第101話「人狼狐・夜の襲……、魔帝王機、降臨!! ※挿絵あり」
「《来て!=私達の魔帝王機ッ!!》」
その機体は、空想上の産物でしかなかった。
たった一度のみ実現した、魔導枢機・エセキエルと攻勢眷属・サムエル、防衛眷属・エステルの三機同時合体。
タヌキ帝王ソドムの激高とホロボサターリャの願いの果てに生まれた、『全きものの善悪典型』だ。
かつて世界の3分の1に蔓延った蟲を全滅させたその機体は、人間最高峰の英知を持つカミナ、世界最高の技術者ムー、そして、リリンサとソドムの浪漫によって新たなる姿を授けられた。
「「《エゼキエルリリーズ=ソドムッ!!》」」
これは、歴史の幕あけ。
カツテナキ機神の、誕生。
「なんぞッ!?!?」
「なんぞッ!?!?」
「なんぞッ!?!?」
「キャインッ!?!?」
「なんだそれ!?かっけぇーッ!!」
天高く描かれた十個の魔導規律陣から、黒金の機神が顕現した。
漆黒と黄金のボディに、灼熱のクリスタルが燦然と輝く。
そのシルエットは、まさしく魔王と呼ぶに相応しい。
メルテッサの貢献により材料不足という足枷から解放されたこの機体には、尋常ならざる神製金属が惜しげもなく使用されている。
全身を覆う外装は当然のこと、両肩には二基の巨大な物理現象弱体化ジェネレーターを搭載。
その周囲に存在する八基の自立浮遊ユニットと合わせ、エゼキエルリリーズの運動性能を七源の階級と同等にまで押し上げる超速戦闘ブースターだ。
だが、エゼキエルの神髄はこの程度ではない。
右腕と一体化しているのは、5枚もの神敗途絶・エクスカリバーが連結された巨大なブレード・ハンド。
固定してカミソリのように扱うことも、分割してカギヅメのように扱うも自由。
それどころか、円錐状に変形させて回転させるドリルモードすら搭載されているカツテナイ刃は、リリンサが好んで使う魔神の右腕と従来のエゼキエルの武装の両方を実現させた結果だ。
左側のジェネレーターに連結されているのは、エクスカリバーの副武装効果『絶対防御』と魔神の左腕を融合させた巨大な円筒状のシールドクラッシャー・ハンド。
シールド”クラッシャー”と命名されている通り、この腕は盾の役割の他に、相手の防御を看破する機能が搭載されている。
魔神の左腕の『解析』を用いて相手のステイタスを真理究明し、最も効果的な防御方法を算出、自動で行使。
その仮定で得た情報は全身の武装と共有され、あらゆる攻撃を一撃必殺のクリティカルへ押し上げる。
更に、長い尾の節それぞれには、リリンサの『五十重奏魔法連×五十重奏魔法連×五十重奏魔法連』の性能を発揮する赤いクリスタルが取り付けられている。
尾の左右にそれぞれ五十個、合計百個を連動させることで、リリンサの限界であった12万5000発の倍である25万発の魔法を一度の装填で発射可能。
また、分割数を調整することで、二十重奏魔法連×二十重奏魔法連×二十重奏魔法連
=1万5625発の魔法を5種類も放つといった多彩な使用方法も可能。
それに加え、尾の先端にある第三の腕であるドリルテール・ハンドから全てのエネルギーを凝縮した波動砲を放つことすらできるのだ。
これが、これこそが、この世界に名を轟かせた魔王リリンサの最終兵装。
130の頂点を見下ろし君臨する悪魔王が今、鋭い吸気音と共に産声を上げる。
「ふっ、どうだ、リリンサ。かっけぇだろ?」
「……ちょっと言葉に出来ないくらい、最高過ぎると思う!!」
130の皇が死んだ目で見上げている機神のコクピット内に、陽気なドヤ声が響く。
うっきうきな声色で自慢し始めたソドム、そして、操縦席に座りながら解説動画を見ているリリンサの目はこれ以上ない輝きを発している。
エゼキエルリリーズはリリンサとソドムの浪漫と趣味をこれでもかと詰め込んだ、まさに夢のような機体だ。
外見、機能、そのどちらも一切の妥協はなく、過去に後れを取った相手であっても有利以上で戦える。
それをソドムは分かっているからこそ、ゴモラの救援要請をガン無視して完成を急いでいたのだ。
「状況はゴモラから聞いてるぜ。130の皇種、肩慣らしにゃ丁度いい」
「まって。鬼ごっこの参加者は私、ソドムではダメージを与えられないと聞いた」
「疑似皇種の資格があればいいんだろ?」
「悪食=イーターから皇の力を引き出すってこと?」
「いや、そっちは厳重にロックが掛かってる。が、アルカの奴が何故かロックを外しやがってなァ。勝手に使われると那由他様にお仕置きされかねないってんで俺の悪食=イーターに移しておいたんだが……、こんな形で役に立つとは思ってなかったぜ!」
「という事は、ソドムも参加者になれるってこと?むぅ、これは私が挑まれた遊び、ここでやめるのはモヤモヤする」
「……よーするに、操縦してぇんだな?」
「そうともいう!」
「くっくっく、分かった。教えてやるからやってみろ!!」
そんな和気あいあいとした会話も、コクピット内の話だ。
足元で広がるダルダロシア大冥林の淵、そこには続々と皇種・疑似皇種が集まっている。
「あんなかっけー帝王枢機、見たことない。ラグナガルムは?」
「ないな。我と良く戦うエゼキエルデモンとは明らかに違う。どうする?」
「この場にいる誰の記憶にもない、調べるしかないね。カマソ、行って」
ラグナガルムの上に居る紅葉を中心に皇達が円陣を組み、そして、飛翔できる者に白羽の矢が立った。
先遣隊として選ばれたのは蝙蝠の疑似皇種・カマソッツ。
広げると全長8mにもなる巨大な両翼で風を掴んで飛翔する、その速度は優に音速を超えている。
「仕掛けて来た。ソドム、何からすればいい?」
「物理現象弱体化ジェネレーターをONにしろ」
「分かった!……でこれは?」
「機械だからな、光速以上の速度『神経速』は出せねぇ。だからこそ、エゼキエルリリーズ以外の周囲にアンチバッファを仕掛ける」
「ん!蝙蝠の動きが明らかに遅くなった!!」
「エゼキエルデモンは自立浮遊ユニットで機体を押し出し加速する仕組みだったが、エゼキエルリリーズは周囲に干渉し、相手の動きを強制的に光速以下へ落とす戦闘フィールドを作る」
「断・罰せよ!《魔帝王の等活獄!》」
「当然、加速ユニット機能も健在。この組み合わせにより、戦闘フィールド内でエゼキエルリリーズより早く動ける存在はいな……、聞いちゃいねぇが、見事だ!」
池に落ちた蝙蝠に様にもがきながら進むカマソへ、5枚のエクスカリバーが通り抜ける。
それは、チーズにフォークを刺して引いたような、簡単すぎる幕切れ。
一瞬で6等分にスライスされたカマソは絶命し、周囲に散った血液が開戦の狼煙となる。
「蛙、猫、ネズミ……、蝙蝠を足場に次々来るぞ!」
「見えている、迎え撃つ!!」
エゼキエルデモンが発揮できた最大速度は『亜光速』。
引力、斥力、重力、磁力、風力、張力、推力、光力、八つの発進器を切り替えて行う相互干渉を『結束』することで、エゼキエルデモンは亜光速戦闘が可能となるも――、それは、高位超越者に比べると遅い挙動。
悪食=イーターの高い精度の未来予測で補うことで同等以上のパフォーマンスを発揮する、それが従来の戦闘方法だった。
そしてその問題点を、相手の能力を落とすという方法で解決した。
神経速とは、神経の中に流れる情報の伝達速度であり生物しか持ちえない。
だったら、機械と同じ土俵に引きずり込めばいい。
そんな目論見によって生まれた加減速コントロールユニットによって速度で優位に立ったエゼキエルリリーズは、相手の行動を見てから先手を打てるようになったのだ。
「はっはぁ!!やるなリリンサ、細切れだぜ!!」
「さいっこうに気持ちいいと思う!!」
平均的に優しいリリンサは、無駄な殺生を嫌う性格だ。
だが、複数の皇種と同時に戦って殺されかけるという尋常ではない状況を経た今、自重も思いやりも投げ捨てている。
『エゼキエルリリーズの戦闘フィールドに侵入した仲間以外の生物は、容赦なく処理する』
そう決めたリリンサの目に、10を超える皇種の姿が映った。




