第43話「リリンサの主張⑥」
「空気を吸ったらダメとか言っておきながら、喋りながら近付いたのが意味不明だと思う!!」
忌むべきロリコンをセフィナに近づけたくないと思いつつ……、それはそれとして、自分の師匠がショボいとは思われたくない。
そんなリリンサが取った行動は……、素直な質問。
ロリコンの上げ足取りを狙いつつ、失敗しても知識が手に入るという完璧な作戦。
そんな姉弟子と考えた策謀に、シーラインがドヤ顔を返す。
「だからだろ。声っつーのは吐くときに出るもんだ」
「んっ、じゃあ、破滅鹿が大人しかったのは?あれだけ殺意剥き出しで来た割には、無抵抗すぎると思う」
リリンサの目から見た破滅鹿は、明らかな殺意をたぎらせていた。
そんな生物が一切の抵抗もせずに斬られた。
シーラインの剣筋が速いことを考慮しても、ありえない事態だ。
「からくりは、その殺意だよ」
「なに?」
「ガキのお前じゃあるめぇし、てめぇの殺意くらいコントロールできんだわ」
「は?」
「で、ただ消すだけってのも芸がねぇ。我がやってたのはその先の極意よ」
「なにそれ」
「10匹の内、2匹にだけ殺意を向けた。そいつらは逃げようとするが、仲間はヤル気満々のままだ」
「ん」
「で、『何で逃げない!?』と『何で逃げようとする!?』て互いに混乱してる内に……って寸法よ」
シーラインは刀を抜くと同時、視線、足運び、呼吸、表情、声……、あらゆる外見的変化を、群れのNO.2とNO.3と思われる破滅鹿へ叩きつけた。
野生動物が持つレベル99999、それは、卓越した経験を持つ証明。
そして、シーラインが与えた『分が悪い』程度の危機感によって、破滅鹿の意見は真っ二つに裂かれたのだ。
逃げるべきだと思うが、仲間が動かない。
逃げようとする仲間がいるが、動かない。
そんな均衡がもたらす結果は、硬直。
様子見という名の……、致命傷だ。
「えっと、よく分からないけど、凄いことをしたってのは分かります!」
「セフィナ、分からないなら褒めてはダメ。罵るべき」
「ののしるの!?」
「そう。それに今のは剣士の技だけで勝ったのではない。魔法でズルもしてる」
「そうなの!?」
ちらり。とリリンサの視線が捕らえたのは、シーラインが持つ刀。
柄に添えられている指先が薄く輝いているのを見て、リリンサがふっ。嘲笑を零す。
「オタク侍には手にした魔剣の魔法陣を覚え、別の剣の内部で構築できる特技がある」
「魔剣の効果を真似しちゃうってこと?」
「そう。このオタク侍が八刀魔剣などと呼ばれているのも、最大で8種の能力を剣に付与できるから」
剣の道を極めたシーラインにとって、剣は書物と変わらない。
本の文字を読めば理解できるように、剣を振ればその性能を理解できるのだ。
そして、新たに握った別の剣へ魔力を流すことで、性能を付与。
戦局に合わせ、様々な魔剣の能力を切り替えて戦う、それがシーラインの戦術だ。
「任意の対象にのみ殺気を飛ばすなんて芸当は、普通の人間には無理。剣に魔王シリーズの性能を付与してるからできること」
「おっと、見抜かれたか。賢くなってるみてぇで何よりだ」
「ふっ。今の私にとって、真理を究明するなど造作も無い。見くびらないで欲しい!!」
それが出来るのは、ソドムの真理究明の悪食=イーターを手に入れたから。
自分のズルを棚に上げたリリンサのドヤ顔……、それも長くは続かない。
「ん、別の群れが来た。これは……、ボディフェチ」
「いいのかよ?俺様との相性じゃ瞬殺だぜ」
ひたり。ひたり。
そんな軽い足音に合わせ、見上げるほどの巨体が動く。
ドグマドレイク、真頭熊、人剃獅子。
非常に仲が悪い代表例のオンパレードが、一糸乱れぬ動きで近寄って来る。
「セフィナ、あれが何か分かる?」
「え?ドグマドレイクじゃないの?」
「違う。他のは?」
「真頭熊と人剃獅子?」
「それも違う。あれは化けているだけ。『人形兎』という兎だよ」
「兎さんなの!?」
セフィナにとって、兎は愛玩動物だ。
家族と一緒に行った動物園の触れ合いコーナー、そこで兎と遊ぶのが何よりも好きだったのだ。
「5mくらいあるよ!?すっごくおっきいよ!?!?」
「あれはそういう兎。でも、あそこまで大きい個体は異常という他ない。流石、レベル99999」
人形兎は、別種の生物に擬態して獲物を騙す、狡猾な生物だ。
その生態は、体内に取り込んだ空気で筋肉を膨張させ、任意の姿を作るというもの。
「ボディフェチ。セフィナは近接戦が得意ではない。参考になる様に戦って」
「具体的には?」
「右手だけで50発以上攻撃を防いだ上で、カッコ良く倒して」
「はっ、簡単すぎて欠伸が出ちまうなぁ」
「真面目にやって!!」
ドグマドレイク3、真頭熊2、人剃獅子4。
合計9匹の巨体、それが歪に膨らんだ。
「あっ、こっちに来るよ、おねーちゃ――っ!!」
「大丈夫、来ない」
「えっ!?」
優れた筋肉を膨張させて生み出す、ゴムのような伸縮エネルギー。
人形兎が繰り出した必殺の殴打、それを向かい打ったのは、アストロズの拳。
「ボディフェチは肉体にエネルギーを蓄えている変態。相殺なんて余裕で出来る」
「すごいよ!?私達を狙った攻撃にも追いついて、全部撃ち落としているよ!?」
「足跡を良く見て」
「足跡……?あれ、アストロズさんの足跡ってどれ?」
「ない。受けたエネルギーを全て体内に留めている。大気が持つ重量でさえも」
「えっと……?」
「私達は常に空気の重さを背負い、地面に流している。戦闘時のボディフェチはそれすらもコントロールしているから、非常に軽い」
人形兎の太さ50cmを超える極太の腕。
それが繰り出す怒涛の攻撃、その回数が50回を超えた。
刹那、ドグマドレイクだったものが、無残に破裂する。
ゴム風船を壁に押し付けて殴ったかのように、原形を留めずに粉々にはじけ飛んだ。
「俺様の戦法はシンプル。エネルギーを貯蔵する魔法『蓄積衝撃解放』を纏い殴る。そんだけだ」
「ダメージバースト……?ってそんな魔法じゃないよね!?」
「極めるとこうなんだよ。何代か前の英雄が使った『千海山を握する業腕』って魔道具があってな。手に入らんから魔法で代用してんだ」
殴打ダメージを累乗する千海山を握する業椀、その逸話は格闘家ならば誰でも知っている。
殴れば殴るだけ強くなり、やがては高位竜すらも一撃で殺す威力となる。
そんな伝説を自力で用意できてしまう。
それが武術を極めたアストロズだ。
「終わったぞ。どうだ、参考になったか?」
「全然ダメ。コントロールできるなら、セフィナと同じ体重で戦って欲しかった」
「先に言えやッ!!」
「私は分かりやすくと言った。意図を汲み取れなかったボディフェチが悪いと思う!!」
リリンサの無茶ぶりその②、情報の後出し。
「セフィナが真似しやすいよう、体重や歩幅を似せて戦って欲しかった!!」
それはかつて、弟子だったリリンサにアストロズが見せた光景。
身長2m越えの巨体が150cmもない少女用の動きをする。
ロリコンとオタクに『マジキモイ』と言わしめたそれこそが、リリンサの近接戦闘の基礎だ。
「普通に戦うのを見ても参考にならない。これなら、アルカディアの戦闘の方が数段いい」
「誰だそいつ」
「ふっ。アルカディアは千海山を握する業腕の所有者!!」
「んだとっ!?」
「そして私の友達!!紹介して欲しければ、オレンジ料理を用意して!!」




