第4章幕間「リリンサの手記4」
7の月、28の日。ユニクと出会って1か月が経ちそう。
今日はユニクと、デートに出かけた。
……うん。ユニクも前にデートと言っていた、だからデート。
お互いにデートと言っているのだから名実ともにデートだと思う。というかそうなりたい。
せっかくの買い物、どうせならと拠点にしているアルテロではなく、セカンダルフォートに出向く。
そして馬車での移動中、ユニクに私のレベルについて聞かれてしまった。
いつかはバレると覚悟していたけれど、いざその時が来ると困ってしまう。
結局、正確なレベルは隠したままにしてしまった。
そもそも、この警告用のレベル"48471"ですら、ユニクは委縮してしまっている気がする。
なのでこれ以上ユニクとの距離を開ける訳にはいかない。
速やかに親密になる必要がある私にとってはレベルを公表しても良い事がなさそうなので、もうしばらく隠しておこうと思う。
……ちなみに、ユニクと初夜(寝ただけ)をした時に上がったレベルの事をも白状させられた。
恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。
その後、段々と収まって来た時に、今度は手を握られ、また火が出るかと思った。
多段攻撃とはユニクも中々やると思う。
そして、ユニクの基礎装備を揃える為に、私行き付けのお店ウリカウ総合商館でお買いものをした。
ユニクは鎧の値段に驚いていたけれど、2000万エドロで買えたのならお得だったと思う。
最初の装備は割とおためし、ある程度の期間を使って自分の好みを確定させるための試金石にする為のものだし、次は特注の鎧を購入しようと思う。
予算は1億エドロくらい?準備しておこう。
そして、気まぐれに行った書店で『英雄ホーライ伝説』の21巻を手に入れた。
ユニクが見つけてくれたという事も相まって、思わず飛びついてしまった。
顔から火が出るかと思ったのは本日3度目。
最後に不安定機構に寄って面白い依頼が無いか見てみた。
結果的に言えば面白い依頼はあった。
『鳶色鳥』の捕獲。
ぐるぐるげっげ―と鳴くこの鳥は、冒険者時代にレジェとワルトナのお気に入りだった鳥だ。
北の方の深い森に生息していた鳶色鳥は鳴き真似をすると簡単に近寄ってくる。
みんなで鳴いておびき寄せて、そして、ホロビノに捕まり捕食されていた。
準備要らずで非常に便利。
ユニクに鳴き真似を教えたら思いのほか上手で驚いた。これなら直ぐに捕まるのではと思ったけど、今日は捕まらなかった。
明日はもっと広範囲を探そうかと思ったけど、ユニクが明日はゆっくりしていていいと。
なんでもホーライ伝説を買ったから気をきかしてくれたらしい。
やはりユニクは分っている。
読書家として至福の時間は誰にも邪魔されたくないもの。ここは素直に甘えてホーライ伝説の読了に専念したいと思う。
すごく楽しみ!
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7の月、29の日。ユニクと出会って1か月が経ちそう。
今日は色んな事があった。
私の人生の中でも、特別に凄い事がたて続けにあって、もうどうにかなってしまいそう。
まずは、いきなりの衝撃、ホーライ伝説の完結。
まったく予想していなかったことに、読了後の晴れやかな気持ちは何処かに消えて、ただ悲しいという感情のみが残った。
思わず涙がこぼれて、途方に暮れてしまったと思う。
ホーライ伝説は私の憧れ。幼い時から身近にあってそして、この本と共に人生を歩んできた。
出会ったことの無い英雄の実子ユニクルフィンとは如何様な人物なのか。
この本を読みながら想像するのもユニクに出会う前の楽しみの一つだった。
しかし、突然の完結。
最新の英雄ユルドルードの物語まで語りつくした訳だから仕方がない事とはいえ、相当にショックだった。
これは気持ちの整理もかねて、ユニクに地獄の対人戦訓練でも仕掛けようかと思った矢先、ユニクが帰ってきてトンデモナイ事を言い出した。
本日二つ目の衝撃。ユニクが私にプレゼントをくれるという。
これには私の中にあった悲しみの感情すらも吹き飛んで、嬉しすぎて思考が固まりかけた。
だけど、冷静になって考えてみれば、プレゼントといえど何が出てくるか分からない。
ユニクは旅の支度金としていくらかのお金を貰ったと言っていたけど、それほど多くない様子。なにせ昨日は鎧の値段にビビっていたくらい。
なので、何が出てきても喜ぼうと前向きに身構えたら、これまたトンデモナイものが出てきた。
ブローチと指輪。
……指輪に対しては特に意味は無いと言われガッカリしたが、そんな事は一瞬で忘れた。
なにせ、提示されたブローチと指輪があり得ないくらいに輝いている。
どうみても高級品。
というか、レジェが気合いを入れておめかししている時につける宝石やアクセサリーと同等以上に綺麗。
一瞬、よくない思考が頭をよぎる。
脅迫強盗。
心無き魔人達の統括者時代にレジェやワルトナが敵の命と引き換えに金品を強奪していた光景が頭に浮かんでくる。
もしやと思いユニクに聞いてみたら、ちゃんと買ってきたと領収書を見してくれた。
安心したものの、納得も出来ずに困惑していると、これまた、もしかしたら私の人生でもトップ5に入るかもしれないくらいの衝撃が飛び込んできた。
ユニクは、ブローチと指輪はライコウ古道具店で購入したと言った。
ライコウ古道具店はいわずもがな、英雄ホーライの直売店であり、街中で気軽に出会うなんて事はありえない。
まさに奇跡。
ホーライ伝説の中で何度か語られているように、ホーライは気にいった人間に格安で宝具を授ける。
もしかしたら、これは偶然ではなく、ユニクルフィンにわざわざ宝具を授ける為に出向いてきたのかもしれない。
そんなお店に私は足を踏み入れた。
そこには本の情景のままに乱雑に置かれた数々の魔導具。
一目見て凄い価値がありそうなものも、よく分からないものもあったけど、全部ホーライ所縁の品。
この店は私にとって天国のようだった。
そして、お店の中には一人の店員さんがいて、なんとその人は英雄ホーライの直弟子、英雄ローレライだと名乗った。
私はこの日、人生で初めて英雄を名乗る人と出会ったことになる。
その雰囲気は表面上は気さくなお姉さんみたいで、でも、その挙手一動に隙が見当たらない。
戦闘になったとしたら、今の私では勝てないと思う。
それを体現するように、『魔法次元乗』という初めて聞く魔法を使って見せてくれた。
これはおそらく魔導師の私に対するサービス。
通常自分の手の内がバレるような事はしない。にもかかわらず、初対面の私に対して至高の極致にある様な魔法を簡単に見せてくれた。
凄すぎてなんだか分からなかったけど、とりあえずそういう魔法がある事は分った。あとでワルトナの所で調べようと思う。
私にとって夢のような時間は直ぐに過ぎ、別れの時間となった。
そして、片づけをしたご褒美にサラマンドラの火杯を貰った。
なんて太っ腹なのだろう。
この火杯は英雄ホーライ伝説を呼んだことある人ならだれもが憧れる一品。もし売っていたら10億エドロだとしても迷わず購入するくらい素晴らしいもの。
それを、英雄ローレライから直接授けられた。これほど身に余る光栄は無いと思う。
……この火杯に比べたら、レジェの出す恩賞など塵に等しいレベル。いや、比べるのすら失礼にあたる。
こうして、今日は色々な事があった。
最後の最後に、ユニクからも、感謝の気持ちとしてブローチと指輪が贈られた。
思わず”好き”と告白してしまったけれど、どうやらあまり伝わらなかったみたい。
……今は、”感謝の気持ち”でもいい。
だけど、いずれは”感謝”ではなく、”親愛”の証としてプレゼントを贈り合う間柄になりたい。
その為には相当の努力をしなくてはいけないと思う。
けれど、絶対に実現させてみせる。
今日贈られた指輪を、お互いの指にはめられるように頑張りたい。
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7の月、30の日。ユニクと出会って1か月が経った。
……ユニクが全然、襲ってくれない。
…………。
ことの発端はレジェに男性を誘惑する方法を聞いた時の事だった。
「いい?リリン。男性に甘えたい時はねぇ、寝衣を選んでもらうのよ。そうすればお披露目すると言って自然な流れで部屋に連れ込んで、後はもう身を任せるだけでいいのぉ」
「身を任せる?それはどうすれば……」
「そうねぇ。モジモジしながらズボンに手――あいたぁ!」
「教育に悪いからそう言う事は教えなくて良いの!」
「カミナぁ。これはぁ大事な事なのよぉ?リリンが売れ残っても良いって言うのぉ?」
「リリンで遊んでいるだけでしょ!もう!!」
思い出してみても、肝心なところが分からない。
一応分かる範囲で実行に移したというのに全然進展しないし。
そも、ユニクに寝衣を選んで欲しいとお願いしたらユニクが選んだのは子供服だった。
レジェの話では出来るだけ薄くてスケスケで、やわらかーいフリルのいっぱい付いた奴ならなおのこと良しと言っていた気がする。
これは失敗?と諦めかけた時、私はユニクの真意に気が付いた。
パジャマのラインナップの中にはタヌキが紛れていた。
そう、ユニクはタヌキに並みならぬ情熱を注いでいる。
出会うたびに心の底から嬉しそうな雄叫びをあげ、熱い戦いを繰り広げている。見ていて楽しい。
そして、なるほど、と思った。
レジェが言うには、「男性はベットの上ではケダモノよぉ。女の子は獲物でしかないのぉ」と言っていた。
つまり、ユニクは私にタヌキの恰好をさせ、ベットの上で襲うつもりなのだ、と理解した。
ならばこうしてはいられない。
直ぐに視線だけでタヌキパジャマの性能を見定め、ウリカウに当たり前の質問を投げかける。
そして、自然な流れでタヌキパジャマをゲット。
ユニクの思惑に知らない振りして乗ってあげた。
これでユニクとの仲が一気に進展出来ると確信に満ちていた。のに……。
もう三日も立つのに、一向に襲ってこようとしない。
今も私の横で気持ちよさそうに寝ている。
正直、腹立たしいので、今日もいたずらをしようと思う。
ユニクの耳元で「う”ぎぃ」と囁くと、30分くらいユニクがうなされる。これで少しは反省して欲しい。
さて、今日は今日で面倒な事が起こった。
どうやら私は暗劇部員から恨みを買っているっぽい。
雑魚盗賊をけしかけられ、返り討ちにして手に入れた情報では相手は二人組の女。
片方は星魔法使いで、決して油断できない。
ここで少し整理する。
よくよく考えてみたら、私と接触した暗劇部員で星魔法を使う人なんていただろうか?
結構な難易度のハズの星魔法は派手で一度見たら忘れない。
使うとしたら当然切り札だろうけど、私がボコッた人たちは全力を出していたと思うし、実力を隠せるほど実力がある人はそもそも私と対立していない。
ユニクには混乱させてしまうので話さない方がいいと思うけど、暗劇部員という大前提が間違っている可能性も考えなくては。
まぁ、どちらにせよやる事は同じで敵を見つけ捕獲。その後レジェンダリア行き。
ようは私が力負けしなければいいだけの話。
だったら、えげつない手段でも何でも使おう。……ユニクに嫌われない程度に。
容赦はしない。慈悲も無い。
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「ふぅ。」
リリンサはいつもの日課の日記帳を読み返し、ここ最近の出来事と抱いた感情を思い出していた。
突然の家族の死から約6年。
様々な想いと努力を重ねて、ようやく手に入れた幸せ。
この日記に綴られてきた日々は、見えない光を闇雲に探し求めるようなもの。
だが突然にリリンサの目標は目に見える形で姿を現した。
あと少し。あと少し頑張れば神託も完了するだろう。
そうすれば、亡くなった家族に幸せになれたと報告が出来る。
その日が近づいてきているのを肌で感じながら、リリンサは想いの内を呟いた。
「ねぇ、ユニク。私はね、あなたの事が好き。ずっとずっと、好きだった。この思いが芽生えたのはいつの事だか分からなくなってしまったけれど、これからはもう変わる事は無い。……これくらい素直に言えたら良いのにね」
「……お……う」
「えっ!?」
突然の返答。
自分の横で寝ていたと思っていたユニクルフィンから、予想外の言葉が帰って来たのだ。
ただの呟きのつもりだったリリンサは狼狽し、言葉に詰まってしまった。
そして……。
「おのれ。たぬきめ……。」
「…………。」
はぁ。
リリンサは自分の中に抱いた感情を、たっぷりとため息に載せ吐き出した後、気配を消して、寝息を立てているユニクの耳元にそっと顔を寄せた。
「……う”ぎぃ」
「う、うあぁぁ」
「……う”ぎぃーう”ぎぃー」
「うぁぁ。やめ……やめろぉ……」
「むぅ。タヌキばっかりじゃなくて私も構ってほしい。……もう、寝てしまおう」
少女は、ほんの少しだけ頬を膨らませながらもシーツに身をくるませベットに身を任せる。
横でうなされ始めたユニクルフィンの寝言を聞きながら、明日以降の冒険に想いを馳せて。