第39話「リリンサの主張②」
「おや?リリンサではありませんか。しばらく見ない内に美しい妙齢の女性になりましたね。残念です」
「このロリコン、死ねばいいのに。」
「おねぇちゃんッ!?!?」
「かれこれ二年は会ってないですね。ですがおやおや、健やかに過ごせていたようで安心しました。艶が良い」
「セフィナ近づいてはダメ。こいつらは私たちの敵!というか、全ての女性の敵!!」
「えぇーーッ!?」
リリンサの目の前に居るのは、片眼鏡を掛けた熟練の黒魔導士。
宮廷魔導士だと紹介されれば10人中10人が納得する、そんな魔導士の王道を行く男。
大陸中に名を轟かせた彼の名は、黒魔導主義・エアリフェード。
不安定機構・白に属する、真っ当な魔導士の頂点。
魔王に覚醒したリリンサを以てして『忌むべき変態』と言わしめる……、黒幼女主義、その人である!!
「なんでいる?ロリコン。あとボディフェチとオタク侍も。」
「リリンサか。はっ、俺らを見て開口一番に罵倒してくる太ぇ奴は、いつまで待っても、お前とミオだけだな」
「……太くない。訂正しないとただでは済まない。」
ついでのように付け足された、『ボディフェチ』と『オタク侍』。
彼らもまた、不安定機構・白に属する武の頂点だ。
全身筋骨隆々で2mを超す巨体は、以外にも滑らかで美しい筋肉で覆われている。
後ろ姿は僧侶と言われれば納得。
されど、開けた法衣から割れまくった大胸筋を垣間見た瞬間、「こいつ、人間か?」と思わせる。
そんな常軌を逸した肉体を持つ男の名は、無限肢体・アストロズ。
魔王に覚醒したリリンサを以てして『忌むべき変態』と言わしめる……、筋肉露出卿、その人である!!
「随分と久しいじゃねぇかァ、リリンサ。何年も放って置きやがって、師匠に年賀状ぐらい送るのが礼儀じゃねぇのか?えぇ?」
「じゃあ、あとで100枚書いて送っておく。」
「一生分を一回で済ませようとすんじゃねぇ!!」
剣皇国ジャフリート、第3601国王。
その肩書きは、ある意味で正しく、ある意味で場違い。
そう評されるのは、この男が着物の上にまだらに西洋甲冑を着ているからだ。
腰に二本の刀を差した、中背の剣士。
何処にでもいるような恰好でありながら、なぜか目を引くのは、その男の動作が精錬されつくしているから。
一切の無駄を排し己の道を極めきったこの男の名は、八刀魔剣・シーライン。
魔王に覚醒したリリンサを以てして『忌むべき変態』と言わしめる……、オタク侍、その人である!!
「で、なんでこんな所にいる?この質問は三回目、10秒以内に答えて」
「蛇峰戦役についての会合があるとミオに呼び出されまして。ふむ……、その様子だとリリンサは別の目的で来たようですね?」
不快感を隠しもしないリリンサのジト目へ、エアリフェードが答えた。
この距離感は互いにとって想定内。
だが、リリンサの後ろに隠れている妹にとっては、「お、おねーちゃん……?」と動揺する事態だ。
「ふっ、目的も何も、ここは私の家。来ない方がおかしい。」
「はい?ここに住居を買ったという事ですか?」
「違う。この温泉郷の総支配人は私!!だから、忌むべき変態を出入り禁止にすることもできる!!」
「おぉ、それは怖い。私たちもここの温泉は気に入っているのです」
リリンサにとって、師匠は尊敬する人……ではない。
魔法技術、身体能力、剣術、それぞれの得意分野で自分よりもちょっとだけ優れている、大人。
あと少しで勝てそう。
だけど、何度挑戦してもぎりぎりの所で負ける――、ムカつく変態だ。
「いい加減、その茶番じみた態度を止めるべき。あなた達がお母さんとグルだったのは分かっている!!」
家族を失った直後の数年を、リリンサは師匠達と共に過ごしている。
流れに身を任せるだけだった幼少期ですら、得体の知れない感覚を抱いていた。
そして今、大人の階段を登ろうと必死になっているリリンサは、エアリフェード達を真の意味で理解している。
こいつらをセフィナに近づけてはならない、と。
「何のことだ、エアリフェード。俺様は知らんぞ」
「我もだ。リリンサの家族は亡くなっている。そうだったはず」
「あーはいはい。それは嘘ですからね。茶番です、茶番」
「「「あ”?」」」
リリンサと友人に睨まれたエアリフェードは、肩の荷を下ろしたようにゆっくりと溜め息を吐いた。
事実、彼の背中に載っていたのは、8年を超える重圧だ。
「リリンサ。まずはセフィナに私たちの事を紹介してくれませんか?」
「断る。あと、呼び捨てにするな。」
「では、勝手に自己紹介しま~す。私の名はエアリフェード。ダウナフィアさんの4つ下のご学友、一緒の学校に通っていた後輩ですよ」
「むぅ!?」
なんなのその情報、私も知らない!!
速攻で虚を突かれたリリンサ、一方、セフィナは興味津々だ。
そして、全部の事情を知っているゴモラは、自分の興味をおやつに向けた。
「お母さんと一緒の学校!?何それ聞いてない!!」
「隠していましたからね。当然、アプリコットさんやユルドルードさん、イミリシュアさんも知っていますよ」
「くっ、洗いざらい白状して欲しい!!」
「おやおや?先ほどは聞きたくないと仰っていたようですが……、私の話は長くなりますので、先に雑魚共を片付けてしまいましょう。アストロズ、シーライン」
ぶっ殺されてぇんだよなぁ?
だろうよ。
ゴキゴキと骨を鳴らした忌むべき変態の額に、血管が走る。
だが、周囲には冒険者の目がある。
そして何より、この温泉郷はこの二人にとって、無くてはならない大切な場所だ。
騒ぎを起こして敵対するぐらいなら、友人への制裁を保留にする。
そのくらいの分別は備えている。
「あー、なんだ。リリンサ。しばらく見ない内に、いい肉体に育てたな。無駄のない胸筋と整った体幹だ」
「くたばれ筋肉フェチ。私の胸板を気安く指差すな。セフィナ、コイツは筋肉のことしか考えていない真正の変態、近づいてはいけない!!」
「えぇーっ!?」
「はっ、これだから筋肉馬鹿は。だがよリリンサ、おめぇも大概だ。魔導士の癖に中途半端な格好をしてんな。……猫耳フードはどうした?」
「黙れオタク。真っ当な魔導師は猫耳フードなど付けない。セフィナ、コイツはこんな顔してアイドルとか大好きな真性の変態、近づいてはいけない!!」
「えぇーっ!?」
セフィナは決して、馬鹿ではない。
故に、リリンサ達の会話から、かなり親しい人物なのは理解した。
そして同時に、ワルトナが言っていた『要注意人物』であることも。
「おい、そっちの小さいのの紹介をしてくれや」
「い、も、う、と。い、き、て、た。」
「8文字で納得するとでも?」
「して。できないなら、どうせ知ってるロリコンに聞いて。」
感情をむき出しにした、露骨なまでの面倒臭いオーラ。
そんな別種の魔王の波動を解き放っているリリンサは、ほんの僅かな楽しさを感じている。
家族を失い、失意の底に落ちたリリンサ。
そんな彼女に魔法と戦闘技術、そして感情を取り戻させたのは他ならぬ、この三人。
リリンサが唯一、僅かにも感情を隠すことなく接する相手。
それが、エアリフェード、アストロズ、シーラインだ。




