第30話「ユニクルフィンの主張③」
「なんだ、この異常な魔力は……?」
サーティーズさんに探りを入れながら歩いていると、膨大な魔力が立ち上った。
それは温泉郷の空を一瞬で覆いつくし、張られていた結界と融合。
身体が粟立つような焦燥感は消えたが……、結界は明らかな別物になっている。
「これはまさか……、母様のとぉりゃんせ……!?」
「とぉりゃんせ?」
「時の権能を使った断絶結界です。ですが、こんなにも強力な結界を、なぜ……?」
どうやら、これは時の権能を持つ者による仕業らしい。
サーティーズさんによると、やったのは白銀比。
だが、それがブラフである可能性を考慮しなくちゃならない。
「知ってるのか。詳しく教えてくれないか?」
「ここにはサチナちゃんの結界が貼ってあります。わんぱく触れ合いコーナーの改良版で、肉体の経過時間を調整し、緩やかな回復を促進させます」
「温泉の評判がやたら良いと思ってたが、そんな仕掛けがあったのか」
「ですが、今張られたのは、生物の往来を遮断する隔絶結界です」
「それが時の権能を使って張られたと?」
「時間の流れが絶たれています。正確には、時間の流れが超加速と超減速されている空間が混じり合った幕……、要するに、全身で振れた場合、手には100年の時間経過、足には20分の時間経過、頭には50年の……という具合に、全身の時間経過がバラバラに進みます」
サチナの結界は回復を促進させる程度、つまり、緩やかな時間経過を促すものだった。
だが、今の結界は触れると時間経過がランダムに起こるという超危険物。
俺に影響がない所を見ると、触れなければ問題がなさそうだが……?
「ちなみに、触れたらどうなるんだ?」
「死にますよ。時間の経過=形状の変化ですので、分子の結びつきに隙間が生じて崩壊します」
「……やべぇじゃねぇか。そんなもんが町を覆っちまってるのか」
「まぁ、常人では絶対に触れられませんけどね。こちら側と結界内の時間の流れが違うので、本来は干渉できませんから」
「そうなのか?」
「えぇ、この技はもともと、遊びを邪魔されない様にするために金枝玉葉様が開発されたものです」
……まずい。
今、リリンはどこにいるんだ?
まだタヌキラボに居るのなら、分断されちまったことになる。
「常人に過干渉できないって話だが、出来る奴はいるのか?」
「時間経過が死に繋がらない、つまり、寿命を持たない超越者なら耐性はあると思います。が、飲まず食わずで何百年も生きられるかは疑問ですが」
「タヌキなら難なく乗り越えてきそうだな。食いもんを隠し持ってるだろうし」
「そう簡単な話じゃないと思いますよ」
食い意地が張ってるタヌキなら、飢え対策は万全なはず。
だが、仮に白銀比が張った結界と仮定すると、皇種の権能に真っ向から対抗することになる。
……クソタヌキーズなら、なんとかしそうだな?
特にゴモラ、お前、大聖母と癒着してるの隠してたって話だったもんな。
あろうことか、記憶を読める白銀比相手に。
「何らかの目的があって、母様が温泉郷の出入りを制限したんでしょう。問題は、それが何かということですが……」
「待ってくれ、そもそもこれは、本当に白銀比がやったことか?」
「はい?」
「いや、サチナがやった可能性はないのかって思ってさ」
何らかの進展が発生したのは間違いない。
サチナから報告を聞いた白銀比が動いた、もしくは、犯人を逃がさないためにサチナが自発的にやったか。
もしくは、俺達の行動に気づいた人狼狐、例えば……サーティーズさんがやったとかな。
「母様以外にあり得ませんね。こんな大規模に時の権能を扱えるのは母様だけです」
「そうなのか?そもそも、時の権能ってどんなんだって話なんだが」
「それは企業秘密ですから、おいそれとは語りませんよ。ですが、汎用性に優れている分、扱いには相応のコストが掛かります。簡単に言うとすっごく疲れるんです!!」
「疲れる、だと……?」
「えぇ、とてもとても疲れます。1時間も連続で使えば、しかたがない休日出勤で12連勤になった金曜日の夕方5時くらい疲れます」
「具体的過ぎて、何一つ伝わらねぇ」
「そこまでの苦労を背負ってまで母様は何を……?」
……今の所、サーティーズさんに怪しい所はない。
情報が駄々洩れな上に、母親の機嫌が悪いと知って震え上がっている。
こんなに顔面蒼白になるのなら、自発的に仕掛けたんじゃないはず。
「ユニクルフィンさんは、何か心当たりはありませんか?」
「……さっき言っただろ、このチラシは俺達には関係ないって。白銀比が独自で催しを行ってるのか、もしくは、白銀比を怒らせた何者かによる犯行か」
「母様と敵対している……?もしかして、タヌキの皇ですか?」
「ん?」
「母様から聞いています。タヌキの皇、那由他様は非常に厄介極まりない存在であり、泣かされたこと数知れず。その暴虐は私たち狐のみならず、すべての種から恐れられていると」
「流石はタヌキの皇って感じ。だが、違うと思うぞ」
一応、サーティーズさんは那由他と会っている。
宝探しに時に出てきやがったからな、だが、特に言葉とかは交わしてなかった。
そういえば、サーティーズさんってタヌキと話をしてたっけ?
バビロンを見て震えあがっていたのは見たが……。
「ちなみに、サーティーズさんはタヌキについてどう思う?」
「触らぬ神とタヌキ祟りなしでありんす。これが母様の口癖です。はわわ」
「めっちゃ警戒してんだな」
「ですので、母様がここまでブチ切れているのなら、タヌキの犯行で――、あ!!シーグリンさーーん!!」
シーグリン?あぁ、サーティーズさんの部下か。
全身筋骨隆々のマッチョがビジネススーツを着こなしているとか、強キャラ感が半端ない。
レベルも6万後半で中々だ。
「こんにちは、社長」
「シーグリンさんも本日は有給休暇でしたね。どうですか?温泉郷は満喫していますか?」
おい、休日に出会ってしまった上司ムーブをするな。
そういうことすると、想定外の辛辣な言葉を貰ってへこまされるぞ。
「満喫しております。今もイベントに参加しようと……、社長はこちらのチラシはご存じですか?」
「?えぇ、先ほど拝見いたしました」
「そうですか、では……、身ぐるみを剝がさせていただきましょう」
「……。はわっ!?はわわわ!?」
……ほらな。
やっぱり碌なことにならない。
現在の温泉郷の状況は、
① 結界で閉じ込められた。
② 内部で狐狩り発生中。
要するに、サーティーズさんは獲物最有力。
信頼する部下に白昼堂々剥かれそうになり、必死に抵抗中。
「はわ、はわわ!?シーグリンさん、あなたには奥さんがいるでしょう!?不倫はダメです、不倫は!!」
「いえ。社長の事は尊敬していますが、女性としては見ていません」
「はわぁーーッ!?」
「ですが、これはイベントですので。私の愛する妻と娘の為に、一肌脱いでいただきましょう」
「私は社長ですのでたまにしますが……、身銭を切るってこういう意味じゃないですからね!?はわ、はわわわわーー!?」
顔見知りなら、いざとなったら鉄拳制裁でサーティーズさんが勝つはず。
そんな訳で放って置いている訳だが……、大体、状況が見えて来た。
周囲の冒険者たちは事態を静観、むしろ、面白げに見ている始末。
完全にイベントとして認識している。
問題なのは……、ちら見したタヌキ奉行がガン無視を決め込んだことだ。
「タヌキが助けに入らないってことは、洗脳の効果は人間だけじゃないのか」
「やめなさい、シーグリンさん、セクハラは懲戒の対象です!!はわーーっ!?」
「……なら、わんぱく触れ合いコーナーの動物もか。で、あんな奴らが町に来て人狼狐を探し……、人を襲撃したら?」
「どこを触ってるんですかッ!?アウト、完全にアウトですぅーー!!」
「どうする……。温泉郷に広がる前に、全滅させておくか?いや、わんぱく触れ合いコーナーの外じゃないと意味がない、なら、入り口に張り付いて……」
「いー加減にしなさいっ!!」
あっ、筋骨隆々セクハラマッチョが分からせられた。
頭を打ちぬかれたシーグリンは倒れ伏し、肩で息をしている半裸OL狐に睨まれている。
鼻の下を伸ばしながら見ている観客も含め、色々と酷い。
「はぁ、はぁ、はわわ……」
「お、無事か?」
「どこら辺が無事に見えたんですか!?」
「服は破けてる、が、体に傷一つないのは流石だぜ!」
「エリュシオン工房で作って貰った制服ですよ、コレ!!一着いくらすると思ってるんですか!!じゃなくって、助けてくださいよ!!」
うわぁ、涙目。
これで敵だったら、大魔王陛下から主演女優ゲロ鳥賞が授与されるだろう。
「なんなんですかこれは!?シーグリンさんは堅実な方です。こんな破廉恥なことをしてくるはずがありません」
「……あぁ、全部、狐が悪いんだ」
「だから、私は何もしてませんよ!!」
「狐の仕業なんだよ。なぁ、金鳳花……、無色の悪意って知ってるか?」
最優先事項は人狼狐を、9匹すべて捕まえること。
だから、俺達の情報は出来るだけ伏せた方が良いんだが、サーティーズさんが敵だった場合は、もうバレているだろう。
……なら、逃がさないのは確定。
グラムを活性化させつつ、情報を探りに行く。




