第73話「人狼狐・夜の襲撃 ロリコン・フェチ・オタク⑤」
「残り2割、このまま順調にいけば良い……、って思った矢先にお出ましかッ!!」
恐怖結界に添って疾駆するアストロズは、大地がモンブランのように盛り上がった地帯に足を踏み入れた。
それは、非常に珍しい動物の痕跡。
不安定機構でも100例に満たない少数の討伐記録しかない、絶滅危険動物『織古井掘補』のものだ。
『織古井掘補』
*動物界
*環境動物門
*貧毛網
*彫捕科
*織古井掘補族
全長1mを超える大型のワームの事を『掘捕』と呼ぶのは、その名の通り、地面を掘らないと捕獲できないからだ。
特に、織古井掘捕と推定される種は、基本的に地面の外に出ることはなく生涯を土の中で過ごす。
なお、置かれている環境に適応する特性があり、新種かどうかの判断が難しい。
だが、地上に住む生物にとって、これほど幸運なことはない。
十数種確認されている掘捕、そのどれもが体表から猛毒の液体を垂れ流しにしている。
その多くは有毒金属……、ヒ素、鉛、アルミニウムなど。
それは、土を捕食しながら進む掘捕が消化できなかった排泄物とも、害敵から身を守るために意図的に生成しているとも言われている。
脅威度は『SS』クラス。
※痕跡を見つけた場合は、速やかに不安定機構の上級使徒を呼ぶべし。
「普通の掘捕の痕跡にしちゃデカすぎる。太さは最低でも2m。十中八九、あの銀ワームの……!」
細かく振動する地面の底から、けたたましい金属音が発せられた。
それは、超鋼鉄のドリルで切削するような、聞くに堪えない炸裂音。
これこそまさしく記録通りだと、アストロズは思った。
『皇腸堀彫・モリブデンデスワーム』
種族 織古井掘補
年齢 推定200歳
性別 不明
称号 皇腸堀彫・モリブデンデスワーム
危険度 大国滅亡の危機
『基礎情報』
ダルダロシア大冥林の北東部にて、複雑に隆起した異常地帯が発見された。
それは当初、急激に変化した地殻変動だとされ、ただの天変地異として処理されようとしていた。
なぜなら、その地帯はあまりにも広く、生物が起こしたと考えづらかったからだ。
だが、その推論は間違いだった。
調査に赴いた地質学者が掘り返した隆起地帯、その地下に掘捕の特徴である金属でコーティングされたトンネルが発見されたのだ。
そしてそれは……、通常ではありえない硬度を持つレアメタルだった。
『戦闘能力』
ことあるごとに肉体を晒してきた俺だが、そんな醜態も今日までだ。
皇種の攻撃力の前では、並大抵の防具など紙同然。
どう頑張っても破かれる運命なんだから考えるだけ無駄……、そう思っていたんだが、なるほど、皇種由来の素材なら耐えられるってのは納得する話だ。
そんな大聖母の勧めで、『モリブデンデスワーム』なる皇種を探しに来た。
コイツが通った巣穴は凄く硬い金属でコーティングされるらしく、品質のいい防具や魔道具……、過去には、魔導枢機とかいう鎧の材料にもなったらしい。
つるはし代わりのグラムで土を掘ること、5分。
腸に似た不気味な巨大チューブ金属を掘り当てた。
適当にぶつ切りにしてみると中身は空洞、なるほど、土を食いながら進み、不要な金属を体表から分泌して固めてるのか。
しかも、これは権能によって作られてやがる。
破壊値数的に、温度3500度までは融解せず、5000度までは気化しない。
これなら、レベル999999に達していない皇種の攻撃なら、だいたいは耐えてくれるはず。
よし!一生困らない量、確保しておこう。
そう思いながら作業していると、ブチ切れモリブデンデスワームに強襲された。
ドリルのような音と振動が近づいてきたら注意しろ。
一応書いておくが、逆恨みじゃねぇぞ。
誰だって、自分の家をぶっ壊されたら怒るだろ。
俺が出会った時点での大きさは、太さ4m、長さ70m。
だが、コイツは体内に土砂を溜め込んでおり、その具合で大きさが変化する。
実際、俺との戦闘後は太さ1.5m、長さ10mまで縮んだ。
『遷移の権能』
その名の通り、物質を移動させる権能だ。
だが、モノを動かすだけでなく、物質の構成分子を様々な方向に移動……、つまり、金属錬成みたいなことができる。
その仕組みを使い、コイツは体表を覆っている金属を常に湧き出し続けている。
人間の爪で全身を覆っている感じだ。
その表面はそこらの名剣よりも鋭く、そして、モリブデンデスワームはそれを贅沢に使い捨てる攻撃をしてくる。
即座に再生する、太さ4m×長さ70mの棒やすり。
そんな化け物と戦った俺の全身は言うまでもなく剥かれ、擦り傷だらけになったぜ!!
「んなっ、こいつ、魔力ブースターを吹っ飛ばしやがったッ!?」
爆発するように噴出した金属塔が、アストロズの進路を遮った。
だが、問題はそこではない。
モリブデンデスワームの出現に魔力ブースターが巻き込まれており、恐怖結界の伝達が停止してしまったのだ。
『アストロズ!!代わりのブースターを送ります、所定の位置に設置してください!!』
「ちぃ、仕事を増やしてんじゃねェぞ、クソワームがァァ!!」
手元に召喚された魔力ブースターを抱え、アストロズが咆哮。
ヘカトンヘケトとの戦闘後に停止していたエネルギー放出を再び始め、爆発的な加速でモリブデンデスワームに突撃する。
「《百八の武闘!!》」
短時間で消える強力なバッファ魔法を身に纏い、全体重を乗せた殴打を振るう。
その拳にはもちろん、蓄積衝撃機構を装填済みだ。
ガラスを砕いたような炸裂音と共に、モリブデンデスワームの体表が砕け散る。
されど、本体が露出することはなく、新しく生成された金属が覗くのみ。
そしてそれも、受けた殴打に対して強い耐性を持つ錬成金属だ。
「もういっちょ……ッッ!?!?」
再び振るわれた、アストロズの拳。
だが、亀裂が走ったのは彼の方だった。
弾性を持たせたモリブデンデスワームの体表を殴ったことにより、双方に伝達されるはずのエネルギーがアストロズに集中。
衝撃吸収機構で留めようとしたエネルギーが暴走し、肌を突き破ったのだ。
「やるじゃねぇか、クソワーム。気に入ったぜ。……殺す」
魔道具の設置は後で良い。
コイツを先に処理しねぇと、被害が拡大するだけだ。
アストロズは冷静だ。
すぅ……と息を吸い、全身から放出していたエネルギーを両碗に凝縮する。
「《轟土の魔法陣・塞創なる埋戒王》」
それは、数百年前に開発された戦闘技術。
魔法十典範、原則を創りし理戒王を元にして作られた、一時的に肉体を魔法に置き換える禁術だ。
そうして、アストロズの二の腕から先が、岩石のようにひび割れる。
その効果は強力無比、魔法十典範を肉体に宿すのだから当然だ。
「砕けて散れ」
彼の猛攻は、まさしく、一瞬の出来事だった。
モリブデンデスワームの体内へ浸透させる発剄掌底を、再生が追い付かない程に速く繰りだし続ける。
そんな脳筋と言っていいゴリ押し。
それができるからこそ、アストロズは人類最強の肉体と評されている。
「くはっ、はっ、はぁ……、だいぶエネルギーを使っちまったが……、俺様の勝ちだ」
ぐらりと揺らいだモリブデンデスワームの頭部をねじ伏せながら、アストロズが笑う。
そのまま地面に叩きつけて決着をつけ、墓標代わりに魔力ブースターを飾り付ける。
「見てるか、シーライン。俺様も英雄の領域に踏み込んだぜ」
モリブデンデスワームを倒したことにより、アストロズのレベルが100000となった。
通常生物の枠組みからの超越。
その未知の高揚感と共に、彼の全身に汗が滴り落ちる。
「……悔しかったら、どうだ?こいつを譲ってやってもいいぜ」
金色の瞳がアストロズを睥睨している。
―レベル999999―
その気高き皇の名は、『金不朽麒・チィーランピン』。




