第48話「リリンサの主張⑨」※挿絵あり
「おい、見ろ。完全に悪の組織の女幹部だぜ」
「闇落ちした姉が敵たァ、王道展開じゃねぇか。熱ぃぜーこれは」
「惜しむらくは、女児が見たら泣いてしまう所でしょうか」
「そこの変態共、本当にうるさい」
30mも距離が離れていようとも、感覚を研ぎ澄ましているリリンサにとっては無いに等しい。
そんな忌むべき師匠達の容赦ない喝采にイラつきながらも、僅かにも気を緩めたりはしなかった。
「セフィナ。危ないからそこから出てはダメ。もしもの場合はロリコンを盾にするべし。なかなか死なないから役に立つ」
「おねぇちゃん!?」
「そして変態共、よく見ておくといい。これが今の私の全力。英雄の領域にたどり着く為の力」
ふぅと息を整えたリリンサ、それを見ながらエアリフェードは思い出す。
さっきまで楽しそうにしていた雰囲気を一変させて目を細める仕草は、アプリコットにそっくりだと。
**********
「さっきのはベアトリクスの声。急ごう」
ほんの少し前。
ベアトリクスの咆哮を聞いた一行は、移動速度にバッファを掛けた。
それぞれが得意な強化魔法を施し、一気に森を駆け抜けていく。
「おねーちゃんは魔王シリーズを出さないの?」
「まだ駄目。恐怖機構が撒き散らす畏怖を感知されれば、事態が急速に動き出す」
「そうなの?」
「魔王シリーズはエゼキエルの武装。皇種の記憶の中で危険物として認識されている可能性がある。ギリギリまで伏せた方が良い」
森に入ったリリンサが装備しているのは、手袋に擬態させた魔王の左腕だけだ。
コントロールできるようになったとはいえ、全力の魔王シリーズが放つ魔力の波動は強大。
それを知る者に感知された場合、逃亡や徒党を組まれるなど、事態が悪化する可能性があった。
そしてリリンサは、急速に進む今の状況を楽観視していない。
防御面で見れば魔王シリーズを纏った方が良い、だが、防御だけでは勝てない。
少なくとも、対策を取らせない情報アドバンテージは確保しておきたいと思ったのだ。
「……っ!?、止まっ、だけじゃダメ!!今すぐ後ろに下がって!!」
魔王の左腕が示す、生命が持つ『致命的な弱点』。
それが、忌むべき師匠達に付与されたことを感知し、皆を急停止させる。
「どうしたァ?」
「空気が変。魔法が掛かってる」
リリンサの警告に従い、一斉に調査が始まった。
もっとも理解が早かったのはゴモラ、そして結果を伝えられたセフィナが青ざめる。
「毒も混ざってるってゴモラが、おねーちゃん……?」
「睡眠魔法、感覚鈍化、身体能力低下の魔法に加え、呼吸困難に陥る一酸化炭素、声質を変化させるヘリウムなどの化学毒も混ぜられている」
「でも、ゴモラでも良く見ないと気が付かないくらいに薄いって」
「そう、薄い。だけど、吸い続ければやがて効果が出始める。そして、それは致命傷」
「えっ……」
「超越者同士の戦いでは、ほんの僅かな気の緩みが死に直結する。これをしてる奴はかなりの手練れだね」
リリンサの解説はセフィナに向けたもの。
当然、リリンサに教えた師匠達は言われるまでもなく理解している。
「このやり口、破滅鹿か?」
「でしょうね。これだけ複雑な魔法行使……、皇でしょう」
「大物だな。皇鹿蹄死・エイワズニール、危険生物図鑑のランクは、大国滅亡の危機だったか」
一気に張り詰めた緊張感、それぞれが足を止め、思考に浸る。
そんな中、迷わず歩を進めたのは、リリンサ。
セフィナの頭を撫でて「待ってて」と言いつけ、魔力をローブの内部に循環させる。
「おい、何をするつもりだァ。リリンサ」
「私一人で加勢しに行く」
「無謀じゃねぇのか?それはよォ」
「逆。空気対策が出来ない人が居ても邪魔なだけ。だから……、エアリフェード。あなたなら影響を受けない遠距離から援護が出来るはず。私が失敗しそうになったら手伝って」
リリンサは師匠達の実力を知っている。
だからこそ、大切な妹を預けることに迷いがない。
「分かりました。皆さん、空から観戦しましょう。ああいった毒物は下に溜まるものですので」
前と上、それぞれが目標に向かって走り出し、役割を全うする。
リリンサの目的は友達の救出。そして、エアリフェードの目的は援護と”警戒”。
予期せぬ第三者の介入の阻止だ。
「《来て=私の魔帝兵装》」
疾駆する漆黒の光。
それを携えたリリンサは尻尾を伸ばし、友達を絡めとって救い出す。
**********
「た、助かったぞ……。リリンサ、サチナに言われてきたのか、ダゾ?」
ベアトリクスと協定を結んだサチナは、有事の際の緊急避難先を設定していた。
それはかつて、この森がサチナの遊び場だった頃の名残り。
ここは時の権能を使った空間移動の座標であり、最も援軍が来る可能性が高い場所だったのだ。
「説明は後にしよう。そろそろ、恐怖に馴れられる」
「魔王シリーズのあれか、ダゾ。オイラも最初はめちゃんこ怖かった記憶があるゾ」
999タヌキ委員会で行われる帝王試験、そのEXマッチ。
敗北した挑戦者に目標を見せる為、タヌキ帝王の一匹が呼び出された皇種と戦うという、カツテナイ・デモンストレーションだ。
その中でほぼ無敗を貫いているタヌキ帝王こそ、ソドム。
格下相手に手を抜いた上で勝利することで次回への対策を封じ、何重にも引き出しを隠し持って戦うという最高峰のクソタヌキムーブを仕掛けてくる、歴史に名だたるレジェンド・クソタヌキである。
そんなソドム相手に、ベアトリクスは惜しい所まで行っている。
ソドムはエゼキエルを召喚するばかりか、魔王兵装を装備。
王蟲兵と戦う時とほぼ同じ戦闘力で、躊躇なくベアトリクスを葬っている。
そうしなければならないほど、ベアトリクスは油断ならない相手だと認めたのだ。
「ベアトリクス、空気に毒を混ぜているのはどっち?」
「エイワズニール、鹿の方だゾ」
「そう。なら、私はそっちと戦いたい。良いよね」
ベアトリクスにとって、その提案はありがたいものだった。
同じ身体能力特化のアルミラユエトの方が戦いやすいからだ。
「いいけど……、いや、無粋なことは聞かないゾ。その代わり、勝てダゾ」
「もちろん。相手は皇種、無策で突っ込んで勝てるほど、甘い相手じゃないのは分かってる」
忌むべき師匠……、エアリフェードが超越者だというのなら、万が一の保険になる。
エイワズニールがしていたように、一瞬の隙が逆転の目になるから。
だけど、私は一人で皇種を斃したい。
ユニクはラグナガルムに勝利した。
そのラグナガルムに負けたベアトリクスにも勝てるはず。
花ちゃんは前にワルトナ達と一緒に戦って勝利したけど、出させた本体の長さが全然違う。
なんとなく、私の中に眠るあの子も、英雄側だと思った。
追いつきたい。
あなたに追いつきたいんだよ。ねぇ・・・。
「エイワズニール。あなたの相手は私」
「クカ。クカカ。人間、メス、柔らかな……、ニク」
「あなたの事は知っている。危険生物図鑑に載っているから」
『皇鹿蹄死・エイワズニール』
*動物界
*脊椎動物亜門
*哺乳類網
*偶蹄目科
*破滅鹿族
*『皇種』
ダルダロシア大冥林に住まう、破滅鹿の皇。
死を行軍させる、屍の王だ。
破滅鹿は角に獲物の死体を張り付けて晒し、肉を腐敗させてから食す習性を持つ。
その為、破滅鹿に敗北した冒険者の遺体が森をさまよう目撃例が、後を絶たない。
だが、エイワズニールが屍の王とされているのは、見た目が原因ではない。
かの皇は死の理を覆し、屍に魔法という名の命を宿させる。
配下の破滅鹿に騎乗したかつての冒険者……、死霊騎士ですら、ランク8以下の冒険者では刃が立たない。
それを操る皇にたどり着くことなく屈し、仲間として迎え入れられるだけだ。
かつて、ダルダロシア大冥林への侵攻を指示した愚かな王がいた。
その国王を弾劾したのは、騎士団長の亡骸。
人知を超えた力を宿した一騎の骸が、再び王に仕えるべく、剣を振るったのだ。
皇鹿蹄死・エイワズニール
危険度*『大国滅亡の危機』
※抗う術は無い。
「私もあなたと同じ魔導師。その力、存分に見させて貰う」
「クカ。クカカ」
リリンサの緑色に発行する眼光が、エイワズニールの姿を捕らえた。
骨で作られた鹿の骸骨頭は囮。
本体は、その横で森に擬態している。
エイワズニールにも、代々受け継がれてきた皇の知識がある。
それらは歴代の皇が習得したオリジナル魔法の集合体。
時に勝利し、時に敗北させられた、敵が使用した魔法を覚えて角に宿して再現し受け継いできたのだ。
「《クカ、ク、カカカ……!!》」
先手を取ったエイワズニール、既に看破されている骸骨鹿を崩し、細かな骨の霧を作成。
凝塊の権能を発動し、骨の構成分子を解いて撒き散らす。
「《魔帝の質疑、心理を究明せよ》」
白亜の霧がどんな結果を示すのか。
それが判明した時には既に、勝敗が決している。
エイワズニールが求めたのは、空気中の酸素の凝結。
骨の霧に酸素を吸着させ、他の有毒成分濃度を急上昇させる、物理法則攻撃。
生命維持に必要な呼吸を、防御魔法は阻害しない。
神の理を知っているからこその即死攻撃、それを魔王の左腕に搭載された悪食=イーターが見破った。
「ん……っ!」
そして、魔王の心臓核の『循環』によって、リリンサの体内酸素濃度が整えられた。
一時的に呼吸を停止し、無酸素状態でも活動できるように調整。
それには、喉を使用しない発声も含まれる。
「流石は皇種。殺意が他の生物とは段違い。《魔帝たる私が命じる。魔王の右腕よ、雷霆を灯せ》」
ピシリ。っと軋んだ空間に、万雷の光が充満する。
右腕と融合している巨大な刃爪が輝き、その軌跡が雷光で埋めつくされた。
アプリコットの膝の上で憧れた、英雄ホーライの必殺技。
拳と刃、その違いこそあれど、威力は同等。
「いくよ」
愛すべき妹と忌むべき師匠へ向けた、戦闘開始の合図。
たんっ、っと軽い跳躍。
それの後に続いたのは、人間ではありえない挙動。
地面に走った雷光に乗るように、リリンサが地を滑る。
足で空中を蹴るたびに加速し、やがては音すらも置き去りにした。
リリンサが立ち止まって、1秒、雷鳴が発する。
砕けたエイワズニールの頭蓋が、パラパラと崩れた。
「……ッ!?クカァ……」
立ち上った白煙、落雷に打たれた木がそうであるように、そこは焼けこげ爛れている。
角で覆っていた顔面も露出し、憎々しそうな眼光がリリンサを見やった。
「見破らテいるカ。そうか……、そうカ……ッ!!」
エイワズニールは理解した。
周囲に擬態し、環境を支配して優位に立つという戦略が破綻していることを。
刹那、鳴り響いた大合唱は、数えきれない鹿の骸骨による嘲笑。
白亜の霧を変化させたそれがガチガチガチと歯を鳴らしながら、エイワズニールに取り込まれてゆく。
「ん、第二形態?」
「そそそそ、そうだ、だだだだ。たたたた、多重権能起動、うううう、《凝結の権能・虚装魔軍》」
エイワズニールの全身を余すことなく、白亜の角が包み込む。
それは、鹿を象った起動要塞。
帝王枢機が変形したらこんな感じになるかも?とリリンサは思った。
「《くくくく、砕けろ、ろろろろ。蹴龍音皇》」
初代・鹿の皇の名を借りた、エイワズニールの必殺技。
それは全身から高位魔法を乱射しながら相手に突っ込むという、理知を投げ捨てた暴虐だ。
魔法十典範から魔法が派生するように、魔法同士が干渉しあって別の魔法になることがある。
それを意図的に呼び起こすこの技は、エイワズニールにすらどんな結果が生み出されるか分からない。
唯一つ言えるのは、魔法の発射口であるエイワズニールは影響を受けないこと。
そして、発生する魔法は魔法十典範を凌駕しかねない威力を発揮することだ。
「それがあなたの最高?」
「クカッ!!ク、ガガガガガガガガガガッ!!」
「そう。その程度なんだ」
リリンサには見えている。
翳している魔王の左腕、その悪食=イーターを通じてエイワズニールの全て……、宿している魔法の効果や威力、その対処法。
そして、戦いの結末までを完全に見通して。
「《装填し起動せよ、魔王の脊椎尾》」
触れれば即死する猛毒の水が、リリンサの頬を撫でずに通過する。
回避運動すらしない。
真理究明の悪食=イーターが見通す未来には、そうする必要性が描かれていないから。
たんたたん。と魔王が踊る。
エイワズニールとの距離を調整し、左腕を向けて標準をロック。
そうして微笑み、撃鉄を引いた。
「《魔帝の焦熱獄・天滅す勝利の剣!!》」
それは、タヌキ帝王ソドムが操るエゼキエル・デモンの必殺技。
大地を、山を、空を、地平線を両断する一撃。
エルヴィティスとの戦いでそれを見たリリンサは、魔王の脊椎尾での再現を目論んだのだ。
魔王の脊椎尾の巨大アームが駆動し、剣のような形状のエネルギー収束ユニットへ変形。
内部に搭載された魔法は『栄光を生み出す剣』。
光の剣を山のように降らせる大規模殲滅魔法、そのモデルとなった伝説こそ、エゼキエル・デモンの創りし救世。
「クカッ!?クカックカカカカk・・・・・・」
それはまさに、超光速の決着だった。
ブゥンっと残光を残して消えてゆく、栄光を生み出す剣。
その軌跡上には、一文字に両断されたエイワズニールの遺骸。
リリンサが振るった魔王の脊椎尾による横薙ぎ。
あらゆる未来を見通す悪食=イーターによる完璧な戦闘管制により、周囲への影響は無い。
全てのエネルギーが敵と接触した瞬間に収束するそれは、ソドムのお家芸……、『常時クリティカル』。
「ただの大規模戦略魔法でこの威力。なら、魔法十典範を装填した場合は……、ふふ」
リリンサは笑った。
・神と同じ姿を得る。
・強力な超越者から加護を授かる。
・皇種を殺害する。
三つの条件をクリアし、踏み込んだ人外の領域。
― レベル100000 ―
愛する人達に追いついたから。




