第40話「リリンサの主張③」
「えっと、私の名前はセフィナ・リンサベルって言います!!すっごいおねーちゃんのすっごい妹です!!」
「えー、ここで私から補足説明です。彼女の年齢は13歳。繰り返す、彼女の年齢は13歳」
「13だァ?おいおい、リリンサよりも胸筋が育ってるじゃねぇか。実に良いことだ」
「おぅ、魔法少女としてイケるな。マスコットキャラがタヌキなのも斬新だしよ」
「このロリコン共。心の底から死ねばいいのに。」
大事な妹を忌むべき変態共から守る為、リリンサは黙秘権を行使していた。
だが、肝心のセフィナに危機感が無い。
ワルトナによって礼儀作法を教え込まれている以上、大好きな母と友人だと言われてしまえば無視は出来ないのだ。
「で、ロリコン。お母さんと顔見知りってなに?懺悔して。」
「まるで罪人のような扱い。ぞくぞくしますね」
「魔王シリーズでブチ転がしていい?いいよね。よし。」
「おっと、流石にそれは。私も全世界のロリから無視される光景を見るのは堪えますので」
リリンサの主武装である魔王シリーズは、もともとは、エアリフェード達が一つずつ所持していた。
魔力を増幅させて循環させる魔王の心臓核は、魔導師であるエアリフェード。
自立行動可能な可変武器である魔王の右腕は、剣士であるシーライン。
解析と保持を持つ魔王の左腕は、エネルギーを常時肉体に保存しているアストロズと相性がいい。
そんな理由から、大聖母ノウィンより下賜された魔王シリーズは、ただでさえ理解しがたい彼らの戦闘力を倍以上に引き上げる。
近くで見ていたリリンサが欲しがるのも、当然の流れだ。
「とあるロリ事情により魔導師を目指した私は、セフィロトアルテにある学院の門徒となるべく首席で合格しました」
「主席ぐらいで調子に乗らないで欲しい。今の私やセフィナなら校長先生だって転がせる!!」
「難しいと伺っていた割には。そう思いながらの初登校。校門で挨拶運動をしていたのが生徒会長のダウナフィアさん、後のノウィン様ですね」
「流石はお母さん。学校でも頂点に立っていたとか凄い!!」
「にこやかな笑顔で挨拶をしてくる美しい女性と、茂みに突き刺さっている野郎の尻が三つ。いやー、度肝を抜かれましたね。なにせ全員レベルが8万を超えていましたから」
この場にユニクルフィンがいたならば、『新入生に尻で挨拶すんな、英雄共ーーッ!!』と叫んだだろう。
だが、事情を知らないアストロズやシーラインが気になるのは、学生時点でレベル8万という事実。
そして、それがユルドルード、アプリコット、プロジアであると気が付くまで時間は掛からなかった。
「ってぇことは、お前ぇは英雄パーティーと既知があったってことかよ、エアリフェード」
「ふむ、剣王ともなると彼らの事は知っていますよね。そうです、私の魔法技術はアプリコットさんに教えを賜ったものです」
「ちっ、先に言えや。そうと知ってりゃぁ、リリンサに教えるのは長柄武術に特化したのによ」
「ノウィン様からのご要望で、なるべく多くの経験をさせたいと。剣を教える為にあなたが呼ばれたのですから、それでいいじゃないですか」
エアリフェードは存外に、剣を教えないのなら、あなたは不要ですよと言っている。
もっとも、シーラインもアストロズも、『剣や格闘術を教えない=大成させない』であると理解している。
例え、純粋100%の魔導師であったとしても、敵対する相手には近接戦闘職が含まれるからだ。
「4つも年齢が離れていますから、先輩後輩だったのはたったの2年です。……まぁ、ノウィン様直属の暗劇部員として働いておりましたので、学校は関係ないのですが」
「大聖母直属の部下ねぇ。随分とでけぇメリットじゃねぇか」
「正直、気が気じゃありませんでしたがね」
国を統べる立場のシーラインにとって、大聖母の素性を知っているアドバンテージは計り知れない。
国王同士の交流では必ず、『大聖母ノウィンについて』という話題が上がるからだ。
「事情は分かったぜ。リリンサのぶっ飛んだ行動にも納得がいった」
「存在が奇行というべきオタク侍に言われたくない。セフィナ、これは国王という立場を利用して、気に入ったアイドルに自分の推し活動をさせている真正の変態。近づいてはダメ」
セフィナは可愛い。
このままだと、忌むべき変態共に狙われてしまう!!
リリンサは忌むべき過去――、猫耳カチューシャ、ガーターベルト、ニーソ、全身黒ゴシックを纏ったメイド騎士ミオを思い出し、戦慄。
そんな辱めをセフィナに受けさせる訳にはいかないと、鋭い犬歯を剥き出しにする。
「ボディフェチ。さっき蛇峰戦役がどうとか言っていた。それはなに?」
オタク侍に喋らせていると、いつメイド服が登場するか分からない。
そんな理由から、リリンサが話題を切り替える。
「あァ。リリンサ、蛇峰戦役には参加しないのか?ちぃと、厄介なことになってるんだが」
「話だけは聞いてあげる」
アストロズとシーラインにとって、幾億蛇峰・アマタノの討伐は生涯の目標だ。
その存在がどういうものなのかを知らない彼らにとって、戦って負けた以上の感情はない。
彼らの矜持に徹底的に土を付けた存在、それがアマタノだ。
「貴族連中が騒いでるのが一つ。悪辣とかいう指導聖母が御旗になってるらしいが、コイツの事は知ってるか?」
「……友達。でも、今は蛇峰戦役とかどうでも良くなってると思う」
幾億蛇峰アマタノと私は戦う運命にある。
白銀比に告げられた時には分からなかった答え、それが『ワルトナによる仕込み』だったと、リリンサは気が付いた。
自分達を成長させる為に利用するつもりだったんだろうと当たりを付け、それはもう過ぎた事だと断言する。
「……どうでもいいだと?」
「ワルトナが蛇峰戦役を煽っていたのなら、たぶん、私たちに経験を積ませるため。もう和解したから聞けば分かる」
「だが、半年もしねぇ内に蛇峰戦役は起こるぞ。不安定機構内からの徴集は解かれちゃいねぇ」
「なら変態であるあなた達でやればいい。お尻を狙うとか、絶対に参加したくない。」
「……尻?」
「そんな事より、アマタノよりも強大な敵がいる」
リリンサが漏らした重要情報も気になるが、それ以上の敵がいると聞かされては黙っている訳にはいかない。
アストロズ、シーライン、そしてエアリフェードも背筋を正し、先ほどとは比べ物にならない真剣な瞳でリリンサを見る。
「あんの蛇畜生よりも強い敵だと?」
「無色の悪意を宿す、金鳳花。そして……、世界最強たる蟲量大数。この両名との戦いは避けられないと思う」
「金鳳花ってのは聞いたことねぇな。蟲量大数ってのは確か」
「始原の皇種。アマタノ程度に手こずっているようでは話にならない、正真正銘、世界の頂点」
「はっ、奴を『程度』とはぁ、でかく出たなリリンサ。てめぇ、意味わかって言ってんのか」
『蛇峰殲滅最終形態・武人技・天羽々斬』
それは、シーラインが歩んできた人生での最高剣技。
そんな武の極致を容易く打ち負かして圧し折ったアマタノを軽んじる、それはシーラインにとっての琴線。
「ふっ。アマタノ程度、もはや敵ではない。私のユニクが一刀両断してくれる!!」
「誰だそいつ……、って、確か、英雄ユルドルードの息子だったか?つーか、見つかってんなら言えや」
リリンサが授かった神託書の内容が、『英雄の息子ユニクルフィンとの婚姻』だというのは、シーライン達も知っている。
だが、大聖母という唯一神の使徒から齎されたものではなく、実母が用意したお見合い書だったことを理解し、絶句。
そしてその隙を突き、リリンサの平均的なドヤ顔が炸裂した。
「ふふっ、舐めないで欲しい。ユニクがアマタノを倒せるのは当然、なんなら私にもできること!!」
「あ”ん?何を馬鹿なことを」
「七つある魔王シリーズ、その全てを私は手に入れた」
「なんっ……」
「そして合体させ、究極の魔道具として完成させている。今の私はあなた達が三人掛かりでしかできなかった事を一人で出来る。いつまでも子供のままではいないということ!!」
にわかには信じられない子供の戯言。
だが、遠い目のエアリフェードが頷いている以上、それは真実だ。
「くあっはっは!!弟子に抜かされるとはな、この俺様がよぉ!!」
「なぜ笑う、ボディフェチ」
「いや何、昔からお前は自信家だが、嘘は言わねぇ。出来るっつうなら想定外が無い限り、出来るんだろうよ」
「想定外?あったとしても問題にならない。私には頼りになる仲間が……」
いる。
そう言い切れなかったのは、その中に無色の悪意が潜んでいるから。
「金鳳花。奴を見つけて取り除けば済むだけの話」
「そういや、もう一匹変なのが居たっけなァ。もしかして、この異常事態はそいつのせいか?」
「何か知ってるの?」
「いくら蛇峰戦役の会議だっつっても、開催日すら決まってない段階で俺ら三人が集まることはねぇ。ここに来たのは、隔絶結界の内部調査がメインだ」
「隔絶結界、それって」
「皇種が住むダルダロシア大冥林が殺気立ってるのを確認した」
ホーライの過去で起こった、奉納祭。
蟲量大数を頂点とする数十体の皇種と数百体の眷皇種の襲来、ワルトが懸念していた『130の頭』と一致する情報にリリンサが息を飲む。
「森が殺気立ってる?だけど、サチナの結界があるから問題ないはず」
「その食物連鎖禁止結界だがよ……、消えるぜ」
「んっ!?」
「温泉郷を覆った結界によって、魔力が遮断されて、森に近い所からジワジワと消えてってる。完全に消失するのは、明日の昼12時って所だ」
明日の正午、それは人狼狐終了時刻。
それに合わせ、食物連鎖結界が消滅する。
すなわちそれは――、奉納祭の再現。
「そもそも一年くらい前から、隔絶結界の向こう側から侵入してくる生物が多くなってんだよ」
「どういうこと?」
「わんぱく触れ合いコーナーにドラゴンが居なかったか?おかしいだろ」
「そう言えば変、ユニクが言葉を話せる程に成長したドグマドレイクが居たと言っていた。そんな生物は結界に阻まれるべき」
「気軽に来てる時点で異常だぜ。白銀比や大聖母が意図的にしてるのかと思ったが……、違うようだな」
もしそれが、金鳳花による仕込みなのだとしたら?
少なく見積もっても一年。
楽観視しないなら、最大で五百年の準備時間があることになる。
「まずい。ベアトリクスは森に行ってるはず」
「あ”?ベアトリクスっていやぁ、クマの皇だが……、そんな奴まで来てんのか」
「ちょっと前に友達になった。ユニクと話している時、ベアトリクスは森の方を気にしていた。もしも結界が消えたことに気が付かなかった場合、奇襲を受けるかもしれない」
危険生物図鑑に載っているベアトリクスの記述は、前々代の皇『溶嶽熊』のもの。
体高20mを超える化け物の代名詞だ。
「ちょっと待ってください、リリンサ。皇種と友達になったとはなんです?理解しがたいですが」
「……ふっ、忌むべき変態の癖に知らないとか。ロリコンの名が廃ると思う!!」
突然の罵倒には慣れているものの、意味までは理解できない。
かろうじて、全身を灼熱岩で武装しているクマの皇が代替わりしている所まで思考を進め――。
「まさか……、次代のクマの皇は、ロリ……、なのですか……?」
「ちなみに、この子」
リリンサが取り出したのは、びじゅある・びーすと!!の特製ブロマイド。
鮮烈なデビューを飾った直後、広場にて公式ファンショップが開店。
音楽祭を楽しみながら出店巡りをしている時に発見し、全種類購入したものだ。
「「「超絶くぁわいい、だとぉ……!?」」」
「流石、ロリコン。お腹を空かしたタヌキにそっくり」
十数枚あるブロマイド。
その一番上に写っているのは、ミニスカ和服ドレスを着た、ベアトリクス。
その愛らしすぎる表情が、エアリフェードを釘付けにし、
その可愛いすぎる衣装が、シーラインを釘付けにし。
その露出しすぎる肉体が、アストロズを釘付けにする。
「なんですかこの、究極のアイドルは……、くっ、まさか、サチナちゃんを脅かす存在が現れようとはっっ……」
「脅かさない。チームメイトだし」
ぺらり。とブロマイドをめくり、2枚目へ。
そこにあるのは、ベアトリクスと同じ衣装を着た温泉郷のアイドル、サチナ。
「FOOOOOOOOOOOOOOッッ!?!?」
「うるさい。セフィナがびっくりするから息を止めろ」
「なん、なんっっ……、今の温泉郷はこんな事になっているというのですか!?!?」
「そう。そして、サチナ達アイドル『びじゅある・びーすと!!』のファン第一号は私。存在すら知らなかったロリコン共とは隔絶した差が付いている!!」
「くっ!!いいでしょう、認めます。認めますよ、私達の負けであると!!」
「分かればよろしい!!」
ここぞとばかりに自慢しまくろうと、リリンサは一枚ずつブロマイドを捲った。
一喜一憂するロリコン共。
そして、それを観察していたセフィナは、すっごく仲が良いんだね、おねーちゃん!!と関係性を理解した。
「そんな訳で、真頭熊であるベアトリクスは、人化の魔法を持って生まれた皇種の子。なんやかんやあって皇種となり、今はアイドル活動をしている!!」
「なんという暴虐……、こ、これは勝てません。アマタノよりも、ずっと強い」
「なお、アイドルは三人組ユニット。もう一人は……、タヌキの皇、那由他!!」
ブロマイドの最後の一枚。
電撃加入のせいで急ごしらえに準備されたそれも、当然のようにロリコン共を釘付けにした。
……だが、その中の一人、エアリフェードだけは意味が違う。
本当の意味で、絶句しているのだ。
「リリンサ。彼女の名は那由他と言うのですか?」
「ん、そうだけど」
「タヌキの皇であると仰いましたね。そうですか、彼女が……」
エアリフェードが魔導師を目指した理由、それは自分と両親を救ってくれた存在に憧れたからだ。
何の変哲もない日、両親と一緒に乗っていた馬車の中で年下の女の子と出会った。
エアリフェードの昼食を物欲しそうに見ていたその子にサンドイッチを分けてやったのは、なんとなく。
その数秒後に返された笑顔に心を打ち抜かれたのは、想定外。
そして、不意に出会ってしまった三頭熊の群れを『おい、儂の飯の邪魔をする気かの?』と一喝した姿は鮮烈で。
馬車が目的地に着くまでの間、魔法談議に花を咲かせたエアリフェードは、こうしてロリコンに覚醒した。
「リリンサ。ベアトリクスちゃんに危機が訪れている。そうですね?」
「ベアトリクスは強い。だけど、複数の皇種が相手では競り負ける可能性がある」
「アストロズ、シーライン。一応、あなた達の意見も聞きましょう」
周囲に他の冒険者の姿はない。
会話を聞かれるのを嫌がったリリンサが魔王の右腕を出して威嚇し、トラウマを植え付けて逃亡させたからだ。
ワルトナから指示された役割は終えている。
そしてリリンサは、ゴキゴキと腕を鳴らす師匠達に視線を向けた。
「決めたぜ、俺様の推しはベアトリクスちゃんだ。筋肉が美しすぎる」
「では、我はサチナちゃんを。言うまでもねぇことだが、箱推しもするぜ」
「那由他ちゃんは私の人生の導べ、推す推さない以前の問題なのですよ」
「セフィナ、ゴモラ。このロリコン共はこんなのだけど自衛できる程度には強いから放っておいてよし。自分の身の安全を最優先。できる?」
「分かった!!」
「ヴィギルーン!!」




