第76話「人狼狐・夜の襲撃 ロリコン・フェチ・オタク⑧」
「皇種を食べ……、いや、そもそも、その名前、どこかで……」
アプリコットさん、ダウナフィアさん、あなた達は一体、何しているのですか……?
そんなにも血相を変えるほど追い詰められるなんて、気になって仕方がありませんよ。
……すまないね、エアリフェード。詳しくは語れないんだが……、ヴィクトリアという名の少女を探しているんだ。
「もしや、この子があなたの言っていた……」
「あん?ウチなんか言ったっけ?酒が美味くて覚えてねーナー」
エアリフェードの脳裏の浮かんだ、懐かしい記憶。
それは尊敬する先輩達のくすんだ微笑み。
愛想と拒絶が入り混じったその顔を、エアリフェードは忘れることは出来ない。
「……シーライン、どんな要望をされたとしても必ず受け入れて下さい」
『あ?』
「私がそちらに行くまで絶対に敵対してはなりません。たとえ命を差し出せと言われたとしても、そのようにしてください」
『そいつぁ……』
「ふっ、相手はロリですよ。本望でしょう、そういうの」
エアリフェードの目の前に存在する選択肢は二つ。
一つは、麒麟の皇・チィーランピンの対処。
会敵してからすでに数分が経っているのにも関わらず、アストロズは無事。
ならばこそ、積極的な加害性が無い内に二人掛かりで逃亡を図りたい。
もう一つは、ヴィクトリアとの接触。
アプリコット、ダウナフィア、そして英雄ユルドルードが探していた少女がどんな存在なのかを、エアリフェードは知らされていない。
だが、彼らの目的が『大切な何か』だったことは理解している。
どちらか一つを選ばなければならない。
そして、エアリフェードは判断を下した。
「アストロズ、チィーランピンの対処は任せます。好きなようにおやりなさい」
『俺にも死ねって言ってるってことで良いんだよなァ?しかも、こっちはロリじゃねぇ』
「ですね。ですが問題ないでしょう、あなた好みの子が向かいましたから」
『あン?』
「好きでしたよね、特撮ヒーロー。感想は生きて会った時にでも」
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「ふー。チィーランピン様とでも呼んどくか。俺様に何の用だ?」
エアリフェードの意味の分からない戯言を聞いてから、さらに1分が経ている。
無言で視線を交わし合うのも、そろそろ飽きた。
そうして、アストロズは目の前のレベル999999へ話しかけたのだ。
「それはこちらのセリフだ、森に何の用だ」
体長3m、体高2m。
黄金に輝く馬のようなその姿に、アストロズは見惚れている。
溢れた才能を使い人類の最先端に立った彼にとって、動物を見て可愛いと思うことはあっても、畏敬を抱くことはない。
それこそ、幾億蛇峰アマタノを見た時ですら、どう倒してやろうかという考察しか湧かなかった。
だが、今は違う。
アストロズは理解させられたのだ、”戦いにならない”と。
「ミリオン……、って言うんだったか?そのレベル」
「答えになってないが?」
「戦いたくねぇなぁと思ってよ。俺様は戦闘が目的じゃねぇんだ」
「モリブンデンデスワームを殺しておいてか?」
意思の疎通が可能、その事実にアストロズは胸を撫でおろした。
だが、他種族の皇を殺害したという事実は消えていない。
「俺様は人類の守護者……、まぁ、眷皇種みたいなもんでよ。森に異変があるって言うから見にくりゃ、結界が壊れてると来た」
「壊れている?壊したではなく?」
「直してる途中なんだよ。だが、モリブデンデスワームはそれを邪魔した、その魔道具を壊してな」
「だから排したと?」
皇種の領域侵犯は侵略として扱われる。
だから先ほどの戦闘は正当防衛だというのが、アストロズの主張だ。
そして、それはダルダロシア大冥林のルールと一致する。
皇種の領域侵犯=侵略であり、殺されても文句は言えない。
皇の交代が発生した場合は、次代の皇によって何らかの償いが支払われることすらある。
そんなルールは、チィーランピンには関係ない。
本当に一握りの、『億』を超えし階級を持つ者にとって、弱者の定めたルールなど覚える価値のない些事でしかない。
「エイワズニール、モリブデンデスワーム、タングニョルニル、あぁ……、なんていう日だ。3体もの私の友が亡くなってしまうなんて」
「友だと、麒麟であるお前のか?」
「私は友が少ない、麒麟という種は滅んでいる。だから、友と呼べるのは同じ皇だけだ」
「友ねぇ。聞いて良いか?皇を殺したっつう話は、何かの間違いか?」
エアリフェードとアルミラユエトの会話は、アストロズにも聞こえている。
5匹の皇種を瞬殺、それも乱戦中に一方的に。
そんな虐殺ともいうべき行いの相手を友と呼ぶ、そこに違和感を感じた。
「殺すつもりなどなかった、争いを止めようとしただけだ」
「そりゃ無理な言い分だぜ、殺すつもりじゃなければ皇種なんて傷つけられる訳がねぇ」
「それは弱いからだ。友が。お前は爪の先ほどもない小さな命を傷つけることなく摘まめるのか?」
「んー、確かにそりゃ難しいかもしれねぇな」
言われて見れば、虫をやさしく摘まみ上げて逃がすなどしたことがない。
1mm以下の羽虫なら尚更……、肉体操作に長けているアストロズはそれをイメージし、見事に潰してしまう自分に苦笑した。
「ならよ、俺様が友になってやろうか?」
「ほぉ?」
「その友を止めようとした蹴りって奴を俺様に打ってみろ。生き残れたら、友達で良いだろ?」
「面白い。確かに私の蹴りに耐えられるのなら、友と呼べるやもしれん。耐えれれば、だがな」
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「う”ぃぎるっ!!」
「急いだ方が良い?それはなぜ?」
アップルルーンを操縦するセフィナの頭の上でゴモラが鳴いた。
そして、操縦席の後ろで魔王シリーズを使い索敵していたリリンサが、最大級の警戒を抱きながら質問を返す。
「う”ぃーらんヴぃー、……あいつは、とても性格が悪い。余裕でソドム以上」
私が人語を話さないのは、面倒だから。
不思議がられるのも面倒だし、キャラ作るの面倒だし、嫌われるのも面倒だし。
そんな理由から、ゴモラは人語を話さない。
リンサベル家の人間にすら、悪食=イーターを与えた上で『勝手に理解して』という筋金入りだ。
だからこそ、人語で放たれたゴモラの警告は……、ソドムですら毛を逆立たせる緊急事態。




