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第1話「悪魔の巣食う場所」

「なぁ、リリン。目的地はここでいいのか?」

「うん。そうだけど?」


「思ってたのとイメージが違いすぎるんだが?」

「そうなの?でも、カミナはここに住んでいるといっても良い。というか、一フロア丸々、カミナの研究室だし」


「……研究室と聞いて少しイメージに近くなったが、まだずいぶん落差があるんだよなぁ……」



 ……だってさ。

 今、俺の目の前にあるのは、仰々しいまでに真っ白い建物。

 一見して何階建てか分からないほどに建屋の側面には窓が積み重なっている。

 だが、煌びやかさはない。

 なにせこの施設は貴族も市民も関係なく利用する場所だ。


 老若男女分け隔てなく誰もが必ず一度は利用した事があると言い切れるだろう。

 大体の人間は特殊な理由がない限り、この系統の施設の中で生を受けるはずで、そして、人生が終わらんとする時にも大多数の人がこの施設を訪れる。


 あぁ、状況を整理するために心の中で呟いていたが、もういいや。

 ぶっちゃけて言おう。

 俺の目の前にある、この施設の名は『セント・オファニム博愛大医院』。


 ……病院であるッ!!



「リリン、あのさ。カミナさんって解剖とかしちゃう人なんだよな?」

「そう。カミナは医療界では知らない人がいないほどの超名医。必然的に手術の回数も多く、連日多くの人が解剖され病気を完治している」


「医療行為を解剖って表現するのはやめようなッ!?」

「だって、カミナ自身がそう表現していた。それくらい淡白になってた方が心理学的に良いんだって」


「本人が言ってたのかよッ!!さすが心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)!」



 うわぁ……。それもどうかと思うんだが。

 というか、どう考えてもロクでもない事が起こりそう。


 なにせ、心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)とか呼ばれていた人が病院に住みついているってことだろ?

 悪魔デヴィルと呼ばれる医者が住みつく病院。

 あぁ、うん。こりゃだめだ。俺なら絶対に利用しない。


 俺の心の中で不安が不信感に変わっていくのを他所に、リリンは俺を促し病院の入口に向かった。



「さ、とりあえず中に入ろう」

「おう、やっぱり色んな意味で緊張するなぁー。大丈夫だろうか」


「心配いらない。カミナは多忙だけど、私には会ってくれるはず」



 俺的には断られてもいいんですが。

 つーか、ホントに大丈夫だよね?英雄の息子の標本とかにされたりしないよな?


 俺は内心びくびくしながら、医院のドアを開く。

 そして、目に映った視野はとても広く、床は磨きあげられピカピカ。

 白衣を着た看護師さん達が患者に寄り添い、優しげな笑みをこぼしながら何処かの医療科に入っていくのが見える。


 ……どう見ても、悪魔が巣食っているようには見えない。

 むしろ、雰囲気的には清々しいくらいに清潔で和やかなもの。

 俺があっけにとられていると、左手の方に見えた総合受付に向かいリリンが歩き出した。

 そして、受付のお姉さん相手にリリンが話し出す。



「こんにちわ。本日はどうされましたか?」

「ちょっと会いたい人がいるので尋ねた」


「ご面会希望ですか。患者様のお名前を教えていただけますか?」

「違う。私が会いに来たのは先生の方。医師、カミナ・ガンデは今日はどこの病棟にいる?」


「え!!?カミナ先生ですか!?えっと、診察に訪れた訳ではなく、個人的な面会という事でしょうか?」

「そう。私はカミナの友人。久しぶりに会いに来た」


「え、えぇーと。……アポイトメントはお持ちでしょうか?」

「は?」



 え?アポイトメント?そんなもん必要なの?

 これにはリリンの笑顔も引きつっている。


 俺的にはいい流れだが、リリンにとっては思ってもいなかったんだろうな。

 今も必死になって、受付のお姉さんに喰らいついている。



「アポイトメントはないけれど、私には会ってくれるはず!」

「いえ、カミナ先生に面会を希望される方はとても多く、完全予約制となっております。次の予約が取れるのは……2年後ですね」


「2年!?……私とカミナは友人、いや、親友と言ってもいい!!なので連絡だけでも取って欲しい!そうすれば直ぐに誤解が解ける」

「そうおっしゃられましても、カミナ先生は多忙でどこにいらっしゃるか……手術中だと迷惑になってしまいますので……」



 がんばれ、受付の人。

 どうにかリリンに競り合って欲しい。

 人を解剖するとかいう誤解は解けたが、やっぱり心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)とか呼ばれている医者とか嫌すぎる。

 ……リリン並みの戦闘力の医者とか、嫌すぎるッ!!


 だが、人生はそうは上手くいかない。



「カミナ先生なら、午前中は内科診察室にいらっしゃいますよ」



 あ。



「婦長!いいんですか?教えてしまっても」

「えぇ、この方は本当にカミナ先生の友人ですから。それに……」



 リリンと受付の人とのやり取りを見ていたであろうおばちゃんが後ろから声を掛けてきた。

 どうやら、今は内科にいるらしい。


 ……目的は果たされてしまった。

 リリンは満足げに「ありがと」と言葉を掛け、俺に「内科は3階、行こう」と促してくる。


 ちくしょう。余計な事を!

 俺はリリンの後を追いながらも、何となく受付の中のやり取りが気になって聞き耳を立てた。



「あのお方は、カミナ先生がここに赴任される前、ご一緒に旅をなされていた方です」

「え”。」


「理解しましたか?あまり騒ぎたてると、噂が実現しかねませんよ」



 ……噂?なんだそれ?



「ひっ!あの噂本当なんですか!?」

「さぁ、どうでしょう?それを知っている人は皆、霊安室に送られましたから」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」



 ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 なんだよそれッ!?霊安室って何?怖すぎるんだけどッ!?

 ヤバイ、ヤヴァイぞ!どうにか脱出を試みないと!



「ユニク、この昇降機で3階までひとっ飛び。さぁ、乗って!」

「……はい」



 あぁぁぁぁ!この状況でどうしろってんだよッ!!無理だろッ!!


 そして俺は昇降機に乗った。

 程なくして開いたドアの真正面、そこには『内科診察科』と書かれたプレートが、でかでかと置かれていた。



 **********



「着いた。カミナ居ると良いな。久しぶりだし楽しみ」

「あぁ、楽しみか。そりゃよかったな」



 俺的には危機感が半端ないんだが?

 一体どんな人が出てくるんだろうか。


 よくよく考えてみたら、俺はカミナさんに関する外見的情報を何も持っていない。

 知っているのは医者であるらしいという事と、近接戦闘においてリリンを凌駕するという事。

 それに加えて悪評がちらほら。


 うん。

 知っている情報じゃどうにも予想しずらいが、接近戦が得意という事は筋肉隆々に違いない。

 だって、あのマッチョボディの三頭熊と組み合って普通に殴り勝つらしい。身長が2mとかあっても不思議じゃない。

 リリンと近しい年齢の女の子で、筋肉隆々。

 ……なにそのアマゾネス。医者の成分どこ行った?


 俺の中で妄想が進み、獣の皮をかぶった野生溢れる人物像が出来上がって来た頃、不意に声が掛けられた。



「あら?どうしたんですか?迷子かな?」

「いや、人を探している。ここにいるらしいと受付に聞いた」



 地味めな金髪の看護師さんがリリンに声をかけている。

 どうやらキョロキョロしているリリンを見て迷子だと思ったらしい。


 まぁ、幼く見えるし致し方がないような気がするが、リリンはほんのり眉間にシワが寄っている。

 子供扱いの上に、迷子扱いは耐えられなかったらしい。

 少しだけ声に抑揚をつけながら、看護師さん向かって話し出した。



「私は、カミナを探している。午前中は内科で診察をしていると聞いた」

「あーカミナ先生にお礼を言いに来たんですね!偉いですよー。でも、先生はお忙しいのでお姉さんが変わりに話しておきますね。お名前、言えるかな?」


「……。」



 あ!やばい!!リリンが無言だ!

 犠牲者が出るぞッ!!?



「アナタじゃお話にならない。こんなの教育しても医療界の為にならない気がする」

「はぁ!?ちょっとそれ、どういう意味ですか!?」


「そのまんまの意味。フロアの清掃でもしてて欲しい」

「っ!!カミナ先生にお礼に来たっていうから、親切に対応していれば……!」


「そもそも、そんな事言ってない。あなたは看護師ではなく患者さんだった?頭の。」

「むきぃー!!ちょっとこっちに来なさい!!」



 そう言ってリリンの手を掴み、勤務者専用の扉に向かっていく看護師さん。

 そして、されるがままのリリンに目を向けると、手をこまねいて一緒に来てと合図を送ってきている。


 なるほど。そうやって内部に侵入するつもりなのか。

 流石は心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の総帥。

 やる事が汚い。



「ミナちー、どうしたの?何かトラブルかな?」



 だが、リリンの目論見は簡単に崩れる事となってしまった。

 突如として内科受付の小窓が開き、そこからひょいっと別の看護師さん?が顔を出した。


 明るい茶髪をショートに切りそろえた清潔感を纏わせているその人は優しげな声で、言うまでもなく美人だった。

 良く見れば白衣を着ているし、看護師ではなく医師のなのかもしれない。


 そして、一目見て思う。

 彼女が担当医だった人は健康になってもこの病院に通うんじゃないだろうか。

 その笑顔はどうみても天使とか呼ばれちゃうタイプのもので、まさに白衣の天使という言葉がぴったりなのだ。


 いきなり現れた白衣の天使は、今も鬼の形相でリリンを拉致しようとしている看護師さんに声を掛ける。



「えっと……。どういう事かな?」

「い、いえ!この子が迷子みたいなんです!なのでインフォメーションセンターで親御さんにつき出してあげようかと……」


「迷子……?その子が?たぶん違うよね?」



 そう言って、視線を彷徨さまよわせる白衣の天使。

 だが不思議な事に看護師さんから外した視線は真っ直ぐにリリンに向かい、そして微笑んだ。

 さらに、俺を見て少しだけ目を見開くと、「あ。」と意味ありげに呟く。


 えっ、なにごとッ?俺、何かした!?

 俺もたまらず視線を彷徨わせ、そしてリリンが目に映る。


 リリンはその平均的な表情を少しだけ崩し、微笑んでいた。ついでに嬉しげに手まで振っている。


 ……まさか!?そんなバカなッ!!

 俺がとある結論に困惑している時も、その天使な医師と看護師さんのやり取りは続いていた。



「あ、い、いえ、おっかしいなぁ……迷子だと思ったのに……」

「ミナちー。看護師として人の話を聞けないのは致命的だよ?少し反省しなさい!」


「……はい。すみません……」

「ちゃんと反省した?ならもう立ち直って。さ、お仕事しなくちゃね?」


「……はい。この度はすみませんでした」



 そう言って看護師さんはリリンに頭を下げた。

 リリンは、特に気にしていない感じの平均的な微笑。

 ……いや、違うな。内心的に勝ち誇ってないか?


 どうやら、俺の見たても間違ってなかったらしい。

 リリンの内情を正確にくみ取るように、白衣の天使からリリンにも声が掛った。



「というかリリンも、うちの看護師で遊ばないで欲しいんだけど?これは、おしおきが必要かな」

「え?」


「え?じゃないの。こういうのは立派な営業妨害なんだからね?ちゃんと分かってるの?」

「あ、う……ご、ごめんなさい……」



 なんという事だ!

 我らが総帥が叱責されている、だとッ!?

 リリンの表情を見るに明らかにションボリしている様子。


 というか、これじゃもう確定的だ。

 あぁ。俺はついに出会ってしまったのか。



「ふふ、久しぶりね。リリン。少し身長が伸びたね」

「うん。久しぶり、カミナ」



 リリンはこの人の事を、「カミナ」と呼んだ。つまりは確定という事だ。

 え。ちょっと待って、え?

 全然、悪魔デヴィルっぽくないんだけどッ!?


 簡単な挨拶をした後すぐに、天使な医師のカミナさんは小窓のすぐ横にあったドアから出てきて、リリンに視線を合わせた。

 そして、流れに身を任せるように抱きつこうとリリンが駆け寄る。


 あ、これは澪さんに出会った時に見せた親愛の証のハグだな。

 そのまま吸い込まれるようにリリンの体はカミナさんに―――抱かれなかった。



「ひょいっと!」

「あう!!」



 あ、あれ?

 カミナさんは、スッと無駄のない動きでリリンを回避し、直ぐにリリンと距離を取る。

 全力じゃないとはいえ、リリンの突進を難なくかわすとは……。タダものじゃない。


 肩すかしをくらったリリンは二、三歩ステップを踏んで振りかえり、ぷくりと頬を膨らませた。



「カミナ。こういう時はちゃんと受け止めてほしい!」

「え―それは無理よ。衛生管理は医者の基本。私、今、勤務時間中なんだよ?」


「むぅ。久しぶりなのに……」

「あとでいっぱい甘やかしてあげるから、今は我慢してね?さてと!」



 ん?ニコリと笑いながら俺に視線を向けるカミナさん。

 まさに、天使の頬笑み。

 ……心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の再生輪廻さんはどうやら、擬態が凄く上手らしい。



「自己紹介が遅くなっちゃったね。ユニクルフィンくん」

「あ、いえ!どうぞお構いなく!」


「そんなわけにはいかないでしょ!今は白衣着てるけど、こういう風に名乗った方がいいかな。心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)・再生輪廻・カミナ・ガンデだよ。よろしくね!」



 そう言って目の前の白衣の天使は笑って手を差し出してきた。

 俺は反射的にその手を取りながら、「宜しくお願いします、ユニクルフィンです」と声を返す。


 あぁ、俺には分かる。分かりたくないけど分かってしまった。

 絶対に逆らってはいけないのだと、本能的に悟ったのだ。


 彼女こそ、かの有名な悪逆非道の心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)

 どう見たって白衣の天使にしか見えないこの姿こそ、仮の姿。

 ひとたび白衣を脱げば、きっと凄んごい事になるんだろう。


 ……だってさ。



 ―レベル70214―



 ほら、レベルがおかしい。


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