第68話「人狼狐・夜の襲撃⑨ リリンサとセフィナ」
「私が調べた情報はこのくらい、ユニクの方は?」
・ダルダロシア大冥林の正体が、輪廻を宿す木星竜だったこと
・その木星竜こそが天命根樹の正体であり、あの子の仇だということ
・アルミラユエトが仲間になり、師匠達と行動していること
・カミナはラボラトリー・ムーに居なかったこと
これらの情報を共有し終えたリリンサはユニクルフィンを真っすぐ見つめ、彼の返答を待った。
言ってしまえば蚊帳の外にいる自分ですら、こんなにも重要な情報を手に入れている。
ならば、舞台の上に居るユニクルフィンやワルトナが核心に触れていない筈がないと思ったのだ。
「……いや、俺の方は大した情報を得ていない。不甲斐なくて悪いな」
リリンサが平均的な表情をしていると良く言われるのは、それが思案顔であるからだ。
表情を取り繕うのが上手い友達の本音を必死に探る内に、自分の表情の変化が疎かとなる。
だからこそ、ユニクルフィンの下手くそな嘘をリリンサは一瞬で見破った。
そして、それが誰に指示であるのかも。
「……むぅ」
ワルトナのそう言う所が、嫌い。
いつも、私にとって都合の悪い事実を隠して、揉み消してしまう。
そして後から、「知らぬが仏だと思ったんだよねぇ」とか笑って、情報を後出しする。
それが私の為を想ってのことなのは、分かってる。
ユニクまで巻き込んでいるのなら、きっと、最悪以上に最低な状況で、それを知ったら動揺してしまうことも。
だけど、私はいつも思う。
一緒に戦いたかったのに、って。
「ユニク、一つだけ言っておく」
「なんだ?」
「今は何も聞かない。ユニクやワルトナが隠していること、仲間の誰が敵だったのか、どんな襲撃を受けたのか」
「んっ!!」
「今は本当に余裕がない状況で『リリンサ』という戦力が使用不能になると困るのは、私にも理解できる。……だけど、こういうのは、これっきりにして」
「あぁ、そうだな」
「なお、今後このようなことがあった場合は不倫とみなして本気で齧る。覚悟して!!」
「okわかった。息子に誓って、息子の未来は俺が守る!」
リリンサなりの冗談に冗談を返され、また少し、むぅ……?と鳴く。
息子って何のこと?と思うも、今はそれ所ではない。
リリンサの背後の森がざわめいた。
まるで、獲物を見つけた獣のように、一斉に殺気を放つ。
「どうした、リリン?」
「……どうやら、忌むべき変態共は失敗したらしい」
「なに?」
「ダルダロシア大冥林から異常な魔力が立ち上っている。4つは師匠とアルミラユエトだとして、最低4匹の皇種が戦闘態勢に入った。ユニク、行ってくるね」
くるりと踵を返し、リリンサはセフィナと向き合う。
真剣なまなざしで視線を交わし、優しい姉の口調で「セフィナ、ゴモラ、アップルルーンの準備をして」と指示をする。
「私のやるべきことがダルダロシア大冥林の撃滅ならば、どのみち、変態共を回収しないと本気を出せない。……あんなのでも師匠だから」
「絶対に無理だけはするな。俺に取っちゃ、リリンとセフィナが最優先だ」
「安全には細心の注意を払う。問題ない」
「それもあるけどな……、リリン、愛してるぜ、世界で一番な」
「……。ワルトナやテトラフィーアよりも?」
「そこは同率一位って事で」
「むぅ!!そう言うと思ったけど、納得はしていない!!」
ワザとらしく頬を膨らまし、横目でユニクルフィンの困った顔を観察する。
なるほど、これはワルトナにも似たようなことを言ってるっぽい。
ここは三人で結託して、ユニクを混浴に沈めて分からせた方が良さそう。
3分の1でも不満なのに、これ以上取り分が減る可能性は看過できないと思う!!
そんな微笑みは、未来への担保。
誰一人賭けることなく、幸せな未来を掴み取る。
そんな……、リリンサなりの覚悟だ。
「おねーちゃん、ゴモラが準備できたって!!」
「了解!!」
「「《来て=ゴモラの帝王枢機、アップルルーン=ゴモラ!!》」」
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「……ふむ、これは不味いですね」
ダルダロシア大冥林の境界線。
隔絶結界に手を入れていたエアリフェードが重みのある声で呟く。
それは、アストロズやシーラインに現状を正しく伝えた。
格好付けたがりのエアリフェードが「不味い」というなど、幼いリリンサに無茶ぶりされたゲテモノ料理を食べた時以来だ。
「そんなにか」
「えぇ、恐怖を煽って侵入者を引き返させる結界が、恐怖に打ち勝つようになっています」
「恐怖に勝つだァ?」
「私には、幼い頃に憧れた少女が居ましてね。その子が殺しに掛かって来るのですが、なぜか、勝ててしまいまして。妄想の中で好き放題できる始末ですよ」
「ロリコン極まってんなァ」
エアリフェードの妄想の中に登場する少女こそ、始原の絶対暴君者・那由他。
始原の皇種の中でも随一の凶暴性を誇ると言われる、あらゆる生物種にとって絶望以外の何物でもない存在だ。
そんな、種族を丸ごと消し去れる存在に立ち向かうどころか、勝利できる妄想を見せられる。
それはこの上ない冗長の発生。
世界で三番目を殺し、蟲量大数と不可思議竜の強さが知られていない今、結界を超えた生物に恐れるものは何もない。
「結界が機能してないどころか、悪化してるって事だよな?」
「そうなりますね」
「ちっ、直すのにどんくれぇ掛かる?」
「こうなると張り直した方が早いでしょうね。一度すべて消した上で、再度結界を設置します」
「消すだ?再設置にかかる時間は?」
「1時間。それが私の限界です」
「けっ、じゃあ、その間は無防備で耐えろってか?」
シーラインの懸念は、エアリフェードが「物理的な抵抗力を持つ結界は必要ない」と意見を改めたことが原因だ。
境界線に到着した一行が最初に行おうとしたのは、超越者以下の危険生物の侵入防止。
巨万となって押し寄せる脅威は温泉郷のみならず、生態系を著しく破壊する。
だが、もう既に物理的に抵抗力を持つ結界は行使されていた。
それも、エアリフェードですら感心させる多重に張り巡らされた魔導規律陣による障壁だ。
「この結界を張ったのは誰だ?その口ぶりじゃぁ、お前の知人てこたぁねぇよな?」
「顔見知り……ではあると思いますが、特定はできませんね。ワルトナちゃんか、プロジアさんか、ディストロメアさんに、ゴルディニアスさん、顔見知りが多いというのも困りものです」
「シカやクマが大量に侵入してただろ。そこん所はどうなってる?」
「結界というものは多量の魔力を消費するものですが、これはまだ対して減退していませんね」
「つまり、張られてから時間が経ってねぇって事か?」
「ですね。そして、何らかの補給が無ければ明日の午後には崩壊します」
「狙い通りの時間……、金鳳花の仕業てぇことになるのか?」
「いえ、ダルダロシア大冥林は広く、物理的な障壁を長期間維持することは出来ません。ランク9以下の生物を阻むものであったとしても、2日は保たないでしょう」
「味方が張ったとしても明日の午後には消える奴しかできねぇ訳だ。ちっ、はっきりしねぇな」
結論、エアリフェードが取るべき最善手は、皇種であっても忌避感を抱かせる結界の再構築。
だが、それをする過程で結界が一時的に消滅する。
それこそが最大の問題点だ。
「現在は触れたものを増長させる結界となっていますが、そもそも、触れて試そうとする者が少ない。長年の経験から危険であると知っているためです」
「誰だって痛てぇ思いはしたくねぇわな」
「ですが、急速に考えが改められている。そうですね?アルミラユエトさん」
高麗人参酒をちびちび舐めながら、プロテインバーを齧っていたアルミラユエトが頷いた。
ゴスロリバニーガールという扇情的な格好の幼女の上目遣いに、思わずシーラインが唾を呑む。
「そうらお、こりこり……。木星竜の種が発芽すると欲求が増大する、すると、結界を疎ましく思う気持ちも増えてくる~」
「それはなぜですか?」
「縄張りの広さは皇種の格だからよ~、結界が無ければ領地拡大し放題~」
「なるほど、アルミラユエトさんもその口で?」
「ウチは結界とは隣接してねぇが、ダルダロシア大冥林の中じゃ弱者でね。他の生物に擬態してやっと生きてる訳だが……、もう疲れたんよ~」
ごきゅごきゅ、ぷはぁー。
熟年の飲兵衛のような貫禄ある溜息をバニーガール幼女が吐く。
これがギャップ萌えかと、アストロズが目を見開いた。
「皇は種族を背負ってる、逃げらんね~。木星竜にしてやられてるって気が付いている奴もそれなりに居るが、分かってても、どうしょもね。だから騙される~」
「そんな状況で結界が消えれば、物理結界を突破できる超越者が殺到するでしょうが……、どの道、結界改変が知れ渡れば同じこと、なら、リスクを承知でやるしかありませんね」
「ウチはヤバくなったら逃げるかんな~。ひっく」
飲んだくれバニーガールロリを放置し、エアリフェード達が臨戦態勢を取った。
たった1時間の防衛戦。
それを達成するための難易度はどれほどかと、それぞれが強く拳を握る。
「可能な限りカモフラージュを掛けますが、強い生物程、早く気が付くでしょう。侵入してきた皇種の対処は任せます、アストロズ、シーライン」
「結界張りながら雑魚散らしができるくらいに、お前が器用なのは知ってるが……、毒物系は俺様が処理してやるシーライン」
「では、我は遠距離系を。久々の死地だ、楽しんでいこうぜぇ」




