第98話「人狼狐・夜の襲撃 ダルダロシア大冥林③」
「……あ。やば。木星竜が動いた」
揺れ動く大森林、いや、それを背に乗せた巨大すぎる竜が目を覚ました。
起床した人間がそうであるように、布団の上で体を伸ばし、強張った筋肉をほぐす。
そんな間の抜けた行動でさえ、その上に居る『ノミ』にとっては致死級の大災害だ。
「全員、木上に退避!肉を担ぐのを忘れるでないぞ!!」
深く根を張る大地が発したのは、岩盤がひび割れる超低周波音。
地震の予兆とされるそれを、優れた身体能力を持つ白虎皇・ヒャクゴウが聞き逃す筈がない。
ヒャクゴウの怒号に従い、筋骨隆々な15匹のトラが一斉に飛びのく。
それぞれの口には狩ったばかりの獲物……、そのどれもがレベル99999を超えていた、強者の血肉が咥えられている。
「木星竜が動くのは、夜が明けてからだと聞いていたのだがな?……ばくぅ、もぐもぐ」
投げ渡された肉を噛むヒャクゴウと相対しているのは、14機のアップルルーンだ。
転移させられたヒャクゴウを待っていたのは、ゴモラとアップルルーンの大軍勢。
ブチコロコロがすという宣言通りに戦いが始まり、今現在に至るまで、激しい攻防が続いている。
「食事とは崇高な儀式、戦いの最中に食べるなんて野蛮もいいとこ」
「それはタヌキが勝手に決めた掟だろう。我が虎族には関係が無い」
用意周到に準備していたゴモラとヒャクゴウの第二ラウンド。
その決着は一瞬で……つかなかった。
なぜなら、ヒャクゴウもまた用意周到に準備していたからだ。
ダルダロシア大冥林に住む白虎族の戦士団を呼び寄せ、ありったけの肉をかき集めさせた。
代謝の権能を持つヒャクゴウにとって、食事=全回復。
それがどんな肉でどんな成分を持っていようが、権能の効果により、即座に必要な栄養素へ変換されて吸収されるのだ。
そして現在、6機のアップルルーンは残骸と化し、10機が修復中。
戦闘可能状態にある機体も無傷ではなく……、ゴモラの分身体も100から30匹まで減っている。
『ソドム、木星竜が動いた。自重は終わり』
『……。』
『起こさない様に静かにするの大変だった。ストレスで夏毛になりそう。これから冬なのに』
『……。』
『……おーい、ソドムー?う”ぃ~太~~?馬鹿兄ぃ~~?』
『……。』
「おい自重しろ、馬鹿兄貴。緊急事態だって言ってるのが分からないの、ホント馬鹿。スパナに玉を巻き込んで死ねばいいのに」
「くはは、流石のタヌキも焦りが見えるか。木星竜が相手では、お前では分が悪すぎるものな」
「あ”?何が言いたい?」
「ここが何処で、ここを何だと思っている?」
「木星竜の背中の上、生と死の狭間。三途の川と人は呼ぶ」
「分かっているなら話が早い。お前の勝機はあと30分と言った所だ」
木星竜はやる気がない。
それは、不可思議竜を含めた全ドラゴンから期待され、そして、それを全て掠め取られたからだ。
白天竜がこの世に生まれてくる確率は、1/不可思議。
それがどれほどの低確率なのかすら理解されないという途方もない絶望の中で、輪廻を宿す木星竜は生を受けた。
不可思議竜様が生ませた子供が真っ白だったそうだ。
なんだと!?では――!!
いや、種族はエンシェント・森・ドラゴン。残念ながら、白天竜ではないが……、それでも、全身の色は白。不可思議竜様の血を多く継いだに違いあるまい。
へぇー、これで竜はもっと繫栄するぞ。ありがたや~ありがたや~~。
不可思議竜は世界各地で子を成し、その度に抱くのは赤子ではなく――、落胆だった。
だが、白柳のような体表に白い花を咲かせたその幼竜は、血の気の失せた不可思議竜の顔を色づかせる程度には、希望に満ち溢れていて。
そうして全ドラゴンの期待を背負いながら成長した木星竜は瞬く間に躍進し惑星竜となり……、ほどなくして生まれた弟に愕然とした。
その弟は、全身が白かった。
自分のような白い花が咲いているだけの贋作ではない、純白の体毛。
紛れも無い、白天竜の証明。
そんな全ドラゴンにとっての希望は、木星竜にとって……。
「ダルダロシア大冥林と同期が完了すれば、分裂が得意なお前とて一瞬で終わる。我を殺し切れぬ――」
「服を着るのに30分も掛かるとか。寝坊すけのリリンサですら、もうちょっと早い。ごはんで釣ればマッハ」
「何の話だ?」
「お前を殺す程度、朝飯前の些事だと言っている」
ゴモラは自重していた。
ダルダロシア大冥林で高火力兵器を使用すれば、ふて寝している木星竜を起こしかねない。
むやみな殺生も同様。
その結果、気分を害された木星竜が戦闘状態に入れば、そのままの意味で生と死を超越した軍勢が完成する。
だからこそ、木星竜が目覚めてしまうまで、ゴモラは足止めに徹すると決めていた。
「《女帝の騎行》ここからは第三ラウンドだよ、ヒャクゴウ」
「人化は良いが、分身を減らしてどうする?それとも、負けた記憶は保存されない便利な脳みそを持っているのか?」
人化しルインズワイズを装備したゴモラが指を鳴らすと、周囲に点在していたアップルルーンが一斉に消失。
転移魔法の残り香の中で、シャラリと深真紅の錫杖が鳴る。
「状況が変わった。今更、お前を殺しても意味ないけど、足止めするには効率が良い」
「そのセリフは我が言いたいのだが、ん?なんだその円盤は?」
「タヌキは古来より、未確認飛行物体と交信してきた。ぴぽぴぽ、獲物発見。きゃとるみーてゅれーしょんを実行する」
未確認飛行物体を更新している時点で、未確認でも何でもないだろ。
というか、どうせタヌキが作った兵器だろ。知ってるぞ。
そんなことをヒャクゴウは思った。
「……。我が臣下よ覚えておけ、タヌキは嘘しか吐かぬ」
目が死んだヒャクゴウの忠告を肯定するように、虎の眷皇種が咆哮を上げる。
一方、ゴモラは一人きり。
まさしく多勢に無勢、その3秒後には多対一、そして、5秒後には一対一となった。
「誰も居ないのに忠告とか。うける」
「……。はぁ、これだからタヌキは嫌いなのだ」
そして、ヒャクゴウは、16匹のゴモラと相対した。
皇を遺してさっさと逝っていた部下へ向けた苦笑を零しながら。
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『リリンサ、皇種の転送は任せて。適度に弱らせておくから容赦なくやるべし』
『分かった。ゴモラも気をつけて』
森に陣取ったリリンサの目の前には、11機の未確認飛行物体が浮遊している。
一機の未確認飛行物体が地面に魔法陣を照らし、残りがそれを取り巻くように渦を巻きながら浮遊。
すでに魔法を仕込み終えているリリンサは魔神の左腕を魔法陣にかざし、その時が来るのを待っている。
『最初は馬の皇、左前脚欠損。権能は《土壌の権能》』
『……初手は氷。足止めして熱による焼却で土壌ごと焼き切る。急激な温度変化は環境を変化させる権能と相性が良い』
『よく分かってる。流石、可愛いうちの子』
2、3、9の未確認飛行物体を三角形に配置。
獲物が転移してきた瞬間、時間差0.5秒で飽和攻撃をする。
『タイミングを合わせて、いくよ、10、9、8、7、6』
『5、4、3、2、1、《にさき》!』
い……、いち
に……、に
さ……、さん
よ……、よん
ご……、ご
ろ……、ろく
な……、なな
は……、はち
き……、きゅう
じ……、じゅう
タヌキ帝王の中でも抜きん出る魔法技術を持つゴモラが開発した省略詠唱、それを便利そうだと思ったリリンサは魔王シリーズと悪食=イーターを駆使することで、疑似的な再現に成功した。
2の未確認飛行物体に仕込まれているのは、ランク9の魔法『氷終王の槍刑』。
刺し貫いた物質の原子活動を停止させ、強制的に-273度へ叩き落とす水系統の大規模殲滅魔法だ。
3と9に仕込まれているのは、風のランク9永久の西風、と炎のランク9荼毘に臥す火之迦具土》。
ただでさえ高い温度の蛇の群れを、最も適した燃焼状態である理想気体で強化。
更に、氷終王の槍刑の中に仕込んでいた可燃性物質と融合させることで、爆発的な超火力を実現する。
「なんてしつこいタヌキだ!このアレイオン様を追い抜こうな……?、あれぇ――・・・…、、。。」
魔法陣から巨大な馬が出現した瞬間、氷終王の槍刑が大地に着弾。
馬の皇種・アレイオンの五脚を巻き込んで凝結した刹那、絶火の蛇が蠢き暴れる『荼毘の球鉢』がその身を覆った。
肉が焼ける匂いさえ、リリンサには届いていない。
そして、遺言どころか断末魔を残す、いや、攻撃されたという認識すら出来ないまま、アレイオンは焼滅した。
「ん、レベル40万ちょいを瞬殺。これで、私は忌むべき変態共よりも強いという事が証明された。よし」
リリンサの脳裏に浮かんでいるのは、自重を捨てたゴモラの必勝戦術。
本来は制限を掛けている情報を躊躇なく公開することで、一切の抵抗を許すことなく皇種を処理する……、もはや、屠殺としか言えない行いだ。
だが、そんなチートスキルを使っていることなど、エアリフェード達には把握しようがない。
そしてリリンサは次の獲物を想像し、ぺろりと舌を舐めた。




