第75話「人狼狐・夜の襲撃 ロリコン・フェチ・オタク⑦」
「アストロズ、シーライン共に、ヘカトンヘケトとガネシュガンパへ想定通りの対処。……これは、無色の悪意の関与を否定して良さそうですね」
超越者であり、大聖母ノウィン直下の組織、『超常安定化』にも在籍しているエアリフェードが最優先に設定した行動、それは、無色の悪意の関与の調査だった。
彼らの身の潔白を証明は、この局面を乗り切るために必須事項。
そしてエアリフェードは、両者ともに無色の悪意を持っていないと判断した。
無色の悪意が欲求を増幅させた結果として現れるのは、大きく分けて7種類。
憤怒、怠惰、傲慢、暴食、嫉妬、色欲、強欲。
今回の状況に当て嵌めた場合、リリンサやエアリフェードと同じ超越者になることを望む嫉妬や強欲、自身の生存を最優先させる怠惰などが見られないかを確認していた。
だが、アストロズとシーラインは共に皇種を殺すことなく、結界の保持という、エアリフェードの指示通りの行動を起こした。
無色の悪意に汚染されていた場合は思考が短絡化し想定外の行動を起こすが、エアリフェードは意図的に手を抜き、そうなりやすい状況を作って確かめたのだ。
「きゅっぷぃ……、なー、あいつらって英雄なん?」
「アルミラユエトさん?いえ、違いますよ。レベルも99999ですし」
「そーなん?ヘカトンヘケトを筋肉だるまに勧めたのはウチだけどさぁ、簡単にあしらうとは思わないじゃん?」
エアリフェードは、晦瞑刻限・夜叉月見尊で共有している五感を魔法で可視化させ、それをアルミラユエトに見せている。
それは、兎の皇の信用を得る為ともう一つ、出現した皇種の情報を得る為。
そして、無色の悪意の調査と並行させた策謀は、期待通りの結果を出した。
「実力的には申し分ないとは思いますがね、彼らは超越者の狡猾さを知りません。ダルダロシア大冥林の外周が比較的弱い皇種の縄張りなのも、追い出されたからでしょう?」
「まーなー。ウチら皇にとって最も警戒すべき生物は人間なんよ。なにせ、皇種交代の原因の半分以上が人間による加害だからなー」
「自意識過剰で申し訳ございません、人は臆病でして」
「けっ、そんなマジ狂った奴らの防波堤なんざ、好き好んでやらねーって話だわな」
実は、エアリフェードはダルダロシア大冥林に住む皇種の縄張り分布図を所持している。
ユルドルードとアプリコットによって製作された物を個人的に融通されたものであり、大聖母ノウィンより秘匿命令が出ている重要機密だ。
「っと、出てきちゃったか、モリブデンデスワーム。こいつなー」
「何か知っているのですか?」
「地面の下でこそこそしてんのが気に食わねー。結界が無ければ縄張りを広げられるのにってぼやいてるけど、今ですらウチの5倍はあっからな、縄張り」
「結界を憎んでいる……?まずいですね」
何気なく呟かれたモリブデンデスワームの考えに、エアリフェードは戦慄した。
それは、現在の状況を根底から崩壊しかねない最悪の懸念。
皇種の狙いが恐怖結界の突破ではなく、『破壊』となった場合、事態が修復不可能に陥ると理解したのだ。
「予備の魔力ブースターは10個、緊急時には直接ぶつける弾丸として使用するつもりでしたが……」
仲間を疑う状況であっても、見捨てはしない。
それがエアリフェードの判断であり、そうするための対策も秘かに準備していた。
二人へ指示しているように、恐怖結界に接触させれば『勝ち』だ。
故に、エアリフェードは恐怖結界を仕込んだ魔力ブースターを転移可能状態で五十一音秘匿内に保管。
対処不能な皇種の出現、もしくは、二人が無色の悪意に汚染されていた場合は転送してぶつけ、ダルダロシア大冥林の内部へ移動させる算段を付けていたのだ。
『んなっ、こいつ、魔力ブースターを吹っ飛ばしやがったッ!?』
そして、エアリフェードの懸念が実現した。
モリブデンデスワームが魔力ブースターを吹き飛ばし、恐怖結界の伝達が途切れたのだ。
「アストロズ!!代わりのブースターを送ります、所定の位置に設置してください!!」
『ちぃ、仕事を増やしてんじゃねェぞ、クソワームがァァ!!』
叫ぶアストロズへ、否定の言葉を掛けることは出来ない。
相手は皇種、集中力を欠けば敗北が必然。
故に、魔力ブースターの設置を優先しろと言えないのだ。
「アルミラユエトさん、足の速い皇種を可能な限り教えてください」
「あん?早いっつったって、どんくれぇよ」
「音速以上で5分以上走り続けられる者です」
魔力ブースターの接続が切れたことで五十一音秘匿による隠蔽も消失、恐怖結界の異常発生が周知されてしまった。
そして、その空白ポイントは魔力ブースターを伝わって移動し、感づいた皇種がそこに殺到することになる。
それらの皇種が他の縄張りを潜り抜けて結界にたどり着ける分岐点、それが『音速で5分以上走り続けられる者』なのだ。
「つーと限られてくるが……、月狼皇・ラグナガルム、金不朽麒・チィーランピン、白虎皇・ヒャクゴウ、幻鏡豹皇・アステカトリポカに……」
「……。その中で、一番強いのは?」
「チィーランピン、じゃねーか?」
「そうですか。まったく……、あなたの運の悪さにはうんざりしますね、アストロズ」
エアリフェードが写している映像に、金色の麒麟が映し出された。
それは、映像越しで見たのにもかかわらず平伏したくなるような、濃密な威厳にあふれている。
―レベル999999―
幾億蛇峰アマタノと同格の可能性すらある、未曽有の化物だ。
「報酬は惜しみません、知っている情報を全て教えてください」
「つってもなー、1000年は絶対に生きてる。もしかしたら2000かもしれねぇし、3000かもしれねぇ」
「出生時期が不明、どうして分かったのですか?」
「1000年くらい前の兎の皇が、チィーランピンにやられてる」
「戦闘のデータがあるのですか!?」
「いや……、五匹の皇が殺し合いをしている最中に乱入、おそらく、全員を瞬殺した。兎の皇が殺されたのは4番目だが、その後に五種族の皇種の世代交代が起こってる」
「どう瞬殺したのですか?」
「どうって……、蹴り殺されたんだよ」
情報収集の結果、強いという事しか分からない。
だが、結界の消失を狙ってきたという事は、恐怖結界が有効なのは確定。
対処方法を検討しつつ、アストロズへ下す指示は――、対話だ。
「アストロズ、戦っても勝ち目はありません。どうにか見逃してもらってください」
チィーランピンに加害の意思があるのならば、アストロズは視線を交わすことなく死んでいる。
現状、敵対の意思はない、もしくは、こちらの情報を探っている段階。
そう判断し、エアリフェードはもう一つの問題へ目を向ける。
「タングニョルニル……、ユルドルードさんが強かったと言っていた皇種ですが……」
この皇種についてはアルミラユエトが名前を出したときに、情報を共有済みだ。
シーラインなら対処できると値踏みしつつ、エアリフェードは万が一に備える。
そう思った矢先、白い女の子が視界の端に写った。
「……誰でしょうか、あの、木の上に立っている女の子」
「うげぇ、ヴィクトリア。様子を見に来やがったのか」
「なぜ?」
「文字通りの死体蹴りってやつ。あいつ、負けて死んだ皇種を食うんだ」




