第16話「サチナとベアトリクスの音楽祭!!」
「やぁやぁこんにちは、サチナちゃん、ぼくの名前はメルテッサ・トゥミルクロウ・ブルファム。どうぞよろしく」
「ブルファム?じゃあ王国の姫様、です?」
「おぉ、よく勉強しているね!そんなサチナちゃん達に差し入れだ。はい、そこで買ったフルーツジュース」
「……!喉は乾いてるです。でも、知らない人に施しを貰うと碌なことにはならないのです」
「そりゃそうだ。でも、ぼくは君らのお友達のお友達。ね、那由他?」
そう言ったメルテッサが、フルーツジュースが入った瓶を那由他に投げた。
そしてそれを余裕で受け取り、躊躇なく蓋を開けて一気飲み。
ぷはっ!っと可愛らしい声とともに、開いている左手を差し出す。
「足りん。もう一本くれじゃの」
「ほらよ。そんな訳で、僕の身元は証明されたかな?」
「ん。後でお金は払うで……、何飲んでるですか!?ベアト!!」
「甘くてうまいんだゾーー!!」
温泉郷の警備に目を光らせているサチナは、メルテッサと俺達が繋がっていることを知っているはずだ。
レベル100000になってる英雄見習いを見逃すほど甘くないだろうしな。
だからこそ、メルテッサを警戒する。
彼女の記憶を読み、つい先日まで俺達と敵対していたと気が付いた以上、隙を見せるはずがない。
で、そんなサチナの覚悟を粉砕するクマとタヌキ。
フルーツジュース2本で即オチするとか、随分と安上がりだな、おい。
「ごくごくごくごく、ぷはっ!ダゾ!!」
「……こうなったらしゃーねー、貰ってやるです!!」
あ、サチナもチョロかった。
ヴェルサラスクとシャトーガンマが渡したフルーツジュースを両手で握り、可愛らしく一気飲み。
マイクパフォーマンスで喉がカラカラだったようで、幸せいっぱいな笑顔で余韻に浸っている。
「はわわ~~、生き返ったのです。さて、今回の投票ポイントは~~」
「待て待て。ぼくら演奏してないんだけど!?」
「でも、2525ポイント入ってるですよ?」
「なんでだよ!?恥晒しもいい加減にしろ、このロリコン共めっ!!」
そりゃ、推しのけものっ娘の幸せいっぱいの笑顔だぞ。
ポイント投入は不可避だろ。
アイドルの推し活、なめんな!!
「流石に冗談なのです。でも、事前登録してないのに楽器を持って来てないです?」
「アカペラで歌うのかダゾ?」
「いやいや、ちゃんと持っているとも。この《エヴァグリフォス宝物殿》の中にね」
メルテッサが右手の薬指に嵌められている指輪は、ブルファム王国の宝物殿に繋がっている。
長い歴史の中で集められた数々の財宝・魔道具。
その中にあった名工が作った楽器――、ヴァイオリンとグランドピアノを召喚し、メルテッサたちが優雅に一礼する。
「音楽はブルファム姫の嗜み。一通りの楽器を習った後、得意なものを選んで専攻するんだ」
「そうなのです?でも、ヴァイオリンとピアノは一個ずつしか召喚されてないですよ」
「連弾という二人で一台のピアノを弾く演奏技術があってね。ヴェルとシャトーはその名手なのさ」
「へぇー、そういうのがあるのか、です」
「それでは聞いてくれるかい?ブルファム姫が贈る本気のクラッシック――、『G船上の魔王』」
――それは、あまりにもふざけた名前からは想像できない、心の底を震わす音楽だった。
静かにヴァイオリンを弦の上を張った、弓。
それが奏でた最初の一音が、会場の雑音を刈り取った。
その音色は、決して、音量が大きい訳じゃない。
奏でられているのは、たった一つのヴァイオリンが織り成すソロ演奏。
三つ目の音が鳴る頃には、最初の一音を聞き流してしまったことを、ただただ後悔した。
そこに、滑らかなピアノの音が加わる。
最初はゆっくりとした曲調だった。
一つ一つ丁寧に奏でられる心地良いリズムは、音楽を勉強していない俺でも上手いと感じるほどに揺るぎなく。
静かな日常が、まぶたの裏に描かれる。
ナユタ村時代の、明日への希望に満ちた、豊かな生活が――。
――身を切り裂く。
雷のようなヴァイオリンの音色と共に、会場に暗雲が立ち込めた。
幸せな時は終わったんだと、ここからは恐怖と混乱が支配するのだと。
常人には真似できない離れた鍵盤をコンマ数秒の差で叩く連弾、それは混乱と絶望を表すには十分すぎて。
やがて、一つに纏まっていたヴァイオリンとピアノが離反する。
まるで空の彼方で行わている魔王と聖女の戦いのように、互いの命を刈り取らんと激しく音を叩きつける。
広いグランドピアノを余すことなく使う魔王と、ヴァイオリンの端のG線上に追い詰められた聖女。
物語のクライマックス。
息も絶え絶えになった聖女は、魔王の連弾に飲み込まれて。
望みが潰えてしまったと涙を流す俺達へ届いたのは、ヴァイオリンの最後の一節。
それが刺さったのは、ほんの僅かな連弾の隙間。
ヴァイオリンの音に飲み込まれたピアノは抗えず、そして、見事な協奏曲へと昇華。
美しい音色には希望があふれていた。
演奏が終わり、静まり返る反響の中で、まだ世界は続いてゆくと確信させるほどに。
「……なんじゃこりゃ、です」
「おや?お気に召さなかったかい?」
「違うです。サチナの、サチナの知らない音楽なのに、初めて聴いた音なのに、なんでこんなに感動させられたんだ……、ですっ!?」
一番近くで聞いていたサチナの目にも、涙が溢れていた。
プルプルと頭を振るい、抱きしめていた尻尾から手を放す。
「震えたです。知っちまったです。これが本物の……っ!!」
「そうだとも。音楽を娯楽と侮るなかれ、時に楽器は剣を凌駕し、人々を導く調べとなる。ブルファム王国の偉人の言葉さ」
「見事な演奏だったです。サチナが投票券を持っていないのが悔やまれるです。さぁ、みんなーー!惚けてないで投票するです!!見事な演奏を披露してくれた姫達へ、その思いを返すですよ!!」
その声を合図にして、会場が一斉にどよめいた。
おっと、俺もこうしちゃいられねぇ、投票をしないと。
メルテッサの超絶技巧ヴァイオリンと、手羽先姉妹のピアノ連弾によるクラッシック演奏。
それに集まった投票ポイントは、サチナ達を超える36103ポイントだ。
「出たですっ!本日の最高得点!!」
「あちゃー、負けちゃったなのだゾ」
「仕方あるまい。先ほどの演奏は見事という他ない出来じゃったからの。三つの原曲の面影を残しつつ、誰も知り得ぬものへと書き換えた。この那由他すらも震わせたのじゃ、誇るがよい!!」
か、カミジャナイ?タヌキすらベタ褒めだと!?
なんてこった……、推しアイドルが増えちまったぜ!!
「あ、そうそう。実は明日も演奏会をやる予定でね」
「そうなのか!?です」
「ということでお知らせだ。明日10時、ブルファム王国迎賓館でぼくら姫との交流会を予定しております。昨今の情勢から、貴族社会の重要性を再認識したぼくだけど、姉ほど社交界に顔を出していないから、そういうのに疎くてねぇ」
「それでそれで?です」
「この温泉にはブルファム王国に限らず、世界各地の貴族や権力者が集っていると聞いているが……、ぜひ、皆様とお近づきになりたい。妹のヴェルサラスクとシャトーガンマともども、よろしくお願いするよ」
「迎賓館に行けば演奏を聴けるです?」
「もちろん。サチナちゃんには特別席を用意しておくよ」
さっきの演奏が聴けるのか。
よし、その時間の予定は明けておこう。
「なるほどねぇ、ついでに妹にも貢がせるつもりか」
「……貢がせる、だと?」
「これはレジェが良くやる手でねぇ。要するに、ブルファム王族と知己を結びたかったら、貢物を持って来いって話さ」
「な、なるほど?」
「しかも、世界各国の政治経済は、今、揺れに揺れている。覇者であったブルファム王国が敗北し、レジェンダリアの台頭が始まるのは明らか。だが、現時点ではブルファム経済に依存しているから、睨まれる訳にはいかない」
「ってことは、隷属連邦国以外は、ブルファムとレジェンダリアの両方のご機嫌取りをしなくちゃならない訳か」
「そういうこと。そんな状況で、メルテッサはレジェンダリアに対抗してみせたブルファム姫でありながら、中立存在である不安定機構の指導聖母。事情を知らない人から見たら、希望そのものさ!」
「事情……、あろうことか魔王側に寝返り、思いっきり遊び倒している現状を知ったら絶望するしかないもんな!」
「ははっ、全く酷いったらありゃしない。誰が考えた策謀だろうねぇ?怖いねぇ?」
そうか、これはワルトが考えた筋書きなんだな。
遊びの片手間に経済掌握を済まさせるとか、流石は魔王共だぜ!
「願わくば……、手羽先姉妹は純粋のまま育って欲しいもんだな」
「むぅ?」
「無理でしょ。テトラフィーアが気に入ってるし、すぐに僕ら並の魔王になるよ」
「むぅぅ?」
「だよなぁ。ここは是非ともロイとの交流で中和して貰いたい、ん……、どうしたんだリリン?」
「ユニク、ワルトナ。なんか、変な人が出てきた」
メルテッサ達に変わって矢倉台に上って来たのは、仮面を付けた笛吹き男。
あれって、指導聖母が付けている認識阻害の仮面か?




