガンデ、と。
ほら、イメージにぴったりだ。
俺がリリンから聞いていた話を軽い口調で説明すると、カミナさんは、ぷくりと頬を膨らませ、「リリン、後でホントにお仕置きするからね。覚悟しててね」と大変にご立腹になった。
それを聞いてリリンが口元をヒクつかせていると、カミナさんが真実を教えてくれた。
「リリンからどんなふうに聞いてるか分らないけど、私はそんな悪徳医師じゃありません」
「そうなんですか?でも、手術を撮影して売りさばいていると」
「あーそういうことね……。確かに撮影はしているし、手術内容を収めたビデオを売って利益を上げているのも事実。でも第一は患者様の為なのよ」
「患者の為?」
「患者様の中には、高額な手術代を含む多額な医療費を工面できないという方が多くいらっしゃいます。その為の救済措置として、患者さんの同意があれば他病院の医師を見学者として呼び、カンファレンスを開きます。その後で希望者には手術の映像を売却して医療費に填補をしているの」
「……。めちゃくちゃいいことですね」
「うん。医療の発展にもなるし、患者さんの経済的な負担も軽減する。表面上はリスクの無い行為ね」
「表面上は?」
「……患者さんの手術映像を配布するという事は、当然、肖像権を含めた各種尊厳を消費する事になるの。もちろん、そこに手術の成否は関係ない。たとえ失敗し、尊い命が失われてしまったとしても、何千という医師の目にその映像は触れることになる」
なるほど、確かにリスクは存在するようだ。
だが、それは些細な事なんじゃないだろうか。
金銭的な事が理由で、治療を断念せざるを得ない。それはとても悲しい事だと思う。
……これは、俺の認識が間違っているのかもしれない。
彼女は心無き悪魔などではなく、本当は博愛に満ちた天使なのかもしれな―――
「ユニク。そうは言っても、莫大な利益を上げているのも事実。カミナの手術映像を欲しがる人はいっぱいいる。そこに最適化されたワルトナの販売計画のせいで手術にかかった費用の10倍は利益が出てる」
「10倍……だとッ!?」
「もう!せっかくいい話風にまとめたのに!」
「おしおきの減刑を求めたい。じゃないとカミナの悪評は増すばかり!」
「そういうとこだけワルトナやレジェの真似をしないの!ホントにもう!!」
10倍って……どんだけボッタくってるんだよ。
前言撤回。
間違いなく、彼女は心無き魔人達の統括者だ。
うん。ある意味興味が出てきたぞ?
ついでだから、『見せぷ』についても聞いてしまおう。
「ちなみに、『見せぷ』ってのはなんですか?」
「あ、それはね」
「カミナ先生の手術は凄すぎて解説がないと、何してるかさっぱり分かんないんですよ!」
お?カミナさんにミナちーと呼ばれている看護師さんが話に割って入って来た。
たぶん肯定的な意味で言ってるんだと思うが、はたから聞いていると罵倒しているようにしか聞こえない。
これにはカミナさんも笑顔を引きつらせ、無言になってしまった。
「えぇと、もう少し詳しく教えて貰えないか?」
「カミナ先生の手術は速すぎます。しかも、通常ではありえない小ささでしか切開をしないですし、縫合だっていつやったのかさっぱり分からない。無言でやられると、見ても分からないって苦情が出るんです。なので通常の手術はご丁寧な教育ビデオみたいに馬鹿正直に解説をしながらしてやってるんですよ」
「……ミナちーってさ、もしかして、私の事嫌い?」
「そんなことないですよ?カミナ先生。尊敬してます!」
……。
なんかこの看護師さん、毒舌だなぁ……。
というか、カミナさんよりよっぽど、悪魔っぽいんだが。
……なるほど、大悪魔が小悪魔を使役している訳か。
そういえば、うちの大悪魔も壊滅竜なんていう物騒な名前のドラゴンを使役していたっけ。納得だ。
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「ということで、リリンとユニクルフィンくんは午後6時に一階の総合受付に来てもらえるかな?」
「分かった。それまでテキト―に時間を潰してくる。ユニク、いこ?」
「あぁ、せっかくだし町でも見てくるか?」
「へぇーデートかな?いいねー」
「あ!!」
「ちょ、カミナさん!?」
「あはは、冗談だよ。……冗談だから睨まないで?リリン」
隙を見てカミナさんが冗談を飛ばしてくる。
意外とウブなリリンはデートと言われてカミナさんを睨んだ後、俯いてほんのり赤くなってしまった。
セカンダルフォートの時もデートと言ったら恥ずかしそうにしていたし、なんだかんだリリンの女子力が高まってきている。
……そのうち反動が来そうだ。
地獄を覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「カミナ先生!やっと見つけましたよ!手術開始まで30分もないのに何していらっしゃるんですか!早く来て下さい!」
「OK。今いくから。じゃ、二人ともまた後でね!」
突如として廊下の端から大音量などなり声が聞こえてきた。
一応の返事をしたカミナさんは貫録ある看護師さんに拉致されていく。
その後にミナちーさんも続き、内科診察室の前には俺達のみが残された。
「じゃ、リリン。町に行ってみるか」
「もうお昼も近い。まずはご飯を食べに行こう!」
平常運転のリリンを伴って、俺達は町に繰り出した。