第52話「ベアトリクスの主張⑥」
「さてと、リリンサ、何から始めましょうか。どう考えても人類滅亡の危機ですからね、協力は惜しみませんよ」
情報交換を済ました一同から、司会としてエアリフェードが名乗り出る。
『物語の中心』であろうリリンサへ伺いつつ、会話を促して転機を伺ったのだ。
ベアトリクスが知っていた皇の情報は、半数の15体。
基本的に縄張りから出ない皇種と邂逅するには会いに行く他なく、皇種の領域侵害は種族存続を掛けた戦闘を意味する。
故に、名前だけ知っている者、皇種がいる噂程度の情報も多く、30体というのも、伝え聞いた話でしかない。
「私とセフィナ、ベアトリクスはユニクやワルトナと合流する。敵がダルダロシア大冥林そのものという情報は、絶対に共有するべき」
リリンサは先ほど、携帯電魔でワルトナに連絡を取るようにセフィナに指示を出した。
その結果、「この電話番号は、現在、電源が入っておりません」。
少しだけ眉を顰め、代わりにユニクルフィンに掛けるも……、今度はコール音が鳴るばかりで、一向に取る気配がない。
そして、むぅ!と頬を膨らまし、当初の予定通り、関所の前で待つことにしたのだ。
「そうですか、では、私たちはダルダロシア大冥林の境界にある隔絶結界の所に行きましょう」
「!!それは……、皇種が大量にいる状況では危険だと思う」
「そうです、危険です。ですが、放置する方がもっと危険ですよ」
「放置……、結界に何かをするってこと?」
エアリフェードの魔法技術の高さを、リリンサは理解している。
そして、それでさえも、幼い自分用に隠されていた実力。
幾度かの接敵で真っ当な魔導師としての戦闘力は自分以上だと見抜いているリリンサは、ふてぶてしい眼差しで師匠の出方を伺った。
「私は超常安定化に属する魔導師であり、主に、全国各地の結界管理を請け負っています」
「……!!じゃあ、犠牲者が出るように調整された結界も」
「罪悪感はあるのでね。経年劣化しやすいようにデザインして、意図的に放置しています。異常報告のいくつかは、あなた達にも処理していただきましたね」
「ワルトナが言ってた。気分の悪い話だけど、人類存続の為には仕方が無いことだと」
「危機感は人を強くする。逆に、豊かで満たされた環境では際限なしに堕落していくでしょう。幾度となく試練を乗り越えた貴女がそうであるように」
エアリフェードは大聖母ノウィンの側近であり、過酷な人生を強制した側の人間だ。
それを理解しているからこそ、リリンサはその言葉が正しいと思った。
「分かった。師匠達も存分に苦労すると良い。ただし、死ぬことは許さない」
「これまたテンプレートなツンデレですね。たすかるぅ~」
「……?意味不明。それで、結界に何をするの?」
「物理的な障壁を付与しに行きます。恐怖による自発的な渡航阻害は意味をなしていないでしょう、時の権能による記憶操作なら恐怖感を薄れさせることができますので」
「なぜ、それを知っている?」
「超常安定化は金鳳花に対抗するための組織といっても過言ではありません。知識を積み上げてきているのは人間も同じということです」
「なるほど、でも、皇種相手に有効な結界なんて張れるの?」
「物理的な障壁は超越者クラスには無意味なことが多いです。が、圧倒的な物量戦は回避することができますね」
「そういうこと。冒険者じゃない一般観光客にとっては、普通の破滅鹿ですら抗えぬ脅威」
襲来するのは、130の”頭”
そしてそれは、種を率いるという意味だと判明した。
30体の皇種が率いる軍勢の他に、100個の別グループが存在。
それが眷皇種なのか、別の何かを意味するのはまだ不明だが……、削げる戦力は可能な限り潰した方が良い。
「ついでに言っておきますが、私は世絶の神の因子を持っています」
「っ!?前はそんなこと、一言も言ってなかった!!」
「『五十一音秘匿』、この力はその名の通り、物事の秘匿に長けているものでして。魔法を長期に渡り保存する結界魔法と相性がいい」
「むぅ……、他にも何か隠されてそう。だったら」
「だったら?」
「全ての決着が付いたら、わんぱく触れ合いコーナーで遊んであげる。洗いざらい白状させるから、首を洗って待ってて欲しい!!」
ユニクルフィンを探す以外の目標も決めておいた方が良い。
そんな言葉をワルトナから貰ったのは、いつの事だっただろうか。
その時に、「師匠共を全員ブチ転がす!!」と元気よく宣言し、微笑ましい目で幼女の掛け合いを見ていた冒険者を絶句させたリリンサは、
そう言えばそんなこともあったなと、微笑んだ。
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「つ~か~れ~た~。権能を維持するのって、めちゃ大変なんだぞ。分かってんのか、人間ん~~」
エアリフェードの横で苦言を呈しているのは、まさに、『黒ゴシックロリ・バニーガール』というべき存在だ。
ベアトリクスと同じ8歳児の姿をリクエストされたアルミラユエトは、しぶしぶエアリフェード達と行動を共にしている。
「くそ~~。種族繁栄の為じゃなければ、こんなこと……」
「その矜持、尊敬しますよ、人間の皇は放任主義なのでね」
では、私たちと一緒に行きましょう、アルミラユエトさん
あん?
その道中、お話を聞かせていただきたいのです。
あ~ん?
先ほど、仰っていたでしょう。森に兎の楽園を作りたいと。おそらく、それを行うのは私になるでしょうし、直接お話を伺いたいのです。
なるほどな、いいぜ。
それでなんですが……、人形兎も人間に化けることがあります。ならば、皇であるあなたは、ベアトリクスちゃんのような完全人化ができるのではないでしょうか?
……何が言いたい?
幼女の方がテンションが上がります。
幼女ってのはアレだろ?子供を作れねーくらいの若い雌てことだろ?ベアトリクス、友好関係考え直せー!!
そもそも、友達になった覚えがねーゾ!
そんな交渉の結果、アルミラユエトは人化した。
ただし、それは外見だけの模倣であり、ベアトリクスのように人間の種族特性を発揮できるわけではない。
「さて、最低限の共も用意できたことですし、アストロズ、シーライン。貴方達はそれぞれ国に遣える重責を背負っています。無理に付き合う必要はありません」
「あ?てめぇ、どの口でほざきやがる」
ジャフリート国・国王であるシーラインと、大陸格闘チャンピオンであるアストロズは、それぞれが国の行く末を左右する立場にいる。
国が戦争を仕掛ける際に考慮する戦力として、彼ら以上の抑止力は存在しない。
「どの口とは?」
「さんざん、超越者だ、英雄だと高みを見せびらかしておいてよ、今更、重責だァ?レジェンダリアに勝てないそれに何の意味がある?」
「ははは、ごもっとも。あのプライドの高いミオがレジェリクエの書状を持ってきた。戦いもせずに軍門に下るなどありえませんからね」
エアリフェード達を温泉郷に招いた書状の差出人は、レジェンダリア国・女王・レジェリクエ。
蛇峰戦役は国際会議で上がる議題であり、テトラフィーアを連れ立って、当然のように出席している。
だが、以前は積極的な関与をしておらず、必要ならば援助をするという、一歩引いた立ち位置だった。
「このタイミングで仕掛けて来たってことは、ブルファムを落としたってのは間違いねぇだろ?情報収集も兼ねて乗ってやるかってのが、我の狙いだった訳だが。どうせ、てめぇは知ってるだろ?ゲロれや」
「それはもちろん、戦場にいましたからね。雷光槍が12万5000発も降って来るわ、尻尾レーザーで大地が消し飛ぶわ、ゲロ鳥降って来るわで」
「……ゲロ鳥?」
「今回の戦争のMVPはゲロ鳥なのですよ」
くっくっくと笑うエアリフェードは、どのタイミングで帝王枢機の存在を暴露しようか考え始めた。
彼らが無色の悪意に汚染されている可能性がある以上、情報アドバンテージは確保したい。
そして、オタク魂に火が付いたシーラインが「今すぐセフィナの所に引き返すぞ!!」と言うのを防ぐため、言葉を選びながら戦争のあらましを話し始める。




