第27話「依頼達成と新たな決意」
「ホロビノ、ユニクを乗せてセカンダルフォートまで飛んで欲しい」
「きゅ、あらー」
「後でご褒美もちゃんと用意する」
「きゅららららー!」
あれから少しの間リリンの尋問は続いたが、新しい情報を手に入れる事は無かった。
盗賊に掛けられた認識阻害の魔法は強力に効果を及ぼし、敵の人物像などはほとんど覚えていないという。
これは盗賊達の間違いや意図した誤情報ではないだろう。
なにせ、俺の相方の悪魔と壊滅竜はやりたい放題、盗賊達を尋問し抜いていた。
悲鳴から懇願、そして、沈黙へと変わっていった盗賊達が受けた仕打ちは、俺が目をそむけたくなるほど無慈悲なものだった。リリンとホロビノは楽しそうだったけど。
そして、絞り取れる情報も出尽くしたとリリンは判断を下し、セカンダルフォートに帰ろうと言ってきた。
だが、盗賊達をこのままにしていく訳にもいかない。
そこで俺とホロビノだけで町へ戻り、ゲロ鳥捕獲の依頼主に事情を話して衛兵でも派遣して貰おうという事になったのだ。
依頼主は領主の娘だと言っていたので、話はスムーズに進むだろう。
「じゃ行ってくるか。ホロビノ、宜しく」
「きゅあぁ」
「おい、乗せるの俺だけだからって、露骨にやる気を削ぐなよ」
「……。」
「なぁ、リリン。俺、コイツに乗っても大丈夫かな?途中で振り落とされそうな気がするんだが」
「……ホロビノはそんな事はしない。そんな事をしても利益がない事は、賢いホロビノなら理解しているはず。ね?ホロビノ」
「きゅあー」
「大丈夫かな?ホントに」
なんかすっげぇ不安なんだが。
まぁ、なるようになるだろ。
俺はゲロ鳥の籠を片脇に抱え、ホロビノの横に立った。
しぶしぶ足を折り曲げて背高を低くするホロビノ。
しょうがねぇなぁとでも言わんばかりの表情で俺を見やり、小さくため息まで吐きやがった。
ちくしょう。俺がコイツよりも強ければ力ずくで言う事を聞かせるのに。
俺はホロビノのご機嫌を損ねないよう慎重に背中に乗り、落ちないようホロビノの首輪をしっかりと握った。
「じゃ行ってくるわ」
「うん。ホロビノ、くれぐれもユニクをよろしく」
「きゅあ!」
えっ!?ちょ、急に立ち上がるなよ!
ッ!!そんないきなり上昇す……って、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
こ、コイツ!やる気無いからって速攻で終わらそうとしていやがる!!
くそぉぉ!負けるものかぁぁぁぁ!!
そしてこの日、俺は風となった。
しかも、亜音速で飛行するホロビノは高らかに鳴きながら、時折鳥の群れなどを見つけては突っ込んでいく。
完全に俺に対する嫌がらせだろう。
俺はセカンダルフォートの入口の外、服に付着した羽を落としながら心の中で叫ぶ。
この野郎、覚えてろよ。
**********
「さて、ユニクもホロビノも行ったし、私もそろそろ本気出す」
「え"っ?」
その場に残されたリリンサは誰に話しかけるでもなく、ポツリとつぶやいた。
完全に潰れている盗賊達は突然の事に、嗚咽を返すので精いっぱい。
だが、その嗚咽に対しリリンサは律儀に返答をする。
「あなた達が嘘をついている可能性や事実を隠している可能性は、極限までゼロに近づけなければいけない」
「俺達はもう何も知らないっ!本当だ!信じてくれぇぇ!!」
「きっとそうなのだと私も思っている。でも、あなた達は深層意識に魔法を掛けられているかもしれない。暗劇部員ならやりかねないので、精神を極限まで追い込んで確認したい」
「くっ……!可愛い顔して悪魔かテメェは……。あぁ、いいさ。気が済むまでやると良い」
盗賊の頭は観念したのか、それとももう、感情が振りきれてしまったのかそう言って捨てた。
だが、その言葉の中にはある程度の打算も含まれている。
結局、あれだけこっぴどくやられたのにもかかわらず、自分達は大きな怪我などをしていない。
痛めつけられているといえどそれは所詮、精神的なもので、人生の最底辺を歩んできたと自負する盗賊達は、多くの悲劇や残酷な出来事を経験しており意外とタフだった。
だが、そんな安い希望など、無尽灰塵を名乗るこの少女、リリンサ・リンサベルには通用しない。
「今からするのは、あの二人にはちょっと見せられないこと。尋問というより、拷問といった方が近いかもしれない」
「ご、拷問だとぉ! おい、ちょっと待ってくれ!前言撤回だ。……い、いやだ!助けてくれぇぇぇ」
「残念だけど、ユニクに危害を加えようとしたあなた達に慈悲など与えるつもりは無い。精神や人格が破綻する、底なしの恐怖をあなた達に届けよう。意識の有る無しに関わらず、本能的に私に逆らえなくなるように」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「《サモンウエポン=魔王の右腕》」
そして、最後の審問が始まる。
まずは、絶望を象徴するような渦巻く黒い槍をリリンサの手の中に召喚した。
この槍は、リリンサの所持する物の中で、最上位の能力を秘めた魔道具、『魔王の右腕 』。
名だたる蛮勇たちが己が欲望を満たす為に創造したとされる、伝説の魔道具、魔王シリーズの一つ。
所持者に願望を、対価は敵の魂を。
およそ可愛らしい顔立ちの少女には似合わないコンセプトで作られたこの魔導具は、その名を体現するかのごとく、各々の能力の他に共通してとある能力が付いている。
『恐怖装置』
そう呼ばれるこの能力は、この場にいる術者以外の生物の意識を捻じ曲げ、理由なき恐怖を撒き散らす。
生命として必ず備わっている、危機本能。
それを強制的に刺激し、思考を恐怖で塗り潰してしまうのだ。
それゆえに、この魔王の右腕 を前にして虚偽や狂言をする事は出来ない。
全ての思考が自分の置かれている状況を打開する為だけの安直なものへと統一され、残りの思考は全て淘汰される。たとえそれが、魔法を使った暗示だったとしても。
リリンサは、近づけば近づくほど効果を強く発揮するこの槍を盗賊の頭に突き付け、優しい聖女のような声色で、問いかけた。
「選ばせてあげよう。生か死か、どっちが好き?」
**********
「なぁ、リリン。盗賊に何をしたんだ?」
「念のため、もう一度尋問した」
「念のため?その成果がこれだってのか?」
「結果だけ言えばそうなる」
「盗賊全員が体育座りで等間隔に座り、微動だにしない。どうやったらそんな状況になるんだよッ!!おかしいだろッ!?」
「……ご想像にお任せする」
「想像できねぇから聞いてんだけどッ!?」
……まったく。俺がいない間に何があったんだ?
明らかにさっきまでと様子が違う。全員同じ方向を虚ろな目で見つめ、口は半開き。
例えるなら『モアイ像』が近い。
俺が町に行く前までは、疲れ果てながらもなんとか会話くらいなら出来た盗賊達が、いまや石像のように固まってる。
正直、気になってしょうがないんだが。
だが、この場に居るのはもう俺達だけではない。
俺はセカンダルフォートに戻った後、依頼主のミティさんにゲロ鳥捕獲の報告と盗賊達に襲撃を受けた話をした。
すると、俺達の狙いどうりに事態が進んだのだ。
もっとも、衛兵などを手配したのは、ミティさんを迎えに来ていた執事で、当の本人は籠の中のゲロ鳥と戦っていたけれども。
「いやー!この本当にカワイクナイ鳥を捕まえて頂いたあげく、盗賊まで捕らえてしまうとは、感謝の言葉が絶えませんね」
「まぁ、捕まえたのは成り行きだし別に良い。有用な情報も手に入れる事が出来た」
「へぇ、そうなんですか。それは良かったです。あ、この盗賊達は一応賞金がかかっていますので、不安定機構から恩賞が出ますよ。一人当たり7000エドロですが」
「……安。もっと出るかと思っていた」
「一応賞金首ですが、大した事してないんですよねー。やった事と言えば商家の荷馬車を襲って荷物を奪ったことと、たまに女性相手に乱暴を働いたりしたそうです。が、被害者はおばちゃんばっかりで本人が問題にしていないとか」
「……そう。それを聞いて、ちょっとだけ罪悪感がわいたかも」
「え?良く分かりませんが、気にすることないと思いますよ」
いや、安直に決めつけるのは良くない。
あのリリンが、「罪悪感がわいたかも」なんて言っているんだぞ?どんだけだよ。
第一、ここに帰ってくる前に府に落ちない事が一つあった。
セカンダルフォートに着くなり俺を草原に放り出したホロビノは、もう良いだろ?と言わんばかりにひと鳴きし、リリンのもとに帰って行った。
だが、俺がミティさんや衛兵を連れて町を出ると、ホロビノが居たのだ。
しかも、俺の顔を見るなり、すり寄ってきやがった。
それからずっと俺から離れようとしないホロビノを連れて森を進み、今に至る訳だが、状況を整理すると真実が見えてくる。
ホロビノは見てしまったのだ、リリンが行ったであろう尋問を。
つまり、リリンはこの壊滅竜が怯えきるようなトンデモナイ事を盗賊達にしたという事だ。
盗賊を見る限り外傷は無さそうだが、もれなく全員、目が死んでいる。
再起するにはしばらくかかるだろうな。
「リリン、無事に任務も終わったし盗賊も引き渡した。町へ戻るか?」
「そうしよう。そして、これからの計画を立てなければならない。追加の尋問で新たな真実が発覚した」
「ん?」
「盗賊達の深層意識に残っていたのは視界一面を埋め尽くす星の海。恐らく、星魔法の一種だと思われる」
「星魔法?あんまり聞かないよな」
「そう、星魔法は取り扱いが難しい。よって扱えるのは高位の魔導師、それも、天才の名を欲しいままにするような限られた人間にしかできない」
「……つまり?」
「戦闘面においても、私に比肩するか、もしくは私を超える魔導師である可能性が強まってしまったという事。もう、ふざけてなどいられない。可能な限り戦力を整え、全身全霊を以て、迎撃する!」




