第26話「確認」
「いくつか確認してもいいか?リリン」
「うん。何でもどうぞ」
「暗劇部員ってどんな組織か詳しく教えてくれ」
「おおよそ正義とは呼べないような行為を行う闇の集団。脅迫、陰謀、なんでもござれ!」
「……で、そこでリリンは何をしてたって?」
「アルバイト。そういう仕事はお金の払いが良いから」
「……。アルバイトってさ、実際どんな事してたんだ?」
「私がやってたのは簡単な雑務、受付業務や資料の整理とか」
「お?意外とまとも……」
「……あと、誘拐」
「おいッ!!最後ッ!!!!」
一瞬、なんだ事務仕事だったのかと安堵しかけた時、ポロリと現実が転がり出てきた。
……誘拐って!ガチの犯罪だろッ!?
「おい、誘拐ってのはどういう事だ?」
「あーそれは、捕らえられ拷問されそうだった小国の姫君を奪い取ってくるという任務だった」
「え?なんだ。普通に良いことじゃないか」
「そして、関係の無い国に売り飛ばした」
「極悪じゃねぇかッ!!」
「今はレジェの所でそれなりの地位に付いている」
「売り飛ばした先ってレジェンダリアかよッ!!」
「ちなみに、攫った方の国も、攫われた方の国も滅んでもう存在しない。姫本人が「敵国はもちろん、母国の警備の甘さも大問題ですわ!天誅ーーー!!」とレジェンダリア軍を使って滅ぼしたから」
「なにそれッ?もう、ドロッドロだなッ!?」
なんだそれ……。
もう意味が分からないが、とりあえず誘拐は普通にする組織だという事は分った。
だとすると、リリンも、もっと犯罪よりの事をしている可能性が……?
「ちなみに誘拐じゃなくて、もっとこう、後ろめたい仕事、………ぶっちゃけ、暗殺任務とかってやったことない………よな?」
「人殺しなんてするわけない。英雄の横に立つという使命を帯びている私に、後ろ暗い過去なんて有ってはならないから」
リリンは「何、当たり前のことを聞いてくるの?」とちょっと不機嫌になるくらいに否定してきた。
……よかった。本当に良かった。
とりあえず超えてはならないラインは超えていないらしい。
だがな、後ろ暗い過去が無いというのは聞き捨てなら無いんだが?
結構前に、国を滅ぼしているとか言ってなかったか?
恐らくレジェンダリアの指揮官として戦場に立ち、やりたい放題したんではなかろうか。
「リリン。世間ではな、国盗りなんてのは後ろ暗い過去に入るんだぜ?」
「そう?みんな、特にレジェは凄く嬉しそうだったけど?」
「それ、騙されてないか?大丈夫かッ!?」
「騙されてるなどと、そんなこと……いっぱいありすぎて思い出すのが面倒。なので忘れた」
「それ、忘れちゃダメなやつ!」
やべぇ。これはやべぇぞ!
もしかして本当に心無き魔人達の統括者は悪魔の集団なのかもしれない。
幼い少女を目印に担ぎ上げ、隠れ蓑にする。
そして悪辣な事を嬉々として行っていた……?
もしかしたらリリンは操られていただけなのかもしれない。
そして、段々とその悪どい手段や酷い価値観に身を染めていったと。
あぁ、今、語られざる衝撃の新事実。
リリンの腹黒さには、原点が存在する!!
「……とりあえずリリンが何をしていたかは一旦置いといて、暗劇部員に狙われる心当たりはあるのか?」
「うーん。ちょっと部員に『教育、物理を含む。』をした事があるので逆恨みなら有るかもしれない」
「なんだその、『教育、物理を含む。』 って?」
「杖で殴ったり、魔法で叩きのめしたり?」
「十中八九、それが原因だろッ!!」
「だって加減をしなくていいと、奴らは私の事をナメてかかったから、つい……」
「つい。じゃねーよ!ていうか、アルバイトだよね!?何でそんな事に!?」
「いや、不安定機構の結構偉い人に、『最近、黒は弛んでいるので、絞めてきてください』とお願いされたから」
どういうことだよ!?
謎が深まるばかりなんだけど?
もういいや、まずは現状を認識する事が先だ。
「いや、ちょっと冷静に考えてみたんだが、リリンがボコったってことは、暗劇部員はリリンよりも弱いのか?」
「単純戦闘なら私に分がある。けれども、隠密や奇襲に関してはあちらの方が上手だろう。ましてや、今回出張ってきているのは指揮官クラスだと思う。私よりもレベルが高い人もチラホラ見受けられる」
「……マジか」
「今回の盗賊襲撃は小手調べ。私達の力量を見る為にお膳立てした罠にまんまと引っ掛かったともいえる」
「罠だったってのか!」
「幸い、私達はバッファの魔法と防御魔法以外を使用していない。私がどんな魔法を使うのか知りたかった相手は、今頃、困惑しているはず」
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「ねぇちょっと待って!おかしくない!?おねーちゃんは魔導師だよね!?」
「えぇ、装備品から見てもそうでしょうね」
「だよね!?じゃなんで盗賊さん殴ってたの?杖でボッコボコだったよ!?」
「えぇ、見事な殴りっぷりでしたね」
ガタガタと揺れる馬車の荷台の中で、怪しげな水晶を囲む二人の女性。
純黒の髪を後ろに二つ束ねた少女と、黒い修道服を着た女。
二人は映し出されている映像を興味深げに観賞していた。
そして、馬車が走りだしてからリアルタイムに映し出されていた映像が突然途切れ、水晶の光が閉ざされる。
二人同時に送信機が壊されたことを理解し、少女は今まで言いたかった思いのたけをシスターサヴァンにぶつけた。
「おかしいよ!ぜんぜん魔導師っぽくないよ!あれじゃ武道家だよ!!」
「ですが、とても綺麗にバッファの魔法をかけておりました。見事と言うほかありません」
「えぇ!?だって騙し討ちだよ!めちゃくちゃズルだよ!?」
「魔導師とは、どのように有利に立ち回るかというのが根本にあります。攻撃魔法も相手より遠距離から攻撃する為のものでしょう?ですから、騙し討ちや卑怯な手段こそ魔導師の真髄という事を覚えてください」
「そうなの?」
「えぇ、そうなんです。でないとシスターファントムの尊敬するお姉様は、盗賊すら騙す「極悪非道の外道魔導師」という事になってしまいますよ?」
「うーん、そうだよね。あの優しいおねーちゃんが酷いことする訳ないもん!噂の魔導師じゃあるまいし」
「そうですよ。それにしても、盗賊相手に一撃も貰わずに一方的に玉砕ですか。なんというか無茶苦茶ですね」
「……そうだね。でも、戦いようはあるかな」
「といいますと?」
「おねーちゃんはバッファの魔法主体って事が分かった。なら、接近される前に魔法で吹き飛ばしちゃえばいいよね!」
無邪気な少女の提案に、シスターファントムは思案を巡らしていた。
確かな鑑定眼をもって、目標のリリンサの行動を思い出す。
流れるようなバッファ魔法。何ら違和感なく自然に会話に盛り込まれているのは当然詠唱破棄が出来るからだ。
そして、ランク7の魔法、第九守護天使すらも詠唱破棄をしている事に思い当たる。
それは通常の冒険者などでは太刀打ちできない事の証明。
第九守護天使が発動されれば、遠距離から放たれた魔法など完全に無力化してしまうのだとこの女は知っていた。
「……。それはいささか安直過ぎませんか?」
「そう?」
「リリンサ様は防御の魔法も使用しております。遠距離攻撃は愚策に終わる可能性が高いです」
「もちろん対策はあるけど、とっておきだからなぁ……。うーん……」
「ですが先手を打つというのは戦略として真っ当です。ここはより近接戦闘に長けた冒険者を雇い入れましょう。同じバッファの魔法を使った戦闘なら、元の肉体が強靭な方が強いのですから」
「雇うって……。お金、いっぱいかかるの? また、節約ご飯なの……?」
「大丈夫です。雇う費用は不安定機構の経費で落とせます」
「なら、安心だね!」
ふところ事情が乏しい少女にとって、金策が必要になるのかは死活問題だった。
その事を悟りたじろいだ少女だったが、シスターサヴァンの提案により瞬時に笑顔に戻る。
年齢より大人びて見えるといえど、未だ彼女は13歳。その振る舞いは、コロコロと表情を変える無邪気な子供の領域からは抜け出ていない。
シスターサヴァンは少女に微笑みを返すと、次の作戦の相談を始めた。
幸せな未来を手に入れたいと願う少女は、真剣に要因を検証していく。
少女は知らない。目標のリリンサ・リンサベルは大規模殲滅魔法なども比較的容易に扱えるという事実を。
一方、女は知っていた。森の中で発動された魔法はランク9「雷人王の掌」、すなわち、大規模殲滅魔法であると理解していたのだ。
そして、その情報が少女へ伝わる事は無かった。
女は意図的に事実を伏せただけで、嘘を吐いた訳ではない。
だが、事実と程遠い前提で計画は練られ、新たな作戦となっていく。
一生懸命に作戦を考える無邪気な少女を愛おしいとさえ、女は思っていた。