第58話「ワルトナの主張③」
「自作自演……、だと……?まさか、そんな……」
「残念ながら、陛下は捨て歩戦術を厭いませんわ。ユニフィン様」
捨て歩、だと……?
俺達を信用させる為だけに、セブンジードやメイの命を使ったってのか?
「思いついた外道戦略を躊躇いもなく行使させる。それが無色の悪意だよ、ユニ」
「本当に、胸糞悪い話だぜ」
「問題なのは、思考能力は下がらないってこと。僕らがセブンジード達を存命させる所まで考慮し、肉体時間を戻しても意識が戻らない様に細工している」
「ってことは、意識を取り戻しても、洗脳されたままなのか……?」
俺達の戦略の根底にある、『死亡すると、無色の悪意は消滅する』。
だが、死んだ後にも記憶封印が残っている現状、その前提が壊れてしまっている気がした。
「ん-、どう思うかな?サーティーズ」
「はわわ、不確かではありますが……、強い意識改変は残っていないと思います」
「それはどうして?」
「偽りの記憶を植え付ける時って、私の魔力を相手の記憶に忍び込ませるような感じなんです。そして死亡とは、魂と肉体が切り離された状態でして……、要するに、記憶の保存媒体である脳と魔力である偽りの記憶が結び付かなくなる訳です」
「なるほど。なら、無色の悪意の影響を受けた人間が再度、影響を受けにくくなる理屈は?」
「偽りの記憶が残っているからです。もう一度、無色の悪意を植え付けようとしても既に存在しますので、それが邪魔をしてしまうのです」
一度死んでも無色の悪意は残っているが、それが正規の記憶と結びつくことはない。
そして、セブンジード達が目を覚まさないのも、この仕組みを利用した封印らしい。
「結びつけない無色の悪意を正常な記憶の間に散りばめ、意識を取り戻せない様に邪魔をしている。そうですよね、サチナちゃん?」
「……そうです。綺麗に取り除かない限り、メイ達は目を覚ませない、です……」
そして……、おそらくそれは、金鳳花自身にも不可能な行いだ。
それが出来るのなら、何度でも無色の悪意を植え付けることが可能になる。
「サチナちゃん、無理を承知でお願いしますわ。メイとセブンジードを助けてくださいまし」
「……っ!この間、エデンに悪戯されたサチナの加護も、似たような状態になったです。その時は、母様ですら顔をしかめた、です」
「メイもセブンジードも、私の大切な仲間です。どうか、挑戦もせずに諦めるなどと仰らないでくださいませ」
静かに頭を下げたテトラフィーアだって、無茶を言っている自覚はあるはずだ。
数千年以上生きている白銀比ですら手こずる問題を、たったの8歳児にやらせようなんて無謀にもほどがある。
それでも、大切な人の喪失を受け入れたくない。
だからこそ俺やリリン、ワルトだって戦ってきたんだ。
「分かった、です。頑張るです、姉さまになんか、負けてやらねーですっ!!」
「よしよし、後でご褒美をあげるからね。それに、明日までにセブンジードの目を覚ませた場合、一気に形成が僕ら有利になる」
「そうなの、です?」
「悪才が怪しいとはいえ、確定じゃない。真偽が判明するかもしれないし、他の協力者が浮かび上がるかも。まだ、狐は2匹も不明だからね」
「じゃあ、もっともっと頑張る、ですっっ!!」
僅かな希望が見え、涙で塗れたサチナの目に光が戻る。
そうだ、まだ、失ったわけじゃない。
さっきも言われたじゃねぇか、まだ、終わっちゃいないって。
「では、私も協力しましょう。難解な決算も手分けすれば早く終わりますので!!」
「……姉様、気持ちだけ受け取っておくです」
「はわわ!?真正面から、ぜ、絶縁状を……、まさか、反抗期……?」
「そういうのじゃねーです。ただ、これは姉様や母様には解けねー問題ってだけです」
「解けない?」
「金鳳花姉様にすら解けない理由。これは時の権能の他に、命の権能を持ってるサチナにしか解けないから、です」
ゆらりと。サチナの雰囲気が揺れた。
それは別種の魔力の奔流。
今まで感じることのなかった、高位王竜が纏う気配だ。
「サチナちゃん、あなた……、」
「命の権能は、魂を操作する力です。だから、混ざった金鳳花姉様の魔力を取り除けるはず、です」
「仮にできるのだとしても、権能の同時使用にどのような代償があるか分かりません。危険すぎます!」
「できること全部やらなきゃ、悔いが残る、です。だから、止められてもやるです」
無色の悪意を取り除く唯一の方法、時と命の権能の同時使用。
なるほど、確かに理屈の通る話だ。
そして、それが敵の狙いである可能性も考えなくてはならない。
「ワルト、どうする?」
「ローレライの強襲が一番怖い。こっちから仕掛けるよ」
サチナの努力が実を結んだ場合、セブンジード達は無色の悪意の影響から脱却する。
だがそれは、再度洗脳が行える状態を意味し……、知らぬ間に無色の悪意に接触された場合、敵を懐に抱え込むことになる。
「ローレライは無実を装ってユニに接触してくる。この状況を利用して誘い出す」
「俺が一人で行動してれば可能性が高くなりそうだな。レラさんは手負いだし、複数の神殺しの相手は避けるはず」
「ということで、伝言役を頼むよ。おあつらえ向きに、アホの子姉妹向きのミッションがあってね。暴れて貰おうじゃないか」
リリン、セフィナ。
ソドムとゴモラに協力を依頼。
エゼキエルデモンとアップルルーンを召喚し、ダルダロシア大冥林を撃滅しろ。
これが、俺がリリン達に伝える指示。
はっきり言って、負ける気しねぇぜ!!
「次に、僕とメルテッサ、サーティーズはユニの後を追い、サポートを行う」
「へぇ、ぼくの出番まで考えてくれるとは嬉しい限りだね」
「魔道具のスペシャリストたるカミナが敵の可能性が高い以上、君が居ないと詰む可能性がある。神殺し対策とかされてたら目も当てられない」
「それは分かってる。……が、サチナを失えば負けだ。守りが薄すぎないか?」
「この部屋は強力な結界で、部屋の中に誰かが居る場合には許可なしには入れない。僕とキミで部屋の外に罠を仕掛ければ時間稼ぎぐらいはできるだろ」
「なるほど、カミナはぼく、レジェリクエはワルトナ。それぞれの相手が何処に出現してもいいように警戒するのか」
「空間転移はそれぞれ使える。サーティーズは僕らが敵を殺した場合に駆け付け、すぐに蘇生。そしてサチナは出来る子だ。これで誰も失わない」
レラさんが敵の場合、俺達の行動は絶対視束で把握されている。
それを逆手に取り、俺が一人で行動をしていると見せかけて接触を待つ。
最高の結果は、リリン達に指示を伝えた後にレラさんと接触。
無色の悪意から解放させ、味方に付ける。
「サチナはこの部屋で無色の悪意の解除を始めてくれ。やるのはセブンジードから、メナファス対策で役に立つからね」
「分かったです!」
「テトラフィーアとヴェルサラスクとシャトーガンマはここで待機。その耳の良さならば、僕ら以外の靴の音を聞き分けられるだろう?」
「勿論ですわ」
「怪しい人物が近づいてきた時点で僕に連絡。気配を探りやすくする為の罠も仕掛けておく」
神殺しの矢とメルテッサの魔道具。
どちらも遠隔で操作でき、その威力は神殺しや魔王シリーズと同等以上。
健全なレラさんなら突破できるかもしれないが、レジェリクエやカミナさんには難しいだろう。
「ユニ、一番危険なのは君だ。もし仮に、ローレライ、レジェ、カミナ、メナファスが徒党を組んで襲撃してきた場合、僕らが行くまでの数十秒を持ちこたえる必要がある」
「任せとけ。覚悟を決めたからな、戦いになったら迷わねぇよ」
「メルテッサ。何か懸念はあるかい?」
「今の所は無いかな。ただ、冒険者の装備に違和感がある気がする」
「なんだって?」
「ほぼ新品の装備を付けている人がかなり多い。ユニクルフィンがわんぱく触れ合いコーナーで冒険者を蹴散らした総数よりも多く感じる」
わんぱく触れ合いコーナーでは、破壊した装備は修復されない。
そして俺は、一切の躊躇なく絶対破壊を振り回した訳で、被害総額はかなりの金額になっている。
だが、メルテッサの感覚では、新品の装備を付けている人物が多すぎるらしい。
正確な数を把握している訳じゃないが、数式を用いて統計や分布を計算すると、俺が処理した冒険者の数を超えるそうだ。
「レジェが動き出してるね。レジェンダリア国で製造されたばかりの魔道具の配布は、メルテッサ対策になる」
「ほんと、これだから金持ってる女王様は。新品の服って目立つが、こうも一杯いると当たりが付けられないね」
汎用性が高いメルテッサ、その対策として温泉郷に存在する魔道具の情報操作をする。
メルテッサに裏切られた場合に備え、レジェリクエ・テトラフィーア・ワルトの三人で考えていた戦略だからこそ、その準備は整っていた。
「レジェ達ばかりに時間を使うのは惜しい。さっさと蹴飛ばして決着をつけるよ、ユニ」




