第72話「人狼狐・夜の襲撃 ロリコン・フェチ・オタク④」
「……アストロズはやったようだな。んじゃま、我も負けてられねぇってもんだ」
アストロズが発動した晦瞑刻限・夜叉月見尊で得た五感は、シーラインにも共有されている。
予定通りに森を駆け抜けるアストロズと、巨大な魔力を有しながらも一目散に森へ逃る蛙。
その勝敗は明らかであり……、だからこそ、シーラインは己に迫る脅威に集中できる。
「……あの影が、うさ皇が言った像か。もともと、象っつうのはでけぇもんだが」
『刃鼻』
*動物界
*脊椎動物亜門
*哺乳類網
*大像科
*牙鼻族
刃鼻と呼ばれるその象は、その名の通り、長い鼻に刃を持つ。
それはメイスのように、鼻の先端から飛び出している湾曲した牙だ。
刃鼻の種族は厳しい環境を生き抜くために、群れの中で最も強きオスのみが全てのメスを孕ませる権利を持つ。
それ以外のオスはただの労働員として働きながら、その生涯を掛けて切磋琢磨し、最も強きオスの座を狙うのだ。
最強のオス以外に存在価値はない。
それがDNAに刻まれているからこそ、刃鼻たちは鼻を振るい続け……、何世代も掛けて精錬されたその武器は、やがてはドラゴンすら落とす攻城兵器と化した。
体高3mを超える巨体で突進しながら、さらに3mもの鼻を振り回して叩きつけるそれは、容易にドラゴンの全身を砕く。
その巨体、侮ることなかれ。
……否、侮ろうが侮らまいが、結果は変わらない。
脅威度は『SSS』クラス。
※速やかに不安定機構の上級使徒を呼ぶべし。
「普通のは3mちょい。珍しいが大したことねぇ。……が、流石にデカすぎんだろ」
シーラインが見上げたその影は、600mも先に存在する生物のものだ。
それだけ離れてなお見上げなければならない事実に、シーラインの背筋がゾワリと反応する。
「これが、かの英雄が転がしたっつー、象の皇かよ」
『有皇霧像・ガネシュガンパ』
種族 刃鼻
年齢 推定100歳
性別 オス
称号 有皇霧像・ガネシュガンパ
危険度 確実な死
『基礎情報』
ダルダロシア大冥林南部に存在する雑木林地帯にて、動く高層建造物が発見された。
それは、80年以上前の建造技術での最高峰、20階建ての高層塔を超える高さだった。
その余りにも巨大な像……、いや、象は、四本の足に人間のような上体を持つ人知を超えた化け物だ。
当時、権力を示すために全長50mの唯一神像を建造していた不安定機構は、面子を保つためにガネシュガンパの討伐を計画。
その結果、怒り狂ったガネシュガンパによって、仏像を立てていた小国は滅ぼされた。
『戦闘能力』
腕試しにちょうど良い奴はいないかと思ってダルダロシア大冥林に来てみたんだが……、なんかすごそうな象がいた。
アプリによると純粋な筋肉タイプの、非常に戦いやすい狙い目の皇種だそうだ。
……いや、確かに筋肉タイプではあった。
だが、決して戦いやすくはないし、狙い目でもない。
有皇霧像・ガネシュガンパ、こいつは眷皇種時代に、人間に狩られそうになったことがあるらしい。
刃鼻は四足歩行生物では珍しい、武装するタイプの野生動物だ。
その鼻の先端は牙が変化したメイスになってるんだが、それと、人間が行う腕を使った攻撃を比べ、圧倒的な不利を感じたらしい。
『気象の権能』
皇種になると制約が外れ、無尽蔵に成長できるようになる。
それは、無限にデカくなるってだけであり、別種の生物になることは、基本的に無理だ。
だが、コイツのように権能を使うと話は別になる。
ガネシュガンパの権能は、気象操作。
霧で作った偶像に雹を含ませることで物質化し、人間のような上半身に象の下半身を持つキメラみたいなバケモンと化している。
なお、上に乗ってる青い仏像は権能で作り出した物質……、つまり、普通の肉体と何ら変わらない挙動ができる。
要するにこいつは、全高60m弱の騎馬武者。
象なんだから足が4本なのは当然だが、なぜか、腕も4本あって、それぞれに剣、斧、槍、メイスを装備。
これが非常に厄介だった。
なにせ、仏像の部分は血の通っていない氷像で、再凝固を早める為に絶対零度に近い温度だ。
それを知らずに近づいた俺の服は凍り付き、無理やり動いたら木っ端みじんに砕け散った。
自分の象さんをブラブラさせたくない奴は、熱変動無効系の魔法を掛けておけ。
「……《対熱光冷却結界》」
英雄が書いたであろう危険生物図鑑の指示通りに、シーラインは熱変動無効の魔法を発動。
そして、それを皮切りに、思いつく限りの強化魔法を重ね掛けしていく。
八刀魔剣・シーライン。
剣士の国ジャフリートの頂点でありながら、彼は、魔法の才能に秀でた傾奇者。
この世には、魔法を発動できる剣が無数に存在する。
彼が腰から抜いた国宝十本刀、『億邪落涙・菊紋』もその一つだ。
菊紋は切った魔法を吸収し、それを刃紋に宿す魔剣だ。
リリンサが持つ殲刀一閃・桜華と肩を並べる名剣である一方、その性能は使用者に依存する。
魔法を見切って切り捨てる才能が無ければ、ただの剣でしかないからだ。
「《刃紋陣・永久ノ火葬鳥》」
シーラインは強く、菊紋の柄を握った。
刹那、美しい刃に薄紅色の光が灯る。
それはかつて、エアリフェードに使わせた魔法を斬った時のもの。
シーラインが持つ世絶の神の因子、『天目一箇』。
その手で掴んだ魔方陣を記憶するそれは、あらゆる魔法を魔法陣として刀身に宿せる菊紋と組み合わせることで、ありとあらゆる魔法をシーラインの脳裏に刻んできた。
「なんダ!?この熱量――ッ!!」
「所詮は水氷、我をつまずかせるには、ちと足りねぇ」
しゃりん。と霜が立っている大地を踏み込んだシーラインが、大振りに四度、刀を振るった。
十文字、袈裟斬り、逆袈裟斬り。
米の字に八等分されたガネシュガンパの氷像、その切断面には不死鳥の炎が食らいついている。
「――ッ!?」
絶対零度の氷像へ、絶火の刃を突き立てる。
炎が氷を食らい、氷が熱を食らう。
その均衡が崩れた時に発生するのは、極限の水蒸気爆発だ。
「でけぇってのも考えもんだなァ。倒れたくても、安全な場所がねぇ」
身体の上にあるはずの超重量物が消えたことにより、ガネシュガンパは転倒した。
だが、ただそれだけ。
肉体の損傷も魔力の損耗も軽微である以上、大したダメージではない。
だからこそ、正常な精神で恐怖結界に触れ、抗えぬ恐怖に打ちのめされることになる。




