第51話「ベアトリクスの主張⑤」
「ふてぶてしさに磨きが掛かっていましたので、どんだけ図太いのかと楽しみにしてみれば、皇種二匹を無傷で制圧とはね。……、ははっ、アプリコットさんもここまで酷くありませんでしたよ!!」
「ふてぶてしくもないし、図太くもない。変態共が貧弱なだけ!!」
エイワズニールが撒き散らしていた環境変化が薄れたのを見計らい、エアリフェード達が地上に降り立った。
そして開口一番、可愛らしい弟子の変わり果てた姿を絶賛。
ぎゅんぎゅん唸る尻尾にドン引きしつつ、強かに情報収集を開始する。
「……リリンサァ、ちょっとお前……、俺らと肉体で語り合おうぜ?」
「断る。変態と遊んでいる暇などない」
理解不能な進化を遂げたリリンサに興味津々なのは、エアリフェードだけではない。
魔王シリーズによって人間を超えた挙動をする身体能力、皇種を一方的に両断する剣技。
そのどちらも、前衛職であるアストロズとシーラインにとっては放っておけない緊急事態だ。
「やるならベアトリクスとやって。って言いたいけど、今はそれもダメ。たった1秒の浪費が取り返しのつかない事態に発展する可能性がある」
「皇種の大量襲来か。にわかには信じられねぇ、いや、信じたくねぇと思っちまうほど笑える状況だぜ」
観察に徹していたエアリフェード達は、目の前の戦闘だけを注視していた訳ではない。
リリンサ達の戦闘に反応した、森に潜む強者の動向。
撒き散らされた魔王シリーズの波動に対する反応を調べ、そこに同格以上の個体が複数存在していることを確認した。
「マジできちぃな。シーライン、おめえなら、さっきの鹿をどう斬る?」
「万物切断、魔力圧縮斬、時間加速、超振動刃、の刀に魔法を乗せてゴリ押し、呼吸を止めて。だな」
「それで勝算は?」
「6割と言ったところか。おめぇは?」
「逃げ一択だ、相性が悪すぎる。逆に、その兎ならそこそこ行けるぜ」
剣を媒介に多彩な魔法を扱うシーラインは、環境に溶け込んだエイワズニールを探し出す手段がある。
一方、アストロズにはそれがない代わりに、アマタノ殺すために溜め続けたエネルギーを所持。
それを開放して戦えば、アルミラユエトを相手に優位に立ち回れる。
そんな情報交換の結果、それぞれがこのクラスの皇種相手なら戦闘可能と判断。
二人と系統が違い、それぞれの弱点を補えるエアリフェードの存在を考慮すれば、レベル40万程度の皇種なら倒せると認識した。
「ベアトリクスっつったか?」
「あんダゾ!?喧嘩ならいつでも買ってやるゾ!!」
「おめぇより強い皇種、いや、強い奴はこの森に何体居る?」
シーラインが問いかけた理由は、戦闘中のベアトリクスやリリンサよりも強者の気配を感じたからだ。
森の中に点在していたそれは、人生の目標と定めた幾億蛇峰アマタノに匹敵する――、底知れない不気味さを纏っていた。
「オイラより強い奴……、そんなもん、戦ってみねーと分かんねーゾ」
エアリフェード一行は、リリンサ達との情報共有を終えている。
そして、130の頭と呼ばれる存在が、温泉郷を包囲しつつある現状も認識している。
また、捕らわれた大聖母の代わりに、大牧師ラルラーヴァーが不安定機構・黒の戦力を指揮。
その内容は、英雄ユルドルードに匹敵する戦力の、ユニクルフィン、リリンサ、ラルラーヴァー、メルテッサ、ホーライ、ローレライ、エアリフェードの7名の超越者と、それに準ずるレベル99999を持つ存在が複数。
ただし、無色の悪意を持つ人物が紛れている可能性も高く、サチナとテトラフィーアのみが判断できる状況であることも理解している。
そんな理由から、敵としてはっきりしている『ダルダロシア大冥林』の調査が最優先だと判断した。
「脳筋やオタクに変わり、私が質問させていただきますね。幼女の扱いに慣れている方が適任でしょうから」
「ロリ……?意味わかんねーけど、全方向に喧嘩を売ったのは分かったゾ」
「ダルダロシア大冥林に住む皇種の数を教えていただけますか?」
「30だって話だゾ。木星竜の外側を含めればもっといるゾ」
「では、皇種以外も含め、ベアトリクスちゃんが戦いたくない相手はどのくらいいるのでしょう?」
「え……、いっぱいいて分かんねーゾ」
「思い出せるだけでいいので、教えていただけますか?」
ダルダロシア大冥林に住む皇種の数が30と告げられたことで、既に、人類の認識とずれていることが発覚。
アストロズやシーラインが持つ図鑑に記載されている数は25、超常安定化に属しているエアリフェードですら、28体の皇種しか認識できていない。
「皇種で戦いたくねーのは……、月狼皇・ラグナガルム、金不朽麒・チィーランピン、白虎皇・ヒャクゴウ」
「チィーランピン?」
「麒麟の皇。あいつ以外の麒麟なんか見た事ねーくらいにレアな種族だゾ」
不足している情報の一体、金不朽麒・チィーランピン。
かつてベアトリクス=溶嶽熊が戦いを仕掛けるも、手も足も出ずに敗北。
代償として失った下半身を再生した結果、木星竜の種子が発芽しさらなる窮地に陥ってしまったという、ベアトリクス=アルティが皇種を継ぐ直接的な原因になった存在だ。
「眷皇種だと……、サチナ」
「サチナちゃんはそこに来るんですね?」
「サチナにケンカ売れる奴はアルティメット馬鹿だけダゾ。オイラ的には、那由他と大差がねーんダゾ」
「始原の皇種と同格ですか。強いとは思っておりましたが、そこまでとは」
「他には、木星竜・天王竜・黒塊竜の最上位三竜、あと……白いの」
「白いの、とは?」
「鎧王蟲・ダンヴィンゲンと一緒に居る人間?っぽいやつダゾ」
一同が首をかしげる最中、リリンサとセフィナが息を飲む。
その正体がヴィクトリアであると気づき、思案顔で口を開いた。
「その白いのとは、おそらく、混蟲姫・ヴィクトリアだと思う」
「ヴィクトリア……!それはアプリコットさんやダウナフィアさんが探していた例の」
「知っているんだ?彼女はホーライと繋がりがある存在で、世界を救う実力を持っている。友達になれれば心強いけど……」
それは、おそらく難しい。
リリンサがそう続けたのは、500年もの歳月があって、ホーライが接触していないと思えなかったから。
彼女との関係性が改善していない、それはつまり、ホーライ……、人類の守護者との決別。
昔話後の質問でも、ヴィクトリアのその後を「聞いてくれるな」といって濁したのも、何らかの不測の事態があったと判断したのだ。
「ベアトリクス、ヴィクトリアと出会った時のことを教えて」
「半年くらい前?ダゾ。ボロボロになったダンヴィンゲンと一緒に来て、木星竜と何かを話してたゾ」
「その内容は分かる?」
「天王竜にやられた的なことを言ってた気がする。で、繭になった奴が孵化するまで森にいたゾ」
半年前、ホロビノと戦った……?
思考を巡らせるリリンサ、そして、アルテロ近郊の森が壊滅していたことを思い出す。
確か、焼け野原になった森の中に、三頭熊の死体が複数落ちていた。
その時はホロビノが本気で戦った跡だと判断したけど、それはおかしい。
実力を隠していたホロビノならば、三頭熊ぐらい森に被害を出さずに瞬殺できたはず。
それが出来なかったのは、相手が同格……、ダンヴィンゲンだったから?
「ちょっと聞きたい。今でも、ベアトリクスに逆らって人間を襲う三頭熊っているの?」
「暗号熊がそうだゾ」
「その熊って強いの?」
「ずる賢くて、戦わせ方が上手いって聞くゾ。実力が近い敵同士を鉢合わせて、弱った相手を潰すんダゾ」
「ベアトリクスが探しているのも、その暗号熊?」
「オイラから皇位簒奪を目論む一派の首魁。やられる前にやっとけって落撃熊たちに言われてるんだゾーー!」
その暗号熊とやらに、戦いが仕組まれた?
ダンヴィンゲンは、数年前にホロビノを可愛い姿になるまで転生させた相手の可能性もある。
一昨日、ホロビノは木星竜に会いに行ってた。
その理由や結果は聞いていないけど、無事に帰ってきた以上、敵対はしていない?
むぅ、木星竜、暗号熊、ホロビノ、ダンヴィンゲンの関係性が繋がらない。
ゴモラは何か知ってそうだけど、金鳳花が関わる情報は教えてくれな……、ということは、関与は確定している?
「ゴモラ、何か知ってる?」
「ヴィギル~」
「……そう、やっぱり『教えない』なんだね」




