第25話「発覚」
「なぁ、リリンに聞きたい事がいくつかできたんだが……?」
「聞きたい事?知ってる事なら大体は答えられる。遠慮はいらない」
「そうか……じゃあ、まず軽めの奴から。その盗賊を縛っている縄はというか、「サモンウエポン=」って召喚している武器やら道具やらはどこから来ているんだ?」
「あぁ、これはね……」
アレから程なくしてリリンによる暴行は終わった。
流石のリリンもやめてくれと懇願している人をいたぶる趣味は無かった……なんてことはない。
ただ盗賊の頭が気絶した為に、一旦休憩をするという事になっただけだ。
目が醒めればたちまち再開、それどころかより本格的になっていくらしい。
なにそれこわい。
リリンは容赦のない性格だと思っていたが、やるといったらどこまでもやると本人も言っている。
変に優しさとかを見せると反撃や逃亡を許す事になるし、そもそも危害を加えようとしてきた相手に掛ける情けなど無いと。
ちなみに……その考え方は誰に教わったんだと聞いたら、「レジェとワルトナ……というか、みんな」だと言い切られた。
心無き魔人達の統括者、マジ、悪魔。
そんなこんなで地面に伏している盗賊どもを集めて拘束しているんだが、単純作業で結構退屈だった。
いい機会だし、気になった事をリリンに質問してしまおうと思ったのだ。
「私が召喚している武器や道具は、私の自宅から転送してきている」
「え……?自宅あるのか?」
「……。自宅くらい持ってる。あんまり帰らないけど」
「あんまり帰らない?こう言っちゃあれだが、ホコリとか凄そう」
「失敬な、そこら辺は対策済み。私の可愛い『サチナ』がちゃんと掃除とかしてくれている」
「いや、誰だよ!」
「昔、任務を受けた時に森でさまよっている所を私が保護した子。その時に私に懐いたので自宅の掃除やら村のお手伝いやらをさせている。言わば、私の第二の妹と言ってもいい!すごくかわいい!!」
「へぇーそんな子がいるのか。後で会ってみたいな」
「うん。近くまで行く用事があったら寄ってみよう」
おう。とりあえず当たり障りのない言葉で濁した訳だが、質問したら謎が二つに増えたんですが。
俺はてっきり、不安定機構の倉庫的な所から転送しているのかと思っていたが、自宅があるのか……。
前住んでいた所は燃えてしまったと言うし、ホテルを転々としているのかと思っていたんだが、違うらしい。
しかも、妹みたいな子がいて、お手伝いをさせているらしい。なにそれ、どういう状況?
つーか森をさまよっていた子を連れてきてるって、拉致じゃね?いいの?
まぁ、リリンの事だ。そこまで悪い待遇をしていないと思うし、村のお手伝いをさせているってことは一人っきりって事もないだろうからな、この事は一旦記憶の奥に封印しておこう。
さて、軽いジャブ的な質問をしたはずだが、ずいぶんと話が反れた。
俺は本番の質問をする為に少しだけ大きく息を吸った。
「この盗賊達ってさ、あまりにも弱過ぎないか?まるで歯ごたえがなかったんだけど?」
「いや、大体こんなもの。この盗賊が特別弱いという事はない」
「そうなの!?だってバッファの魔法一つ使わなかったぜ?」
「バッファの魔法は詠唱破棄が出来ないと使いずらい。特に不意に戦闘を行う事の多い盗賊などはバッファを使うより数にモノを言わせて斬りかかってくることがほとんど」
「あれは?ほら生活魔法!これなら魔法名を唱えるだけだろ?」
「それは逆に使い過ぎて効果が出ない。生活魔法の『強歩』なんてのは最適化された状態を体が覚えてしまい効果がどんどん薄くなる。逆にいえば魔法無しで魔法有りの身体能力を身につけるってことでもあるけど」
「それじゃ、バッファの魔法を詠唱破棄できるのってメチャクチャ強いって事になるんじゃないのか?」
「まぁ、一般的にはそうなる。私から言わせてもらえばスタートラインに立った程度だけど」
うん。リリン基準でものを考えるとおかしな事になるから。
と言う事はだ、俺って結構強いんじゃね?
いや、タヌキ一匹にすら勝てないので何とも言えないが、一般の冒険者の平均は超えている気がする。
……あれ、いつの間にこんなことに!?
これは後で自分の強さについて再確認をする必要がありそうだな。
なにぶん、リリンの隣にいると感覚が狂うのだ。
ほら、今だってリリンはトンデモナイ事を始めている。
何か考えがあっての事だと思うが、たぶんロクでもない事だろう。
「……なんで盗賊の服を剥いでいるんだ?どいつもこいつもなぜ、パンツ一丁にする?」
「急所を外さない為。さらに言えば精神的に追い詰める為」
「おう。ちなみに今から何をするか聞いても?」
「もちろん尋問。特別尋問官も呼んでいる。かもん!ホロビノ!!」
「きゅあらららー!」
うわッ、なんてこった!壊滅竜まで出てきやがった!
そして怯えた顔で成り行きを見守る、数少ない意識のある盗賊達。
彼らは抵抗する事を諦め、早々に降伏している。
知ってる事は何でも話すと言ってきているが、リリンは事情を聞いていない。
こう言うのは上から順に話を聞くのがセオリーなんだとか。
恐らくこれも誰かの入れ知恵だな。
「んで、ホロビノを呼んで何をするつもりだ?」
「ホロビノには指揮を取っていた人"で"遊んでいてもらう。大丈夫。第九守護天使はちゃんと掛けるから怪我はない」
「ちなみに、何をさせるんだ?」
「ホロビノの通常技、『ドラゴンバスター』。敵を抱えたまま空高く舞い上がり、そして急降下。そのまま地面に叩きつける」
「……それって、なんか身に覚えがあるんだが?」
「気のせいじゃない?」
気のせいなんかじゃねえんだよッ!!
地獄のドラゴン攻め後半、リリンが街に昼食を買いに行っている時に一度、ホロビノに喰らわせられているんだから!!
この野郎、まさか尋問に使うような技を俺に使ってきていたとはな。
そっぽっを向いて誤魔化そうとしても無駄だぞホロビノ。尻尾の動きでバレバレだ。
……いつか、必ず仕返ししてやるからな。
あーしかし、地獄のドラゴン攻めみたいな事を盗賊相手に今からする訳だ。
あんな体験をさせられたら、一発でゲロるだろうな。
情報的な意味でも、物理的な意味でも。
「そして、ホロビノと遊んで精神的に弱ったところで話を聞く。すると正直に話してくれる事が多い」
「なんか……リリンが恐ろしく思えてきたんだけど?」
「……?これくらいは至って普通の領域。レジェの本格的な尋問や、カミナの外道極まる尋問などに比べたら全然大したことがない」
「おぅ……。」
……これが至って普通の領域、だと?
じゃあ、本格的なやつってどんなんだよ?
それに隷属女王こと、レジェリクエはあの性格だからまだ分かる。
だが、再生輪廻カミナ・ガンデまでもがそっち側なの?
もう怖すぎるんだが。しかも、このゲロ鳥捕獲任務が完了したら会いに行くことになっているし、その一番手がカミナ・ガンデだという話だ。
うわぁー会いたくねぇ!!
「お?盗賊の頭が目覚めた。尋問を開始しよう。ホロビノはアレとアレとアレで遊んでて」
「きゅあら!」
あ、始まってしまった。
縄で縛られ呆然と座っている盗賊の頭とその背後からそっと近づくリリン。
頭は事態を瞬時に把握したのか、顔を強張らせ「やめてくれ!殺さないでくれ!!」と喚いている。
そして、静かに背後に立ったリリンはそっと盗賊の頭の首に手を回し、両手で目を塞いで耳元に顔を寄せる。
遠目で見ても、ちょっと官能的な光景。
可愛い顔立ちのリリンが後ろから抱きついているのだから当然そう見える。盗賊の顔色を見なければ。
まさしく顔面蒼白、いや、土気色になってしまった盗賊の頭はプルプルと震えて声を出す事も出来ていない。
そして、リリンが語りだす。
「ねぇ。正直に答えて欲しい。でないと……ね?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「あなたは私の事を狙ってきた。どうして?」
「頼まれたから、いや、脅されたからです!!」
「脅された?もうちょっと詳しく」
「お、俺達は山を隠れ家にして行商とかを狙う山賊でしたぁ!だがそこに女がやってきて、捕まって、言う事を聞けば見逃す、金も出すって!!」
「へぇ、お金欲しさに私達に害をなす。救えないね。よし、「ぐるぐるげっげー」しよう」
「ひ、ひぃ!ぐるぐるげっげー!?!なんですか、それ、なんですかっ!?」
「すっごいこと。だけど、誠意次第では「ぐるげー」くらいで済ましてもいい」
「なんでも、なんでもします、ですから、どうか……どうか……」
な、ん、だ、こ、れ?
リリン、尋問手慣れすぎだろ。その良く通る声はいつもよりも低く、まるで機械が喋っているかのように冷たい。
あんな声で耳元で脅されたら怖くてたまらないだろう。
肝心の尋問の内容が「ぐるぐるげっげー」などという、かなりふわっとした内容なせいで、かえって効果は抜群のようだしな。
「じゃあ次は、その女の特徴を教えて」
「はい、その女は、えぇと……その……」
「……人間の骨の数は206本らしい。切りが悪いので210本にした方がいいと思わない?」
「ひぃぃ!!すみませんすみませんすみません!!」
「もったいぶるのはオススメしない。チャンスも二度は与えない」
「い、いえそうでないんですっ。なんていうか思い出そうとすると記憶にも霧がかかったようになって思い出せなくて」
「……分かる範囲でゆっくりと話してみて」
「ふ、二人組の女だったと思います。それにたぶん若かったかと……後は黒い、何が黒かったのかは良く思い出せませんが、ただ黒だとしか……」
「もしかして、仮面を付けていた?」
「……良く分かりませんが、たぶん付けていなかったかと」
「その人とは最後に会ったのはいつ?」
「今日の午後になってすぐです」
「なら、まだ近くにいる?」
「いえ。なぜだか急いで離脱しなければならないと言っていたので、もうここにはいません。ですが、俺らの胸に付いてるバッチを通して見ているはずです!」
「……これか。なんて用意周到。それに認識阻害の魔法? 面倒な事この上ない」
リリンは盗賊の頭から離れるとホロビノの方に歩いていく。
そこには天空から叩きつけられグロッキーな状態の盗賊達。
第九守護天使が効いているめ外傷はないが、心傷が酷そう。
そして横たわる半裸盗賊を優しく踏みつけ、事実確認をしていくリリン。
……どこを踏んでいるかは、俺の口からはとても言えない。
そんな光景を三回見た後、思案顔で俺に近づいてきた。
「リリン。あんまり現状がよくないのか?」
「これはかなり面倒な事になった。相手は高位の魔導師集団の可能性が非常に高い」
「高位の魔導師?なんでだ?」
「この盗賊達は認識阻害の魔法を受けている。それは不安定機構・黒に属する闇の部隊が得意とする魔法」
「闇の部隊だって……?」
「そう、およそ人目には触れさせられないような汚い仕事を専門に行う部隊が不安定機構にはある。戦争の火種を作り、炎上させ、時に何万人単位の命を戦火にくべる、神に捧げる物語の舞台装置。その組織の名は『暗劇部員』」
「暗劇部員……?そんな奴らがなぜリリンを狙う?」
「分からないし、これはあくまで仮説。けど、暗劇部員の指揮官クラスか、それと同等の技量を持った魔導師であるのは確か」
「何か確証がありそうだな?」
「盗賊曰く、仮面をつけていないという。だけど、仮面を付けないのが許されるのは指揮官クラスだけ。ほら、この仮面自体が認識阻害の効果を及ぼしていて、部員はこれを付けなければならないから」
そう言いながら空間をまさぐり、リリンは変な模様の仮面を取りだした。
…………。
「なぜ仮面を持ってる?」
「ちょっと昔、アルバイトしてたから?」
「……。」
はぁ。事の重大さが良く分かった。
つまりあれだろ?敵は昔リリンがアルバイトしていた組織で、リリンと同じくらい強い魔道師が俺達の事を狙っているってことだろ?
あぁ、状況は最悪だな。
生き残れる気がしない。