第5章続・プロローグ「神が遣わした大厄災」
「ふむ?このお嬢さんのせいで酔いが覚めたと?たしかに整った顔立ちをしておるがな。しかし……いや、ここから先のコメントは控えさせて貰うとするかのう」
「おいこら。何を勘違いしてやがるッ!!俺とナユはそういう関係じゃねぇ!!」
「そうじゃ。そんな曖昧な関係じゃないの。儂はとうの昔にユルドのものじゃ!」
「ほう?それはそれは。世界を守護する英雄様にそのような趣味が……」
「あ、てめナユ!変な事を言うんじゃねぇよッ!!おいじじぃ、いきなり他人行儀になるんじゃねぇッ!」
あぁ!面倒くせぇ!!
ユルドルードは机をバンバンと叩き視線を集めると、店員さんに向かってビールの催促をした。
一人ですら面倒くさいのに、もう一人面倒なのが増えた。
自分で呼んでおきながらも、この少女と対面させたのは間違いだったかと今さらに反省。
その結果として、やはり素面での対応は難しいと判断し、ともすればやはり酒が欲しくなるのだ。
まだかまだかと苛立ちを見せるユルドルード。
普段は店員に対してもおおよそ紳士的に振舞っているユルドルードだが、コイツらの前では話は別だ。
なにせ、一つ判断を間違えれば、大陸が消し飛ぶ。
「まったく。酒もこねぇし自己紹介を済ましちまおう。じじぃがさっきから余計な疑いをかけているこの少女は"ナユ"」
「ナユ、いや、"那由他"と名乗るべきかの。それで十分に意味は伝わるじゃろう」
「なんと……!」
ホウライはその言葉を聞き大仰に目を見開く。
驚愕。
英雄ホーライはその言葉の意味を正しく受け取り、そして、それが何を意味するのかも正しく理解した。
見開かれた瞳に纏うのは永き人生を歩んできた英雄ホーライとして最大級の敬意と、警戒。
その揺るがぬ瞳に満足をしたようにナユは不敵な笑みを浮かべ、眼前の老人を眺めつづける。
視線が交わされ続けている事の意味を考えながら、ユルドルードは残ったホウライの自己紹介を続けた。
「そんでこの、ショボくれたじじぃが"ホウライ"。英雄・ホーライと言えば聞いたこと有るんじゃないか?」
「……知っているも何もないの。コイツの事は把握しておるぞ。なにせコイツは儂のおひざ元『ナユタ山』に家をおっ立てて、村なんぞを作りおったからの」
「ほほほ、広い土地に豊かな自然。ひっそり暮らすにはちょうどいいかと思いましてな」
「ひっそり暮らす?儂の可愛いタヌキらを狩猟し、あろう事か村の特産物として売りさばく。いい度胸をしておると前から思っておったが……ちょうど良い」
「やれやれ、これは困りましたな。あなた様が相手とあらば手加減のしようがない。久々に血を滾らせるとしましょうか!」
「おい、まてまてまてまてまてまてッ!!!!!!?お前らが戦ったら大陸がいくつあっても足りねぇよッ!!落ち着けって!!」
どうしてこうなった!とユルドル―ドは慌てふためく。
この超危険物はさっきまで上機嫌だったってのに、じじいの奴、やらかしやがった!と内心でボヤキつつ事態の終息を計る。
だが、この二人が止まる事がなかった。
ナユにとって可愛い"しもべ"を殺され売りさばかれるという暴挙。それは人間で表すなら許されざる事だ。
それでもユルドルードは表面上を取りつくろうといくつかの言葉を発したが、それは逆の効果を及ぼしていく。
「ふむ、落ち着けば落ち着くほど、腹が立つの。もう、やめじゃ、原子の一かけらすらも残してやらん」
「この気は……! 流石は神の遣わした大厄災ということですかな。じゃがな、ワシも英雄の端くれ。抗って見せようぞ!!」
「そうだねッ!端くれだねッ!?なにせ初代英雄だからね!!?わかってるからやめようか!?」
「「いくぞ!!」」
「くそぉぉぉぉぉぉぉッッ!!間にあえぇぇぇぇぇぇ!!《原初守護聖界ッッ!!》」
事態の急激な悪化。
今はお互いに机を前にして、立ちあがったばかり。
だが、ここから先の攻防に割り込める保証がどこにもないとユルドル―ドは経験上心得ていた。
人類の域を軽々と超え、人間とはとても言えない、師匠・ホウライ。
生物の域を軽々と超え、神の先兵として創られた、天災・那由他。
自身も人間をやめたと心得えの有るユルドルードですら、この二人には今一歩劣ると自覚し持ちうる最善の選択として防御魔法をこの酒場に漂う"空気"に掛けた。
通常、防御魔法というものは攻撃を受ける対象に掛ける。
しかし、この空気に掛けるといった技は、昔の親友、アップリコットに教えてもらった技術を伴う裏技。
強力な防御魔法を掛けられた空気は、その中で発生した全ての衝撃を吸収する簡易的な結界となる。
これで放たれるはずの破壊のエネルギーが周囲に伝達される事はなく、一瞬の事ではあるがユルドルードが戦いに割込める隙が生まれるはずなのだ。
しかし、それは魔法が無事に完了すればの話。
世界の最上位の戦いでは、魔法が構築されるよりも前に全てが無に帰す事態が簡単に起こる。
そして、それは今回も例外ではない。
ユルドルードの放った魔法はその効果が正しく発露する前に、ナユが放った腕の一振りで崩壊することになったのだ。
「小賢しい!!儂らの戦いにこんなもの不要だの!!」
「まだまだ魔法の掛け方が甘い。これじゃ、あってもなくても変わらんわい!!」
「こんのッ戦闘馬鹿共がぁぁ!やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ちくしょうがッ!!何を考えてやがるッ!!
あぁくそ、こうなったら俺が盾になるしかねぇ!それ以外にこの大陸が残る手段が思いつかんッ!!
ユルドル―ドは心の中で慟哭し、鍛え抜かれた強靭な体を出来るだけ大きく広げて、目の前のナユに視線を向けた。
じじぃはあれでも人類の端くれ。無差別に人を殺す事は好まないはず。ならばナユの攻撃さえ俺が受け切れば、多くの命が消える事もない。
と瞬時に思考を巡らせ行動に移したのだ。
結構な距離があるとはいえ、この大陸の上にいるはずの息子達を守るにはこれしかないと決意を固めた英雄・ユルドルード。
そして、視界の先の両者が動き出す。
「「あそーれ、さいしょはぐー!」」
「あ"あ"ッ!?」
「じゃんけん、ぽん!! 儂の勝ちじゃ!ほれ、あっち向いて、ほぉい!!」
バギャァァァァァン!
「机ぇぇぇぇぇッッ!!?」
「ふむ、ハズレですじゃな。ではもう一戦!……あいこでしょぉ!!ふむ今度はワシの勝ちですな!それ、あっち向いてほい!」
「そぉい!!」
ズガァァァァァァン!!
「壁ぇぇぇぇぇッッ!!?」
**********
「もうやだ。なんなのお前ら。マジ、なんだんだよ……」
「ふむ。おいホーライ。ユルドが丸くなっておるぞ?これはどうしたんじゃの?」
「あぁ、こ奴はいじけるといつもこうでな。こうなったら食い物で釣るのが早いですじゃな。ほれ、ビールが来たぞ?」
「ビールッ!!」
あれからさらに三度行われた"あっち向いてほい"の結果、勝利を手にしたのは少女・ナユ。
勝利の対価としてこの酒場の勘定の全てをホウライが持つ事を約束させられ、一応辞退は終息に向かった。
ただし、異常な光景が二つ。
一つは、破壊されつくした店内。計5回の攻防により"雑多でボロイ酒場"から"廃墟"に変わってしまっていた。
これはナユが大ぶりに体を動かした事により、その風圧で周囲の空気が圧縮爆散したことによるもの。
特にナユが悪ふざけをする時にこういう事態になる事を何度も経験しているユルドルードは、「あぁ、またか」と呟いた。
そして、異常な光景はもう一つ。
この店内にいた全ての人間が何事もなく食事を続けているのだ。
机も椅子もロクな形をしていない。
出された料理や酒は当たり前に各々の手に握られ、瓦礫の山に腰をおろし酒盛りを続けているのだ。
ユルドルードは「じじぃ、何かしやがったな?」と呻き、渡されたビールをゴクリとあおる。
あぁ、もうやだ。やってらんねぇ。早く酔ってしまおう、と。
「おい、じじぃにナユ。聞きてぇ事が山ほどあるんだが?つーか、お前ら知り合いなのかよ!?」
「ほほほ、このホーライが下調べもせずに村を立てるわけがあるまいて」
「そうじゃな。第一、そんなナメめた事をしたのなら、タヌキ帝王が黙ってはおらんの」
「だが、タヌキを取ってたのは事実だろ?そこんとこどうなってる?」
「ふむ、協定を結んでおるよ」
「協定?」
「そうじゃの。協定じゃ。英雄ホーライが外を出歩いた時にタヌキは顔を見せてもよい。さすれば契約は成立し、進化の儀となる」
「進化の儀?なんじゃそりゃ」
「契約が成立してからはワシはタヌキを取る事を許される。そして、」
「見事ホーライから逃げ切ったタヌキは莫大な経験値を獲得し、タヌキ将軍へと進化を果たす。まさにギブ・アンド・テイクじゃの!!」
「てめぇら、ずいぶんと仲が良いじゃねぇか……。くそっがッ!性格が悪すぎるッ!!」
「「くくく、お前さんはまだまだ、ガキじゃのう!!」」
「息までぴったりじゃねぇかッ!!あ"-も"-やってられねぇ!店員さーん!!一番強い酒持って来てぇぇぇぇ!!」
はぁ、もうどうにでもなぁれ。とユルドルードは疲労困憊し、グラスに残っていたビールを飲み干した。
まぁ、言われてみればその通りだが本気で腹が立つ。
だが、ここで戦いを起こせば大陸が消滅するのはユルドルードとて同じ事。
結局何もすることは出来ず、ただ良いように遊ばれるだけなのだ。
「まったく、もういいや。お前らが初対面だと思って変な気を回した俺が間違っていた。本題に入るぞ、じじぃ」
「そうじゃな、時間は至宝。有効に使おうか」
「そんじゃ初めに聞いときたいんだが……。いくらなんでもユニクが弱すぎるんだけど?なにあれ。タヌキが化けているって言われたほうが、まだ納得できるんだけど?」
「それはのう。あまりレベル差が開き過ぎるのは可哀そうじゃと思ったんでな」
「どういうことだ?」
「迎えに来たリリンサちゃんのことじゃよ。世界を旅し、いくらかレベルを上げたとはいえ、まだまだ弱い。そんな状態でユニクと会わせでもしてみぃ。記憶どころか全ての"願い"がご破算になりかねんわ」
「じゃあ、なんでこのタイミングで呼びよせた?もう少し育ってからでも良かったんじゃないか?」
「うむ。それがな、リリンサちゃんの身元引受人『大聖母ノウィン』からの要望もあってな。「そろそろ時期が良いのではないでしょうか?これ以上は……」と」
「大聖母ノウィンって……。まぁ、そっちからの要望なら良いけどよ。結局、ユニクがあのザマなのはじじぃが意図的にやったって事でいいのか?」
「そうじゃ。憧れを抱き続けるだけでは対等な関係には決してなれん。ワシと多くの弟子たちがそうであったように」
ホウライもいつの間にか手にしていた米酒を啜る。
その言葉の端には、いいようのない寂しさを漂わせていた。
ユルドルードもその事は何となく理解している。
だからこそ、子供の時から呼び方はずっと、「じじぃ」のまま。
例え尊敬していようとも、いや、尊敬しているからこそ、それでいいと思っている。
「じゃあ、ユニクが弱いのはいいや。見て来たけどリリンちゃんが張り切ってユニクを教育しているみたいだしな。そんで本題だが、蛇峰討伐戦が行われそうだってのは本当か?」
「本当じゃよ。いくらか圧力をかけて延期させておったが、もう無理じゃろうな。ここらで一度行う必要がありそうじゃ」
「ふむ?なんじゃ面白そうな話になって来たの!あの、泣き虫ヘビも一枚噛んでるのなら、儂も仲間に入れるがよい!!」
「「あ、それは無理」」
「なんでじゃぁぁぁぁぁ!!」
ユルドル―ドは普段からの嫌がらせの意趣返しとばかりに、ナユに拒否を突き付けた。
それはホウライとて同意見。
これは世界を守るための戦いなどでは無い。
酷く狭い、そして世界にはありふれている、人の愛情がもたらしたよくあるお話。
だが、その登場人物は"世界最強"を含む最高峰の者達で、世界の理すらも超越させてしまおうとする、あり得ないおとぎ話だっただけの事。
そんな話に、この"那由他"を巻き込む事は出来ない。
『那由他』
それは神が授けた強き者を示す階級であり、レベル99万9999を超えたものに与えられる新たな"単位"。
無限へ続く『無量大数』、理解不能を示す『不可思議』と続き、第三位に与えられる極大を表す『那由他』。
事実上の、全世界で三番目に強き者。
ユルドルードが目標とする世界最強の『蟲量大数』との戦いに『那由他』が参戦する。
それはもう、別の物語と呼ぶべきものに変わってしまうのだから。
**********
「えー!神的には那由他が参戦してくれてもいいんだけどなぁー!だって、あいつら全然戦わないし、ここらで世界最強タイトルマッチとかも面白そうなんだけどー!!」
「……一人で何を言っても事態が変わらない。なにか良い方法がないかなぁ」
神は映し出された映像を眺めながら、紅茶に口をつけた。
んー。と声を漏らしながら何かを思案し、結局いい案が浮かばなかったのか、はぁ。と溜息を一つ吐いて指をパチンと弾く。
現れたのはもう一つの映像。
神は、物語の重要なキャラクターとしてもう一人、観賞の対象を増やしていたのだ。
「どう見たって、彼女は重要なキーパーソンなんだろう。ほら、今だって暗劇部員を名乗る彼女はなにやら行動中だ。まったく!こんな時間まで起きているなんて、お子様は寝ないと発育に悪いと注意するところだけど、この子は姉よりも育っているからいいか。胸とかね」
「さて、彼女は明確な敵としてデザインされた存在。その彼女が何を想い何を成すのか。はたまた、彼女の姉と再会した時、物語はどういう風な動きを見せるのか」
「今回の物語は一粒で三度おいしい。さぁ、見せておくれよ!君達が望んだ物語ってやつを!!」