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第18話「人狼狐への招待」

「この男は笛の音色に時の権能を乗せやがったです。だからみんな、おかしくなっちゃった、です……」



 泣き出しそうなサチナの頭を撫でながら、リリンが怒りに満ちた瞳で男を睨みつけた。

 今起こっているのは、ワルトに管理されていた攻撃とは違う、本物の害意。

 リリンの警戒も当然だし、決して楽観できる状況じゃない。

 それは確かなんだが……。



「コイツを処理すれば終わりって訳じゃないだろ?ワルト」



 ヴァトレイアはやきとり屋のおっちゃんの友人で、鏡銀騎士団だった男だ。

 だが、持っている権威は無いに等しく、俺達魔王に対抗できる訳がない。

 どう考えても使い捨て……、金鳳花の使い走りにしか思えない。



「由々しき事態だね。ヴァトレイア自身が言っていた『末端』ってのは、金鳳花の手先って意味だろうし」

「金鳳花、それってホーライを殺そうとしたあの……?」


「リリン、覚悟が必要になるよ。ここから先に命の保証はない」



 《人食いキツネが探しているよ》

 《祭りの中から狙っているよ》


 《甘い甘ーい、愛の飴》

 《騙してとろける、人の飴》


 《静かな夜には、もういない》

 《明日の夜には、誰もいない》


 《12の鐘でキツネが来るよ》

 《9つの指に、130の頭》


 《裂いて分けよう七つの幸》

 《足りない足りない、まだ足りない》


 《終えて始まり、残りは9つ》

 《探して減らそう、無色の心宝》



 ヴァトレイアが歌わされた歌詞。

 それには考察が得意ではない俺にすら、読み解けるメッセージがある。


『甘い愛の飴』、『無色の心宝』

 これは愛絡譲渡スウィートマータ無色の心(カラレスハート)の暗喩だ。



「金鳳花が仕掛けて来たってことは、ヴィクトリアが近くにいるってことか?」

「ここがホーライ様の故郷だっていうなら、奉納祭の模倣(オマージュ)って可能性は高いね」



 ヴィクトリアは、あの子が天命根樹から受けてしまった毒を解毒できる、唯一の存在。

 そんな信託を下したのは神であり、それは嘘も偽りもない事実だ。

 直接的な面識がなくとも、ヴィクトリアは俺達の過去の関係者になっている。



「前に言ってた王道展開って奴か。なら、ヴィクトリアを探さねぇと」

「違うよユニ。……狙いはサチナ、君だ」



 なんだって?

 どこをどうして、サチナが狙われることになるんだ?



「なんでそう思った?理由を教えてくれ」

「その前に……、メルテッサ出てきな」



 矢倉台の裾には、姿を消す魔道具を使って様子を見ているメルテッサがいる。

 神殺しを覚醒させている俺達にはバレバレだし、どうせ居るなら知恵を貸してもらいたい。



「殺気だっちゃって悪辣らしくもない。小心者のぼくが隠れてしまうのも無理はないでしょ」

「敵認定されたら容赦なく攻撃されるって分かってるだろうに。平和ボケが過ぎるねぇ、悪性」



 メルテッサの行動は、奇襲の準備だと判断されてもおかしくない。

 ワルトが警告を出したのは優しさ……、仲間だと思っての行動だ。



「さて。言うまでもないことだが、これは金鳳花からの『ゲームのお誘い』。ホーライ伝説の第0章と同じ、互いの命を懸けた創作史劇(デスゲーム)。ひとつ間違えれば……、世界が滅ぶ」

「まさか俺達がやることになるとはな。だが」


「あぁ、ホーライ様の機転により最悪の事態は避けられた。こうして話が出来ていることが何よりの幸運だとも」



 これがあの奉納際の模倣なのだとしたら……、この想定ができるのは、村長が過去を話してくれたからだ。

 もしも聞いていなかった場合、俺達はもっと浅い所から調査を始めることになる。

 例えば、大した情報を持っていない傀儡のヴァトレイアをずっと尋問するなど、無駄な時間を過ごしたはずだ。



「サチナ。ヴァトレイアの記憶は読めるかい?」

「意識が無い状態でも脳は動いているです。けど、思考が滅茶苦茶だし誘導もできないです」


「そうかい。なら、シェキナの矢でも刺そうかね」



 ワルトがぶっ刺したシェキナの矢の効果で、ヴァトレイアは朦朧としている半覚醒状態になった。

 問いに答えられるものの、隠し事はできない、そんな状態にして簡単な尋問を行う。



「俺は、やきとり焼いてて、ストラインに怒られてムカついて、男?女?あれ……」


「……だめです。記憶に封印が掛かってるです」

「封印?」


「思い出せないようにされてるです。……サチナではこの封印は解けない、です」



 悔しそうに呟いたサチナの目から涙がこぼれた。

 使われているのが時の権能だと確定したことで、温泉郷に牙をむいたのが実姉なのも確定する。

 身内から攻撃されるなんて、8歳の子供が受けていい酷い仕打ちじゃない。



「ごめんなさいなのです。サチナがもっと勉強していれば、です」

「いや、十分に貢献しているとも。今も、これからもね」


「……そうなのです?」

「金鳳花の攻撃かどうかが分かるだけで雲泥の違いさ。後は、僕らがしっかりすればいいだけ」



 ワルトはサチナの涙をハンカチで拭い、すんすん……っと泣いている口にクッキーを差し込む。

 そして、食べ終えたら泣くのはおしまい。できるね?と元気付ける。



「残念だが、音楽祭は中止。幸か不幸か観客からは不満が出ていないしね」

「そうするしかないか。で、どうするんだ?」


「どうもこうもない。僕らで攻略するしかないんだよ、この『人狼狐ゲーム』をね」



 沸き立つ観客が口々に語っているのは、『人狼狐ゲーム』。

 豪華賞品が手に入るイベントなどと騒いでいるが、そんな楽しい物じゃない。



「奉納際の認識を書き換えて大惨事を引き起こしたように、この『人狼狐ゲーム』が鍵になるのは間違いない」

「そのヒントがさっきの歌か?」


「この歌には、これから何が起こるのかが書かれている。ルール説明に近しいね」



 そしてワルトは、歌詞を三つのブロックに分けて紙に書いた。

 そのまま一番上の節を指でなぞり、ここにはタイムリミットと失敗した時の大殺戮の規模が書いてあると付け加える。



 《甘い甘ーい、愛の飴》

 《騙してとろける、人の飴》


 《静かな夜には、もういない》

 《明日の夜には、誰もいない》



「これは、人がいた温泉郷から誰もいなくなるという暗喩。だから、殺戮が終わるのは明日の夜……午後6時」

「それって……、私たちを含めた全員を殺すということ?」


「だね。しかも人の飴、おそらく奉納際と似たような、強力な生物による襲撃だ」

「ん、それは不可能なはず。ここにはサチナの食物連鎖禁止結界が……!」


「そう、改変できる常識がある。だからこそ、それを書き換えられた場合は」



 食物連鎖禁止結界の中では、捕食を目的とした殺生が禁止される。

 なお、人間に適応されるのは『捕食』の解釈を広げた、肉や毛皮を欲する攻撃の制限だ。


 だが、それを改変されて、『食物連鎖 促進 結界』にでもされた場合、一気に地獄と化す。

 わんぱく触れ合いコーナーに居るのは人間と戦い慣れた生物、その危険度は言うまでもない。



 《12の鐘でキツネが来るよ》

 《9つの指に、130の頭》


 《裂いて分けよう七つの幸》

 《足りない足りない、まだ足りない》



「次の一節には、殺戮の開始時刻と方法が書いてある」

「12の鐘、お昼の12時?」


「そう、そして注目すべきは、130の頭」

「130個の頭?130匹の生物が来るというの?」



 確かに、わんぱく触れ合いコーナーに居た生物は、そのくらいの数かもしれない。

 大した戦闘力がない連鎖猪やノーマルタヌキを除けば、近い所になりそうだしな。

 だがそれは楽観だと、言ったリリンすら気が付いている。



「いいや違う。頭とはおそらく種族の(ボス)。つまり……、皇種だ」

「ッ!?130体もの皇種が襲来するというの!?」


「可能性は高い。ベアトリクス、ダルダロジア大冥林に生息している皇種の数を知ってるかい?」

「う、全部は知らねーぞ、でも、30くらいはいるゾ」



 過去の俺達と別れたベアトリクスはダルダロジア大冥林に戻り、皇種同士の縄張り争いに参加している。

 そして、伝え聞いた情報を参考に、同程度の実力のヴァジュラコックとかいう鳥と戦っていたらしい。



「でも、流石に130体はいない筈だゾ」

「集めて来た、もしくは、それに準ずる強さを植え付けられたかだね」


「植え付けられた……だと?」

「忘れたのかい?ユニ。ヴィクトリアの愛絡譲渡は金鳳花によって覚醒させられている。それに皇種の強さは継承された記憶に由来するものが大きい。つまり、記憶さえ持っていれば、疑似皇種を簡単に作り出せる」



 親父との特訓の中で、ギンは自身の記憶から『牛鳴灼火 ファラリスタウラス』という牛の皇種を再現している。

 準備に手間のかかる実践では使えない技だとギンは笑っていたが……、不可能だとは言ってなかった。



「洒落にならねぇ。リリンもワルトも本気の皇種と戦ったことはないだろ?」

「……ない。アマタノもベアトリクスも、私を排除すべき敵だと認めいない。これじゃ、真の意味で戦ったとはいえない」

「僕もないね。相応の訓練はしてきたつもりだが……、ははっ、もう少し準備の時間が欲しいね」



 わんぱく触れ合いコーナーで戦ったベアトリクスやラグナは本気だったと言っていいはずだ。

 ……だが、ハナちゃんには遊ばれていた。

 もし仮に、ハナちゃんが本気で温泉郷殺戮を狙ってきた場合、俺だけの力じゃ止められない。



「戦力が全然足りてねぇ。村長にレラさん、ノウィンさんは当然、実力のある冒険者すべてに協力して貰って、戦えない人を逃がさないと」

「それは不可能なんだよ、ユニ」


「えっ……」

「誰が無色の悪意に汚染されているのか分からない。明日の昼以降の総力戦になるまでは、むやみに情報を拡散できないんだ」



 最も警戒するべきは、背後からの奇襲だ。

 サチナ、俺、リリン、ワルト、メルテッサ、ベアトリクス。

 この6名が事態に気が付いたのは、音楽祭を見ていたであろう金鳳花にもバレている。

 だからこそ、水面下で増やした仲間が勝敗に直結しているらしい。



「金鳳花にばれないように連携し、奴が指定した勝利条件をクリアする。それが最も勝算の高い」

「だけど、それって何なんだ?」


「『裂いて分けよう、七つの幸』はサチナを殺す、つまり、9つの指がサチナを狙ってくる」

「指……、指示者って事か」


「だが、130の頭に分け前はない。だとすると、サチナを害させないかぎり130の頭の襲撃は発生しえない」



 サチナの結界が最後の防衛線。

 その消失=俺達の敗北だ。

 サチナを失っている時点で既に、俺達に甚大な被害が出ているのが確定している。



 《終えて始まり、残りは9つ》

 《探して減らそう、無色の心宝》



「最後に僕らの勝利条件が書かれている。9つの無色の悪意を持つ存在を探し取り除く。明日の昼までにね」

「ひとついいか?俺達は無色の悪意を、無色の悪意はサチナを探して取り除く。じゃあ、どっちも達成できなかった場合はどうなる?」


「それは、改変された結界の再上書きができるかどうかだ。サチナ、できそうかい?」



 ワルトの問いを聞いたサチナは真剣に考え、小さく頷く。

 理屈の上では可能。

 ただ、それは失敗する可能性の高い一時しのぎだ。



「できるです。でもそのためには、結界の中心に触れていないといけないです」

「結界の中心はどこだい?」


「空にあるですが……」

「結界のどこからでも崩せる金鳳花に対し、サチナは隠れられない空の決まった位置に居続けなければならないねぇ。これじゃ、狙ってくれって言ってるようなもんだ」



 遮蔽物のない空に居るのは、あまりにもリスクが高い。

 サチナは結界から手を離せず、回避ができない。

 広範囲を殲滅する魔法を放たれた場合、直撃を貰うしかなくなっちまう。



「歌の内容は分かった。それで、モチーフになってる人狼ってどんなゲームなんだ?」

「複数人でやる対話ゲーム」


「リリンはやったことがあるのか」

「策謀の練習として、みんなで良くやった。人狼は、様々な役割を持つ村人の中に紛れている人食い狼を探し出すのが目的」


「策謀の練習って事は、会話で探すのか」

「そう。役割を自ら語り、それを証明しながら、隠れている人狼を探して処刑できれば勝ち。ただし、人狼は噓をついて村人の同士討ちを狙う」


「なら、仲間の中に裏切者がいる……?」

「そう。もしも、これが人狼ゲームだというなら……、私達の仲間の中に、無色の悪意を持つ人がいることになる」



 村長を慕うラルバがそうであったように、俺達魔王の中に、金鳳花の手先がいる……?

 タダでさえ絶望的な状況なのに、考えれば考えるほど、悪くなっていく一方で。


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