第108話「恋人狼狐・朝の考察②」
「……そうだよ、ユニ。もう残っているのは僕とユニ、リリンとセフィナだけだ。あとは裏切ったか、殺された。これから頑張ったとしても、もう、『友達』は取り戻せない」
――テトラフィーアを失った。
おそらく、セブンジードやメイ、ヴェルサラスクとシャトーガンマもだ。
聞きたくなかった事実を語るワルトは帽子を深くかぶり、視線を地面に落としている。
声も肩も震えていない、だが、拳はきつく握られていて。
「今、決断すれば、これ以上の傷は負わなくて済む。だから逃げよう。リリンとセフィナを連れて温泉郷を離れるんだ」
「本気で言っているのか?」
「そうだ。味方の殆どは死んだか裏切られた。僕が守るべきなのはユニとリリンとセフィナで、それを達成する最も可能性が高い戦略は逃亡だと言っている」
「仮にテトラフィーアを失っていて、魔法とかで取り戻せないとしても……、まだ、サチナは生きているんだろ」
信じたくない。認めたくない。
だが、ゆるい希望に縋って現実を見損なうのがダメなのは分かっている。
おびただしい血液をばらまいて死を連想させておきながら死体を晒さなかったのは、俺達の動揺を誘う為だからだ。
「生きているだろうね。だが、彼女は僕らを死地に呼び寄せるエサだ」
「なら、見捨てるって選択肢はねぇ。そうだろうが」
相手は認識阻害のスペシャリスト、ぶっちゃけ、サチナを俺達の目の届く所に晒す訳がない。
結界の消失を避けるために生かされているだけで、用が済んだら、いや、130の獣が襲来する今日の昼12時には処分される。
俺達はどこか分からない居場所を見つけ、敵が張った罠を搔い潜り、何らかの措置が施されているであろうサチナを開放しなければならない。
オマケに、相手には俺達の作戦を知っているメルテッサが寝返っているときた。
マジでメルテッサの裏切りが痛ぇな。
ここは心無き魔人達の統括者の本拠地、凄まじい効果の魔道具なんて、掃いて捨てるほどある。
「分が悪いのは分かってる。だが、見捨てたくない。俺とお前なら勝てると思うからだ、ワルト」
「っ……」
「それにだ、俺は蟲量大数と戦う運命なんだろ?なら、この程度の理不尽なんか覆せなきゃ話にならねぇよ」
覚えている蟲量大数の戦闘力と、村長の実体験。
それから導き出されるのは、俺だけじゃ勝てないという現実だ。
もしも、ヴィクティムゲームを神が望んだのだとしたら、『絶対に勝てない戦い』にはならない。
どっちが勝つか分からない、または、負けると思っているけどワンチャンスある、そんな状態にしておくんじゃないか?
「ワルト、蟲量大数との決戦に、誰を連れて行くつもりでいたんだ?」
「それは……、ユニの癖にお見通しとはね」
「言ってみろ」
「僕が心無き魔人達の統括者を結成した真の目的は、ヴィクティムゲームへの備え。次代の英雄を育てて戦力にするためだ」
「だったら、取り戻せないってことはねぇさ。仲間が集まらず不戦敗なんてつまらない結果、神は忌避するだろ」
神が求めている物語がどういうものかは、知らない。
俺がレジェリクエ達を切り殺して蘇生させても、サチナが居なければ意識を回復させられない。
ヴィクティムゲームの開催期限である2年後までに方法を見つけられるのか?そういう楽しみ方をされている可能性もだってある。
……いや、ごちゃごちゃ考えるのは止めよう。
結局、俺は気に入らねぇだけなんだ。
金鳳花に良いようにやられてる現状が。
「亭主関白なんてするつもりはねぇが……、ワルト、俺の言う事を聞け。サチナを助け、レジィ達の無色の悪意を殺して取り戻す。そんで蟲量大数を倒してハッピーエンドだ」
「……ははっ、はははは!ビックリするくらい簡単に言うね、ホーライ様から話を聞いて出した結論がそれかい?」
「おう。俺に取っちゃ蟲よりもクソタヌキの方が強敵だし」
「そういえば、リンサベル家の嫁入りを邪魔する害獣だって話だったっけ。……どうだいユニ?僕だけで妥協するなら、即日、可愛いお嫁さんが手に入るけど?」
そういえばそうだった。
お前らがラスボスだったっけな、クソタヌキーズ。
ウッキウキで作ってるっていう新型機神が完成する前に、決着をつけておきたい。
「まったく、やることがいっぱい過ぎて困っちまうぜ」
「そうだね。それで、戦うと決めたからには、次にやるべきことの算段はついているんだろうね、ユニ?」
ワルトの無気力なジト目が、真っすぐに見つめてくる。
親父と旅をしている時に何度も見たそれは、ある時にクソタヌキすら尻尾を巻いて逃げだした幼いワルトの必殺技。
「はっはっは、すまん!思いつかねぇ!!」
「はぁ……、ダメだこりゃ。リリンと旅をして何を学んできたのやら」
「……食い意地?」
「はいはい正解だねぇ、摂取だねぇ。という事で、朝ご飯を食べに行きまーす」
「……は?」
んー、そこの路地裏の喫茶店で良いか。ほら行くよ、ユニ。
そう言って俺の手を引き、歩き出すワルト。
いやちょっと待って、温度差について行けないんだけど!?
「待て待てワルト、急にどうした?あ、俺はリリンじゃねぇから飯じゃ懐柔されねぇぞ」
「リリン以下のアホだねぇ。腹が減っては戦は出来ぬなんてのは、タヌキじゃなくたって知ってる話だよ」
「お、ぉう。それは、ワルトも逃げずに戦うって事で良いんだよな?」
「そうだよ。さっきの言葉は紛れもなく本心だし、今も逃げた方が良いと思ってる。けど、リリンも戦いを望むだろう。ユニまでやる気になったんじゃ、多数決で負けるだけだし」
俺を掴んでいるワルトの手が、僅かに震えていた。
それを俺は、少しだけ強く握って止めた。
**********
「ここは24時間営業の喫茶店でねぇ。当然、お茶やコーヒーを嗜む所な訳だけど、変わったものが名物なんだ」
「うわぁ……、すっげぇ香ばしくて良い匂いがする」
「聞いたことはないかい?喫茶店のナポリタンは美味しいって」
ワルトに案内された店に入ると、予想以上の賑わいがあった。
祭りの最中と言えど、今は午前4時前。
朝日すら登っていない早朝なのに、かなりの人がいる。
「ここのナポリタンは、なんとウィンナーだけじゃなくベーコンまで乗ってるスペシャル品でさ」
「それをリクエストしたの、リリンだろ?」
「おっと、冴えて来たじゃないか。店員さーん!ぱーふぇくと・ナポリタンを大盛りでー!!」
ついでに言えば、ナポリタンを推したのはお前だろ、ワルト。
無類のトマト好きだもんな。
「それにしても大盛りか。あの頃の食の細いお前からは考えられねぇ」
「たいして変わっちゃいないさ」
「リリンのリクエスト品だぞ。その大盛りってデカいに決まって……、ほら見ろ魔王サイズ!!」
いや、どんぶりで持ってくんな。
スパゲッティは平皿だろ。常識的に考えて。
「美味そう、美味そうではあるんだが……、俺でも一人で食い切れるかどうかだぞ?」
「だから一個しか頼んでないじゃないか」
「えっ、あっ」
「僕は君のお願いを聞いたからここに来た。だったら今度は、君が僕のささやかなお願いを聞く番じゃないのかい?あ~ん」
そう言って、ワルトは口を開けた。
無気力なジト目を輝かせて。
「……っ!」
「お・な・か・す・い・た、ゆにー」
「お前……、もしかして、さっき渋っていたのは」
「さてね。ほら、あ~~ん」
くっ!!こんなことをしてる場合じゃないッ!!
じゃないんだが……、リリンには無いこの色気はなんだ!?
なんていうか、えっと、そうか、これが恋人ムーブって奴なのか!?
「くっ……、ほら、もっと上向け。服に付いたら洗濯が面倒だろ」
「あ~~ん、もぐもぐ」
「……うまいか?」
「すぱげてー、おいちぃ」
な、何なんだこの満面の笑みと、こみ上げてくる恥ずかしさは!?
リリンに餌付けする時は何とも思わ、そうか、餌付けだもんなっ!!
「もぐもぐ、ユニも食べなよ。本当においしいよ」
「そ、そうだな。……はぐっ」
「あ、間接キス」
「ごふぅっ!!」
改めて間接キスとか言うなっ!!
昔の事も同じことしてただろうがっ!!
「少しは緊張が解れたかい?」
「え、おう」
「僕も。ほら、次をちょうだい。あ~~ん」
まったく、敵わねぇな。
……けど、楽しいぜ。
「ふぅ食べた食べた。二人でも結構な量だったね。もうお腹いっぱいだ。満足したよ」
「そうか?リリンと比べりゃ、随分と安上がりだがな」
量的には俺も満腹だが、満足かって言われると疑問が残る。
リリンなら、この後デザートとして通常のモーニングセットを注文するぜ、間違いなく。
「あのねユニ、せっかく良い気分なのに、他の女と比べるとかさぁ」
「うっ、悪い悪い!!」
「そう、君のせいで僕の機嫌は悪くなってしまった、とてもね。こういう時にどうしていたか、まさか忘れていないよね?」
幼いワルトは無口だったが、感情が無い訳じゃない。
俺が失敗した時に向けてくるジト目での無言の抗議、そんな時は頭を撫でて誤魔化していた。
「しゃーねー、頭を出せ」
「ん……っ」
帽子ごしに撫でつけてやると、ちょっと可愛らしい声が出てきた。
昔も思ったが、こうも無抵抗だと悪戯をしたくなるな
「ほい、おしまい」
「あっ……、うん」
「ところでワルト?」
「なんdっっ!?!?」
頭を撫でたついでに、唇も奪ってみた。
やられっぱなしは性に合わねぇ。
金鳳花にも、お前にも、な。
「んん~~~~!?!?」
「……俺からするのは初めてだ。ほら、行くぞ。いつまでも遊んでるとリリンが乗り込んできそうだ」
「くっ、はっ、んっっ……、確かにそれは大変だ。魔王の尻尾でシバかれる」
適当に会計を済ませて、ワルトの手を引いて店を出る。
腹も満たしたし、気力も回復した。
今なら、神にだって勝てそうだぜ!!
**********
「あぁ、もう君は……。こんなことされたら、別の欲求が湧いてしまうじゃないか」
ユニクルフィンの大きな背中を見ながら、ワルトナが呟いた。
それは無意識の内に出た言葉、だからこそ、その続きは心の内に留めて。
もう、満足したよ。
したって事にしておくよ。
人の欲望には、際限なんて無いんだから。
僕の心は、色づいた。
透明で、無色で、どうしようもない心は君達が満たしてくれた。
だからね、ユニ、リリン。
僕は騙すよ、最期まで。
虚偽が逆行し、真実になるまで。




