第60話「人狼狐・夜の襲撃①」
「うわー、なにそのプレイボーイ感。女の子に囲まれて調子に乗っちゃったユニくんとか、見たくなかったなー」
想定した策謀通り、俺はレラさんと、ワルトはレジィと、メルテッサはカミナさんとの一騎打ちへ持ち込めた。
それぞれが相手に対して拘束力を持ち、なおかつ、絶対に勝てる状況。
賢いレラさんなら気が付きそうなもんだが……、目の前の英雄ローレライは、やるせない苦笑を零している。
「なんだよその表情。随分と余裕があるじゃねぇか」
「嫌いかな?負け過ぎてベソを搔いてるユニくんを慰める時は、いつもこんな顔だったろうし」
「負け?はっ、ワルトがレジィを、メルテッサがカミナさんを、そして俺がレラさんを倒す。レーヴァテインを手中に収め、サチナの頑張りでみんな仲間に元通り。どう考えても俺達の勝利だろ」
レラさんは手負いで、全力で振るったグラムの攻撃を裁き続けることは出来ない。
ワルトが向かった先はわんぱく触れ合いコーナー、神殺しの矢で何かしていたし、レジェリクエを封殺できる。
メルテッサも同様、エヴァグリフォス宝物殿の中は歴史に名を連ねた魔道具が大量にある環境、いくらカミナさんが魔道具技師として優れていようとも、手数で押し切れるはず。
「抵抗するくらいの力は残ってるよな?無意味に痛い思いをさせるのも嫌だし、さっさと降参してくれると助かる」
「……はぁーあ。デリカシーないし、クソガキだし、アホだし。ほんと、おねーさんの教育が間違ってたみたいでやんなるね」
「あ”?」
「知略戦で情報をぺらぺら喋っちゃだめだよ。おねーさんみたいな嘘つきじゃない限りね」
俺の陰から抜け出たローレライが、瞬きの間に剣閃を放つ。
目の前に存在しているアレは、囮。
だが……、グラムで観測した破壊値数は、確かに生身の肉体のものだった。
「防がれたか。ギリギリだけどね」
「かはっ……!」
「レーヴァテインは神をも騙す、偽りの剣。肉体創造なんて簡単に出来るよ」
遜色がなかった。
怪我をしているどころか、戦争の時に戦った動きと同じ……、いや、確実にそれを超える動きをしていた。
レーヴァテインの覚醒体の副武装の力で、肉体が完全に癒えている?
いや、それはおかしい。
それは斬った物質を偽り否定する剣だ。
原理は等価交換であり、物質を剣に取り込まない限り複製は作れないと、ワルトが言っていた。
「それも嘘か」
「にゃは?」
「そんな芸当ができるなら、レーヴァテインの所持者は不死身になる。あんの妖怪村長が使わないはずがねぇ」
自分の肉体を魔法に変換してまで、村長は戦い抜いた。
レーヴァテインを手に入れてからもそれは同じ、なら、そんな不死の能力があるとは思えない。
怪しいのは、レラさんが持つ世絶の神の因子。
エデンと戦い神化した――、ランク3になった『創神幾何学理論』。
「タヌキに化かされたって話だったな。そういうのは俺らの専売特許だぜ」
「ユニくん達は、なぜかタヌキに限定してるっぽいけどさぁ……、強者から学ぶのは当たり前でしょ」
「そうかよ。じゃ、もう一つ学んでくれ」
「にゃは。教えてあげるよ、英雄・ローレライを」
一歩。
互いに一歩の踏み込みで肉薄し、1秒間を切り刻む。
交わした剣戟は100以上、迎撃と回避が混然一体となった攻防、されど、互いの肌に触れることは叶わない。
「にゃは!」
「《単位系破壊=空気抵抗》」
空気抵抗を破壊し、互いの身体を支える物理干渉力を取り除く。
仕掛けた俺はそれを理解して動き、レラさんはそれを理解するまで動けない。
それは、一秒以下の攻防では致命的な隙になる。
「《神聖破壊――ッ!》」
「足りないね。思慮も技術も」
足首を斬られた。
踏み込んだ力が血と共に吹き出し、僅かな遅延となる。
それは、致命的な隙。
肋骨の隙間を通るレーヴァテインが、命に、触れ。
「ふーん、それ、ユルドさんの惑星重力制御じゃん」
「がっは、ちくしょう……」
血液を吐き出す傷口を破壊し、無理やり繋ぎ止める。
心臓は魂の保存機関であり、ここを破壊されたら存命する道はない。
仕込んでいた対抗手段は、自爆に近い悪手。
心臓を中心に反重力を発生させ、周囲の肉体ごとレーヴァテインを弾き飛ばした。
「出来はお粗末だけどね」
「体の中に重力場を発生させると、筋トレが楽になるんでな。必死こいて覚えたぜ」
「それズルじゃん。そもそも筋肉を鍛えてないし」
「結果的に強くなりゃ良いんだよ。それに、ズルをしてるのはそっちもだろ」
創神幾何学理論に進化する前の神聖幾何学機構ですら、魔法十典範を詠唱なしで行使できる神の因子だった。
なら、ランク3……、世界規模へと神化したその能力は?
俺の目に映っているのは、レラさんの肉体の破壊値数。
人間のそれを軽々と超えているそれは、親父すらも凌駕している。
「種族限界を超える肉体性能を引き出すには、皇の紋章が必要になる。だからこそ、親父やプロジアよりも良い身体ってのは納得できねぇ」
「おねーさんの身体を男性と比べるとか。ほんとさぁ……」
「プラスにもマイナスにも振り切ってない胸になんか、興味ねぇよ」
いまさら、女性のスタイルとかどうでもいい。
大きいの小さいのが目の前をうろつきまくってるせいで、サイズとか気にしなくなった。
「にゃは!……ぶっ殺してやろうかな。ホント」
「なに?」
「はぁ、まだ可能性は低いとはいえ、神の終世には備えておくべきか。おねーさんの身体こそ、現代の神の器。その決め手になったのは創神幾何学理論だろうね」
「やっぱりか」
「ベアトリクスちゃんが宿した人化の魔法は特別でね。魔法十典範の外側、魔法創神典に記載されている魔法。要するに、人間種の情報が詰まった理なんだ」
「……それに干渉できるようになったって事か?」
「正解。唯一神が器に選ぶ基準は、強化した神の因子が魔法創神典に接触できるかどうか。という事で、この世界で人間の肉体に最も詳しいのはおねーさんだ。なにせ、神からお墨付きを貰ってる」
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「ふっざけんなよ、アホタヌキィーーーー!!」
レジェリクエの姿で首をかしげるアルカディアへ、ワルトナの怒号が飛ぶ。
その激怒の原因は、注意深く見てもレジェリクエにしか見えないから。
言動や装備からアホタヌキだと確信しているものの、神殺しを覚醒させている状態で欺かれている事実に頭が痛い。
そんな思いを込めた絶叫だ。
「う”ぎるあん?」
「僕の覚悟を、返せ――!!」
ワルトナが立てた策謀は、レジェリクエに狙いを定めたものだ。
確実に葬る為に入念に準備しており、いくつ想定外あった所で覆せないという自負がある。
だが、根底からズラされた。
どこか別の場所で、「戦略破綻の戦略が破綻してちゃ、どうしょもないわねぇ」と笑っているであろうレジェリクエに向けて、額の青筋が音を立てる。
「おい、アホタヌキィ。お前、その姿はなんだよ?えぇ?」
「人化の魔法は思い描いた姿になる魔法だし。レジェ何ちゃんらを思い浮かべれば化けられるし!」
「……。ニセタヌキもセフィナに化けてたね、そう言えば。で、僕に何の恨みがあってこんなことを?」
「特に恨みはな……、あ。そう言えば昔、爆破されて毛がチリチリにされたし」
「あん?」
「毛並みのゴワゴワは七代先まで祟る。私の掟には書いてあるし!!」
それはとある夜。
冒険者が作ったハンバーグを食べて満腹になった後、ユニクルフィンと訓練をした時のこと。
まだ人化に慣れていなかったアルカディアはスタイル抜群なシルエットのタヌキとなり、妖怪扱いされながら戦った。
そして、観戦していたリリンサとワルトナが介入させた魔法によって爆裂し、見るも無残なクルクルちり毛・タヌキボンバーへ変貌。
その時の絶望を、アルカディアは思い出した。
「星神支配で縛ったから逃げられない。観念するし!!」
「……良い度胸だねぇ。破裂させようねぇ」
「う”ぎるあ?」
「誰が逃げるか。ここはレジェの殺害を想像し、創造した場所だぞ」
わんぱく触れ合いコーナーには、アルカディアも足を踏み入れている。
蘇生体験こそしていないものの、その効果はタヌキ奉行に聞いて、死のリスクが無いのは理解済み。
レジェリクエにお願いされた『足止め』を確実に行うためにも、手段を選ばず殺しておく方が良いと判断していた。
……だからこそ、視線をあげて結界を凝視したアルカディアは困惑する。
「これ、違うし。似てるだけで……」
「効果は真逆。押し付けられるのは絶対に巻き戻らない、根源的な死だ」
「知識を、悪食=イーターすら破壊できる……?そんな結界を作れるとか聞いてない……」
「僕の力だけじゃ無理だよ。だが、サチナの時と命の権能を僕の理想となるよう想像し、創造すれば、この通り。タヌキですら震え上がる処刑場へ早変わりさ」
その想像は、ワルトナの心の底に根付いた感情。
『あの子を蝕んだ、記憶と存在を破壊する毒』。
それはワルトナが忘れることができない、起こりうる最悪の未来の想像。
幼き日に知った悪意すら、願い焦がれる友の為に利用する。
それが、『ワルトナ・バレンシア』の覚悟だ。
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「レジェ、リクエ……」
「そんなにも熱烈に誘われちゃったらぁ、期待するしかないじゃなぁい」
崩れてゆくカミナの顔を歪ませて、レジェリクエは笑った。
まるでタヌキに化かされたお馬鹿さんのようだと、くすくすと声を零す。
「ぼくはもう、指導聖母が扱っている認識阻害の仮面すら看破できる。それなのに欺かれたという事は」
「失策だったわねぇ。神の情報端末の融合を止めるのではなく、取り除くべきだった。もう、手遅れよぉ」
レジェリクエの姿に戻り、優雅に鉄扇で口を覆い隠す。
そして、優雅なドレスを翻し、一礼。
姫として教育されているメルテッサが奇襲を仕掛けられないと分かっていての、侮辱だ。
「壱切合を染め伏す戒具、神殺しの試作機か」
「理解しているかしら?このエヴァグリフォス宝物殿は強力な魔道具をレジェンダリアへ移した後の残りカス。所詮は代用が効く二流品よぉ」
「そこまで言うくらいだ、是非、レジェンダリアの宝物庫を見せて貰いたいものだ」
「余のお友達になってくれるなら、いくらでもぉ」
「今日の午前中まではそのつもりだったんだけどね。無色の悪意は瞳に写る景色すら色褪せさせる。今度はぼくが、君の目を覚まさせてあげるよ。《造物主・シグルズの遺産》」
『竜殺しのシグルズ』の名は歴史書を紐解いたことがある者ならば、誰でも知っている。
300年前にブルファム王国で生まれた当代最強の剣士。
ブルファム王の親友でありながら一番に戦場を駆け付け、そして、最後の一人として戦場を去る。
その生涯、負けなしと謳われた稀代の剣士、その愛用の鎧、武器、防具……装備一式が、かつての性能を復元する。
「あら、お洒落ぇ。デュラハンみたいでワクワクしちゃう」
金属鎧に刻まれた過去の記憶が、シグルズのいない身体を突き動かす。
剣閃は淀みなく、そして、その威力は申し分ない。
シグルズと共にあった魔導師ブリュンヒルデ、彼女のローブや杖も息を吹き返している。
「かつて名を馳せた英霊を相手に、どこまで持ちこたえられるかな?」
「くすくすくす、提示する目標が低いんじゃないかしらぁ?」
ただでさえ小さい身体を蝶のように軽々と、レジェリクエが舞う。
追従する花びらは、切り刻まれたシグルズの遺産。
「……性能が戻せない!?そうか、それがあの時の願いか、レジェリクエ」
「そうよ、時の経過に伴い、理想はすり合わされて、現実となる。だから余は願ったの」
「ははっ、君は相当な負けず嫌いのようだ」
「この子の名前は、壱切合を染め伏す戒具=運命を配罪する者。余の相棒よぉ」
それは、鎖で繋がれた双剣。
移ろう時を、運命を、巻き戻してやり直す時針。
「……踏み込んだわよ、英雄の世界へ」
「待っていたとも。さぁ、やろうじゃないか」
『レベル―100000―』
『レベル―100000―』
並んだ二つのレベル表記が、交差する。




