第115話「恋人狼狐・昼の化かし合い」
「にゃはははははー!!」
レジェリクエの首筋へ迫る光の矢の中を、レーヴァテインが通り抜ける。
先端から輪切りにされた矢の数は20本、そうして切り開いた矢の雨の中を、妹を抱えた姉が駆け抜ける。
「確定ね。ロゥ姉様」
「やっぱ来たね、飽和射撃による物量戦。という事で、両手使いたいからしっかりしがみ付いてね」
「愛しのロゥ姉様を思う存分抱きしめられるチャンスなのよ。お願いされたって手放さないわ」
町中に巧妙に隠されたシェキナの矢による集中射撃をレジェリクエ達は想定し、十全な対策を立てている。
『想像と創造の矢・神栄虚空シェキナ』
この矢の能力は、使用者の想像を創造するという秀でた物質精製能力だ。
だがそれは、多くの歴史書にて語られている公然事実。
当然、レジェリクエやローレライも能力を把握しており、数えるのが億劫になるほどの物量戦を仕掛けられる前提で戦略を練った。
ローレライが持つ神と等しき視力を十全に使用した強行突破が、最も勝率が高いと試算したのだ。
「んー、絶妙にブラフを混ぜてくるじゃん!こんな子をお嫁さんにするとかさぁ、ユニくんも大変だね!!」
降り注ぐシェキナの矢は大きく3つに分けられる。
物質として存在する矢、矢の形に擬態した魔法、幻影魔法で作った偽物。
対処法が極端に違う矢を偽物で量増しするというシンプルな戦略でありながら、そこに『異物』が差し込まれることで、町全体が難攻不落の要塞と化している。
「おっとぉ!……チャラ男のブービートラップも馬鹿にできないわねぇ。あーうっとおしい」
ローレライが踏みしめた地面が陥没し、ほんの僅かに姿勢が乱れる。
そんな些細な変化によって届くはずだったレーヴァテインの先端が空振り、必要になった急対応によって、さらに状況が悪くなる。
小さな蝶の羽ばたきが竜巻へ変化する想定外のバタフライエフェクトこそ、未来を予知する神の目の攻略法。
だが、運命を自らの手で書き換える事を是とする姉妹にとって、小虫の羽ばたきなど、煩わしい以上の何物でもない。
「巻き戻りなさぁい《時刻回帰》」
レジェリクエが持つ二本の剣、壱切合を染め伏す戒具=運命を配罪する者。
その能力の一つ、時刻回帰は、物質の状態を設定しておいた12個の時刻へ巻き戻す。
更に、設定する時刻を現在進行形で更新し続けることで、数秒前の状態にいつでも戻れるという疑似的なタイムスリップを実現させている。
「レーヴァテインができるのは『取り消し』だけ、レジィがいなきゃ、見過ごした不意打ちで沈む所だったよ。にゃは!」
「余だって同じよぉ。ロゥ姉様が99%の攻撃を処理してくれるから、たった1%に全力を注げるのぉ」
「テトラフィーアちゃんも人が悪いね、英雄に興味ないとか言っときながら、随分と凶悪な指揮をするじゃん?」
「アレはこの大陸の中でも指折りの悪女よぉ。余やロゥ姉様と違って腹芸で成り上がってきたタイプだしぃ」
「にゃは!……ちょくちょく混じる普通の狙撃がうざい、飼い犬のチャラ男もおそるべし」
ローレライが裁いているのは、シェキナによる狙撃だけではない。
複雑な街を跳弾して飛んでくる、受ければ一撃で昏倒する酩酊弾。
魔法的効果を一切持たない純粋な物理現象であるがゆえに、ローレライが補助として発動している索敵魔法に引っかからない弾丸が、2方向から二人の急所を狙っている。
「あんな幼子まで戦力として使うとかぁ、情緒が無いにしても酷すぎるって思わないのかしらぁ?」
「まぁ、チェスの醍醐味って、ポーンをどうやって一級戦力にするかってとこあるし」
「人の命はコマじゃないわ。そんなんだから、ワルトナに裏切られるのよ」
レジェリクエのチェスの実力は、テトラフィーアには遠く及ばない。
姫として生を受け、持て余した暇な時間をチェスに注いたテトラフィーアは知識量からすでに違うからだ。
だが、二人が戯れに対局するとき、その勝敗は分からない。
なぜなら、盤石な差し手を打つテトラフィーアに対し、レジェリクエは神の力を使った盤外戦術で対抗するからだ。
「ねぇ、テトラぁ?貴女達は根本的な所から騙されているわよぉ。だってぇ……、メルテッサは生きているものぉ」
レジェリクエとローレライが声に出して会話しているのは、その会話をテトラフィーア達に聞かせるため。
仲間の裏切りを知らせることで動揺を誘い、ミスを誘発させる。
そんな通常では成し得ない戦略も、神の声たる『支配聖域』を持つレジェリクエなら可能だ。
「くすくすくす、分かりやすぅい。ロゥ姉様ぁ、踊らされるのが趣味のお姫様が動揺していらっしゃるわよぉ」
「こら、笑っちゃ可哀そうでしょ。しょうがないじゃん、世間知らずなんて、このおねーさんにも有ったんだし」
精密機械のような弾幕が、僅かに揺らいだ。
シェキナの隙間を縫うように放たれていた酩酊弾が一瞬途切れたことにより、この会話の傍受が確定する。
「この程度の揺さぶりで反応しちゃうほど、テトラもセブンジードも可愛くないしぃ……、くす、貴女のせいで戦略が綻んだわよぉ、シャトーガンマぁ」
「メルテッサちゃんの可愛い妹だっけ?」
「そうそう、とぉーっても大切にしてる末の妹よぉ。テトラなんかに騙されなければ、普通に幸せな人生を送れたでしょうに。あー可哀そう」
レジェリクエ達が最も警戒しているのは、能力が判明しているシェキナの矢ではない。
テトラフィーアの絶対音階による完璧な戦闘管制と、それを攻撃力に変換する狙撃。
狙撃手は無色の悪意の支配下にあり、嘘の判別をしていたテトラフィーアの証言も当てにならない以上、レジェリクエが把握している実態は信じるに値しない情報でしかない。
「今なら、まだ間に合うんじゃないかしら?怒ったメルテッサに睨まれる前に、ごめんなさいした方が良いと思うわよぉ」
相手の能力は想定できない。
……なら、実力を出させなければ良いだけ。
褒章、憐憫、脅迫、侮蔑、あらゆる言葉による盤外口撃は、『耳が良い』相手にとって最大の急所。
魔王のささやきを聞かぬために耳を塞げば、自ら優位性を投げ捨てることになる。




