第120話「恋人狼狐・昼の化かし合い⑥ 二つのクイーン②」
「くす……。そんなやる気のない余だけれどぉ、狐に騙されるバカ女に差し出せてしまう程、不愛想じゃないわ」
……調子のいい言葉を並べた末に言うことがそれですか。
いらない、興味が無いという言葉は、持っている者からしか出ることはない。
持っていなければ、捨てることすら出来ませんのよ。
「えぇ、確かに不愛想ではありませんわね。不格好の方が、よほどお似合いでしてよ」
「へぇ……、どういう意味かしら?」
「陛下の言葉は嘘ばかり。ローレライに憧れたと言いながら近接戦闘をせず、苛烈な性格をしながら裏方に徹し、非情を謳いながら殺しを忌避する。絢爛豪華な衣装で軟弱な精神を隠す、これほど不格好な存在はおりませんわ」
「余も人だからねぇ。特に最近はペットに心を動かされることが多くてぇ」
ペットとは、飼育している動物。
キングフェニクスや冥王竜の事を言っているのではない。
タヌキの格好をした決戦兵器や狐耳の生えた友人を所有物と揶揄し、やるせなさそうな溜息を吐いた。
「気苦労が多い溜息ですこと。とてもじゃないですが私と同じ年齢とは思えませんわ」
「耳年増って言ったの根に持ってるのぉ?それに、女王の椅子は貴女が思っているほど安くは無いのよ。テトラフィーア」
レジェリクエは地面に差し込んでいた剣を振り上げ、巻き上げた『世界の破片』を前に飛ばす。
それは、ローレライが惜しみなく魔力を注いで作った魔力結晶。
舞い上がった礫を剣で打ち砕き、新たなる時の流れを与えて支配する。
「《魔法改正時間・天海を射かけた者」
レジェリクエが持つ双剣、『壱切合を染め伏す戒具=運命を配罪する者』。
能力の一つ、『改正時間』は物質に別の姿を与えることで新たな時間を歩ませる、改変の剣だ。
その剣の効果により変質した魔力結晶はランク9の風魔法となって、テトラフィーアの首筋へ迫る。
「魔法とは……、音」
何もない空間へ突き出された、しなやかで美しいテトラフィーアの指。
金色の刺繍が施されたシルクの手袋、それをレジェリクエは見たことが無かった。
「!?」
「異なる世界の扉は音の羅列によって開かれる。響き渡る鐘の音こそ、理を戒律させる旋律。だそうですわ」
弾かれた鍵盤が、叩かれた鉄琴が、引かれた弦が、そこにあるかのように踊る。
テトラフィーアの指の動きに合わせて奏でられる、何十人もの楽団が演奏する一線級のクラッシック。
観客であるレジェリクエは愚か、放った魔法でさえも震わし、かき消した。
「面白いものを持っているじゃなぁい。百花繚を彩する宝器、どこで買ったのぉ?」
「愛する人からの贈り物でして」
「あら素敵ぃ。兵器を渡して戦場に送り込むなんて、とてもお洒落な恋人ね」
レジェリクエが持つ壱切合を染め伏す戒具は千海山シリーズと呼ばれる、神殺しの試作機の一つ。
その効果は言うに及ばず、だからこそ、警戒するべき特記戦力として百花繚を彩する宝器も調査済みだ。
「メルテッサから聞いたわよぉ。三股かけている女全員にプレゼントをするとは、ユニクルフィンも大概ねぇ」
「ユニフィン様はそういう方ですもの。後のことなど考えず、この私をただの女扱いする愚直さ、そこが愛おしくてよ」
『百花繚を彩する宝器』
それは、物質の再錬成を行う魔道具。
接触した物質の原子構造を操作し、指定した純度の鉱石を作り出す工具。
純度99%以上の宝石を作る事も、複数の物質を混ぜ合わせた合金を作る事も可能だ。
そして、試作機でありながら、神殺しの作成工具として作られた百花繚を彩する宝器の最も便利な使い方は、手の中に直接、材料である金属を錬成すること。
ボルト、ナット、ギア、導線……、空気中に漂う物質を再錬成することで手中に収める古の鍛冶師、その記憶をテトラフィーアは手に入れている。
「結晶を作る能力って聞いたはずだけどぉ……、空気を楽器にするのも狐の入れ知恵かしら?」
「えぇ、金鳳花様は様々なことを教えてくださいましたわ。経済学もゴルディニアスから学んだものですし」
「ゴルディニアス……、あぁ、ワルトナの先生、指導聖母・悪才の商人名義ぃ。ホーライを唆してブルファム公爵家へ行けと命じた指導聖母・品財も同一人物かしら?」
「さぁ?ただ、この大陸の経済はあの方の支配下ですわ。所詮、私も陛下も掌の上で踊っているにすぎません」
「でしょうねぇ。ホーライと共に人生をやり直したラルバは指導聖母となっている。操るには同僚になるのが手っ取り早いものぉ」
終生に失敗した神は100年の謹慎期間に入り、その間は世界の存続は確約される。
それは、世界を壊しかねない物語を発生させられないことを意味する。
物語の著者である金鳳花の筆は止まり、緩やかで安定した穏やかな日々が続く。
終生の余波で荒れた世界は、こうして元に戻ってゆくのだ。
「さぞかし暇だったんでしょうねぇ。だから、後の物語の布石としてブルファム王国を中心とした経済圏を作り出したと」
「名を変え、立場を変え、世界を想うがままに導いてきた。お気づきでしょうが……、次の名義はアルファフォートでしょうね」
「認識錯誤を食らっていたとはいえ『ブルファム第三者姫』なんてぇ、我ながら酷い調書を書いたものだわ。あぁ、だからコンニャクかぁ」
「あの子は気が付きませんでしたが、こんにゃくの学名は『悪魔の舌』。蒟蒻はクジャクとも読めますが……、オスの財に目が眩む地味なメスという意味を込めた、トリプルネーミングでしてよ」
絢爛豪華な財に目が眩む、哀れなメス。
消費期限が切れかけ、食品として扱われず、使い捨てられ。
そして最後は、諸悪の根源たる金鳳花の舌として、身分を奪われる。
テトラフィーアにとって、アルファフォートは同じ姫という価値観を共有した幼馴染だ。
従者であるメイや、部下であるナインアリアとは違う……、対等な友達だった。
「なるほどねぇ、ロイとメルテッサを殺せば繰り上がり当選かぁ。ユニクルフィンを共有すれば後継者問題も解決だしぃ」
「ついでですけどね。私は全てが欲しいんですの、返し切れない恩を売った友達とか最高じゃありませんか」
友を大切に思う気持ちは残っている。
愛を重愛に、嫌いを憎悪に。
無色の悪意は感情を加速させる強化装置だ。
「寂しいわねぇ。余は友達じゃないのぉ?」
「減らず口がお好きですこと。まぁ、おかげさまで譜面を描くことが出来ましたわ」
「密閉された空間でこれだけ会話すればねぇ」
……やっぱり、貴女は王になれる器じゃないわ。テトラフィーア。
だって、やる前から諦めているんだもの。
ユニクルフィンと別れた貴女は金鳳花に出会い……、勝てないと諦めた。
だから、金鳳花を例外として定め、対立しない方法で手に入れられる最大の利益を望んでいる。
地位を、名誉を、友を、恋人を手に入れただけで満足しようとしている。
失敗して取り零すのではなく、用意された結果から選ばされた傀儡の頂点。
そんなもの、余が目指した『1%の頂点』なんかじゃないわ。
「貴女の音と余の声、主役はどちらになるかしら?さぁ、奏でましょう。互いの人生を賭けた本気の旋律を」




