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第5章プロローグ「神が眺めた日常」

「くはははは!やっぱりタヌキには勝てないのかよ!」



 神はただただ白い空間の中、ゆったり座れる革張りのソファーに身を預けながら紅茶を片手に笑っていた。



「いやータヌキのインフレが激しいね!普通そのポジションには物語の中心人物がつくものだけど、もしかしてこの物語の主人公はタヌキだったのか?……斬新過ぎるだろ!」


「なんてね。不安定機構アンバランスが野生動物を主人公にした物語を用意する訳が無いし、主人公は少年ユニクルフィンだろうか。まぁ、昔にはタヌキが敵役として献上された物語も有ったし、そういうのもやぶさかではないんだけどね」


「それにしても、×タヌキにすら勝てないとかホントにユルドの息子なのかよ?……あ。よくよく考えたら間違いなくユルドの息子だな。血は争えないってやつか」



 神は何かに思いあった様子でふむと一人で頷き、おもむろに腕をふるった。



「さて、そういえばこっちはどうなっているのかなっと」



 映し出されているのは屈強な男と、褐色肌のか細い少女。

 百戦錬磨の英雄ユルドルードとその追っかけ、ナユ。


 二人は丸いテーブルにつき何やら楽しげに会話をしていた。

 もっとも、笑っているのはナユだけで、ユルドルードは苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「ん、こっちも日常回なのかな?まぁいいや、こっちはこっちで面白そうな事になってるし、見とくに限るね!」



 **********



「の―ユルドよ。誰か待っとるのか?……は!もしかして、女か!?」

「違うからな?……残念ながらじじぃだよ」


「そうなのかの。一瞬、わっしというものがありながら別の女をこさえたのかとヒヤヒヤしたぞ!」

「……そのまま凍えてしまえばいいのに」


「辛辣じゃのぉ!ま、わっしあいてに毒を吐けるものなぞ、この世界に5匹も残っておらんから新鮮ではあるがの!くくく!」

「なぁ、俺が何しても喜ぶのやめてくれない?」


「だって惚れた男とのふれあいじゃ!喜ぶにきまっとるじゃの!」

「はぁ……」



 ユルドル―ドは大きなため息をつくと、吐き出した空気の代わりに酒をあおった。

 ごくごくと喉を鳴らし、ジョッキになみなみと注がれていたビールがあっという間に飲み込まれてゆく。

 ユルドルードは、この目の前に座る”神が遣わした大厄災”を素面で相手するのは面倒だと判断し、さっさと酔ってしまおうと行動に移していたのだ。


 だが、その目論見はなかなか達成されことはなく、空のジョッキが20を超えた頃になってようやくほろ酔いになった程度。

 そして、せっかくのほろ酔いも、ナユの放った爆弾発言で吹き飛ばされてしまった。



「そういやお前さんの息子は、旅を始めるみたいじゃの。東に向かっておるらしいが」

「……おい。何でそんな事を知ってるんだ?……まさか」


「何を思いついたかは分からんが、なんて事は無いの。前に言ったじゃろ。『タヌキを10匹贈り付けてやろうか』と」

「やっぱりかッ!……俺は言ったよな?迷惑だからやめろって」


「確かに言っておったが、わっしが聞いてやる道理も無し。残念じゃったのぉー、わっしとお前さんは赤の他人。もしこれがつがいにでもなっておったら違ったんじゃがの!」

「くそがッ!おい、どんな奴を送った?危害を加えてねぇだろうな!?」


「くくく、そりゃあもうわっしの愛するお前さんの子等に尾行つけるのじゃ。選りすぐりのタヌキを送りだしたぞ?『将軍ジェネラル』8匹と『帝王カイゼル』2匹じゃ!!」

「かいぜッ!!……。どっこっらせ、っと」


「おい、どうして立つのじゃ?」



 ユルドルードは少しだけ残っていた酒を飲み干すと、おもむろに立ち上がり傍らの剣を手に取った。

 どうみても食事を終えて帰宅するような格好。

 目的の待ち人が未だ姿を現していないのにもかかわらず、まるで急用が出来たかのようだった。



「いやなに、たいしたことじゃねぇんだ。ただ、カワイイ我が子の近くに害獣が出るてんでな、ちょこら追っ払ってこようかと」

「なにっ?それは大変じゃな!じゃがの、その害獣とやらはとても強いからガチ装備で行くのじゃぞ?なにせあ奴らは”超古代を知るタヌキ”『ソドム』と『ゴモラ』じゃ。ナメてかかると痛い目を見るぞ」


「そどっ!?……よっこいせっと。あ、店員さーん!ビールもう一杯!」

「ふむ?どうしたのじゃ?」


「どうした?じゃねぇんだけどッ!!? えっ?なんだってソドムゴモラ?古代に滅びた大都市の名がなんで今出てくるッ!?」

「正確には、滅びたじゃなくて奪われたが正解じゃの。……タヌキに」


「あ"ーも"ー全部話せ!どーせお前の暇つぶしなんだろ!?」

「それもあるがの。ま、簡単に言うとな。安心して暮らせる楽園が欲しいとおねだりされたのじゃ。で、面倒だったわっしは欲しいなら自分で取ってくれば良いと許可を出した。するとどうだろうか。上から数えて10番目までのタヌキが全世界から集結し、タヌキ軍団アーミーを結成。当時、世界の中心と呼ばれていた『枢機魔導霊王国・ソドムゴモラ』に攻め入った訳じゃ」


「まさかの世界規模ッ!?」

「うむ、見ごたえあったのう。なにせ人間側の必死の抵抗でド級の魔法が次々飛び出し、軍を率いていたタヌキ帝王カイゼルも次々に死んでいった。残ったのはたったの数匹だけじゃがの、タヌキは見事勝利を獲得したのじゃ。そして、その生き残りの双子のタヌキ帝王カイゼルに『ソドム』と『ゴモラ』と名付け、栄誉と栄光を授けたという訳じゃの!!」


「超魔法大国と呼ばれたソドムゴモラの滅亡の原因がタヌキだったとか……。笑えねぇ」

「少なくとも神は笑っていたから良しとするがいいじゃの!あ、店員さ―ん!わっしにもビール一つ!」



 えっ!?と目をむく店員を他所に、ナユタはコロコロと笑っていた。

 この少女は何よりも他者を驚かす事が大好き。

 他人の不幸でご飯がうまいとは常々言っているほどだった。


 その理不尽に晒され続けたこの英雄ユルドルードは疲れ切っている。

 なにせこれは精神攻撃のたぐい。

 いかに世界最強の人類の名を欲しいままにしていようとも、永き時を生き続けた本物の強者の戯れの前には、翻弄されるばかりなのだ。



「ユニクが思いのほか、やべぇ状況にいる事は分った。だからこそ聞かずにはいられないんだが、ユニクやリリンちゃんに危害を加えてないよな?」

「ふむ。戦いを挑んだみたいじゃの」


「こうしちゃいられねぇッッッ!!今助けにいくぞ!ユニク!!!」

「落ち着け。戦ったのは若い将軍ジェネラルじゃ。見どころ有るというんで『ソドム』が連れている子なのじゃが、どうやら将軍は敗北したようじゃの。ほれ、これがレポートじゃ」


「見せろ!ふむ、なになに……?……な・ん・だ・こ・れ・はッ!?」



 ざっとレポートに目を通し終わったユルドルードは、現在の息子の近況を知り呆然としていた。


 そこに書かれていたのは、まさにコメディ。

 二つの視点で描かれたタヌキとユニクの壮大な戦闘描写。ユルドルードにとっては、まさに低レベルすぎる戦いで予想の範囲を大きく下回っていたのだ。

 ユニクルフィンが記憶を失い大きく弱体化したと分かってはいても、野生のたかがレベル5万のタヌキに後れを取るとは思ってもいなかった。


 その綴られていた報告をもう一度ゆっくり読みなおし、間違いがないか確認した後には、いくつかの感情がユルドルードの中に込み上げてくる。


 安堵したような、情けないような。

 勝利を喜ぶべきか、禍根を残した事を嘆くべきか。


 様々な感情が湧き出てくる中、すっとある言葉が口から漏れ出た。



「あぁ、ユニク。お前が苦労しているのは俺に原因があるんだ。タヌキ一匹追い払えない不甲斐無い父親で、ごめんな」

「ほれ、悲しむでない。慰めてやるから近くに来るがよいの!」


「お前のせいなんだけどッ!!?」



 まったく……。そう呟いてユルドルードはジョッキを煽る。

 しかし、中身は入っておらず、ガラスに付いていた水滴だけがポタリと落ちるだけだった。

 あぁ忌々しい。追加のビールはまだか。

 そう心の中で唱えるが、一向に店員が現れる気配がない。


 事実、そのテーブルに近寄って来たのは店員などではなく、飄々とした雰囲気の老爺だった。



「ふむ、待たせたか?ユルドよ。だが珍しいのう。お前が酒場で素面だとは」

「うっせぇよ、じじぃ。コイツのせいで酔いが覚めちまったんだつーの!!」


……つづきます。

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