第87話「人狼狐・夜の襲撃 チィーランピンVS魔王フェチ④」
「理由だと?馬鹿め、お前を殺すために決まっている。だよな?友よ」
沈黙を返したラグナガルムの代わりに答えたのは、肉体の損壊を癒していくチィーランピン。
ちぎれる一歩手前だった首も、骨、血管、筋と再生し、残すは毛皮のみだ。
「さぁ、ラグナガルムよ。その女と男を取り押さえろ。生きたまま皮を溶かし、同じ苦しみを味合わせてやらねば気が済まぬ」
「何をするつもりだ?」
「角端で命を繋ぎながら、地獄を味合わせてやるのよ。少しずつ少しずつ生肉を噛んでは癒しを繰り返してな」
にぃ……と嗤うチィーランピンの表情、いや、その全身が黒ずみ始めた。
にじみ出るような濃密な殺意と魔力、それを読み取った悪食=イーターが無謀な戦況を試算する。
逃亡成功率……、0.8%。
亜光速で移動するラグナガルムに追いつかれ捕縛、チィーランピンの五色の権能・索冥の金属汚染により魔王シリーズを破壊されたのち、抵抗力を奪われて死亡。
戦闘継続後の勝率……、1.1%。
戦闘の意思を見せた瞬間、ラグナガルムがアストロズを殺害。
2対1の状況となり、成すすべなく敗北。
応援要請後の勝率……、8%
現時点でのソドム・ゴモラは要請に応じない。
セフィナの介入の可能性は99%、ただし、超音速程度の機動力しか持たないアップルルーンが間に合う可能性は5%にも満たない。
幾つもの手段を考察し、その殆どにおいて、光速で移動するラグナガルムが障害となった。
魔王シリーズの駆動速度は超音速程度しかなく、真理究明の悪食=イーターによる未来予知と組み合わせることで、格上への対応が可能になるという仕組みだ。
だが、光速で移動する敵に距離を詰められている以上、取れる手段は数える程となっている。
だからこそリリンサは、直観に従ってラグナガルムの返答を待っている。
「理由を……、チィーランピンの横に立った理由を教えて欲しい」と。
「よぉし、休憩はこんなもので良いだろう。ラグナガルム、女の四肢を折れ。タヌキ共が戻ってくる前に担いで移動するぞ」
「一つ聞くが……、リリンサを最終的にどうするつもりだ?」
「殺す。このチィーランピンに盾突いたのだからな」
「そうか。それは残念だ」
すーー、と息を殺し、気配を殺し、姿までも殺す。
不可視となったラグナガルムは音もなく移動し、命を噛み砕く牙を――、チィーランピンの首筋へ差し込んだ。
「なっ……、かっ……」
ゴロン。と首が大地に転がり、眼球のみが上を向く。
傲慢の使徒の終わりはあっけなく、友の手によって突き付けられて。
「もう休め、チィーランピン。こんな寂しさは、何度も体験するものではない」
ラグナガルムが咥えているのは、チィーランピンに根付いていた命の権能。
それは、永きに渡り命を繋ぎ止めていた楔、永遠の孤独を理解し、幾度となく命を絶とうと思う心を留まらせた、傲慢。
そして、他者を見下すその感情を失ったチィーランピンは、虚ろな瞳でたった一つの遺言を残した。
「あぁ……、友よ」
姿を現したラグナガルムはチィーランピンの首を咥え、体のすぐ横に置いた。
数千年の時を生きた偉大なる皇へ向けて、最期の礼を尽くすために。
「ラグナガルム。私を助けるように、あなたに命じたのは誰?」
リリンサには分かっていた、ラグナガルムから殺意を向けられていないこと。
今の、そして、これからの行動がラグナガルムの本意ではないことも。
「……ワルトナだ」
「そう。なら、私と一緒に行動して欲しい」
「そうするとしよう。その方が互いの為というものだ」
「そういえば、まだお礼を言っていなかった。ありがとう、とても助かった」
ラグナガルムの真意は分からない。
だが、悪食=イーターも、私の直感も、100%の確率で無色の悪意を持っていると判断している。
ラグナガルムは、闘技場でユニクに殺されていない。
ダルダロシア大冥林に出入りしていることを考えても、持っていない方が不自然。
重要なのは、『無色の悪意を持つ=金鳳花の意思』ではないということ。
無色の悪意はあくまでも、その所持者の欲求を加速させる役割しかなく、必ずしも敵であるとは限らない。
心の底からワルトナの事を慕っていて、その承認欲求を満たすためにお願いを聞いているという可能性だってある。
……これが楽観視だというのも分かってる。
だけど……。
「ボディフェチ、ベアトリクスに加勢に行く。ラグナガルムもついて来て!」
「おう」
「あぁ」
終わったことに対して悩んでいる暇はない。
チィーランピンとの戦闘は、メインストーリーとは関係のない、ただのオマケのようなものでしかないのだから。




