第114話「恋人狼狐・生贄の選択②」
『それ……、は……』
メルテッサを殺す。
それも、絶対破壊を使った、助かる余地を残さずに確実に。
魔法による通信で突き付けられたそれは、ワルトナが想像した盤面を、創造する。
『……ワルト、俺はみんなが助かる方法を聞いたんだ』
『メルテッサと既知になってから、ようやく三日。友と呼ぶには短すぎるし、なにより、彼女は僕らを裏切った。そうだろう?』
『そう、だけどさ』
『現状を打破するには、メルテッサを最初に殺さなければならない。もし、後になって蘇生でもされたら、その時はサチナやテトラフィーアの首が飛ぶ』
『それは現状でも同じじゃないのか?』
『違うよ。それをすれば人狼狐は終了、これが神を楽しませる娯楽である以上、結論は先延ばしにするはずさ。多くの物語がそうであるようにね』
今は人狼狐の最終局面。
どちらの陣営も総力を結集して戦う最終決戦、物語のクライマックスだ。
だからこそ、いくつかの戦いが終わり神が満足するであろう物語が出来上がるまで、メルテッサは動けない。
『ユニ。君には出来ない。だからあえて聞いた』
『……なに?』
『君は英雄だ。人を救う英雄だ。だから人殺しなんて出来やしない』
『……。』
『だから君はテトラフィーアを救え。どんな手段を使っても』
その言葉で、心がざわめく。
それでいいじゃないかって。
見ず知らずの他人や、大した交流をしていない知人よりも、俺を好きだと言ってくれる人の方が大切じゃないかって。
『ワルトはどうするんだ?』
『教えない』
『……』
『だから聞かないでおくれよ、ユニ。この先の未来で君に嫌われる、そう考えるだけで覚悟が鈍ってしまうから』
ワルトは、こうなることを想定していた。
全員が助かるハッピーエンドはもう無いと覚悟を決めて、それでも、俺の願いを叶えようとしてくれたんだろう。
『ごめんな、ワルト』
『きっとこの戦いが終わったら、君は僕の頭を撫でながら、何度も、何度も謝ってくれるんだろう。……信じてるよ、ユニ』
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「……ふぅ。今度の約束は守ってね。ユニ」
魔法通信を切ったワルトナは、心に溜まった感情を吐き出した。
罪悪感、後悔、嫉妬……、友情。
それらを全て捨て、無色の心に、たった一つの信念を宿す。
「《覚醒せよ、神栄虚空・シェキナ=神憧への櫛風沐雨》」
『櫛風沐雨』
それは、雨風に晒されながら、目標のために働き続けること。
たとえ、世の中の様々な辛苦に晒されようとも、たった一つの願いを叶える。
それが、ワルトナの覚悟だ。
『テトラフィーア。予定通り、ユニは無力化した。管を巻いてるねぇ、グダグダだねぇ』
覚醒させたシェキナの弦を弾き、神殺しの『音』を発する。
それは言語としては不適格な、楽器の音色。
だが、それを受け取る者が優れた聴覚を持つのであれば、これ以上ない暗号通信となる。
『状況は把握しておりますわ。流石は陛下と言うべきですわね、これ以上ないユニフィン様特攻の相手を使役しています』
『……あん畜生のアホタヌキめ。まさか、クソタヌキよりもムカつくタヌキが出現するなんて、ほんと想定外も甚だしい』
磔を演じているテトラフィーアの目的は二つ。
一つは、ユニクルフィンを動揺させ、対処可能な戦力へ堕とすこと。
そしてもう一つは、テトラフィーアが持つ世絶の神の因子『絶対音階』を十全に発揮できる場所に陣取る事だ。
『昨夜、ワルトナさんがメルテッサを、私がサチナちゃんを始末。敵陣営の残りは……陛下、ローレライ、メナファス、カミナの4名ですわね?』
『そうだよ。そして、カミナは直接的な関与はして来ない。僕がローレライ、セブンジードがメナファス、君がレジェを倒せばゲーム終了だ』
テトラフィーアの感覚は音に依存している。
遮蔽物のない高層建築物の上で目を閉じ、意識不明を演じていようとも問題になり得ない。
それどころか、温泉郷全体の音を拾える状況は彼女の戦闘管制を大きく支援する。
『セブンジードとシャトーガンマは既に狙撃準備を終えていますわ。そういえば、サーティーズはどうしましたの?』
『始末したさ。だって邪魔だし』
『私と陛下とアリアの三人掛かりでやっとだった相手を封殺とは。流石ですわ』
ワルトナが想像する旋律の上で、テトラフィーアが笑みを零す。
金鳳花の兄である紅葉と紫蘭を除いた6名の人狼狐は、全てテトラフィーアが支配する盤面の上に乗っている。
~キング~
〇ユニクフィン
~クイーン~
●テトラフィーア
〇レジェリクエ
~ルーク~
●セブンジード
〇メナファス
~ヴィショップ~
●ワルトナ
〇ローレライ
~ポーン~
●ヴェルサラスク ●シャトーガンマ
〇アルカディア(タヌキ) 〇カミナ
これは盤面で孤立した王を誰が取るかという、変則的なチェス・プログレム。
ワルトナが駒を配置し、テトラフィーアが詰める、勝利方法が確立されている戦略パズル。
『ローレライ様と陛下を捕捉しましたわ。くすくすくす、クイーンとヴィショップが並んで突撃とは。私にメイティングアタックなど効かないとご存じでしょうに』
『くたびれた女王を演じているけど、レジェは本質的に幼い。ましてや、8年も待ち焦がれた想い人に無様な敗北を見せた後じゃねぇ』
『ローレライ様への対処は問題ありませんわね?』
『もちろん。ユニにくっ付く害虫を僕が知ったのは、君と交流を始める前だ。駆除方法を考える時間は十分だったと思わないかい?』
『初めから金鳳花様と行動していた貴女のアドバンテージ、期待しておりますわ』
最後にローレライとレジェリクエの現在地を受信し、ワルトナが暗号通信を切断。
町中に巧妙に隠された数千数万のシェキナの矢の中を走る二人の姿を想像し、友へ送る旋律を奏でる。
「《雨禁獄》」
大型のハープのような形状になったシェキナが放つ、聞く者すべてを不安させる優しいメロディ。
それは、嘘に塗れた狂想曲。
その旋律が奏でる未来で誰が騙され、誰が生き残るのか。
疑心の刃を持つ英雄の瞳が、天から降り注ぐ光の雨を迎え撃つ。




