第32話「ユニクルフィンの主張⑤」
「すんすんすんすん……、狐の匂いがする。プラム、分かるし?」
「すんすん……、ぷるん!!」
タヌキ姉妹に狐の匂いを嗅ぎつけられた。
鋭い視線で獲物を補足し、一直線に走って来る。
「あ、バレた。サーティーズさん、本気出した方が良いぞ」
「はわ!?」
「アルカディアさんは闘技場の出場者全員を剥いたつー、レジェンド追剥ぎだ。なにせ、リリンですら上着を剥かれかけたからな!」
「はわわーーっっ!?」
闘技場に出場したアルカディアさんは、対戦相手の尊厳を一枚も残すことなく綺麗に剥いた。
服だったり武器だったり、その時によって些細な変化はあるが……、要するに、プロの追剥ぎだ。
そんな未曽有の大災厄が、俺の記憶を覗いて知ったサーティーズさんに襲い掛かろうとしている。
「この間のキツネ!!観念するしぃぃぃ!!」
「はわわわーーっ!!」
すげぇ、開始一秒で制服の上着と靴が剥かれた。
真正面から接近したアルカディアさんは、抵抗するサーティーズさんの横を華麗にすり抜け……。たように見せかけて、襟足と腰を掴んだ。
そのまま一本背負いの要領で投げ飛ばし、その先で待ち構えていたプラムさんと転移魔法で交代。
足首を掴んでジャイアントスイングでぶん回し、靴を投げ捨て、ストッキングに手を掛ける。
「はわわわっっ!?ダメです、それはダメです!!」
「おいしいご飯を食べる為、全力で狩るしぃぃい!!」
なるほど、村長から買った首輪で互いの位置を交換し、移動時間を削減。
対処不能な速度の連撃を可能にしたのか。
「はわわーーっっ!?!?」
あっ、ストッキングがすっぽ抜けたサーティーズさんが飛んでった。
それでも、地面に手を突いて態勢を立て直し、アクロバティック着地を披露。
運動神経は悪くなさそうだが……。
うーん。全部、剥かれる気しかしない。
だが、人狼狐だった場合、別の意味で尻尾を出す可能性もある訳で……、様子を見るぜ!!
「はわっ、はわっ……、くっ。那由他様の眷属だからと調子に乗って」
「舐めてなんかいないし。プラム、このキツネは強い。ちょっと離れて見てるし」
どうやらアルカディアさんはサーティーズさんを脅威だと認定したようだ。
一切の躊躇なく、伝説の武器を召喚する。
「《覚醒するし!千海山を握する業腕=神統の蛇篭手ッ!!》」
アルカディアさんの武器は神殺しの試作機、千海山シリーズの代表であるガントレットだ。
その能力は言うまでもなく強力。
なにせ、俺も負けている。
相手は本物のカツテナイ・クマタヌキだったけど。
「……!!とんでもない代物を出してきましたね。流石に……」
「行くし!!」
「疲れるとか言ってる場合じゃありません。《狐拳で遊びましょ!》」
サーティーズさんが魔力を奔らせた瞬間、周囲一帯に何らかの強制力が付与された。
これは……、ギンの時の権能で作った世界に似てるな?
そんな考察をしている間に、事態が一変する。
「……うぃぎるあ!?真似だし!?」
「ふふ、あーいこで、しょ!!」
アルカディアさんが拳で殴りかかると同時、サーティーズさんも同じ動きで拳を突き出した。
結果、互いの身体の中央点で衝突し、引き分け。
これは、じゃんけんに見立てて相手の動きを真似する技……か?
「ガントレットと同じ威力!?ありえないし!?!?」
「しゃんしゃんしゃんしゃん、あいこでありんす、もう一度。あそーれ、おしゃしゃのしゃん!!」
引き分けに動揺しつつもすぐに体勢を立て直したアルカディアさん、突撃。
思いっきり運動エネルギーを乗せた重すぎる殴打、それが、またしても引き分ける。
「なんで!?蛇鱗折々は発動してるし!?」
「そうですね。ですが、いくら威力が累乗しようとも関係ありません。これは狐拳、同じ手は必ず引き分けます」
「能力、バレてるし!?」
「近接格闘職の相手は楽でいいですね。攻撃を受けるとどうなるかの映像がとても見やすく、対策が立てやすい」
……そうか。
時の権能は相手の記憶を見る能力。
そして、これから行う攻撃は無意識の内に思い出しているものだ。
そこから得られる情報の精度は、相手が熟練になればなるほど高くなる。
しかも、格闘家であるアルカディアさんの攻撃方法は魔導士に比べて格段に少ない。
極論、殴るか蹴るかしかないのなら、対策は容易だ。
「あいこも飽きたでありんすね、しゃんしゃんしゃんしゃん、それでは手を変えましょう」
「う”ぃぎるあ、ハサミだし!?」
サーティーズさんは懐からハサミを取り出し、ナイフのように投擲。
だが、そんな攻撃が通じるはずもなく。
カァンっと弾かれたハサミが宙を舞い、アルカディアさんがサーティーズさんに肉薄し――。
「貰ったし!!」
「あらら、負けました。先ほどの手は」
「う”ッッ……!?!?」
「ならば、こちらの手は勝つのが道理でありんしょう」
アルカディアさんの殴打へ振り下ろされたのは、折り畳まれた扇子。
有効打どころか、武器としてあまりに頼りない。
そんな攻撃の結果……、アルカディアさんが一方的に叩き伏せられた。
「今の、なんだし……!?」
「狐拳……、現代風に言うとじゃんけんは、三すくみの手を出し合って勝敗を決めるゲームです。拳同士は引き分け、拳とハサミならハサミが負けた、ですから、拳と扇子なら扇子の勝ちです」
「意味が、分からないし」
「世界の記憶に干渉し疑似的な神の理を設定したんです。これにて準備は終わり。……さぁさ、遊びを始めるでありんしょ」
じゃんけんは三種類の手を出し合い、あらかじめ決まっている優劣で勝敗を決めるゲームだ。
だからこそ、アルカディアさんの拳にハサミを当てて敗北させた瞬間、別の攻撃の勝利も確定する。
手の大きさでじゃんけんの勝敗が変わらない様に、どんな威力の殴打であろうが、扇子を出せば絶対に勝つ。
「はぁっ、はぁっ……はわわ。何度やっても無駄です、拳では扇子に勝てません」
「う”ぃるあ。ガントレットの威力は上がってる、けど、必ず負け、る……、し……」
扇子で風を送って休憩しているサーティーズさんと、地面に伏しているアルカディアさん。
10分の戦い結果は、俺の予想に反するものとなった。
アルカディアさんは色々とアクロバティックな動きをしたが、扇子一本に完全敗北。
どれだけ威力を乗せようと、扇子が触れた瞬間、物理法則を無視して押し負けた。
……いや、それが物理法則になってるのか。
ルールの強制付与、これが時の権能を用いた戦闘か。
「んー、サーティーズさん?」
「はい、なんでしょ……、はわわっ!?」
後ろから話しかけて振り返らせ、隙を突いてグラムで扇子を小突く。
すると、ピシリと空間が軋んだ。
なるほど、それが権能で付与されたルールであろうが、神の自戒因子を乗せたグラムなら破壊できるのか。
「はわわーー!?!?じゃんけんに横やりなんて、一番ダメなルール違反でs――ッ!!」
「う”ぃぃぎるあぁーー!!」
「はわわーーッ!?!?」
あ、状況を理解したアルカディアさんが超速攻で襲い掛かった。
流石はタヌキ系少女。
油断も隙もありゃしない。
「まぁ待て待て。落ち着けってアルカディアさん」
流石に申し訳ないので割って入り、アルカディアさんの殴打をグラムの側面で受け止める。
うわぁーー。すんげぇ威力。
グラムの絶対破壊で相殺しなきゃ、町ごと吹き飛ばされてたぜ!!
「……ゆになんちゃら?」
「目的は飯だよな?俺達に協力してくれんなら、好きなだけ食わしてやるぞ」
「本当だし!?」
「だからキツネ狩りを止めろ。それが条件だ」
「分かったし!!」
遊びはいつだって、誰かに邪魔される運命だ。
親、時間……、大抵は他に興味が移ることで終わる。
「ユニクルフィンさん。あの、とても思うことがあるのですが……」
「なんだ?」
「ぶっちゃけて聞きますね。私で実験してますよね?」
「おう!時の権能に興味があってな!!」
敵が時の権能を扱う以上、その考察は必須。
特にグラムの有効性を確かめるのは、勝利条件の一つだ。
「この人は……っ!!いいんですか!?契約破棄しちゃいますよ!!」
「その時はサチナとも縁が切れるけどな。あと魔王軍団」
「ぐっ……」
「ついでに言うと、大聖母・大教主・大牧師の不安定機構の支配者も。あぁ、ブルファム王国とレジェンダリアもだな」
「くぅ……。ホント酷い、嘘じゃないとかホント酷いです。はわわ」
人狼狐が俺達に情報を渡すとは考えにくい。
記憶改変をしてくる様子もないし、やっぱりサーティーズさんは白か?
それはそれとして、アルカディアさんはどうだろう?
……こっちも人狼狐じゃないな、人弄狸だ。
「悪い悪い、そろそろ試すのは止めるよ。……で、一つ聞きたいことができたんだが」
「疑われるより質問された方がマシです。どうぞ」
「時の権能は、遊びに準じたルールを世界に適応させるって事で良いのか?」
「えぇ、そうですよ」
この話はテトラフィーア達からも聞いている。
氷鬼、缶蹴り、だるまさんが転んだ、それらのルールを用いて戦い、最終的に酒に沈めて勝利したってな。
「なぁ、その遊びの中に『人狼ゲーム』はあるか?」
温泉郷を訪れている観光客の数は10万人を下らない。
どうやって認識改変をしたのか謎だったが、世界に干渉するこの方法なら可能の筈だ。
「……ありませんね」
「なに?」
「人狼ゲームは近年できたものですので、金枝玉葉様が知っている筈がありません」
「そうなのか?じゃあ」
「ですが、それは私に伝わっていないだけです。遊びはいつだって作り出されますので」
「……!ってことは」
「もしも本当に金鳳花お姉さまが生きていらっしゃるのでしたら、新しい遊びを作り出すなど造作も無いことでしょう」
また一つ、情報が出て来た。
しかも、俺達の動き方に関与する重要な情報が。
「仮に、人狼ゲームを温泉郷に設定した場合はどうなる?」
「何らかの強制力が働きます。確か、人狼ゲームは人食い狼を探す昼と、人狼の活動時間である夜を繰り返す推理遊びでしたね?」
「なら、夜になるとキツネに襲撃され、誰かが殺される?」
「騎士役が守っていなければ、そうなります。また、人狼の狙いが騎士であった場合は騎士が殺されますね」
騎士は人狼の襲撃に備えることができるが自分は守れない、か。
自惚れるわけじゃないが、騎士役は俺だと思う。
サーティーズさんで試した通り、どんなルールを設定されようがグラムと俺なら破壊できるからだ。
「あの、ユニクルフィンさん。そういえば、集合時間は何時なんですか?」
「時間って?」
「弊社は情報収集業務も請け負っておりまして……、そういう時って、効率を上げる為に、一定時間ごとに集まって情報の擦り合わせを行いますよね?その時間です」
「……。」
「あのー?」
確かに情報の共有は重要だ。
金鳳花と戦う場合、神殺しを持つ俺やワルトがいないと話にならない。
……。
…………。
………………完全に忘れてたぜ。
持ってるじゃん、通信機。
「……すまん、すぐに連絡する」
「小型の通信機?へー、そんな便利な魔道具があるんですか!?へー!すごいですねーー!?」
物欲しそうな社長を放置しつつ、端末を操作。
まずはテトラフィーア、白銀比と合流できているといいんだが……!
「《……お掛けになった端末は、現在、電源が入っておりません。……お掛けになった端末は――》」
「電源が入ってない、だと?」
この緊急時に?
僅かな疑問を持ちつつ、サチナに掛けるも……、結果は同じだった。
「テトラフィーアにサチナ、ワルトもか」
「繋がらないんですか?」
「ちょっと待ってろ、リリンにも掛けてみる。《お掛けになった端末は、現在、魔力が届いておりません。……お掛けになった端末は――》」
リリンの場合は魔力が届かない?
大陸の両端にあるレジェンダリアとブルファム王国で通信ができる以上、距離は問題じゃないな。
「リリンと繋がらないのは、タヌキ秘密基地にいるからだろうな。だが、他の人はなんでだ?」
「電池切れですか?」
「いや、動力は空気中に漂う微量な魔力だと聞いた。ありえない」
意図的に電源を切っているとも思えないし、何らかの妨害工作か?
メルテッサの顔が脳裏によぎるが……、今は味方だ、その線もありえない。
「ちっ、戦争の時もそうだったが、通信機が使えないのは不便だな」
「逆に、その時はどうしたんですか?そんなに便利な魔道具が急に使用不能って根底から揺るぎますよね、はわわ」
「キングフェニクスに伝書鳩の代わりをさせたが?」
「かの偉大なるアヴァートジグザーに、なんて事させてるんですか!?」
ノリノリで持ってきた上に、俺と囲碁で遊んでたが?
よし、今回も頼もう。ぐるぐるきんぐー!!




