第47話「ベアトリクスの主張②」※挿絵あり
「輪廻を宿す木星竜が……、じゃあ、オイラ達の住処、ダルダロシア大冥林が敵、なのかダゾ……」
『輪廻を宿す木星竜』
ダルダロシア大冥林に暮らす生物で、この名を知らぬ者は存在せず。
そして、その真の姿を知る者も存在しない。
『命を育んでくれて、ありがとう』
ダルダロシア大冥林に住まう者たちは、森から得た恵みを食す度に、見知らぬ竜に祈りを捧げる。
それは本来、森へ向けられるべき感謝だ。
ではなぜ、森ではなく一個体の竜へ祈りを捧げるのが常識となっているのか。
それは、どこまでがダルダロシア大冥林で、どこからが輪廻を宿す木星竜なのかが分からないからだ。
「やっぱり、オイラが出会った木星竜と、溶嶽熊の記憶。他の皇種の証言、どれも一致しないゾ」
輪廻を宿す木星竜に会うこと自体は、難しいことではない。
皇種の身体能力を使って探せば、少しの捜索期間で見つけることができる。
そして、その理由をベアトリクスは考えたことが無かった。
『ここまでをサチナの縄張りにするのです』
『どうせなら、オイラの縄張りと連結させちゃうのはどうだゾ?』
『ダメなのです。そこはもう、兄さまの背の上なのですよ』
サチナと交わした、他愛もない会話。
その時に教えて貰ったのは、ダルダロシア大冥林は、巨大な森ドラゴンの背の上にあるという信じがたき事実。
広大なダルダロシア大冥林で輪廻を宿す木星竜を直ぐに見つけることができるのは……、複数、存在しているからだ。
別個体に話しかけても前回の会話の内容を知っており、意志の疎通に問題はない。
一部のタヌキが分裂して活動しているのは、悪食=イーターを使って知識の同期をしているから。
だが、それを持たない竜は、分裂できたとしても、記憶の共有はできない。
それが可能なのは記憶が分かれていない――、全てが繋がっている一個体である場合のみ。
「森のみんなが気が付かないのは……、無色の悪意が隠蔽してるからダゾ?で、問題なのは」
輪廻を宿す木星竜=ダルダロシア大冥林ならば、その地で取れた果実を食すことは、竜の肉体を摂取しているに等しい。
そして、『命の権能』を持つ森ドラゴンは、自らの影響を受けた種子を遠隔で芽吹かせる竜魔法を持つ。
もしそこに、無色の悪意が潜んでいるとしたら?
原悪を宿した木に生った、禁断の知恵の実。
食物連鎖を通じ、ダルダロシア大冥林に住むすべての生物種が、悪意の果実を摂取していることになる。
「溶嶽熊は気づいた。だからこそ、オイラを選んだ……ダゾ?」
溶嶽熊がしたように、後天的に種子を取り除くことは可能だ。
ただし、発芽後は神経に根を張っているため、致命的な損傷を負う。
神経が理の伝達機関である以上、これを破壊されると、回復という神の因子が機能できなくなるからだ。
『あぁ、勝機だ。つーより、生き残るにはこれしかねぇわな』
溶嶽熊の言った、『勝機』。
それこそが、アルティが持って生まれた『人化の魔法』。
「アルミラユエトやエイワズニールはやられた。そんで、オイラは無事だった。人化の魔法が良い感じに作用してるっぽいゾ」
溶嶽熊がなぜ、人化の魔法を勝機と言ったのか。
その理由までは理解できていない。
深く記憶を探る時間も余裕も、ベアトリクスには残されていないからだ。
「サチナと合流したいゾ。その為には……」
カシュコン……。
カシュコン……。
カシュコン……。
再び響く、死の足音の接近。
それは、今ここで越えなければならないと判断した、壁。
「ひとリゴト。群れに捨てられ寂しいコ。なおらんナ。治らんなァ」
「ワザとだゾ。どこに逃げてもバレるなら、動き回って体力使うのは馬鹿馬鹿しいんダゾ」
輪廻を宿す木星竜と敵対した時点で、ダルダロシア大冥林付近で隠れることは不可能となった。
ましてや、支配下にあるエイワズニールが相手では、無駄に体力を使うだけ。
だからこそ、ベアトリクスは自分の場所を明かしながら体を休める選択をした。
ほんの僅かにでも、勝率を上げるために。
「くんっ……。アルミラユエトも居るのは分かってるゾ。それとも、オイラの事が怖くて、奇襲しかできねーのか?ダゾ」
「なわけねーって。おま程度、まともに戦うのがダリーだけっつの」
悠然と立つエイワズニールの上に、胡坐をかいた1mの兎が出現した。
いや、初めからそこに居たのだ。
ただ、体毛を空気と同じ光の屈折率にすることで、不可視になっていただけ。
「『触媒の権能』、相変わらず曲芸じみた能力だゾ」
「はんっ、負け惜しみってか。お前は自分しか変えらんねーしな」
幻世皇兎・アルミラユエトが持つ力、『触媒の権能』。
それは、触れた物質の変質。
元素構造を組み替えて、性質や質量、体積を変化させることができる能力だ。
「ガキ相手で2対1。負けるわけねー、だーりぃー仕事だわ」
「あァ、我らの真似でシカない、錬熊術師。ワタシたちの劣化模造品」
多彩な魔法を持つ、エイワズニール。
必要に応じて肉体を可変させる、アルミラユエト。
ベアトリクスの戦術は、この両名の長所を混ぜたものだ。
『錬熊術師』
人化に特化した肉体変化の権能。
それは、人間が持つ恩恵……、声による魔法行使、精密な魔力操作、魔道具の使用を可能にする。
さらに、常に最適化され続ける肉体は疲れを知らず、自傷してしまうほどの強大なバッファもリスク無しで使用可能。
熊が持つ爪の魔法紋と組み合わせることで、多彩な戦略を可能とするフィジカルモンスターと化す権能だ。
「劣化?はっ、調子に乗んなダゾ。参考にしてるのは、お前達だけじゃねーんだゾ」
「クカカ。クカカカ。だからダ」
「おまが切り捨てた部分にも、意味はある。皇種の権能に、不要な部分などねー」
ベアトリクスがしているのは、自身の権能を使った再現でしかない。
権能そのものを手に入れている、蟲量大数や那由他とは根本的に違う。
「権能を使っテ、真似ているダケ」
「パクれんのは、世界の頂に立つ那由他様のみ。純粋な2対1だ、勝てる道理はねーなァ」
その罵倒が終わった瞬間、ボコボコボコボコ……、とアルミラユエトが沸騰した。
自身の体組織を、常温で気化する物質へ変換。
250倍に膨れ上がった体積、それをさらに変換する。
「……溶嶽熊、ダゾ!?」
「真似は人形兎のお家芸。クマのママゴトとはクォリティが違うって」
ぶふー。っと鼻息をまき散らし、アルミラユエトは溶嶽熊と成った。
それも、ベアトリクスが知る弱弱しい下半身ではなく、ラグナガルムと争っていた時代の全盛期の姿。
「いくぜぇッ!!」
「はっ、上等、なんだゾォォォオッ!!」
大地を踏みしめ走る、2匹のベアトリクス。
その差は顕著だ。
姿、大きさ、権能、何もかも違う。
そして、最も違うのは、数の優劣。
「ワタシを忘れていないカネ?」
そして、環境が蠢き始める。
エイワズニールの姿は森に隠され、代わりに、上下左右前後、360度から殺気が立ち上った。
二度も同じ轍は踏まない。
ベアトリクスは足の爪に魔法を宿し、テトラフィーアに貰った靴を燃やして脱いだ。
せっかく貰ったプレゼントなのに、ダゾ。
勝ったご褒美にまた買って貰えばいいと自分で慰め、戦いに集中する。
「《英雄の技巧・傲慢な駿馬を走り抜くだゾ!!》」
『人間がどういう動きをすんのか分かってりゃ、役に立つだろ』
それは、ベアトリクスの遺言。
幼き体で種族を背負わせてしまった娘に対する、精いっぱいの償いと愛情。
ベアトリクス=溶嶽熊はアルミラユエトの能力を知っている。
故に、自分が娘を殺そうとすると分かっていた。
だからこそ皇の記憶と使って遺したのだ。
自分を一方的に殺した、英雄の技を。
「速っ……!?」
「だぞぉおおおおおおおおおおおおお!!」
森を駆けるベアトリクス、その動きは光速。
常に肉体が最適化される彼女にとって、大気摩擦などの自傷ダメージは足枷にならない。
溶嶽熊・アルミラユエトの死角を縫うように接近し、懐に潜り込む。
突き出すのは神殺しの刃ではなく、自身の爪。
5本すべてに別々の魔法を宿らせた、ベアトリクスの通常技。
「《五重皇爪・熊破壊刃ッ!!》」
「ぐっ……!!」
ズパァンッ!!と軽快に、溶嶽熊の身体が裂斬された。
6枚に輪切りにされた胴、その内部は……青白い銀色の金属と木の根。
「なん、ダゾ!?」
「が、ガハハッ!!いったろーが、劣化でしかねーて」
ぐにゃりと伸びた木の根が互いを引き寄せ合い、融合。
そして、アルミラユエトは、無防備を晒したベアトリクスの背中へ剛腕を振るった。
「かっ……」
地面に叩きつけるなどという、失策はしない。
力の限りに吹き飛ばしたベアトリクスが向かう先は、鋭い骨が並ぶ鹿骸骨の顎。
「!?……いっ、き、できな……ッ!?」
「死ネ」
先ほどと同様に、二十重皇牙・月欠けの輪で立て直す。
そんなベアトリクスの戦略は、エイワズニールに読まれていた。
ベアトリクスの肺の中にあった空気は、アルミラユエトに背中を強打されたことで排出されている。
人間の特性、『声による魔法行使』。
だからこそ、息が吸えなければ使用できない。
『環境』が嗤う。
見えない死こそ、破滅鹿の本懐。
一呼吸が敗北に直結する致死毒を纏った鹿骸骨が、大きく口を開けて、嗤う。
「……ッ」
出来る限りのことをしようと、ベアトリクスは足掻いた。
自分の身体を叩いて失速させ、突っ込んでくる死との接触を僅かに遅らせる。
出来る限りのことはした。
格上の皇2体が相手、不測の事態は起こりうると。
……だからこそ声に出して居場所を教え、保険を賭けていたのだ。
「ベアトリクス、加勢する」
ベアトリクスを穿ったのは、別種の死の恐怖を纏う尻尾。
エイワズニールの動きを牽制するために放たれた全開の恐怖機構が、周囲一帯に根源的な畏怖をまき散らす。
「クカ。クカカ……。なんダ、お前……?」
カタカタと震える骸骨が、虚ろな眼窩で敵を見やる。
それは、魔王。
エイワズニールが持つ古い皇の記憶に眠る、魔帝枢機に似た何か。
「私?私はベアトリクスの友達。魔王・無尽灰塵と人は呼ぶ」
尻尾の先端のアームから解放されたベアトリクスを抱きしめてキャッチし、リリンサは不敵に笑う。
友達を助け、嫌いなクマに貸しまで出来た。
既に上出来の成果だと、平均を超えて微笑んでいる。
「今度は私から聞きたい。あなた達は、皇?」
「クカ。クカカ。いかにも」
「そう、それは……、良かった」
そして、リリンサは心の底から笑った。
これで遅れを取り戻せると。
自分の前を歩く、ユニクルフィンとワルトナに追いつけると。
ゆらりと光る緑の眼光が捕らえたのは、二匹の皇のレベル。
エイワズニールのレベル、『424450』。
アルミラユエトのレベル、『432424』。
それは、英雄の領域に踏み込みたいリリンサが最も欲している、獲物の証明。
「……! リリンサ、お前、オイラと戦った時は本気じゃなかったのか、ダゾ」
「あの後でパワーアップした。これは、ソドムの悪食=イーターの知識を使って、最適化した結果。特に、魔王の左腕の強化は素晴らしいと思う!!」
魔導枢機霊王国でソドムと契約したリリンサは、2個目の悪食=イーターを手に入れている。
そしてその『知識』こそ、魔王シリーズを世界で一番使いこなす方法だ。
リリンサの左手に追従する、巨大な魔王の左腕。
5本の指に搭載された魔王の紅玉、それが見定めた情報は、掌の真理究明の悪食=イーターによって解析。
そうして得た揺るぎない勝利へのプロセスに従い、魔王の右腕と尻尾が駆動する。
これが、これこそが、魔王・リリンサの最終形態。
『召し置く魔帝の覚醒体』だ。
皆さま、明けましておめでとうございます!!
本年も、よろしくお願い致します!!
新年早々、魔王リリンサの登場です。
色々と頑張った結果、格好良く仕上がったと思います!!
こちらはイラストのリメイクコンテストに応募するために、以前のリリンサの構図をベースに描いたものなのですが……、メカデザインとか、随分と進化したなぁと(まさしく自画自賛)。
実は、黒色の塗りってすごく難しいのですが、今回のイラストでコツを掴んだ感じがありますので、次作に生かせそうで嬉しい限りです。
……次回作は、そう、アレです。
既にラフデザイン(設計図)は完成しておりますので、作中の出撃に合わせて公開できると思います。
これにはソドムもにっこり!!
そんな訳で、本年も楽しんでいただける様に、全力で執筆していきます。
皆様の応援を力に頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!!




