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第29話「狐の夢」

「さぁ、今日は何して遊ぶなーんし!」



 微笑んだ自分と、満面の笑顔を返す三人の子ら。

 これが寝ている自分が見ている夢だというのは、白銀比にも分かっている。


 長男、紅葉くれはと次男、紫蘭しらん

 上二人の兄は男の子らしく活発に動き、母である白銀比を驚かせたり困らせたり。

 けれど、笑顔がこぼれる毎日に不満なんてあるはずもない。



「お母さん、今日は鬼ごっこがよいです!」

「いえいえお母さん、折り紙がしたいです!」



 子供たちが一日でやれる遊びは一種類。

 遊びを決めるのも遊びだという金枝玉葉の言葉を大切に思っている白銀比が定めたルールだ。


 白銀比の子供達は、それぞれ得意な遊びが違う。

 好奇心旺盛で活発な紅葉は体を動かす遊びを好み、人の真似をするのが得意な紫蘭は頭を使う遊びが楽しい。

 そんな兄達の後ろには、控えめな視線を送っている妹がいる。



「くすくすくす、金鳳花。御前おまえさんは何がしたいなんしな?」

「……かくれんぼ」



 兄たちは優しいのだと、金鳳花は分かっている。

 困ったら助けてくれるし、分からないこともちゃんと教えてくれる。

 だけど、遊びには一切の妥協はせず、自分の意見を押し通そうとする。


 それを見かねた母の優しい問いかけが好きだった。

 自分の頭を撫でながらくすくす笑う、その声が好きだった。



「えー、かくれんぼー」

「金鳳花みつけるの大変なのにー」

「ほぅ、確かに一理あるなんしなー?」



 活発な紅葉は同じ場所に隠れていられず、真似っこ遊びが得意な紫蘭は、一人で行動する鬼には向かない。

 それでも、金鳳花はかくれんぼが好きだった。


 見つからない様に隠れている時の、見つけようとして探している時の、”その時”を思い浮かべるワクワク感。

 それを得た瞬間の胸の高鳴りが、堪らなく愛おしい。



「でしょ!おにごっこなら――」

「だからね、折り紙がね――」

「でも良いなんしか?四つ三つ下の妹に負けたままでいいなんしー?」


「!?」

「!?」

「母は悔しいなんしな。あぁ、悔しい悔しい。御前さんらはどうなんしー?」



 兄達の遊びが嫌な訳ではない。

 どんな遊びでも楽しく、笑顔になれると分かっている。

 それでも、今日の遊びが『かくれんぼ』に決まった時、金鳳花は本当に嬉しそうに笑うのだ。



 **********



「覚めてしまったなんしな……、はぁ、人の夢と書いて儚いと読むとは言うなんしが。最近、子らの夢ばかり見るのは、サチナの親離れが近いからでありんしょう」



 窓から覗く陽は高く、朝よりも昼に近い時間に金鳳花は目覚めた。

 昨晩から早朝にかけての”遊び”、それに満足しつつも、どこか切ない。

 それは、サチナの独り立ちの日が近づいているからだ。



「サチナの齢も、もうじき九つ、あと一年。リリンサ達に任せておけば大丈夫でありんすが、わっちは寂しいでありんしょうな」


「あの子は特別なんし。サーティーズも随分と要領よく成長した子でありんしたが……、あの那由他様が「儂にすら届く」と言ったなんし。その成長が楽しみである一方、近くで褒めてあげられない口惜しさも飛び切りでありんす」



 愛おしい末娘、サチナ。

 その父親こそ、世界の絶対強者たる始原の皇種が一体、不可思議竜。


 神の逆鱗により、不可思議竜ただ一匹のみ残し、白天竜は絶滅した。

 どれだけ子孫を生みだそうとも、1 /不可思議の確率でしか白天竜は生まれない呪いすら受けている。


 それから数千年、ホロビノ以外の白天竜が生まれないことを嘆いている不可思議竜は、時の権能を持つ白銀比に可能性を見出した。

 たった一回の奇跡の記憶、それを利用できないかと考えたのだ。


 機会を見計らい、普通の竜を装って近づいてきた不可思議竜。

 そして、それに気が付いていた白銀比は話に乗った。

 サーティーズが親離れして数十年、人恋しくなっているものの、気に入るオスに出会えていない。

 そんな互いの思惑の上での遊び、その結果、サチナが生まれたのだ。



「姿こそ竜にならなかったものの、中身はしっかりと受け継いでいる。クソタヌキを蹴散らしたのを見た時には、すっと胸がすいたなんしー」



 不可思議竜は白天竜の息子を生み出した記憶を使い、遊びに興じた。

 その渦中、自身の命の権能を使い、ありとあらゆる白天竜の因子を受け継がせている。


 そうして生まれてきた子は、白天竜の象徴である美しい純白の毛を持っていた。

 されど、狐。

『極』の階級を持つ七源の皇種でも、自身の力を受け継がせるには足りなかったと知った不可思議竜は、サチナを白銀比に預けて去った。



「子は等しく愛おしく、されど、抱く感情は千差万別。願わくは、その行く末に幸せがあらんことを」



 白銀比は子の運命を歪めてしまわない様に、眷皇種としての記憶を封印する。

 子が自らを鍛え、力を扱うに足る資格を持った時に、それが解除されるようにしてあるのだ。


 そして、白銀比の子の大半が時の権能どころか、眷皇種としての身体の能力を得ることもなく、普通の人間として生を全うした。

 偉大なる皇種の娘だと知ってはいても、その力が自分にも備わっている自覚なく生きて、死んだのだ。



「はぁーあ、今夜もあのオスとメスを呼んで寂しさを紛らわすなんしー」



 最近お気に入りのレジェンダリア産・初々しい番セット。

 互いに素直になれない幼馴染が男女になってゆく、それを見ながら飲む酒の何と旨いことか。

 もっとも、レジェリクエによって用意されている酒は、一本で貴族の館が買える値段。

 何もしなくても普通に美味である。



「今夜は混ざるのも良いなんし。問題は……、攻めか受けかでありんしょう」




 白銀比の情事は遊びの範疇。

 故に、複数人――、恋仲にある男女を両方呼び出して混ざるなどという、娘が眉を顰めるようなことも平気で行う。

 その結果が誰の中に芽生えようとも、後腐れなく分かれるために。



「さて、祭りに行ってくるでありんす。……紅葉くれは紫蘭しらん



 白銀比が言葉を発していたのは、隣の部屋で眠る子らに聞かせるため。

 意識なく眠っていると分かってはいても、寂しい思いをさせてしまっているという自責も消えない。

 故に、白銀比は自室で一人でいる時は、可能な限り声を出すようにしている。



「おはよう。紅葉、紫蘭。そう言えたら……」



 時揺れの閨室に入り、愛しい子の寝顔を見る。

 数千年もの間、変わらない姿。

 二人の息子も、それに掛ける声も、何一つとして変わらない。



「――おはよう、お母さん」

「――おはよう、お母さん」


「つっ!?!?!?」



 変わるはずがなかった。

 変わってはいけないはずだった。

 ピシリ。と亀裂が走ったのは、目の前の時揺れの結晶。そして、白銀比の心。



「あそんでよ、お母さん」

「あそぼうよ、お母さん」


「かーくれんぼするもの、よっといでー」

「もーいーかい?」


「まーだだよ」



 時揺れの結晶が割れている。

 それが、呆然と眺めた白銀比が出した答え。



「もーいーかい?」

「まーだだよ」


「もーいーかい?」

「まーだだよ」



 怒りと悲しみ、混乱。

 白銀比を襲う感情は、父を喪い皇を継承した時以上の激情。


 白銀比には分からなかったのだ。

 いつそうなったのか。

 いつから結晶が割れていたのか。


 昨日か、一か月前か、数十年以上前なのか。

 どうあるにせよ、これが出来るのは自分の娘しかいない。


 サチナか、サーティーズか、あるいは……。

 ただ確実なのは、一緒に入った白銀比の認識を歪めているという、事実。



「もーいーかい?」

「もーいーよ!」



 思わず握りしめていた結晶から手を放し、血を拭う事すらなく、白銀比は視線を向けた。

 自室の先から聞こえる声に。



「お母さんが、鬼ー!」

「見つけてよ、おかあさん!」



 胸が張り裂けそうになる、涙が出そうになる。

 見えない姿が愛おしい。

 それが幻であったとしても、逃がさない。

 もう、逃がしたくない。



「……そうなんしな。そうだったなんしな」



 数千年、幾度となく歴史の転機に身を置きつつも、金鳳花は姿を見せなかった。

 だが、そうじゃなかったと白銀比は気が付いた。



「そうだったなんしな、金鳳花。御前さんはいつも、わっちに見つかる瞬間を楽しみにしてありんした」


「姿を見せた上で巧妙に隠れ、見つかるのを待っていた。ワクワクしながら、わっちが見つけに来るのを、ずっとずっと、数千年も」



 自室から抜け出した白銀比、その目に見えているのは、愛しい後ろ姿。

 ……どこだろうか。

 紅葉が、紫蘭が、金鳳花が、あの子たちが好きそうな隠れ場所はどこだろうかと思考を巡らせる。



「《……とぉーりゃんせ、とぉりゃんせ。こーこはどーこの、細道じゃ≫」

「《天神さまの細道じゃ》」


「《ちっと通してくだしゃんせ》」

「《御用のないもの、とおしゃせぬ》」



 白銀比によって紡がれてゆく神の名すら使った詠唱。

 それは、世界記憶への干渉。

 永遠の遊びを願った始原の皇種、極楽天狐・金枝玉葉が得意とした――、時剋隔絶の権能。



「《この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります》」


「《行きはよいよい、帰りはこわい》」


「《怖いながらも、とぉーりゃんせ、とぉりゃんせ》」



 思えば、子らを探す時にも良く口ずさんでいた。

 ワザとらしく下駄を鳴らしたりして、隠れているつもりの子の反応を楽しむ。


 その音は、時計の振り子が動き出したかのように、カラカラと刻む。

 止まっていた時を、刻み始めたのだ。


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