第61話「人狼狐・夜の襲撃② レジェリクエとメルテッサ」
「……踏み込んだわよ、英雄の世界へ」
「待っていたとも。さぁ、やろうじゃないか」
『レベル―100000―』
『レベル―100000―』
並んだ二つのレベル表記が、交差する。
「まずは小手調べからだ。見通せない性能を看破する、そんな遊びも嫌いじゃない」
「くすくすくす、見抜けるかしら?余のお願い」
メルテッサが着ているのは、認識阻害が掛かった指導聖母の魔導服。
そして、その性能を周囲の魔道具と同期させ、認識外からの飽和攻撃を仕掛けた。
それは先日、レジェリクエが使用した戦術。
造物主の認識範囲外から超遠距離射撃を疑似的に再現した、魔法飽和攻撃。
歴史に名を連ねた数々の魔導杖、それらが一斉に過去の性能を発揮する。
「簡単に消し飛んだりしないよね?」
「実は余ってぇ……、運動神経抜群なのぉ。リリンやワルトナよりもねぇ」
造物主には、明確な弱点が存在する。
それは、魔道具の性能行使は任意で意図しなければ発動しない点だ。
物質主上の全自動行使からの変化は、利便性が上がる一方、速度面で劣化してしまっている。
現在の情報をメルテッサが見極め、適した性能を選ぶ時間が必要となるからだ。
そして、レジェリクエはその弱点を踏みにじり、跳躍。
同時であるはずの魔法着弾のズレに足を差し込み、超越者の身体能力でねじ伏せる。
「速っ……」
「籠手調べってのは、こうやるのよぉ」
パパァンッ!!っと張った二連撃。
レジェリクエが持つ二本の時針剣がメルテッサの手の甲を打つ。
「ッ!?おちょくりやがって」
振るわれたのは、剣の側面での殴打。
相応の痛みは発生したが、裂傷はない。
殺し合いの戦闘ではありえない攻撃、その意味をメルテッサは考える。
「ぼくの身体に変化はない。怪しげな能力の付与もない」
「あらぁ、分かるのぉ?」
「お前らのせいで、ぼくは人間を辞めている。魔道具としての性能を把握できるのさ」
どうしてもチェルブクリーブを操縦したかったメルテッサは、自身の肉体を魔道具として改変。
世絶の神の因子、超越者に与えられた成長限界の撤廃、魔王シリーズの能力の掛け合わせなどを行使し……、人間の肉体を持ちながら、別種の存在へ至っている。
「破壊されたシグルズの遺産とは違うようだ。あっちは過去が存在しない、新しい魔道具『ガラクタ』に改変されてたし」
「ガラクタだなんて酷いじゃなぁい。リサイクルできるものは産業廃棄物って呼ぶのよぉ」
「どっちにしろゴミじゃねーか」
軽口の応酬の狭間に、苛烈な攻撃が差し込まれる。
魔法を連鎖させるメルテッサと、隙を切り裂くレジェリクエ。
紙吹雪のように舞うゴミの渦中を駆け抜け、互いに距離を詰める。
「いいのぉ?運動音痴なのに前に出てぇ」
「君は走ることを目的に生み出された馬車に、長距離走を挑むのかい?ぼく自身が魔道具ならば、当然、好きなだけ性能を行使できる」
過去の英雄が着た全身鎧を視認し、それが発揮した性能を肉体へ復元。
格段に向上した身体能力がレジェリクエを……捕らえられない。
「なんで!?」
「当然でしょう。この程度の性能差なら、技術でどうとでもひっくり返せるものぉ」
レジェリクエが使用しているのは、20年間使い続けて来た身体。
故に、足の指先からツインテールドリル髪の先端まで性能を熟知している。
最短最速の駆動での攻撃と回避を可能にする熟練度、それこそが、レジェリクエとメルテッサの差だ。
「ねぇ、メルテッサ、シンデレラは好きかしら?」
「急にどうしたのかな?」
「定められた時間が消費されてゆく焦燥と恐怖は好きかしら?と聞いてるのぉ」
レジェリクエの手にある、二本の双剣
刀身が細長い剣と太く短い剣、鎖で繋がれたそれは時計の針に酷似している。
「さぁ、パーティーの時間よぉ。時を忘れて楽しみましょぉ」
メルテッサの意思で乱入した騎士鎧が、華々しく踊り消えた。
レジェリクエと共に舞った演舞に合わせ、鎧は鋼鉄の花弁へ姿を変えたのだ。
「あぁ、そういう……。物質の形状を変更しつつ、過去を消去することで別の魔道具へ改変。なるほど、ぼく対策として、これ以上煩わしいものはない」
『壱切合を染め伏す戒具=運命を配罪する者』
その能力の一つ、『改正時間』
世界に存在する物質は、ストップウオッチのような一方通行の時間の流れを持つ。
レジェリクエがこの剣に願ったのは、進むことしかできない存在のリセット。
植物として過ごしていた樹木が、机として時を歩むように。
新しい存在への改変。
英雄へ至らんとするレジェリクエの意思が、『エヴァグリフォス宝物殿』という名の過去に刃を通し、新たな未来を切り開く。
「何てことを……、ここにある物は一つ残らず、歴史的価値がある。君がしているのは、リサイクルという名の冒涜だ」
「過去ばかり見つめていては、前に進めないわよぉ」
メルテッサが仕向けたかどうかに関わらず、レジェリクエは手が届いたすべての魔道具の存在を改変。
その殆どを『ガラクタ』にし、挑発を含んだ笑みを掲げている。
「捨ててはいけない過去もある。例えば、アホの子姉妹が復活させた魔道具とかね」
「くすくすくす、ぜひとも、拝謁を賜りたいわねぇ」
メルテッサの声に抑揚が付き、レジェリクエに感情を伝えた。
怒り、不満、優越感、分かりやすい癇癪を隠そうともせず、手の中に隠していたウィンドウを操作する。
「では、ご期待にお応えしまして。《来い、ぼくの天魔兵装=全きものの善悪典型》」
かつて……、攻勢眷族・サムエルと守勢眷属・エステル、二つの魔導枢機と合体した超究極エゼキエルが存在した。
リリンサとセフィナの魔・天シリーズ、そして、ラボラトリー・ムーに格納されていた帝王枢機を垣間見たことにより、メルテッサはそれを認知。
世界に現存しない唯一至高の魔道具を生み出していたのだ。
世界の理を穿つ五門の砲を指とする、『魔王の攻め手』。
世界の理を作る五本の磔を指とする、『天使の守り手』。
左右に展開された運命すらも握りつぶす祈り手を翻し、レジェリクエを挑発する。
「来な」
「では、お言葉に甘えましてぇ」
優雅にワルツを嗜むように。
三拍子で始まるステップ、誰もが時を忘れて見惚れる美しさで、レジェリクエが詰め寄る。
「エスコートの経験はあるかしら?」
「ぼくは身分を隠す指導聖母、麗人としての器量くらい身に着けてる」
メルテッサが差し出した魔王の攻め手、その5つの砲門が煌めいた。
刹那に放たれたのは、魔王の脊椎尾を彷彿させるレーザー砲撃×5。
一触即死のスポットライト、その中に写るのはレジェリクエの陰ばかり。
「おっと、安心してくれたまえ。ぼくは両利きだから、どちらの手を取っても不敬にはならないよ」
背中合わせのダンスのように、メルテッサの死角からレジェリクエが現れる。
されど、差し込まれた天使の守り手が二人の逢瀬を阻んだ。
「あはぁ!やるじゃなぁい」
「はは、ぼくも、こんなに楽しいダンスは初めてだ!」
繰り返される攻防は一進一退。
触れられないメルテッサと、触れようとしないレジェリクエ。
先に目的を遂げるのは――、
「くっ……!!」
「大丈夫。片腕でも踊れるさ」
ほんの僅かな挙動の結果、レジェリクエの腕がスポットライトに照らされた。
薄らと浮かび上がるシルエット、それは、己が胸に刃を突き立てたヒロインの姿。
「ッ!?」
「あはぁ《時刻回帰》」
壱切合を染め伏す戒具=運命を配罪する者の能力は一つではない。
この剣のモチーフは二つの時計……、一方通行の時間経過の懐中時計。
そして、12の時を延々と繰り返す置き時計。
あらかじめ拾得した12個の時間観測点へ物質を回帰させるこの能力は、大好きな姉が持つレーヴァテインへの憧れから生まれたものだ。
「さっきの小手調べは!!」
「くす、せっかくのご好意なのにごめんなさぁい。余は、エスコートする方が好きみたい」
メルテッサの両手を取り、レジェリクエが微笑む。
互いに武器は持っていない。
強制的に時間を戻されたメルテッサと、自ら手放したレジェリクエ。
重なり合う手と唇、絡まり合った指と舌。
想定外すぎる情熱的なエスコート、そして、遠ざかったレジェリクエの真剣な瞳に魅入られ、メルテッサは息を飲む。
「神に誓って、神に問うわ」
「なっ……!?」
「《確定確率確立》、《―――――――の割合は?》」
『神に誓って』
それは、神の名の下に、その意思に嘘偽りが無いことの証明。
指導聖母の争い『強襲戦争』で使用する文言であり、その由来は、神に物語を奏上する際の『あらすじ』に起因する。
故に、その宣言は強制力を持つ。
現実――、神にとっての物語と矛盾することがないように。
「――――ッ!?」
彼女達の瞳に写った、6桁の%数字。
『―100.000%―』
その証明は、全ての大前提が虚偽塗れという事実をメルテッサに伝えた。
「な……、なんだよ、それは……」
「確定確率確立、余の世絶の神の因子。起こりうる事象の確率や割合を測定する力よ」
「……!なるほどね、運命の名は伊達じゃなかったと」
確定確率確立は、レジェリクエが所持している最も強力な切り札だ。
その存在は、心無き魔人達の統括者とレジェンダリア上層部のみ把握しているものであり、仲間になったメルテッサにも伝えていなかった。
「改めて問うわ。メルテッサ、余のお友達になってくれないかしら?」
そして、レジェリクエは手を差し出す。
支配聖域を使用した心の底から願ったエスコート、それにメルテッサが苦笑する。
「くふ、くは、くははは……!!本当にお前は、どこまでいっても悪辣だ」
そしてレジェリクエの手を取り、メルテッサは「あぁ、喜んで」と微笑み返す。




