第49話「ベアトリクスの主張③」
「こりゃあ、参った。あれは悪の女幹部なんかじゃねぇわ」
「だな。角も尻尾も立派なのが生えてるとくりゃ」
「悪魔っ娘の最高峰。間違うことなき」
「「「魔王」」」
空から見学していた忌むべき変態共が心を一つにした。
萌えだ悪魔だと楽しく騒いでいたのも、戦闘開始後3秒まで。
そして、もはや手の付けられない比類なき魔王に進化した弟子をどうやってからかってやろうかと、真剣に考え始める。
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「流石だゾ。リリンサ」
「あっ……、おいおい、エイワズ、お前……」
組み合う二匹のベアトリクス、互いに視線は相手に向けたまま。
されど、皇である以上は周囲の状況把握など、出来て当たり前の礼儀だ。
「……誰だよアイツ。エイワズはただの人間には負けねぇ……、だろうがよッ!!」
体重を乗せたアルミラユエト足払いが、ベアトリクスの足元を木っ端微塵に粉砕した。
怒りと混乱と共に放たれたそれをベアトリクスは回避し、反動を利用して組まれていた手を解く。
そして、お返しとばかりに胸板に蹴りを叩き込み、5mの距離を取った。
「リリンサはユルドルードの息子と番になった、アプリコットの娘だゾ」
野生の熊であり、皇であるベアトリクスにとって、一夫多妻制こそが常識。
皇の記憶を遡ってみても、一匹の異性と添い遂げた皇など居ないのだから当然だ。
そんな理由から、リリンサ、ワルトナ、テトラフィーアと自分はユニクルフィンの番に内定。
仲良く全員孕めばいいんだゾーー!!とテトラフィーアに宣言し、引きつった顔の愛想笑いを貰っている。
「人間と人外の皇……ッ!?マジか、そうかよ、女狐めぇ……ッ!!」
アルミラユエトの中で、何かの疑問が解決した。
漠然と抱いていた焦燥感の答え、それが『捨て駒』だったと理解する。
「アルミラユエト、返礼代わりに聞いてやる。……降参するか、ダゾ?」
「真似か、ガキ」
「それもあるゾ。だけど、礼は返さなきゃ皇が廃るゾ」
それはいつの日にか聞いた言葉。
その時は、『やられっぱなしは舐められる』という意味だった。
そして、ベアトリクスはアルミラユエトに返す。
生き残る為の可能性を。
「舐め腐りやがる。それをされたら終わりだって、教えただろうがよ」
「……ッ!それは溶嶽熊の……ッ!?」
ボゴン。ボゴン。とアルミラユエトが沸騰を始めた。
怒り狂って噴火する山のように湯気を出し、皮膚の表面に亀裂が走る。
そしてそれは、ベアトリクスにとって身近な知識。
大自然の猛威を纏った肉体を媒介に、接触した環境を激変させる溶嶽熊の権能『自然観察園』。
その中でも多用されていた『溶岩地帯』を選択し、アルミラユエトは真の意味でベアトリクス=溶嶽熊を模倣する。
「お前の権能は、他種族の権能まで使えるのか、ダゾ!?」
「さてなァ」
ぐるりと巨躯を一回転させ、アルミラユエトが地面を穿つ。
刹那、灼熱の波紋が大地を歪め、吹き出した熱波が部外者の視界を遮る。
エイワズニールを殺した人間と組まれれば、勝ち目は薄い。
必須だと判断した分断に成功し、アルミラユエトが疾駆する。
「てめぇで、確かめてみッ!!」
「はッ!!上等、ダゾォォォォオ!!《皇の模倣=熔嶽熊!!》」
権能を発動した溶嶽熊の攻撃は、相手の肉体までも、自分が纏っている自然現象と同化させる。
溶岩を纏って殴った相手は摂氏1200度の流体と化し、氷塊を纏って殴った相手は-273度の個体と化すのだ。
それを理解してなお、ベアトリクスは真っ向からの迎撃を選んだ。
記憶にある溶嶽熊の権能、それを自身の権能を使って模倣。
アルミラユエトの拳を真正面から殴りに行く。
迸る衝撃に混じり飛んだ、火花が、雷が、氷雪が、周囲の環境を激戦させる。
皇種同士の本気の殴り合い、それは真理究明の悪食=イーターを持つリリンサにすら容易に手が出せない混戦を生みだした。
「くはっ、レッスン、ツー!!《触媒の権能・射ヌ刃ノ杵柄》」
「固ッ……ダ、ゾォォォオッ!!」
打ち付けたベアトリクスの拳がひしゃげ、骨の砕ける嫌な音が木霊する。
『触媒の権能』の能力は他者の模倣でもなければ、複製でもない。
物質の性質や体積、質量を変化させる――、だからこそ、溶嶽熊の権能を模倣したように見せかけられるだけ。
神製金属並みの硬度に変化したアルミラユエトの乱打。
不意に受けるにしては手痛すぎる一撃、されど、そうと分かっていれば話は別だ。
「そ、れ、が、どうした、ダゾォォォ!!」
「ッ!?」
「んなもん、もう、慣れっこなんだゾーー!!」
ベアトリクスの脳裏に浮かんだのは、歴史に名だたるクソタヌキ。
ソドムが操るエゼキエルデモンの拳、それは本物の神製金属でありながら、神の理によってクリティカルが確定している絶対不敗の攻撃。
それの完全攻略、それが今のベアトリクスの目標だ。
「ま、ジ……、ま”っ……ッ!?」
アルミラユエトは、レベル43万を持つ強者だ。
だからこそ、その差は覆らない。
ベアトリクスのレベルは、アルミラユエトの約2倍……79万。
一撃に乗る重みが、経験の違いが、歴然とした傷となってアルミラユエトに蓄積していく。
「礼を言うゾ。お前らがいたから、オイラは皇になれた」
「かはっ……、良い月だ」
「《三十重皇爪牙・神無月ッ!!》」
両手足で20、さらに、嚙み合わさった牙で10。
放たれた合計30の月が、アルミラユエトを包み込む。
月の満ち欠けがそうであるように、それら全ては一致しない――、別の魔法を内包した斬撃。
それらが重なり合ってできる、永遠の新月。
色が存在しえないほど破壊された物質が、再び満ちることはない。
「かっ、か……、」
ぐちゃりと落ちた、皇。
下半身を失い、ずるずると地を這う姿は、ユルドルードに向かい続けた溶嶽熊の最期と似ている。
だが、アルミラユエトには、そうするべき矜持も、義務も、存在しない。
ただ親しい友の傍に行きたかった、それだけだ。
「エイワ…ズ……、ニール、久しぶりによぉ……」
「……アルティでも見ながら、一杯やろうや……」
知識を継承する皇種は、自然と人間の娯楽を覚えていくものだ。
魔法が得意なエイワズニールと、手先が得意なアルミラユエト。
比較的仲が良い2匹の皇種が協力し、果実酒を作り出したのはいつの事だっただろうか。
アルミラユエトは友の前にたどり着き、角の一本へ手を伸ばした。
パキン。という音に混じり、ちゃぷんと水音が跳ねる。
「アルミラユエト……」
動かなくなったアルミラユエトへ向けて、ベアトリクスは声を掛けた。
先代の教育を受けずに皇を受け付いたベアトリクスは、周囲の皇から教えを賜る道しか残されていなかった。
だが、用意されていたラグナガルムと違い、他の皇との交流は命の保証が無い。
それどころか、攻め殺して滅ぼそうとするものが殆どだろう。
そんな中で友好を築けたのが、アルミラユエトとエイワズニール。
両者ともに打算はあったが……、それでも、酒を片手に迎え入れてくれた。
ベアトリクスにとっては尊敬できる先輩だったのだ。
「ベアトリクス……?」
「リリンサか」
リリンサの声には、困惑が含まれている。
今更ながら、敵と面識があったと気が付いた。
「私、もしかして、取り返しのつかな――」
「いや、これで良いんダゾ。エイワズニールは本気でオイラ達を殺しに来ていた。殺意を向けたんだから、殺されて当然だゾ」
「エイワズニールは?じゃあ、その兎は?」
「こいつは最初っから殺す気なんてないゾ。おら、いつまでも死んだふりすんなダゾーーッ!!」
げしぃっ!!と本気の蹴りが炸裂し、溶嶽熊の亡骸が爆散。
その中から、体長80cmほどの兎が這い出てきた。
「いちちちち……、バレてーら」




