第20話「人狼狐・昼の配役①」
「ホーライ様の過去、金鳳花、無色の悪意……、事情は把握できましたわ。もちろん、私の全身全霊を以て対応させていただきます」
テトラフィーア達のお姫様幼馴染チームも、サチナのカラオケ大会を楽しんでいたらしい。
そして、メルテッサと手羽先姫様の見事な発表に嫉妬したアルファフォートさんをなだめている最中、例の歌が撒き散らされた。
神の耳を持つテトラフィーアと、魔力を肌で感じ取れるナインアリアさんが抱いた感情は、『ただひたすら気持ち悪い』。
とてもじゃないが人間の声と呼べる代物じゃないそれは、身の毛がよだつ程の魔力を含んでいたそうだ。
そんな明らかな異常を感じた彼女達は二手に分かれ――、無事にサチナとの合流を果たしたテトラフィーアに事情の説明を終えた。
「それにしても、そんな重要なお話ならば、あらかじめ伺っておきたかったですわ」
「おや、レジェから聞いてないのかい?」
「ホーライ様の所に伺っていたのは聞いてますわ。ですが、うちの陛下は私よりもホロメタシス陛下の歓待に時間を割きましたの」
「あぁー、そりゃしょうがないね。だってアホの子革命会談だもん」
「仕方がなくないですわ。……なんで5次会の会場がベッドの上なんですの!?国王と言えど、相手は男児ですのよッ!?!?」
「……。しょうがないねぇ、おねショタだねぇ」
うわぁ。としか言いようがない。
リリンやセフィナから聞いた話によると、ホロメタシス陛下は女の子に見間違えそうになる可愛らしい顔立ちの男の子。
13歳のセフィナが年下扱いしている以上、確実にそれ以下の年齢だ。
なのに、俺よりも遥か先を歩いているらしい。
流石はタヌキが巣食う国の王……って、それはそれとして。
「で、ワルト。テトラフィーアとサチナが金鳳花の認識改変に対する切り札なんだろ?」
「彼女たちを揃えることが、人狼狐を捕まえる絶対条件。これでようやく破綻戦略が稼働できる」
無色の悪意を持つ人間を外見で判断するのは不可能だ。
だからこそ、行動を起こさせずに先手を取るには、サチナ達の嘘を見破る能力が必要となる。
だが……。
「僕らの勝利条件は、9匹の人狼狐を見つけ出し捕獲すること。おそらく、仲間の中に潜んでいるであろう狐をね」
「悪辣、何食わぬ顔で言ってるけど、そういう君だって疑わしいじゃないか」
「おやおや、さっさと死んで疑いが晴れたと思ってるお姫様は余裕だねぇ。だが、推理小説の犯人が死人だというのは、古来より使い古されてきた手法だろうに」
「はぁん?」
「いいかい。君も僕も疑いは晴れちゃいない。だから自分の無実を証明し、役割を自覚しなくちゃ始まらない。人狼ってそういうゲームなんだから」
人狼は、配られたカードを見て自分の役割を把握する所から始まる。
一応、この間、殺されている俺は大丈夫なはずだが……。
「それが私の役割だというのは十分に理解していますわ。ですが……私はサーティーズの嘘を見破れませんでしたわよ」
「控えめに言っても賢くないサーティーズにすら欺かれて自信がない、そうだね?」
「……っ。そうですわ。はっきり申し上げて、自信喪失中ですの」
テトラフィーアが持つ世絶の神の因子は、レジィやレラさんのように任意で発動できるタイプではない。
閉ざすことができない聴覚が、嫌でも人間の本心をテトラフィーアに分からせる。
実は、幼いテトラフィーアが無茶な冒険を繰り返したのは、そのことで悩んでいたからだ。
ましてや、彼女が住んでいるのは人の上に立つことが仕事の王宮。
国という重責を背負う国王夫妻ですら、日常的に偽りの言葉を述べていたと、彼女から直接聞いている。
だが、テトラフィーアはその苦境を乗り越えた。
親父や俺と出会ったから……、だなんて言うつもりはない。
リリンやワルト、レジィやカミナさんやメナファス。
俺が知らない多くの人々に支えられ、神の因子との折り合いを付けたはずだ。
なのに、簡単に欺かれた。
相手が悪いと言ってしまえばそれまでだが、それでも、自信を無くすのは仕方がないと思う。
「状況が非常に良くないのは分かっておりますわ。ですが、失敗できないと思えば思うほど」
「本当に残念で仕方ない。珍しい君の弱み、本来ならば弄り倒して優位を確保しに行くところだが……、僕のせいでもあるしねぇ」
「ワルトナさんのせいですの?」
「正確にはセフィナとニセタヌキとメルテッサのせい。レジェが落ち着いてれば、速攻で対抗手段を思い付いてただろうしね」
天窮空母が撃墜されたのは、セフィナとゴモラが持ってる神域浸食・ルインズワイズの『予兆と自滅』の効果に当てられたから。
カツテナイ機神へ強制的に戦いを挑ませる能力とか、控えめに言ってエグすぎる。
なお、それを村長の過去編で知った大魔王陛下は、額に青筋を立てて震えていた。怒りで。
「対抗手段がありますの?記憶を封印されている時は、嘘が嘘ではなくなりますのよ」
「そういうこと、なのです」
「サチナちゃん?」
「サチナにも封印されている記憶の内容は見えないです。ですが、それがあるのかどうかぐらいは分かる、です」
「……なるほど。ですが、記憶は古くなればなるほど読むのに時間が掛かる。だったら、封印されている記憶を表層に引っ張り出せばいいんですのね」
時の権能で記憶を読む場合、基本的に時系列を遡っていく。
だが、現在の記憶と結びつける――、例えば、話題を振るなどして思い出させれば即座に確認できるらしい。
「やり方は簡単、怪しい相手に問えばいい。『あなたは無色の悪意に汚染されていますか?』ってね」
「記憶を封印されていない場合、嘘を吐けば分かりますわ。そして、記憶を封印されている場合には、鍵がある」
「その通り。9匹の狐は、明日の昼には全員が記憶を取り戻していなければならない。だから続いて、『日課にしている習慣や癖』を問う」
「そして、それを可能な限り実演させますのね。そうすれば、結びつけられている記憶が表層に出ますわ」
……。
…………。
…………………日常的に繰り返してる習慣や癖を披露する、だと?
「記憶を取り戻すトリガーは、例えば、夜12時に寝る前のストレッチ。夜、人目が少ない場所で行う行動が鍵になる」
「日中に記憶を取り戻すと、私やサチナちゃんにバレる可能性が高くなりますものね」
「で、それを目の前で実演して貰えばいい。途中で噓を吐いたり、誤魔化そうとしたらテトラフィーアとサチナの出番だ」
……ってことは、隠しているプライベートな時間を暴露しろって事だよな?
……。
…………。
………………ぐるげぇ!?
「ということで、ユニ。『あなたは無色の悪意に汚染されていますか?』」
「自分でも不安があったから聞かれるのはいいとして。……なんで俺からなんだよッ!?」
「おや?さっそく誤魔化したね。これは黒かな」
「んな訳あるか!!俺は無色の悪意に汚染なんてされてねぇ!!」
そして、俺の声をしっかりと吟味したテトラフィーアの判定は、『無罪ですわ!』
当然と言えば当然だが……、何だこの嫌な流れは……。
「はい次。『日課にしている習慣や癖は?』」
「……長く続けてる習慣なんてねぇぞ。風呂上がりのストレッチだって時々さぼるし」
「じー。なのです」
うぉぉお!?サチナが滅茶苦茶見てくる!?!?
真ん丸な目で、疑いの視線を向けてくるッ!?!?
「くっ、悪いが俺は飽き性でな。唯一続けてる筋トレだって、やる時間はバラバラーー」
「そうかいそうかい、サチナはそんな顔してないけどねぇ」
「……。うぉ~~うぉ~~」
「っ!?」
「にやり」
「うぉ~~、うぉ~~ぐるげ~、偉大なる友よ~~」
「ちょま、やめ」
「続けてくれたまえ」
「サチナはメインボーカル。声高らかに歌うべし!!」
「素早い差し足~~、強く強靭なくちばし~~、おぉ、なんてかっこいい~~」
「分かった!分かったからやめ」
「マイクON」
「カメラもOK!」
「戦場を駆ける、俺の親友~~。タヌキとは違う~~、おぉ~~心の友~~」
ひぃぃぃぃ!?やめてくれっ!!
分かったから、せめて自分で歌うから、死んだ目で歌わないでくれ、サチナーーッ!!
この所の俺のマイブームは、大浴場の隅っこで鼻歌を歌うこと。
最初はメロディだけ考えていたんだが、クソタヌキーズと混浴?するようになっちまった腹いせに、ゲロ鳥を持ち上げて、タヌキを下げる歌を作っていた。
ソドムが舌打ちしてどっか行ったのを見て、勝ち誇ったが故の暴挙だ。
だってさ、こんな方法で暴露されるとは思わないだろッ!!普通ッ!?!?
「帝主さまは、大浴場で歌を作ってるです」
「ぐるげぇっ、恥ずかしいったらありゃしねぇ」
「ちなみに、今日は3番のサビを考える予定なのです」
「なるほどねぇ。ユニ、はい、マイク」
「カラオケ大会は終わってしまったけど、全力で歌って欲しい!!」
ちっくしょう、こんの魔王共、ここぞとばかりに滅茶苦茶いい笑顔ッッ!!
つーか、俺を暴露大会の最大の汚点にするべく徒党を組みやがったってのも分かってるからなッ!!
「~~おぉ~、空を飛びし雷界の守護者~~、裁きの矛を煌めかせ~~。ここまでだ。ここまで考えてあった。ぐるげぇ」
「せっかくだから、最後まで考えてみるのはどうだい?」
「アヴァロン組にお願いして伴奏を付けて貰おう!!」
「絶対に断る。タヌキの知識に黒歴史を保存されるとか、全裸英雄並みの汚点だ」
自作の歌を披露するってのも辛いが……、途中でテトラフィーアが頭を押さえたのが地味に堪えた。
あとそこのクマ。
お前が言った『クッソへたくそなんだぞー!!』、ボディブローより効いたぜ。
「ってな感じで……、採点をどうぞ!」
「かーん。無罪放免、鐘一つですわー」
「これじゃ1000点もつかないです。出直してきやがれ、です」
「とこんな風に毎日やっちゃう癖を問い、脳裏に浮かんだ記憶をサチナが読んで暴露する。これが現状できる最善手だ」
……無色の悪意はなかったが、普通の悪意が見え隠れしてたんだが?
だが、これで俺の無罪は証明されたぜ。
「次はリリンの番だぞ、ほら、白状しろ」
「私は無色の悪意に汚染されていない。そして日課は……、日記帳を付けること!!」
「すげぇ無難な習慣過ぎる!?って言うとでも思ったか。実はかなり気になってたんだぜ。もちろん、中身を見せてくれるんだよなぁ?」
俺が長湯になったのは、リリンの日記が原因だ。
書いたり読んだりする時間を稼ぐため、クソタヌキーズが足止めに来やがる。
だが、それも今日でおしまいだぜ。
さぁリリン、暴露しろ。
そして、俺にも日記帳を読ませてくれ!!
「分かった。実演する」
「ほうほう。……ん?実演?」
「私の習慣は白紙のページに日記を書くこと。読むことではない!!」
なんだってーー!?!?
言われて見ればそりゃそうだ、って納得できるかッーー!!!!
「はい、書いた!!」
「えー。なになに?『今日は温泉郷のお祭り。そこでおじいちゃんと屋台をした』。くっ、ここぞとばかりに当たり障りのない文章を書きやがって」
「……見せるのはまだちょっと恥ずかしい。その、ちゃんと結婚するまで待って欲しい」
そう言われちゃうと強く押せねぇッ……!!
一応、確約が取れただけでも良しとするしかねぇが……、せめてタヌキ混浴だけは中止してくれ。
どれに入っても『タヌキの湯』にしかならねぇ。
「そんな訳で、次はワルトナの番!!」
「ほんとにそうかなぁ?ねぇ、サチナ」
「……。」
「んっ、他には何もない!!」
「あら、嘘ですわー」
「主さまは……」
「えっ、あ、やめっ」
「ワルト、マイクのスイッチはここか?よし」
「帝主さまの寝顔を見ながら、コーヒー牛乳を飲んでいる、ですっ……!!」
……。
…………。
………………地味に嫌なやつ来たな。
しかもそれ、毎日してるのか。
「リリン。夜は寝ろ」
「ちなみに、コーヒー牛乳限定なのは、カミナに胸を大きくする方法を聞いたからだ。涙ぐましいねぇ、無駄な努力だねぇ」
「ひ、酷い!!補足説明は酷いと思うっ!!」
ふっ、確かに無駄な努力かもしれねぇな。
あんだけ食って体形が変わらねぇんだから、胸だって育つ訳ねぇだろ。




